1000日の準備を経て、2016年3月、静岡南高校がスタイリッシュに変貌

少子化により、全国に小中学校の校舎をリノベーションする例は増えているが、今回「高校をリノベーションした博物館がオープンした」と聞きつけ訪れたのが、静岡県の『ふじのくに地球環境史ミュージアム』だ。

同ミュージアムはJR静岡駅から車で15分ほどの、海を望む丘の上に建っている。県立静岡南高校が、県立高校の再編整備により2013年3月に閉校。約1000日の準備期間を経て、2016年3月オープンした。「地球環境史」というなじみの少ないテーマを掲げていることもあり、「資料中心の硬派な博物館なのでは」と考えていたが、いい意味で期待を裏切られた。外観・内観ともに学校の気配を残しつつも、「スタイリッシュ」というのが第一印象だ。

そもそもなぜ、高校をリノベーションして活用しようとしたのか? 展示テーマである「地球環境史」とは? ミュージアムを案内していただきながら、企画総務課の山下浩平さんにお話を伺った。

▲生徒たちが出入りする昇降口は、ウッドデッキを設けた展示スペースに変身▲生徒たちが出入りする昇降口は、ウッドデッキを設けた展示スペースに変身

小中学校のリノベーション例は多いが、高校の再活用も近年増えている!

『ふじのくに地球環境史ミュージアム』の構想は、静岡県が力を入れる2つの取り組みがマッチして始まったという。
「ひとつは『高校再編に伴う空き校舎の活用』です。高校の統廃合では、郊外にある比較的新しい高校の方が閉校になる傾向が高いのですが、コンクリート造の寿命は約50年と言われているため、まだ十分使える校舎の活用方法を考えることになりました。『ふじのくに地球環境史ミュージアム』は、静岡県で初めて高校を再活用した事例です」(山下さん)

もうひとつ、開館の後押しになった取り組みが、県の博物館構想だという。
「静岡県は標高3000mを超える南アルプスや日本一高い富士山、水深2400m以上という日本一深い駿河湾など豊かな自然環境を擁し、多様な動植物や希少な種が生息・生育しています。ところが、近年は絶滅の恐れがある種も増えてきました。そこで実態を調査研究し、収集して保存していくためにも『自然系の博物館をつくろう』ということになったのです」

駿河湾のみに生息するサクラエビなど、独自の自然が生み出す動植物は県の宝であり、次の世代に引き継ぐ使命がある。そう考えた静岡県では、具体的なミュージアム整備構想の以前から収集活動を行っていたそうだ。
「化石・昆虫・植物標本などを集めて旧保健所の空き庁舎に保存していたのですが、どんどん手狭に…。高校であれば校舎が大きいので、収蔵庫や研究室をしっかりと確保できます。また収蔵物は、植物、昆虫、ホルマリン漬など種類によって保管方法が異なるので、一部屋あたりの面積が狭くても部屋の数が多いということが、博物館としてのメリットとなりました」

静岡県では『ふじのくに地球環境史ミュージアム』に引き続き、次々と計画が進んでいる。長泉高校が「ファルマバレー(富士山麓先端健康産業集積プロジェクト)」の新拠点に、庵原高校が「静岡県埋蔵文化財センター」になる予定だそう。「建物が大きくて管理に手間がかかる」という点から高校の校舎の活用例が少なかったそうだが、これからは規模を逆に生かした施設が増えていきそうだ。

▲約1500m2の展示スペースと約7500m2の収蔵室・研究室からなり、30万点もの資料が保管されている。写真は『ふじのくに地球環境史ミュージアム』の山下浩平さん▲約1500m2の展示スペースと約7500m2の収蔵室・研究室からなり、30万点もの資料が保管されている。写真は『ふじのくに地球環境史ミュージアム』の山下浩平さん

高校のリノベーションには、メリットもあり、思わぬデメリットもあり…

静岡南高校が『ふじのくに地球環境史ミュージアム』としてオープンするまでの準備期間は約1000日。図面が二転三転するほど議論の連続だった、と山下さんは振り返る。

「標本にとって日光は天敵なので、収蔵室の場所から決めていきました。展示室は“回廊にすると見学しやすい”と考え、入り口やチケット販売の場所、展示室の数など、さまざま議論を重ねました」

まず展示室となる教室は、窓側に遮光するための壁をつくり、天井板を外して3.85mの天井高を確保した。これはライン照明で展示物を効果的に演出するためだという。
「教室の壁は構造上取り払えないため、広い展示室はできません。教室サイズの小さな展示室は、テーマを変えて展示できる、模様替えしやすいなどの魅力がある半面、展示監視スタッフの人数を多めに確保する必要がありました」

大きく様変わりした場所がある一方で、変えずに利用している場所もある。
「作法室だった30畳の和室はそのまま残し『講座室』に。本の読み聞かせや骨格標本の工作イベントなど“寺子屋”風に使っています。図書室はそのまま閉架の『書庫資料室』、理科室はイベント用の『実習室』に生まれ変わっています」

ここで気になるのは、費用面。校舎を再利用することで「コストダウンにつながったのでは?」と思うのだが、山下さんによると「コストダウンだけを目的にすると、“想定外”のことが多いです」ときっぱり。

「何に一番費用がかかったというと、建築基準法の耐火構造に照らし合わせることでした。コンクリート造の建物でも、生徒・先生など“特定多数”が過ごす高校と、“不特定多数”が訪れる公共施設では耐火基準が大きく異なるのです。厳しい耐火基準に合わせて窓や構造部分を変えたり、ディスプレイ用の黒板も耐火仕様に交換。安易にリノベーションだから安くすむと考えず、必要なハード面の予算を精査して確保する必要があると実感しました」

▲駿河湾を一望できる職員室は「図鑑カフェ」へ。耐火基準に合わせた大きな窓は、壁を一度壊してゼロから造り上げた▲駿河湾を一望できる職員室は「図鑑カフェ」へ。耐火基準に合わせた大きな窓は、壁を一度壊してゼロから造り上げた

日本初の「地球環境史」をテーマにした博物館。展示方法も工夫たっぷり!

それでは早速ミュージアムの見学へ! 館内には、教室を活かした常設の展示室が10室と企画展示室がある。
水生生物を展示する部屋や、動物のはく製がずらりと並ぶ展示室など、自然系の博物館にふさわしい展示といえるが、こちらは『地球環境史』のミュージアムである。そもそも地球環境史とは、どんなものなのだろうか?

「『地球環境史』とは、人と自然の関係の歴史のことです。人間は、自然界にとっては敵だとみなされがちですが、実は里山のように、人間が田畑を開墾したことで新たな調和が生まれた生態系もあるのです。例えば、動物のはく製が並ぶ展示室4「ふじのくにの大地」には、静岡の動植物をただ並べたのではなく、静岡の里山における食う-食われるという食物連鎖を表現しています。“自然を大切に”というシンプルなメッセージだけではない、自然と人間の新たな相互関係を考えるきっかけにしてほしいですね」

今回展示室を見て気づいたのは、解説文が少なく、パネルが小さいこと。フリガナもほとんどない。これは「文章を読んで満足するのではなく、標本と向き合ってほしい」という同ミュージアムならではの仕掛けだ。
「ただ解説文を増やしても、それを読むだけで展示を見終えた気になってしまう。あるいは、全く読まずに素通りする人もいる。解説文を最低限まで少なくしたことで、各展示室にいるスタッフとの会話が生まれました。またフリガナをなくしたらお子さんが親ごさんに『なんて読むの?』と聞くシーンが増え、狙い通りでうれしくなりました(笑)」

実際に「このお魚、おいしそう」と親子で笑いあったり、スタッフに「県の鳥って何ですか?」と話しかける光景も見られた。受け身で知識を得るのではなく、会話して、自分で考える―。学校という学びの場を生かした「思考を拓くミュージアム」が今新しい。

▲海をイメージしたり、人間の暮らしと自然のバランスをシーソーで表現したりと見せ方が秀逸。展示に机・イスをうまく使い、学校の記憶を残している▲海をイメージしたり、人間の暮らしと自然のバランスをシーソーで表現したりと見せ方が秀逸。展示に机・イスをうまく使い、学校の記憶を残している

デザインの力で、若い女性の心も惹きつけるミュージアムに!

高校をリノベーションした『ふじのくに地球環境史ミュージアム』。学校の面影をきちんと残しつつ「洗練されている」と感じる秘密は、館内を彩るグラフィックデザインにある。
「自然系の博物館というと、お子さんや年配の方、男性の来場者が多いのですが、当ミュージアムはデザインの力を借りて女性も惹きつけたいと考えました。目指したのは『デートに使える博物館』です」

デザインの力は、展示室はもちろんのこと、廊下にも光る。例えば、展示室を示す1~10のサインにも意味が込められているのだそう。
「数字のデザインは、展示室に隠された2文字のキーワードを表しています。秋には展示アドバイザーの洪恒夫さん(東京大学総合研究博物館)を招いて、デザインに特化した講演をしていただき、ネタ明かしをする予定です」

ほかにも、すべての展示を撮影OKにするなど、SNSで拡散したくなる仕掛けが多数。日本初の“地球環境史”をテーマにしたミュージアムは、7月に「DSA日本空間デザイン賞2016」の大賞に輝いた。リノベーションやデザインの観点で眺めてみるのも面白そうだ。

▲エントランスには、地球環境史とは何かを伝える映像。これまでの文明とこれからのくらしを考えるきっかけに▲エントランスには、地球環境史とは何かを伝える映像。これまでの文明とこれからのくらしを考えるきっかけに

2016年 09月07日 11時03分