旧朝日小学校を舞台に高齢者が安価に、安心して暮らせる住まいを
高齢になったとき、どこに住み、どんな暮らしをしたいか。人によって描く姿はそれぞれだろうが、経済面から考えると都心に住み続けるのは難しいと考える人もいるのではなかろうか。
「高齢になればなるほど住み慣れたところがいいと考えがちですが、冷静に生活費その他にいくらかかるかを試算してみると都心はお金がかかる。年金だけではやっていけないことも多々あります。そこで都会より安価だけれど豊かな暮らしを模索し、2008年から栃木県那須郡那須町で活動を始めました。最初に厚生年金をもらっている人を対象に家賃+月額12万円台で暮らせる『ゆいまーる那須』というサービス付き高齢者向け住宅を企画したのですが、次はもっと安価に看取りや介護にも対応した場を作ろうと考え、場所を探していました」と那須まちづくり広場を運営している那須まちづくり株式会社の代表・近山恵子さん。
場所探しの過程で5年前に巡り合ったのが2016年に廃校になった旧朝日小学校である。校舎はもちろん、屋内プール、広い校庭があり、それらを利用すれば多種の住宅を整備することができると思ったからだ。だが、1回目の活用事業者募集公募では、校庭の活用は考えられていなかったため、利用には限界があった。
2回目の公募では校庭の利用については地元の承諾は自ら取るようにという条件が付いた。校庭を利用し、年に1回、地域の集落の運動会が開かれており、校庭が使えないと200mリレーができないとの反対があったのだ。そこで地元向けの説明会を3回開催、高齢になったり、障がいがあっても地域に暮らし続けられることができる交流拠点を目指していることを訴え、協力を仰いだ。少子高齢化が急激に進む中、廃校の新しい利用方法として応援してくれる人たちも説得に当たってくれ、話し合いを進める中で校庭の利用も認められることになり、2017年から一部改装工事をして2018年4月27日に「那須まちづくり広場」として開設。2021年3月末にはようやく住宅を含めた全面改装の着工に至ることに。
一部改装は、いわばできることからスタートしようということでさまざまな試みを企画しており、今後はそこに徐々に多種の機能が付加されていく。まずは現在あるものから順に説明していこう。
生活、人生を豊かにする施設も多数
校舎は2階建て。そのうち、取材時に主に使われていたのは1階の玄関から入った左半分(施設利用案内図を参照)ほど。これは3年前に文化的交流拠点として事業に関わる個人が3,000万円ほどを投じて改修されたもので、玄関その他小学校だった当時の面影を残して使われている。
那須まちづくり広場の大きな目的は高齢者を中心にさまざまな人たちが安心して豊かに暮らせる住宅や拠点を作ることだが、家を作るだけでは生活は安心にも、豊かにもつながらない。医療や介護などといった安心につながるサービスはもちろん、他者との関わりや文化、芸術などに親しむ、やりがいを持って仕事やボランティアに打ち込むなど多様な場があることで、人生は豊かで楽しいものになる。そのため、旧校舎内は部屋、場所ごとに異なる使い方をされているのである。
たとえば廊下にはたくさんの本棚が置かれ、文学全集や絵本、新書、文庫といろいろな書籍が並べられている。これを整理、管理する仕事をしているのは地元のボランティア。司書の資格を持った人が支えているそうで、来客に朗らかな声で挨拶、楽しそうに本を手にしていた姿が印象的だった。
学校ならぬ、「楽校(がっこう)」というアートを中心に多種多様な講座が開かれる教室もあった。定期的に開かれているものとしては絵画・書道教室や染物教室など。貸し教室としても利用できるそうで、午前午後各1,000円とお手頃だ。隣接してギャラリーもあり、趣味の作品を広く見てもらいたいという人にはうれしい場だろう。
天然素材の下着、靴下、服などをそろえたショップもあった。自然、環境への配慮は全体を通して共通するものがあり、隣接している「あや市場」には自然食品も多数並べられていた。もうひとつ、中心になっているのは地元産の産品。野菜はもちろん、お菓子や味噌、酒などが並べられていた。宅配、取り寄せも行っており、周辺に商店の少ないエリアではこうした買い物ができる場も必須だろう。
地域の居場所であり、地産地消、農業の六次産業化を狙う施設も
校舎の右側の一番奥には調理を行う「らくらく食卓センター」や「コミュニティカフェここ」がある。らくらく食卓センターで作られてものは、那須町から委託を受け、高齢者のお弁当として配達されている。カフェでは、地元野菜たっぷりの定食やピザなどが評判で、これを目当てにやって来る人も少なくないとか。地域の居場所としても機能しているのだ。
私たちもここでランチをいただいたが、安心安全を旨としており、優しい味わいで野菜もたっぷり。いずれ高齢者が多く住むようになれば食数の増加が見込まれる。今後の工事ではカフェ・食堂、食卓センターを拡大して、これまで以上のニーズに応えられるようにしていく計画だ。
また、地元の農家と取引し、料理には地元産野菜が使われているのだが、今後、料理の量が増えれば当然、余る野菜も出てくる。それを利用する、野菜の加工場を作る予定もある。徹底的な地産地消というわけで、生産した野菜を残らず使って販売することで農家にも、加工する那須まちづくり広場にとってもプラスにしていこうという考えである。
「改修後も1階の町道に近い左半分には市場、カフェ・食堂に、ギャラリーは拡大・移転し、もうひとつ、交流ホールを1階に移動する予定です。100人ほどが入れる空間を考えており、小学校が残していったグランドピアノを置きます。ホールの一部に楽器ギャラリーがあり、パイプオルガンやチェンバロもあるので素敵な空間になろうかと。定期的なコンサートも予定されています。全体として多世代の交流、活動の場と考えていただければ分かりやすいかもしれません。テナントスペースも設ける予定です」
すでに1階のテナントスペースでは近隣にある「森林ノ牧場」で放牧されているジャージー牛の牛乳を使い、アイスミルクバーを製造しているが、ケーキ工房、パン工房、珈琲焙煎などの出店計画もあり、那須まちづくり広場に行けばおいしいものが食べられることになりそうである。
1階半分は各種福祉サービスの場、2階は住む・泊まる場などに
校舎の残り部分の今後の使い方だが、1階の残り半分には通所デイサービス、放課後等デイサービス、児童発達支援、就労継続支援B型と各種の福祉サービスの事業所が入ることになっている。一見して分かるのは高齢者あり、障がい者あり、児童ありと対象が広範であるということ。多世代が共生する場が模索されているのである。
続いて2階。こちらも中央の階段を境に左右にそれぞれ異なる施設が予定されている。半分は住宅の確保が難しい子育て世帯や那須町に移住を検討している方を対象にした、広さが18.2m2~44.8m2、賃料2万1,000円~5万4,000円ほどのセーフティネット住宅になる。
「移住のためのお試し住宅、また、乳飲み子を抱えて働きにくいシングルマザーが一時期避難できるような住宅としても機能すればと思っています。生活保護を受けるには至っていないものの、生活に十分なお金があるわけではなく、税金は払っているけれどその恩恵を受けられていない人がいますが、そうした人たちが無理なく暮らせる場になればと思っています」
2階の残り半分にはテナントスペースと、定員36人の1泊3,000円(予定)で泊まれる簡易宿泊所が配される。簡易宿泊所は宿泊付きの研修、合宿、観光客、ゲストルームなどでの利用を見込んでいる。また、1階に入る事業所のスタッフの利用もあるのではなかろうか。こちらも広さはセーフティネット住宅同様、コンパクトなものになる。
屋内プール、校庭に高齢者住宅を
校舎以外では屋内プール、校庭が利用される。まず、屋内プールは看取りにも対応するサービス付き高齢者向け住宅26戸に転用するという。国土交通省のスマートウェルネス事業の助成を利用し、家賃・食費込みで10万5000円程度(プラス介護保険料)で暮らせるものにしたいと近山さん。
「24時間対応の訪問介護や連携する訪問看護を含む地域包括ケアを利用しつつ、最後まで暮らせる住まいにします。定期巡回等のサービスの導入も検討しており、加えて地域の住民、ボランティアとの交流の中で健康維持、介護度の改善を目指せるようにとも考えているところです」
もうひとつ、校庭には自立型の高齢者住宅を54戸新築する。新築に加えて岩手や福島で東日本大震災後に仮設住宅として使われていたログハウスを持ってきて利用するという無駄のない計画である。特に岩手からの仮設住宅は被災者の後にNPOが利用していたことがあるため、三次利用。ここまで使われれば仮設住宅も本望ではないかと思う。広さは30~73m2で、950~2,500万円程度と広さ、価格には幅がある。建物のサイズはある程度決まったものだが、内装は入居する人の希望を取り入れたものにするために話し合いを継続しているそうだ。
「ここに住めば、コミュニティもケアもあり、看取りまで可能な高齢者住宅もあります。また、カフェ・食堂やマルシェ、各種福祉サービスや簡易宿泊所などは雇用を生む施設でもあり、ここで働くということも選択肢のひとつ。高齢になっても社会と関わり続けたい、働きたいという人にはプラスαのある住まいといえるのではないでしょうか」
町の防災拠点としての役割も
那須まちづくり広場で改修するのは校舎、屋内プールに校庭だが、敷地内には体育館もあり、これは那須町の防災拠点となる。そのため、敷地内には井戸や菜園、蓄電池、かまどに転用できるベンチなど防災ファニチャーの設置も検討されている。
「食料や電気、そのほか日常の暮らしに必要なものの7割が自給できていれば災害時にも安心だろうと考え、エネルギー問題に取り組み、地域エネルギー会社をつくるつもりです。そのほかビオトープを作る、野菜の栽培なども手がけるなど、活動は身の回りのすべてに及んでいます。町と調整したり、地元の方々に参加していただいたりする必要もあり、月に2~3回程度の講演会、学びと実践の機会などを積み重ね、各種印刷物、SNSなどを通じて私たちが考えていることを広く発信し続けています」
最後に今後のスケジュールやお金の話など。現在着工しているのは交流ホール、カフェ、マルシェ、簡易宿泊所など校舎の西半分と、介護の方向け高齢者住宅になる屋内プールであり、校舎西半分は2021年10月にオープン。屋内プール竣工は同年の12月を予定。介護サービス施設や多世代向け住宅が入る校舎東半分は2022年春、校庭に建設する高齢者住宅は同年秋が完成予定という。
今回の改修の総予算は4億円ほどを見込んでおり、うち3分の2は前出の補助金事業の対象となる。だが、それ以外は自前で用意する必要があり、那須まちづくり広場では寄付を呼びかけている。
「建物の用途変更、確認申請だけで3,000万円くらいかかっており、今後の計画のうち、校庭の住宅部分にはほとんど助成がありません。これまで那須町になかった福祉関連の施設、住宅だけでなく、多世代交流、地産地消、文化交流、農業の六次産業化、地域包括ケアの促進、統合医療の普及などさまざまな意味合いを持つ施設でもあり、地域にとってはもちろん、老後まで安心して豊かに暮らせる住まいを探している人にも意義のあるものになろうかと思っています」
これからの工事の進展、そして2年後の進化した姿を楽しみにしたいものである。
那須まちづくり広場
http://nasuhiroba.com/
問合せ先
〒329-3225 栃木県那須郡那須町豊原丙1340 TEL:0287(74)3434
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