東日本大震災によりさらに人口が減少。移住者を増やす取り組みを開始

岩手県・陸前高田市。宮城県・気仙沼市に隣接する三陸海岸に面した岩手県南部の都市だ。東日本大震災による大津波で町の中心部が飲み込まれ、数多くの尊い命が奪い去られた。そんな中、高田松原に残った1本の松が「奇跡の一本松」として注目され、大切に保存されているのをご存知の方も多いだろう。

この陸前高田市も多くの地方都市と同様に人口が減少している。同市のデータによると、2000年(平成12年)に2万5676人、2005年(平成17年)に2万4709人、震災1年前の2010年(平成22年)が2万3300人と徐々に減少し、2018年5月31日現在で1万9321人。震災がその人口減少を加速したといえる。

この陸前高田市で、新たな移住者を呼び込む取り組みが始まっている。2017年発足したNPO法人「高田暮舎(たかたくらししゃ)」が市と協力し、移住サイト「高田暮らし」を開設。空き家バンク事業などに取り組んでいる。その発足のいきさつや事業内容などを、高田暮舎のスタッフと陸前高田市の移住定住事業の担当者にうかがった。

多くのダンプカーが行き交う「奇跡の一本松」付近の道路。7年経った今もまだまだ復興途上であることや、町づくりの大変さを再認識させられる。左下は高田暮舎スタッフに薦められたマスカットサイダー。一本松茶屋で購入。やさしい味わいだった多くのダンプカーが行き交う「奇跡の一本松」付近の道路。7年経った今もまだまだ復興途上であることや、町づくりの大変さを再認識させられる。左下は高田暮舎スタッフに薦められたマスカットサイダー。一本松茶屋で購入。やさしい味わいだった

2017年7月に発足した「高田暮舎」。点や線ではなく「面でとらえる」移住定住を目指す

東日本大震災後、陸前高田市にUターン、Iターンした若者が中心となり、移住定住への取り組みを進めているNPO法人高田暮舎。
「震災後、UターンやIターンをする人が増えました。この流れをブームに乗った一過性のものではなく面でとらえたいと2016年の夏、市に相談に行ったのが設立のきっかけです」と、同法人代表の岡本翔馬さん。

ちなみに岡本さんも、震災後に東京からUターンした一人だ。
「東京で仕事をしており、陸前高田に戻るつもりはありませんでした。しかし地元で頑張っている友人を失い、『東京には自分の代わりはいくらでもいる』『明日の水さえない仲間を何とかしたい』と、地元に戻る決意をしました」

陸前高田に戻り感じたのが、「地元」と「外部」の価値基準の違いがわかり、両者の間に入るコーディネーターの大切さだった。
「震災直後は特に重要でしたね。幸い私は陸前高田出身で、東京での生活経験もある。そのコーディネーターとしての延長が高田暮舎です。東京での経験を活かし、第三者の目線を持ち、この町の復興に活かしていきたいと思います」

高田暮舎では移住定住事業に関する取り組みとして、移住サイト「高田暮らし」の開設・運営、空き家バンク事業、移住者が地域に溶け込めるような交流イベントの開催などを行っている。今後、移住希望者の体験ツアーの開催、住居探しと同様に必須ともいえる陸前高田市内における雇用促進事業などにも取り組む予定だ。

空き家バンク事業に注力する陸前高田市では、家を購入または新築した移住者へ地域商品券で最大100万円分の助成金を用意している。近年有効活用が叫ばれる廃校利用も積極的に行っている。
「米崎町の旧高田東中学校は、市と立教大学、岩手大学が共同で『陸前高田グローバルキャンパス』をオープンさせました。また矢作町の旧矢作小学校は簡易宿泊所『二又復興交流センター』として再生し、有効活用しています」と、陸前高田市役所 企画部 企画政策課の高橋純基さんは説明する。

移住者インタビューのほか、空き家情報、陸前高田での暮らしなどを詳しく紹介する「高田暮らし」。「陸前高田に来たらこんな暮らしができる」という目線でつくられている。読み応えのあるホームページだ移住者インタビューのほか、空き家情報、陸前高田での暮らしなどを詳しく紹介する「高田暮らし」。「陸前高田に来たらこんな暮らしができる」という目線でつくられている。読み応えのあるホームページだ

人が魅力の陸前高田。「生き方に惹かれる人が多いです」

大学卒業後、高田暮舎で仕事をする山崎風雅さん。20代の若い力に代表の岡本さんも期待している大学卒業後、高田暮舎で仕事をする山崎風雅さん。20代の若い力に代表の岡本さんも期待している

高田暮舎で広報担当を務める山崎さん。この春東京の大学を卒業し、高田暮舎のメンバーに加わった。大学2年生の秋に先輩の紹介でNPO法人SETに入り、月に1回ほど陸前高田に足を運んだ経験から「この町で暮らしたい」と思ったという。

「この町では漁師さんにお世話になることが多いのですが、漁師さんをはじめ、生き方に惹かれる方が多いですね。アクティブに暮らしているせいか、この町で暮らし始めてから『だるい』と感じることが減りましたし、自分が暮らしていた都会の町も好きになりました。自分の意思でこの町に来て、この町のために活動し生活していることに充実感を覚えますし、私たちの活動を通して地元の方たちが改めて陸前高田の魅力に気が付いてくださることも嬉しく感じています」

広報担当として、仕事も充実しているようだ。
「移住者インタビューなどを通して、もっともっと陸前高田のことを知りたいと考えています。その前提として、より深い話を聞くためにも、私自身がもっとこの町のことを知る必要性を感じているのと同時に、地元の方、そして移住者の方とより良い関係を築くことを大切にしています。

この町で幸せを実感できる人の数を、昔から陸前高田で暮らしている人、移住者を含めどんどん増やしていくのが夢。町をいい顔で、いい空気感で溢れさせたいです。また、陸前高田の一次産業はとても素敵なのですが、町を愛し、仕事を愛する熱い想いを持つ方がやめたら途絶えてしまう仕事もあります。そういう課題がある中で、表立って見えていない素晴らしいもの、一次産業の光っている部分を照らすような仕事もしていきたいと考えています。地元の方がこんな風に暮らしている、移住者と関わってこんな風に変わったというような情報も発信していきたいですね」。

「人に寄り添うこと、人の人生に関わることが楽しい」

大学を休学し、高田暮舎で仕事をする三橋英里奈さん。「都会」「大企業」などのワードではなく、自分のしたい仕事をしたいと語る。人生を見つめ直す1年になる大学を休学し、高田暮舎で仕事をする三橋英里奈さん。「都会」「大企業」などのワードではなく、自分のしたい仕事をしたいと語る。人生を見つめ直す1年になる

空き家バンク事業を推進する三橋さんは現在大学を休学し、高田暮舎の活動に取り組んでいる。高校時代の友人に誘われ、大学2年の秋にNPO法人SETに。大学1年生の時から介護ヘルパーの仕事をしていたそうで、「人に寄り添うこと、人の人生に関わることが楽しい」と話す。

「陸前高田での暮らしは本当に楽しいです。車さえあればまったく問題ありません。目の前にある海や山、夜空などに癒され、心が落ち着きます。仲間や町の人たちとの交流が活動の原動力で、『一緒に生きている実感』『人とのつながり、温かさ』などを感じます。

私は大学を休学して高田暮舎で仕事をしていますが、場所や社名だけで就職する会社を選んだ友人もいます。私はこの仕事をしたい、こんな生き方をしたいというはっきりしたものがないまま大学3年生の後半になり、それがすごく嫌でした。ただ人のために何かをしたい、寄り添いたい、陸前高田がすごく気になるといったような理由で休学し、やりたいことのひとつだった高田暮舎での活動に取り組んでいます。休学しているこの1年間が勝負。自分の生き方を表現し、『そんな生き方があったんだ』『そんな選択肢は知らなかった』と、1年後に親や友人、大学にちゃんと伝えられるような結果を出したいと思います。いずれ大学に戻りますが、卒業後は人の心を震わせられるような仕事をしたいと考えています」

現在取り組んでいる空き家バンク事業の難しさ、また意識していることは何だろうか。
「家の所有者様が思いのほか全国に散らばっており、所有者様探しや空き家バンクにご協力いただけるかの確認に時間がかかります。家の売却、賃貸をお願いする際は、ご家族の想い出が詰まった大切な家であることを理解した上で、空き家バンクへのご協力をお願いするように気を付けています」

陸前高田市の空き家バンクは現在2件。2018年度中に20件まで増やすことを目標にして日々業務に取り組んでいる。

「陸前高田式の移住定住サービス」の構築を目指す

高田暮舎の今後の目標や現在の課題についてお聞きした。
「陸前高田式の移住定住サービスを定着させたい」と岡本さんは話す。
「移住定住サービスで特色のある自治体もあります。ただ、その方法を真似たらいいかというとそれは違うでしょう。私は20~40代ぐらいの若い人たちが活躍できる場所づくりをするための、陸前高田式のゴールデンルールを構築したいと考えています。高田暮舎単独ではなく、皆で得意なところを持ち寄り陸前高田への移住定住に結び付けたいですね。陸前高田は覚悟を決めている人には優しい『挑戦できる町』。震災をパワーに変えて前進していきたいと思います」

現在の活動について「町の人からフィードバックをもらえるようになるまでどれ位の時間がかかるかということをすごく意識している」と話す岡本さん。
「今のところは、結局陸前高田市と私たちが考えるベストでしかありません。今後、関わっていただく地域の方々にとってのベストもしっかり重ね合わせられるようになっていかないと、いずれ事業として立ち行かなくなるでしょう。陸前高田市、私たち、地域住民の方に加え、移住をされた方たちの4者のサービス設計について考える必要があります。仲間を増やし、同時に地域の皆さんに私たちのことや、私たちの事業を認知していただくことにも注力したいと考えています」

移住定住への促進活動をしながら、その上であえて苦言も呈する。
「私たちの活動も含め様々な取り組みが、町の人達の考えるきっかけになって欲しいと思います。仮に移住者に否定的な町があってもいいのではないでしょうか。厳しい言い方をすれば、陸前高田はあまり深く考えることなく震災後7年経ってしまったように感じます。皆が考えて前進する、そんな町にしていきたいですね」

「空き家バンクの取り組みは2017年にスタートして、1年間取り組むのは2018年が初めて。こういう事業を行っているというアピールには実績が求められます。高田暮舎さんと一緒に今年は20件を目標にしています。他の市町村との差別化では、入居後の生活のフォローを綿密に行っていること。さらに煮詰めてより良いサービスを行えるようにしていきたいと思います。それが評判となり、さらに陸前高田に移住する方が増えるようなよい循環をつくりたいと思います」と高橋さん。

「土台は2017年にできた。2018年はどれだけ発展できるかが勝負。成果最優先で取り組みたい」と話す岡本さん。20代、30代の若いスタッフが中心となり、市と協力しながら活動する高田暮舎。若者のパワー、そしてアイデアがどのような形で進化し、実を結ぶのか。高田暮舎の活動はまだ始まったばかり。今後もその取り組みを紹介できたらと思う。

■「高田暮らし」
http://takatakurashi.jp/

■NPO法人高田暮舎 フェイスブックページ
https://www.facebook.com/TAKATAKURASHISHA/

■NPO法人SET
東日本大震災をきっかけに設立。陸前高田市広田町を拠点に、町の人とともに「まちづくり」に挑戦している団体
https://set-hirota.com/

写真左から、岡本さん、山崎さん、三橋さん、高橋さん。今後の活躍を期待したい写真左から、岡本さん、山崎さん、三橋さん、高橋さん。今後の活躍を期待したい

2018年 07月26日 11時05分