大都市圏は都心部と郊外から成っている

ネスティングパーク黒川のイベントでの大島氏(中央)ネスティングパーク黒川のイベントでの大島氏(中央)

都心集中には弊害がある。過密な状態そのものがストレスを生むのはもちろん、防災上のリスクも高い。都心居住はコストが嵩むし、その割に環境はいまひとつ。特にほかにも出費が必要な子育て世代にとっての住居費負担は重く、経済的合理性に欠ける。自然に恵まれない場所でわが子が成長することを良しと思えない人もいるだろう。

だとしたら、都心一極集中ではなく、もっと分散して住むことを考えられないだろうかと株式会社ブルースタジオの大島芳彦氏。リノベーションで知られる同社は近年、団地や賃貸住宅その他郊外のプロジェクトを多く手がけてきた。

「首都圏や大阪、福岡などの大都市圏では都心部の周辺に広大な郊外エリアがあり、それ全体で都市を構成するような形になっています。郊外といっても都市の一部で、しかも、ここ数十年の電鉄会社の複線化、高速化、相互乗り入れなどの努力で都心と郊外の距離は以前より格段に縮まりました。だとしたら都心に集まり過ぎないほうが固定費である住居費軽減はもちろん、より良い環境の中で暮らせるなど住む選択肢が広がると思うのです」

しかも、1950~1980年代に開発されたいわゆるベッドタウンと呼ばれるまちも時間を経て成熟してきているという。初期に開発された住宅街であればすでに70年近くになり、今は孫世代の時代である。それだけの時間がたてば均質、画一的と言われたまちにも個性が生まれてきているはず。宅地造成時には関わることのなかった地元の農業者と居住者が一緒にまちに関わる例も出ていることからすると、かつてより幅広い層がひとつのまちに関与するようにもなっている。そこに変化のチャンスがあるというのだ。

引かれていた線をぼかすことで郊外を変える

いずれもかつては無味乾燥な駐車場だったスペースを緑豊かな中庭にすることで建物全体を再生した事例。上は東急田園都市線鷺沼にあるグリーンバスケット、下はJR東海道線茅ヶ崎にあるたかすなビレッジ。後者は1階に店舗なども入っているため、ベンチを置いて入居者以外の人も入ってきていい空間になっている。敷地の境界線をぼかした例と言えよういずれもかつては無味乾燥な駐車場だったスペースを緑豊かな中庭にすることで建物全体を再生した事例。上は東急田園都市線鷺沼にあるグリーンバスケット、下はJR東海道線茅ヶ崎にあるたかすなビレッジ。後者は1階に店舗なども入っているため、ベンチを置いて入居者以外の人も入ってきていい空間になっている。敷地の境界線をぼかした例と言えよう

では、どのような変化が必要か。大島氏は「引かれていた線をぼかすこと」と言う。たとえば、用途地域という考え方がある。これはこのエリアは住宅を主に建てる場所、こちらは商業を行う場所と地域に線を引き、用途に合わないものを建てさせないことでベストな環境を維持しようというもの。だが、時代とともに現実に合わなくなっているという。

「高齢化が顕著な駅から遠い第一種住居専用地域などには地域内に専用店舗が作れないため、買い物のためには家から離れた商業地域や駅前などに出かけて行かなくてはいけない。高齢者にとってこれは大変なことです。そこでバス路線の終点にある転回スペースのような低利用地を活用して賃貸の店舗併用住宅を造り、地域の農家や若い子育て層も関わることのできるコミュニティースペースとも言える小商いの場をつくるような計画が進んでいます」

「引かれていた線」にはもうひとつ、業界や分野などの間の線もある。鉄道やバス会社がいくら自分たちの路線が走る地域の衰退を気にしても鉄道、バス単体での解決は難しい。他の業種でも同じで、今どきの社会の問題は、ひとつの業種、分野だけで解決しにくいことが多々ある。であれば、引かれていた線をぼかし、飛び越えて異業種と協業するくらいの覚悟、力が必要なのである。

都心ではすでに線はぼかされつつある。かつては働くだけの場所だったオフィス街・丸の内や大手町に店舗や飲食店、美術館、ホテルなど多種の施設が造られ、週末には観光客がそぞろ歩く場になっていることを考えれば分かりやすいだろう。インキュベーション施設にスタートアップ企業が集まっている状況を想像すればオフィス街としても多様化が図られており、高度経済成長期以降続いてきた場を分離することで効率化を図る考えは薄れつつある。であれば、寝るだけの場所だった郊外住宅地も変われるはずだし、変わるべきだろう。

境界をデザインする、たとえば団地の場合

ホシノタニ団地。企業の私有地として明確に引かれていた、関係者以外立ち入り禁止の線を無くし、関わる人の動線が交わるデザインで団地そのものだけでなく、周辺までを変えた例ホシノタニ団地。企業の私有地として明確に引かれていた、関係者以外立ち入り禁止の線を無くし、関わる人の動線が交わるデザインで団地そのものだけでなく、周辺までを変えた例

そのための具体的な手法として大島氏が挙げるのは「境界をデザインすること」。

「たとえば空室の多いアパートがあるとしましょう。その周囲のブロック塀を撤去し、窓を大きくし、植栽を入れてみる。そうすることで外からのアパートの見え方が変わり、部屋からの外の見え方、部屋そのものも変わる。外からと内からの視線、意識が重なる部分をつくることで空間が変わるのです。同様に郊外を変えるためにも内から、外から、あるいは他の用途からと、様々に重なりあう部分をつくることが大事と考えています」

郊外で手がけてきたジャンルとしては現状では3つ。言うなれば郊外再生の3つの手だ。そのひとつが団地。郊外ではよく目にする居住形態であり、そこが変われば周辺に大きな影響力を持つ可能性もある。好例が座間市にある「ホシノタニ団地」。もともとは一民間企業の社宅で、関係者以外立ち入り禁止という分かりやすい境界を持っていた。

「その明確過ぎる境界をぼかすことで地域の人にも開かれたパブリックな場所にしようと考えました。地域の人、住む人の間にコミュニティの生まれる場にしようと」

塀をなくすだけなら簡単だ。だが、さらにそこに人間関係をつくるのは大変だ。コミュニティは大事だと思う人は多いものの、同時に面倒と思う人も多い。きっかけがなければ多くの人は知らない人と仲良くなったりはしない。そこで大島氏はそこを利用する人たちが自然に重なり合う、参加したいと思う仕組み、つまりコミュニケーションが生まれるきっかけをデザインした。

たとえば団地内に作られた貸し菜園。利用者は外部の人たちが大半なのだが、そこを利用する際の動線は入居者の動線と重なるようになっており、挨拶が生まれるようになっている。それ以外でも菜園に面したカフェでこれまで接点のなかった人たちの動線が重なるように設計されているなど、いくつもの仕掛けが作られているのである。

住宅地に「働く」という機能を挿入する

こうした仕掛けによってホシノタニ団地、そしてそれ以外でも大島氏が手がけた団地では人が様々な接点で人と出会い、コミュニケーションが生まれている。ホシノタニ団地ではそれまで人がただすれ違っていたような場所に外から、周辺地域から人が集まり、新たな賑わいが生まれており、2016年にはグッドデザイン賞の金賞(経済産業大臣賞)を受賞している。

いくつか見せていただいた団地プロジェクトで面白いのは、わざわざ視点が交わるようなつくりをしていることだ。これまでは隣り合う、あるいは向かい合う家同士は視線が交わらないよう、できるだけ外してつくるのがセオリーだった。

「もちろん、それが嫌な人、コミュニティなんて不要と考える人もいます。でも、ひとつの判断基準しかなかった団地の時代と違い、今は判断基準が人それぞれ。だから10人が10人満足するような住宅はそこそこでしかなく、すぐに飽きられてしまう。それよりは10人中2人がすごく満足してくれ、その楽しそうな様子が残りの8人のうちの4人に影響、やがてさらに残りの……と少しずつ、確実に波及していくほうが長く残るものになるのだろうと思っています」

郊外再生2つ目の手として最近誕生したのが、多摩ニュータウンに至る小田急多摩線の黒川駅前に誕生したシェアオフィスを核とした複合施設「ネスティングパーク黒川」だ。座間市「ホシノタニ団地」の成功を受け、郊外における駅前未利用地の有効活用についての相談があり、その答えとしてそれまでの郊外にはなかった「働く」という要素を挿入することを提案したのだという。

上の2点はネスティングパーク黒川。シェアオフィスの向こうには焚き火もできる緑の庭が広がる。都会とは全く異なる働く場である。下2点は鵠の杜舎。住戸が向き合い、互いの動線が交わるように配置されているのがお分かりいただけようか上の2点はネスティングパーク黒川。シェアオフィスの向こうには焚き火もできる緑の庭が広がる。都会とは全く異なる働く場である。下2点は鵠の杜舎。住戸が向き合い、互いの動線が交わるように配置されているのがお分かりいただけようか

団塊世代居住の広い一戸建てを二世帯住宅化

この背景には職住分離という線が社会的にも揺らぎかけている現状がある。郊外の住宅地にはスキル、ノウハウがあり、やる気もありながらくすぶっている団塊世代などのリタイア層がおり、当面は子育てを中心にせざるを得ないキャリア女性も少なくない。そうした人たちがリモートで、あるいは起業などという形でわが家の身近で仕事ができる場。おそらく都市の近郊では今、非常に求められている形だと思うが、そうした場が生まれたのである。今後、子育て、介護でフルタイムでは働けない人たちが増えていけば、郊外での働く場はこれまで以上に求められるはず。黒川の例は先駆になるだろうと思う。

もうひとつの郊外再生の手は団塊世代が今住んでいる住宅を二世帯住宅として住み継ぐことだ。ここにも職住分離の線のゆらぎが背景にある。

「これから10年、20年もすれば郊外の広い一戸建てが空き家になっていくはず。それをどう住みこなしていくか。現状は駅からも遠くて通勤が大変、子どもの面倒を見てもらえないなどの理由から都心に家を買う若夫婦が多いものの、その人たちの働き方が変わり、通勤が不要あるいは少なくなったり、まちが変わればどうでしょう。都心に新築住宅を買うよりも、郊外の親の家に手を入れて住むほうが経済的な負担は少なく、住居費が少なければ生活を豊かにできるはず。親子で住むことでカバーできる不都合もあるはずで、すでに事例は徐々に増えてきています」

空き家の専門家と名乗る人たちは一時期、郊外の住宅街がドーナツ状に空き家化するという予言をしていたが、働き方、そして住宅に関する意識が変わればその事態は十分に避けられるのではなかろうか。せっかく長い時間をかけ、鉄道会社が短時間で結んできた首都圏を空洞化させるのはもったいない。団地の再生、住宅街の入り口に働く場を創出、そして団塊世代の庭付き一戸建てを二世帯住宅化、という3本柱(もちろん、これから新しい柱が生まれるやも知れずだが)が進んでいけば、都心の過密、郊外のスポンジ化をうまくならし、都市圏全体で快適で安全、経済的にも無理のない暮らしが実現できそうな気がするが、どうだろう。

郊外の実家を二世帯住宅化するまでをそのメリットとともに解説する、ブルースタジオが作成した冊子。少しずつ事例が増えているそうだ郊外の実家を二世帯住宅化するまでをそのメリットとともに解説する、ブルースタジオが作成した冊子。少しずつ事例が増えているそうだ

2019年 07月30日 11時05分