上映機会の少ない映像作品を届けたい
名古屋市にある、映画を上映するスペースを備えた「Theater Cafe(以下、シアターカフェ)」を訪れた。一戸建て住宅を改装し、1階がカフェとギャラリー、2階が上映スペースとなっている。
運営するのは、オーナーの林緑子さんと、店長の江尻真奈美さん。オープンのきっかけは、あいち国際女性映画祭や市内ミニシアターのスタッフとして働いていた江尻さんと、短編アニメーション作品の上映を手がけてきた林さんが、「映画祭や映画館で上映されないもので面白い作品はたくさんある!」と気付いたから。対象とする作品の傾向から、名古屋でサブカルチャーの聖地とされる大須エリアならば興味を持ってもらいやすいのではと、2012年4月に開店した。
今回の取材にご対応くださった、シアターカフェ店長の江尻真奈美さん。各地の映画祭に出かけて、そこで見た「これだ」と思った作品の監督に声をかけ、上映作品を決めてきた江尻さんは、「言い方は悪いかもしれないですけれど、“青田買い”のつもりで」とのこと。2017年に低予算作品ながら大ヒットした「カメラを止めるな!」の上田慎一郎監督もその一人だというから、その眼は確かだ。そんな若手監督や出演俳優が来場する機会を設けるのも人気を博した映画館でなかなか見られないものがここでなら機会を得られるということで、関東や関西など遠方から足を運ぶ映画ファンも。開店から7年間で、主催して上映した実写作品は約570本、レンタル事業での上映イベントなどを合わせると600本を超え、短編アニメーションは68プログラムを組んだ。
そして、入居していたビルの老朽化に伴う移転準備のため2019年2月に閉店。新天地としたのは北東へ約5km離れた場所。名古屋の町並み保存地区に指定されたエリアの一つで、閑静な住宅街が広がる白壁というところだ。ここで2020年8月に新たなスタートを切った。
前の反省を生かした造りに
映画館というと、シネマコンプレックス=シネコンなど全国一斉公開の新作作品をメインに扱う大型・中型のところと、独立系といわれる作品を扱うミニシアター、そして旧作を主に上映する名画座とある。
映画館の中にはカフェを併設しているところもあるが、このシアターカフェは映画館とはスタイルが少々異なる。上映もできるカフェとして、シアターとカフェが同じ立ち位置にある稀有な存在だ。
移転先には、改装ができることを条件とし、特にエリアなどは限定していなかったそうだ。そこで縁あって、元住宅で長く倉庫として使われていた一戸建て物件を借りられることになった。
以前の大須の店は、手前がカフェ、奥が上映スペースとなっていた。実はそこに難点があった。林さんと江尻さんがDIYで上映スペースに防音の設えをしていたが、カフェスペースでコーヒー豆を挽く音や客の会話などが上映スペースに聞こえたり、反対に上映作品の音がカフェスペースに漏れ出てしまったりもしていた。
その反省を生かし、上下階にスペースを分けることにして設計を進めた。
高性能な設備を揃えた上映スペース
改装にあたって、環境をより良いものにすべく、クラウドファンディングを実施。目標金額110万円に対し、170人の応援を得て164万5,000円の資金が集まった。
2階の上映スペースは、愛知県豊橋市にあるオーディオビジュアルの電源工事やホームシアターなどの設計を専門に手がける株式会社EMC設計に協力を依頼。「EMC設計さんには、素晴らしいデモルームがあります。私と林が2人で見に行き、こんなふうがいいよねと話しました」と江尻さん。
機器は、4K映像も投影可能な高性能プロジェクターと120インチのスクリーンを設置した。以前は巻き上げ式のスクリーンで、エアコンの風で動いてしまうことがあったため、備え付けにしてもらった。
椅子も以前のものは経年などで座り心地に影響が出ていたが、ここでは一新して長く座っていても腰に負担が少ないようなものを基準に選んだという。あえてさまざまな種類の椅子を選んでいることも、利用者の楽しみの一つではないだろうか。
主催上映のほかに、レンタルルームとしてイベント貸出しもするため、通常の映画館とは違って動かすことが可能な椅子であることで、空間使用にフレキシブルに対応できるのも利点だ。貸出しは、自主上映や落語、ゲーム大会など幅広く受け付ける。
1階の入り口で靴を脱いで上がる様式となっているが、それは「靴を脱いだ方が特別感あるし、床材の木の雰囲気を足裏で感じてほしい」という林さんの要望によるもの。江尻さんは「靴を脱ぐことに抵抗がある人も多い」と初めは反対していたが、靴を脱いでいることで上映中にくつろげるので、いまでは「正解だった」と感じているそうだ。
カフェに併設したギャラリーでは上映作品に関連する展示も
1階は、カフェに加えて、片側一面の壁をギャラリーとしている。壁を利用したギャラリーは前の店舗でも行っていて、希望者に貸し出すほか、江尻さんたちがアーティストに依頼することもある。また、上映スペースで流す作品に関連するもの、例えばアニメだったら原画などの展示を行うことも。そうすることで、施設全体で流れを作れるのも魅力だ。
ギャラリーとして使う壁は作品が映える白色に。カフェスペースは木を多用した温かみのある空間としている。
人のつながりが生まれる場所
コロナ禍ということで、移転オープンの宣伝を少し控え、最大19人の定員を10人に減らしているが、ありがたいことに、変わりなく来てくれるかつての常連客がいる。またトイレが和式という古いビルの部屋から新しくきれいになったことで、女性客の姿も増えたそうだ。しかし、居場所のまちが変わったことによる近隣住民などの新しい客層にはまだ届いていないと感じるという。
「工事中に近隣の方が『何ができるの?』とお声がけくださったことはありますが、ここに来てからずっとコロナ禍だったので、実際にどんな客層がいらっしゃるのかわからなくて…。前を通る方をよく見ているのですが、わりと高齢の方が多いかなと、その方たちが好きそうな作品を選んだりもしましたが、まだ認知度がないことを感じました。また、小・中学生の通学路にもなっていて、店内を見てくれたりしているので、子ども向けの活弁付きイベントを企画しましたが、まだコロナの不安も高まっていたときなので中止にしました。なので、これからは親子で来てもらえるような作品のセレクトもしていけたらと思います。せっかくこのまちに来たのですから、ここの客層にあったものも取り入れながら、映画に限らずイベントにご利用いただけますし、地域のみなさんが集まれる場になれば」と江尻さんは語る。
また、シアターカフェで映画を見ることは「体験だと思っている」とも。以前の店舗では、観賞後の客に声をかけて作品の感想を聞き、そこに別の観客も加わってもらったりして、“横のつながり”をつくっていたそうだ。「このコロナ禍が落ち着いたら、再開したい」と話す。
ここで映画と出合い、人やまちとのつながりができる。その広がりは、きっと豊かなものだ。
取材協力:シアターカフェ https://theatercafe.jp
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