上町台地の中心部だから上本町

通り沿い、駅近くには高層の建物があるものの、それ以外は低層の建物が多い上本町界隈。右側の茶色い建物が錢屋本舗本館。入り口にはさまざまなイベントの告知が通り沿い、駅近くには高層の建物があるものの、それ以外は低層の建物が多い上本町界隈。右側の茶色い建物が錢屋本舗本館。入り口にはさまざまなイベントの告知が

上本町(うえほんまち)は北に大阪城、南に住吉大社のある、大阪市中心部の細長い上町台地(うえまちだいち)のほぼ中央に位置する、奈良時代以前からの歴史あるまちである。近鉄大阪線・奈良線の大阪上本町駅と大阪市営地下鉄の谷町線、千日前線の谷町九丁目駅が交差する交通の要衝でもあり、周囲には寺院、学校が多く集まっている。そのため、近年は文教地区として住宅ニーズが高く、タワーマンションが増えた地域でもある。

そんな上本町の駅から歩いて数分。昔ながらの神具店やお地蔵さんの残るまちの中にレトロでありながらモダンな雰囲気のカフェが入った、ちょっと目立つ4階建てのビルがある。入り口にイベントなどを紹介する掲示があるからだろう、立ち止まって眺めていく人もいる。

これが明治43(1910)年創業の老舗、株式会社錢屋本舗の本社がある錢屋本舗本館である。同社は当代の社長である正木裕也氏の曽祖父である初代が手焼きせんべい店として事業をスタート、戦前はお菓子メーカー、戦後は食品ギフト会社として営業を続けてきた。その同社がオフィス、寮として使っていたビルを複合的な使い方で地域に開くに至った背景にはかつての苦い経験がある。

「子どもの頃のこのまちは下町風情もあって賑やかな場所でした。誰も鍵をかけずに出かけるほどご近所付き合いもあったまちですが、バブル期以降に一時、非常にさびれたことがあります。生活している人はいるものの、商店がなくなってとても不便に。トラックで魚屋、八百屋が来ていましたが、沈んだなあと思ったものです」と錢屋本舗・正木裕也氏。

オフィスを2階に、1階には地域の人が利用できる施設を

数年前、築60年近くのオフィスビルをこれからどうしようと考え始めた時に思い出したのはその時期のことだ。幸い、上本町はその後、住宅地として人気を集めるようになり、それに伴い、利便性を取り戻してきた。その一方で新たに参入してくる人たちが尊ぶ文教地区としての歴史が地元にきちんと継承されているようには思えない。であれば、このビルを地域の文化の拠点としようと考えたのである。

「ビル1階にオフィスがあり、かつては寮としても使われていたビルですが、将来を考え始めた時には物置として使っている部分が多いなど有効に使われていませんでした。そこで、フロア構成、使い方を全面的に見直しました」

まず、考えたのは1階のオフィスを2階に移転。1階に地域に開かれたスペースを作ることだった。「企業が取引先の会社で、地域の人がオフィスを訪れることはありません。だったらオフィスは2階でもいいと考えたのです」

そこで1階の元執務室にはカフェを作った。最初は若い人の起業のきっかけとなるようなチャレンジショップを考えたそうだが、少し時代が早かったのかもしれない。手を挙げる人がいなかった。そのため、自分が行きたいと思う、まちに足りないものをと考え、自家焙煎のおいしいコーヒーを出す店を作ることにした。目指したものは顔なじみのできる、昭和の喫茶店である。2015年11月のことである。

1階のカフェ。人のぬくもりが感じられる、自家焙煎のコーヒーが楽しめる1階のカフェ。人のぬくもりが感じられる、自家焙煎のコーヒーが楽しめる

サロンでは地域の人たちが先生になった講座も多数

イベントによく使われているギャラリースペース。置かれている調度品の質の高さに驚くイベントによく使われているギャラリースペース。置かれている調度品の質の高さに驚く

1階には倉庫として使っていたスペースもあった。天井の高い、ロフトスペースのある空間だが、その空間を生かして貸したいと不動産会社に見せるものの、理解されなかったと正木氏。「目の前にあるものは倉庫。それを違う形で使いたいと何度も説明したのですが、彼らには倉庫にしか見えなかったようで、倉庫や作業場として使いたいという人達ばかりを連れて来た。自社使用を決めギャラリーとして改装しようと相談すると、最初は真っ白な壁の提案。それは違うと、最終的には自分の意向を反映させて空間作りをしました」

置かれているのは年代物のピアノに大型の、家庭では置けそうにない1950年代のヴィンテージ大型スピーカーと真空管アンプ、ロフトには革のソファにたくさんの書籍、レコードなどなど。ギャラリーと言いながらパフォーマンスなら何でもあり、ワークショップや物産展、パーティなどにも使える場所で、いるだけで建物、土地の歴史を感じられる空間である。

2階は自社使用のオフィスと賃貸住宅、3階はデザイナーやフォトグラファーなどのクリエイティブな職種の人たちを意識した10~94m2までの大小さまざま、シャワー付きなどもある個性的な賃貸オフィスとなっており、特筆すべきは4階の錢屋サロン。ここでは錢屋塾と銘打って料理や写真、ヨガ、ピラティスから書、箸遣いその他、実に多種多様な講座が毎日のように、しかも、日によっては2度、3度と開かれているのだ。先生方のなかには地元の人も多く、これは正木氏のこだわり。

「地域にはずっと何かを学び続けてきた、先生として通用するすごい人がたくさんいます。でも、これまでは場がなかった。場があれば人間は変わるのではないかと、いろいろな人に先生をお願いしています」

場があればできるという点ではプロ仕様の食洗器や薪ストーブ、ギャラリーに置かれたスピーカーなどにも同じ意味があるという。わが家ではやろうと思わないホームパーティやコンサートがここに来たらできる、そんな場所があったら人は集まるだろうというのだ。

独居の高齢者にも楽しい寄席、角打ちイベント

本館だけでも開かれた、人の集まるビルなのだが、実はそれだけではない。隣接する南館6階には最大225席のホールやスタジオなどがあり、そこでもさまざまなイベントが開かれている。たとえばホールで月1回開かれる寄席はすでに3年目(2019年11月時点)。これが地域のお年寄りが外に出るきっかけになっている。「ガラス屋さんのおばあちゃんは毎回、必ず誰かしらご近所さんを誘って一緒に来てくれます。近年はこの辺りも独居老人が増えていますが、落語のような気軽な集まりなら出てきやすいのでしょうね」

本館1階のカフェを利用して始めた月に1度の角打ちイベントも同様の意図から。カフェは普通、スタッフが来店者をもてなす場だが、角打ちイベントは「来た人が互いを楽しませるという仕組みです。具体的には地域のおっちゃんにほかの地域から来た人をもてなしてもらおうと思って始めました」

たとえば火鉢を用意。そこで銀杏を炒るようにした。若い人にとっては初めての作業ということもあり、これはどうしたらいいのだろうと考える。そこでおっちゃんが「こうやるんだよ」とレクチャー、「もっと揺らさないと焦げる!」と会話が始まるという具合である。あるいはソース文化圏である大阪に多数ある地ソースを集めて、おっちゃんにレクチャーをしてもらうなど。月に1度、いつもは地味な存在である地域のおっちゃんが大活躍、ヒーローになる日をつくろうというのである。

人が出てくる、変わる、交じり合う以外に学ぶイベントも行われている。それがホールを利用したおおさか講座。歴史、文化を伝える番組をラジオで放送、ホールで講座を開き、最後に地元のフリーペーパーに掲載という3段階で伝えるようになっており、正木氏の本気度がよく分かる。

サロンとして使われている空間。90m2ほどのスペースに厨房施設その他が入り、それ以外にはバーベキューテラス、ルーフガーデンなどもある贅沢な場
サロンとして使われている空間。90m2ほどのスペースに厨房施設その他が入り、それ以外にはバーベキューテラス、ルーフガーデンなどもある贅沢な場

いろいろな世代が交じって住むまちを

オフィスビルの1階、2階を外から入れるように改装したゲストハウス。4室のうち、1室にはドライエリアを利用した露天風呂が設けられているオフィスビルの1階、2階を外から入れるように改装したゲストハウス。4室のうち、1室にはドライエリアを利用した露天風呂が設けられている

さらに2019年秋にはオフィスビルの1~2階をゲストハウスに改装した。「まちはいろいろな世代が交じって住むのがよいと思っています。最近は家賃などで分断される傾向がありますが、この地域ではできるだけ、その良さを残したい。そのために学んだり、教えたり、楽しみを共有する場をつくってきたのですが、その発展形がゲストハウスです」

高校生の孫が外国人の彼、彼女を連れて来たら最初はどぎまぎするだろうおじいちゃん、おばあちゃんが時間とともに徐々になじんでいく。まちにとってのゲストハウスをそんなふうにイメージしているそうで、単なる宿泊だけの場ではなく、同社が行っている各種の講座などが利用できる体験型サービスの提供も考えているという。

と、非常に盛りだくさんな正木氏の活動なのだが、これだけ書いても実はまだ書けていないことがある。たとえば待機児童の多いエリアのためにと、保育所を2軒オープンさせてもいる。また、地元の町会の仕事であったり、まちのPRになるならとマンションの広告に出たりと、古い言葉でいえば八面六臂の活躍なのだ。

そうした活動の話を聞きながらふと思ったのは大阪では旦那衆が生きているのだということ。江戸時代以降、戦前までは地域のために尽力する地元の名士(旦那衆のような存在)が多くの地域にいた。だが、社会の変化に伴い、現在ではほぼ絶滅したと言ってもいい。だが、東京に比べて長い歴史のある商都大阪にはまだそんな人たちがいる。地域を大事に知恵を絞る、労力を注ぐ人たちがいる。歴史、風土の妙とでもいうのだろうか、羨ましいことである。

2020年 01月13日 11時00分