「茶摘み」の歌にも歌われる八十八夜とは?
夏も近づく八十八夜
野にも山にも若葉が茂る
あれに見えるは茶摘みじゃないか
あかねだすきに菅(すげ)の笠
「茶摘み」の歌は、日本の歌百選にも選ばれた唱歌だが、作詞者・作曲家ともに不詳だ。
いつごろから歌われていたのかはわからないが、初出は1912年で、文部省が編纂した「文部省唱歌」に掲載されており、日本人にはなじみ深い曲ではないだろうか。
八十八夜とは、立春から88日目にあたる雑節で、霜が降りるのはこのころまでとされる。茶葉の新芽が出るのも同じ時期のため、霜が降りると大きな被害を受ける。現在では品種改良も進んだが、近年までは一度の霜で使えなくなってしまったので、藁などで防いだ。
八十八夜の日、茜のたすきと菅の笠を身につけた娘たちの、茶摘みの様子が歌われている。しかし、1949年11月発行の5円切手に描かれる茶摘み娘は手ぬぐいをかぶっているから、茶摘み娘が被っているのは、必ず菅の笠というわけではないようだ。実は、茜のたすきには意味がある。茜には止血作用があるので、茶葉で指先を怪我したときは、たすきを揉んで応急処置したのだ。
「八十八夜」の数えは太陰暦により、八が重なる縁起の良い日
季節的には、八十八夜のころから気候が安定し、稲作・畑作などの農作業も本格的に開始される。
日本文学史学者・中村羊一郎氏の「茶の民俗」によれば、八十八夜のころに摘まれた「新茶」に対し、前シーズンの末期に摘んだ茶葉が「晩(番)茶」だ。実際には高級ではない普通のお茶全般が番茶と呼ばれ、庶民の間に広がっていった。
ところで、立春はまだまだ寒い日が続く時期で、春が始まる日とされるのに多少違和感がある。しかしそれは、太陽の運行を見るとよくわかる。立春は、冬至と春分のちょうど中間にあたるからだ。太陽が出ている時間が一年でもっとも短い冬至は「冬の極まる日」、昼と夜の長さが等しい春分を「春が極まる日」とするなら、その中間から春が始まるとの考えは自然であろう。
それから88日目に茶摘みをするのは、末広がりの「八」が重なる日は縁起が良いとされたからかもしれない。
明暦二年の伊勢暦にはすでに八十八夜の記載があり、農作業において重要な日との認識があったようだ。また、朝から一日中が「八十八夜」であり、夜だけを指す言葉ではない。なぜ「夜」なのか定説はないが、当時は太陰暦であり、太陽よりも月が暦を示すのに重要視されたからともされる。
お茶の木の日本伝来と、現代と少し違うお茶の飲み方の歴史
さて、お茶の木はツバキ科ツバキ属の常緑樹で、ツバキを小さくしたような白い花が咲く。
自家不和合性の植物だから、めしべと同じDNAを持つ花粉では結実せず、自然にできた種が成長すると、親の木とは違う性質を持つようになる。このようにして茶の木が増えた茶園を「実生茶園」と呼び、個性豊かな茶葉がとれる。しかしほとんどの茶園では挿し木で増やされており、すべての木が同じDNAを持つ。また、花に樹木の力が使われるのを防ぐため、つぼみの段階で摘まれることが多い。
茶の木の原産はインドかベトナム、中国の西南部とされており、熱帯から暖帯に分布している。
日本に渡来したのは奈良時代、聖武天皇の茶会が初めともされる。早稲田大学図書館の古典籍総合データベースで江戸時代中期の禅僧・大典顕常の著した『茶経詳説』を閲覧したところ、「本朝聖武皇帝天平元年百人ノ僧ヲ内裡へ召シ般若ヲ講ゼラル(日本紀ニ元年六月修ス仁王会于宮中ト コノ事ナルベシ)第二日ニ行茶の儀アリ又嵯峨天皇弘仁元年始テ賞茶ノ式を立ラル」とある。そこで『続日本紀』を確認したが、天平元年六月一日に仁王経を朝堂院と畿内七道の諸国において講説した記事があるが、茶については書かれていない。奈良時代の渡来は、あくまでも伝承上の話なのだろう。
また、お茶の飲み方であるが、京都府茶業会議所の理事でもある橋本素子氏は「平安・鎌倉時代の喫茶文化」と題する論文の中で「日本には、大きくいって過去三度、当時の先進国である中国から喫茶文化が将来された」と述べている。文献上の初見は平安時代前期に唐式喫茶文化「煎茶法」が将来されたこと。茶を煮出して飲むのが特徴だという。
鎌倉時代前期に将来されたのは宋式の喫茶文化「点茶法」で、粉末茶に湯を注いで飲むものだった。そして江戸時代には茶葉を湯に浸してエキスを抽出する明式喫茶文化「淹茶法」が将来する。どの飲み方も現代に伝わっているが、平安時代の煎茶は甘葛を煎じたものや生姜などを加えるなど、現代と少し違う飲み方をしていたようだ。
緑茶・烏龍茶など、製法で変わる数々のお茶の種類
日本茶の多くは茶葉を発酵させずに作った不発酵茶(緑茶)で、加熱により発酵を止めてしまう。茶の新芽を摘んで蒸し、揉んで乾燥させたものが主だ。
遮光幕で20日以上覆った新茶を摘んで蒸し、揉まずに乾燥させたものは碾茶(てんちゃ)という。これを挽いて粉末にしたのが抹茶である。
中国茶は茶葉を発酵させたもので、発酵の浅い順に、白茶、黄茶、青茶、紅茶、黒茶と呼ばれる。白茶は茶葉の白毛がついているうちに採取した葉をごく軽く発酵させたもので、銀針白毫茶(ぎんしんはくごう)などがある。白茶の多くが福建省での生産だ。黄茶は白茶より発酵を進ませたもので君山銀針茶(くんざんぎんしん)など、青茶は半発酵茶とも呼ばれ、凍頂烏龍茶や鉄観音茶など、日本人にも馴染みの深いものが多い。紅茶は十分発酵させたもので、正山小種(らぷさんすーちょん)が有名だ。生産された正山小種の多くはイギリスへ輸出されている。黒茶は不発酵の茶葉を微生物で発酵させたもので、普洱茶(プーアール)などがある。
お茶の成分とおいしいお茶の入れ方
全国健康保険協会の健康情報によれば、緑茶にはカテキン、テアニン、カフェインと、3つの薬効成分が含まれている。カテキンは血圧や血糖値、悪玉コレステロールの上昇を抑制し、抗酸化作用、抗アレルギー作用などの効果が期待される。テアニンにはリラックス効果や睡眠改善作用、記憶力改善作用が、カフェインには覚醒作用や利尿作用が期待できる。
おいしい淹れ方はお茶の種類によって違い、番茶やほうじ茶は沸騰したお湯で30秒ほど、煎茶は80度のお湯で約1分、そして玉露は50~60度のお湯で2~3分蒸らすのが原則だ。
硬度50~100の軟水で入れると風味が損なわれないが、日本の水道水の約95%が軟水で、緑茶を淹れるのにふさわしい。
茶袋に入れて水に浸け、一晩待てば水出しの緑茶もできる。水出しなら渋みがでにくく、香りを楽しめるので、これから暑くなる季節は、水出し緑茶を作ってみてはいかがだろう。
■参考
早稲田大学図書館の古典籍総合データベース『茶経詳説』
https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/wo09/wo09_03873/
講談社『続日本紀』宇治谷孟訳 1922年6月発行
柏書房『現代こよみ読み解き事典』岡田芳朗・阿久根末忠編 2005年12月発行
思文閣出版『講座 日本茶の湯全史 第一巻 中世』茶の湯文化学会編 2013年6月発行
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