2025年10月15日、東京都が都営大江戸線の延伸についての試算を公表した。概算事業費は約1,600億円、新たに見込まれる旅客需要は1日あたり約6万人。開業から40年以内に累積損益が黒字化するとし、2040年ごろの開業を見据える。長らく採算性が課題とされてきた計画に、初めて具体的な数字が並んだ。ただし、光が丘駅から西へ約4km、3つの新駅が置かれる予定地は、いずれもまだ更地である。そして延伸を待つこの地域では、2025年3月に路線バスが1つ消えている。

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光が丘は、更地から街になるのに何年かかったか

光が丘駅の地上出入口を出ると、正面に高層の住棟が立つ。駅番号はE38、大江戸線の終着駅である。東京都交通局の統計によれば、2024年度の1日平均乗降人員は56,838人。大江戸線の単独駅としては、勝どき駅に次ぐ規模になる。

光が丘駅周辺には高層集合住宅が多くそびえたつ光が丘駅周辺には高層集合住宅が多くそびえたつ

この街は、最初から街だったわけではない。1943年、この一帯には成増陸軍飛行場が置かれた。戦後は連合国軍に接収され、米軍家族住宅「グラントハイツ」となる。全面返還は1973年である。跡地の使い道を定めた「グラントハイツ跡地開発計画」が策定されたのが1978年、団地の開発が本格化したのは1980年代前半だった。

光が丘駅周辺には高層集合住宅が多くそびえたつ光が丘駅から光が丘公園へと延びる道

現在の光が丘は、約1.6平方キロメートルの区域に100棟以上の共同住宅が並び、27,000人以上が暮らす。駅の出入口を出てすぐの位置に商業施設の光が丘IMAとLIVINが併設されており、北側には都立光が丘公園が広がる。開園面積は607,823m2、練馬区最大の公園である。さらに、ケヤキ並木の歩行者専用道が団地群をつなぎ、平日の昼間にも自転車と歩行者が絶えない。

この光が丘公園が開園したのは1981年12月26日、団地の入居が始まったのも1980年代前半である。大江戸線の前身にあたる都営12号線の光が丘駅が開業したのは、そのちょうど10年後、1991年12月だった。街と公園が先にでき、鉄道は10年遅れて届いた。

この順番が、駅の西側では反対になる。

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光が丘駅周辺には高層集合住宅が多くそびえたつモニュメントが目立つ光が丘公園入口

2025年10月15日、初めて並んだ数字

東京都交通局が「大江戸線延伸の現在の検討状況について」を公表したのは、2025年10月15日である。

示された内容はこうだ。延伸区間は光が丘駅から大泉学園町駅(仮称)までの約4km。概算事業費は約1,600億円(税抜)。延伸によって新たに見込まれる旅客需要は、1日あたり約6万人。整備効果を費用で割った費用便益比(B/C)は、事業化の目安とされる1以上。累積損益は、開業から40年以内に黒字化が見込まれる。開業時期は2040年ごろを見据える。

光が丘から大泉学園方面へ延びる補助230号光が丘から大泉学園方面へ延びる補助230号

線路は、都市計画道路の補助230号線の地下に敷設される計画だ。車両の増備に対応するため、高松車庫の改修と、終端側の引き上げ線の整備も計画に含まれている。

この数字が出るまでには時間がかかっている。国の交通政策審議会が2016年4月の答申で、この延伸を「進めるべき」6つのプロジェクトの1つに位置づけて以来、収支採算性が課題として残り続けた。東京都が副知事をトップとする庁内検討プロジェクトチームを設置したのは2023年3月である。需要の創出・コストの低減・財源の確保を柱に、事業として成立する形が探られてきた。

もっとも、この黒字化の試算には条件がついている。国や自治体が財政支援する「地下高速鉄道整備事業費補助」の活用が前提であり、練馬区が財政負担と鉄道施設整備への協力を行うことで事業性が改善する、という構図になっている。数字は出た。ただし、東京都単独で成立する数字ではない。

3つの新駅予定地は、いずれもまだ更地である

土支田駅前広場(仮称)建設予定地土支田駅前広場(仮称)建設予定地

現地を歩くと、計画の進み方が地上と地下でずれていることが分かる。

土支田駅(仮称)の予定地は、補助230号線と地蔵通りが交わる付近にある。「高松幼稚園西」バス停の前に駅前広場の予定地が確保されており、草の伸びた敷地の中央に、地元の中学生がイラストを描いた啓発看板が立っている。周辺の土支田中央地区は、約14.3ヘクタールを対象に2005年3月から土地区画整理事業が行われ、2021年度に完了した。地区計画は2008年10月に都市計画決定されている。街路は整い、住宅も建っている。駅の予定地だけが、空いている。

大泉町駅(仮称)建設予定地大泉町駅(仮称)建設予定地

大泉町駅(仮称)の予定地は、補助230号線が東京外環自動車道と交わる付近になる。この一帯では「補助230号線大泉町二丁目地区地区計画」が2023年6月19日に都市計画決定された。対象は大泉町一丁目と二丁目の約19.4ヘクタールで、幹線道路の沿道にふさわしい土地利用の誘導が目的とされている。

大泉町駅(仮称)建設予定地大泉学園町駅(仮称)建設予定地付近の大泉学園通り

大泉学園町駅(仮称)の予定地は、補助230号線と補助135号線、大泉学園通り(通称)が交わる付近にあたる。「補助230号線大泉学園町地区地区計画」は2022年1月24日に都市計画決定され、大泉学園町四丁目から八丁目にかけての約31.4ヘクタールを対象としている。

導入空間となる補助230号線の整備は、区間ごとに進み方が異なる。東京外環道から土支田通りまでのI期区間は、事業認可上の施行期間が2027(令和9)年度末までとされている。大泉学園通りから東京外環道までのII期区間は延長約1,250m・幅員18mで、施行期間は2026(令和8)年度末まで。東京都のサイトによれば、2025年4月1日時点の用地取得率は73%である。

地上の道路は形になりつつある。地下の鉄道は、まだ図面の上にある。

鉄道を待つ地域で、先にバスが減った

鉄道の延伸を待つこの地域で、2025年3月31日、路線バスが1つ消えた。

西武バスの「泉38」大泉学園駅北口〜大泉桜高校〜長久保線と、泉38-1、泉38-2、泉38-3の各系統である。同社の告知によれば、廃止の理由は使用車両の経年化、乗務員の人員不足、そして自動車運転者の労働時間等の基準改正、いわゆる2024年問題によるものだった。この路線は大泉学園町の狭い道を走るため、2005年から小型車両で運行されていた。同じ規格の車両を確保できなかったことが、廃止の直接の要因となっている。

鉄道を待つ地域で、先にバスが減った

告知に列挙された休廃止のバス停は9ヶ所。びくに公園入口・大泉町六丁目・大泉桜高校・大泉学園小学校入口・大泉学園小学校前・大泉学園町四丁目・大泉学園町八丁目・放射七号・大泉学園幼稚園前である。練馬区議会では、この廃止によって1日あたり約600人が交通手段を失ったとの指摘が出ている。

練馬区は、大江戸線の延伸が実現するまでの間の地域公共交通の確保策について、地域住民との話し合いを始めた。2026年3月の区議会答弁の時点で、話し合いは2回。廃止前の利用実態の確認、デマンドタクシーなど代替手段についての意見交換、住民へのアンケート調査が行われている。

鉄道が届くのは2040年ごろの見込みである。バスが消えたのは2025年だった。その間に、14年余りがある。

2026年10月、街の将来像が文書になる

延伸の「後」を描く作業は、すでに始まっている。

2026年10月、街の将来像が文書になる

練馬区は「大江戸線延伸―沿線まちづくりデザイン―」を2026年10月に策定する予定である。これは駅前広場・アクセス道路・駅の出入口の配置など、暮らしに直結する要素の整備方針を盛り込む計画書で、2025年度のアンケート調査、2026年度のオープンハウス形式の意見交換を経て取りまとめられる。2025年12月1日と2日には、練馬区役所本庁舎の1階アトリウムで、延伸地域の農産物の販売とオープンハウス形式を組み合わせた周知イベントも開かれた。

大泉学園町駅(仮称)の予定地周辺については、まちづくり推進業務の支援委託先がプロポーザル方式で選定され、株式会社URリンケージが受託している。契約期間は2026年4月14日から2027年3月31日まで。駅前広場の整備・商業機能の充実・公共公益施設の集約化などが検討の対象になる。

住まいを考える立場からは、2040年ごろという時期は遠い。いま30代で家を買う人にとって、開業を迎えるのは50代になる。住宅ローンの返済が中盤~終盤に差しかかる頃である。

ただし、動いているのは鉄道だけではない。補助230号線の整備と沿線8地区で進む地区計画は、地下鉄が届く前から地上の街の形を変えていく。土支田中央地区が区画整理を終えて住宅地になったように、道路と地区計画だけでも街並みは変わる。

光が丘では、街と公園が先にでき、鉄道が10年遅れて届いた。土支田・大泉町・大泉学園町では、道路と地区計画が先にあり、鉄道は最後に来る。順番が反対になったとき、街はどこまで自力で育つのか。その答えが見えるのは、2040年より先になる。