高級住宅を見られるツアーが大人気

米国には、一般人を寄せつけない現代の富豪たちが住む地域とは違い、誰もが訪れることのできる「高級住宅街」がある。そのひとつがテキサス州ダラス市のダウンタウンから車で15分足らずに位置するスイス・アベニュー歴史地区だ。

毎年5月に開かれる「ホームツアー」には、20世紀初頭の高級住宅を間近に見ようと、大勢の人々が参加する。米国の国家歴史登録財であり、地元民が愛するチャーミングな家々が100軒あまり連なるスイス・アベニューの街並みを紹介したい。

1915年築のスパニッシュ・ミッション・リバイバルの家で、屋根や玄関ポーチの上の彫刻入りの胸壁が特徴的。スペイン人によってアメリカに伝えられたコロニアル様式は、米国南西部で人気のタイプ。 © Kei KATASE1915年築のスパニッシュ・ミッション・リバイバルの家で、屋根や玄関ポーチの上の彫刻入りの胸壁が特徴的。スペイン人によってアメリカに伝えられたコロニアル様式は、米国南西部で人気のタイプ。 © Kei KATASE

綿花の集積地として発展したダラスに続々集まる名士たち

日本や欧州に比べると、米国の歴史は浅い。ダラスに最初の入植者がやって来たのは、日本でいえば江戸時代の後期にあたる1840年ごろ。その後すぐに、ダラスは米国南部で栽培されていた綿花の集積地となり、中西部や南部を結ぶ鉄道の開通も相まって商業拠点として急速な経済発展を遂げた。1900年には、綿花事業と不動産で成功した地元の名士、ロバート・マンガー氏がダウンタウンの東側にダラス初の「高級住宅地」の開発に着手した。中心を通る約2マイル半(約4㎞)の大通りは、1857年にこの地に移住したスイス人によって「スイス・アベニュー」と命名された。当時のダラスでは唯一の舗装道路であり、ダウンタウンとの間を行き交う路面電車も整備された。

スイス・アベニュー沿いの「高級住宅用」区画の売却に際しては、さまざまな条件があった。まず、建て売り用の家ではなく、それぞれが特徴あるオリジナルの設計で、2階建て以上の建物にすること。木造住宅が一般的だった時代に、この地区に建てる家の外壁は高価なレンガかコンクリートとされ、少なくとも建設に1万ドル(現在の31万ドル相当、日本円で約3,300万円にあたる)以上かけるという条件が付けられた。もっとも、ほとんどの家の建設費は、これを大きく上回る金額となった。すべての家はスイス・アベニューを正面にして建てられ、通りの景観を損わないよう、電柱や電話線などはすべて住宅の裏手にある裏道を通すよう工夫されていた。

1919年建設の箱型デザインが特徴のアメリカン・フォースクエアの家。外壁にはイギリス積みのレンガ、窓付き屋根と双子の切妻屋根、玄関や家の横のオープン・ポーチには白いドリス式円柱など凝ったデザイン。手前の写真にある1924年の姿と変わっていない。© Kei KATASE1919年建設の箱型デザインが特徴のアメリカン・フォースクエアの家。外壁にはイギリス積みのレンガ、窓付き屋根と双子の切妻屋根、玄関や家の横のオープン・ポーチには白いドリス式円柱など凝ったデザイン。手前の写真にある1924年の姿と変わっていない。© Kei KATASE

政財界の大物たちが競い合うようにこだわりの住宅を建設

同地区の最初の住人となったのは、高級デパートの「ニーマン・マーカス」の創業者であるキャリー・マーカス・ニーマンさんや、1892年に第三政党である「禁酒党」から副大統領候補となったジェームズ・クランフィル氏、フォード・モーターの幹部だったA.J.ラングフォード氏のほか、ダラス市長、マグノリア石油(現モービル石油)役員や銀行家など地元の有力者たち。それぞれが腕利きの建築家を雇い入れ、競い合うように自宅を建設したという。

その結果、地中海、スパニッシュ・バロック、ジョージアン、ミッション、プレイリ―、クラフツマン、ネオ・クラシカル、グリーク・リバイバル、イタリアン・ルネッサンス、チューダーなど、まさに米国で人気を得たあらゆる様式の住宅が肩を並べる住宅街ができあがった。これらの住宅や庭は住み込みの使用人たちの手で美しく保たれ、地元の名士たちの社交の場として、しばしばパーティが開かれていたという。

1916年建設のイタリアン・ヴィラ様式の家。マグノリア石油(現モービル石油)社長夫妻が最初のオーナー。ダラスの気候がイタリアのようなので、イタリア様式を選んだと伝えられている。© Kei KATASE1916年建設のイタリアン・ヴィラ様式の家。マグノリア石油(現モービル石油)社長夫妻が最初のオーナー。ダラスの気候がイタリアのようなので、イタリア様式を選んだと伝えられている。© Kei KATASE

移転の続出で荒廃寸前だった街を守り続けた家主たち

ところが70年代に近づく頃には、多くの富裕層は新たに開発された別の高級住宅地に移ってしまった。残された住人たちは高齢化し、使用人を置くどころか補修もままならず、廃屋に近い状態になったり、ホームレスが住みついたりした家もあったという。スイス・アベニューの住宅を潰して、集合住宅に建て替えるという新たな開発計画さえ持ち上がった。しかし大規模な修繕が必要なかわりに、安価で売り出されていたスイス・アベニューの家を購入し、根気よく補修を続けた家主たちのおかげで、スイス・アベニューの家々は姿を消さずに済んだ。

また「20世紀初頭の歴史的な住宅建築を保存すべき」と考えた住民らの熱心な働きかけで、このダラス最初の「高級住宅街」は、1974年に米国の国家歴史登録財に認められた。また同地区の中心には、単独で国家歴史登録財に認定された住宅もある。

廃屋に近かった時の様子を伝える写真(画面の右側)。今では100年前の建物とは思えないモダンな内装だ。© Kei KATASE廃屋に近かった時の様子を伝える写真(画面の右側)。今では100年前の建物とは思えないモダンな内装だ。© Kei KATASE

ダラスのオアシスになっているスイス・アベニュー

緑が多く、こうした個性あふれる家々が眺められるスイス・アベニューは、地域住民に人気の散歩コース。またクリスマスが近づくと、美しいイルミネーションに飾り付けられた家々を見に訪れる人が後を絶たない。

人口増に伴い、タワーマンションや近代的な集合住宅が増えつつあるダラス市にとって、こうした歴史的地区はまさにオアシスのような存在になっている。

青々とした芝生が広がるフロントヤード(前庭)の奥に、個性的な家々が並ぶ。塀やゲートで囲うこともなく、開放的で親しみやすい町並みだ。© Kei KATASE青々とした芝生が広がるフロントヤード(前庭)の奥に、個性的な家々が並ぶ。塀やゲートで囲うこともなく、開放的で親しみやすい町並みだ。© Kei KATASE

2020年 03月20日 11時00分