築90年超。大事にされてきた銭湯でも営業継続は至難

取材の最中にもあちこちから空き家再生の相談の電話などがあり、物理的にすべてに応えるのは難しい状態という。かつてより増えてきているとはいえ、空き家を適正に再生できる人が少ないということだろう取材の最中にもあちこちから空き家再生の相談の電話などがあり、物理的にすべてに応えるのは難しい状態という。かつてより増えてきているとはいえ、空き家を適正に再生できる人が少ないということだろう

戦災で東京の下町エリアは広範囲に焼失したが、一部、被害を免れた地域がある。台東区入谷もそうした地域で、そのため、関東大震災後に建てられた昭和初期の建物があちこちに点在している。東京メトロ日比谷線・入谷駅近く。昭和通りから少し裏手に入ったところにある快哉湯もそのひとつ。焼け残って以降、大事に使われてきた建物である。

「鶯谷駅と同じ昭和3(1928)年に建てられたもので築91年。数年前から、ボイラーの調子が悪い、雨漏りがするなどオーナーは建物の将来について悩んでおられ、私が参加しているNPOたいとう歴史都市研究会で相談を受けたのは2015年のこと。それから営業が始まる夕方までの時間を利用して建物の調査を始め、活用の道を探りつつあった2016年11月には廃業となりました」と話すのは、快哉湯の、銭湯としてではない活用をサポートし、現在は再生した快哉湯をオフィスとして利用している株式会社ヤマムラ・建物再生室長の中村出氏。

銭湯があちこちで廃業していることは知っており、なぜ、建物まで壊されるのだろうと不思議に思っていた中村氏だが、実際の運営の様子を身近で見て納得したという。

「2019年9月現在の入浴料金は大人460円(東京都の場合。12歳以上)で、1日に100人ちょっと入っても数万円になるやならず。それでこれだけの空間・設備を維持しなければならないのはいくら家族で人件費を節約して経営しているとしても大変なこと。ボイラーの修理には1,000万円以上かかるそうですし、雨漏りの補修はもちろん、築年数を考えると耐震補強も必要。そんな状況下では子どもに後を継ぐかどうかなど聞けはしません。快哉湯の場合は住みながら営業していた愛着のある建物で、建物を残したいという希望があり、家族全員がそれに賛成したため、再生への道を歩むことができましたが、そうでなければ壊されてしまうのは無理もないと思いました」

この十数年で高まった、古い建物を使おうという気運

中村氏が担当になってプロジェクトを進めることになったのは、氏の父がかつて快哉湯の常連であったことと、中村氏自身も大学入学で上京して以来、この地に住んでいたという繋がりからだ。壊された時の喪失感が原動力と言うほど古い建築物が好きという中村氏の熱い思いもそれを後押しした。

「谷中には築200年の歴史を持つ銭湯・柏湯を改装、1993年に誕生したスカイザバスハウスという現代アートに特化したギャラリーがあります。快哉湯のオーナーはそれを知り、なんかしら銭湯以外の用途で建物を使い続けられないかと考えたのです」

谷中界隈にはまちづくりに関わりたいという人も多く、銭湯の担い手を探し、営業を続けてはどうかという動きもあったそうだが、三代続いて経営してきたオーナーからすると、建物が評価されるのは嬉しいものの、同業者にその建物を委ねるには抵抗もあったとか。そのため、何度もどう残すか、どう使うかのアイディアミーティングが繰り返された。

改修してどこかに丸ごと貸すという案もあった。中村氏が取締役として参加する、地域の建物再生を行う株式会社まちあかり舎が明治末期に建てられた町家を再生、大丸松坂屋百貨店がそれをオフィスとして借りるという先行事例があったためだ。

「十数年前、大学の研究室で趣味の延長のように古い建物再生に関わり始めた頃には空き家がこんなに増えるとも、リノベーションがこれほど一般的になるとも、大手企業が再生された空き家を借りる日が来るとも思っていませんでしたが、時代は変わりました」

既存の壁はペンキ絵も含め、ほぼそのまま残されている。ペンキ絵の剥落をどうするかは今後の問題既存の壁はペンキ絵も含め、ほぼそのまま残されている。ペンキ絵の剥落をどうするかは今後の問題

大空間を残そうとするとシェアは難しい

しかしながら、快哉湯はその後、約1年の工事期間を経て2019年4月末にまずはヤマムラ建物再生室のオフィスとして、その後、6月末にはセルフカフェとしてオープンした。丸ごと貸す以外にもシェアオフィスとしての活用も考えたそうだが、銭湯の大空間を活かして使おうとすると問題があった。

「元々浴室だった場所は天井高7mの開放的な空間で、それを小さく仕切ってしまうと、この場所の良さが生きない。ただ、開放的な空間を活かして他人とシェアして使うためには音やセキュリティの問題が生ずる。数ヶ月くらい、各ブースを貸そうと検討はしてきましたが、最終的には弊社がオフィスとして使い、もし、この空間に愛着を感じ、共働できる人がいたら、その時には借りてもらえばよいということになりました」

もうひとつ、中村氏と、氏の父の思い入れもあった。プロジェクトを進め、建物に接するほどに、回収できる収益を考えてそれに応じた分だけを投資、改修するというやり方に違和感を覚えるようになったのだ。どうせ改修するなら過度にかける必要はないものの、きちんと良い改修事例と評価される程度には手を入れたい。結果、1,500万円と見込んでいた改修費は最終的に3,000万円以上になったというが、それでも同社にとって良い拠点、空き家再生の好事例になったことでその価値はあったという。

「地方で建物再生に関わっている人たちや大工さん、そのほか古い建物に関心のある人たちが集まり、ここでプロモーションをしたい、一緒に仕事をしたいと言ってくれるようになったのです。建築を共通の話題としたサロン的な空間とでも言えばいいでしょうか。家賃という意味での収益は上がっていませんが、再生の見本、自分たちの仕事を見せるモデルルームとしての意義は大きかったと思っています」

建物外観はもちろん、下駄箱、掲示まで、残せる部分はほぼそのまま残してある建物外観はもちろん、下駄箱、掲示まで、残せる部分はほぼそのまま残してある

内側に木造の入れ子構造を作って耐震性を担保

実際の建物を見せていただいた。外から見ると変わったのは塀の上部が取り壊され、建物全体が見えるようになったくらいで、ほとんど営業時と変わらない雰囲気。玄関も当時そのままである。

だが、左右に別れたかつての脱衣所に入ると雰囲気は一変する。右側、元々女湯だったところにはキッチンが設置され、大きなテーブルのあるカフェに。まるで家具のような木のキッチンは新しいというのに場に馴染んでいるのが不思議な感じである。

男湯側は中央に大きなテーブルのある会議室的な空間。建物内側には新たに本棚を兼ねたような壁が作られており、その奥にはトイレも。ぎっしり置かれた本を手に取るために梯子も用意されている。

女湯、男湯それぞれから正面に見えるのは元浴室部分。富士山の描かれたペンキ絵はそのまま残されており、中央にあった男湯と、女湯の仕切りが撤去された浴室は、縦にも横にもボリュームのある空間である。左右にある個室の2室ずつにモノを置くスペースなどが作られており、個室の上部は脱衣所部分と同じように本棚を兼ねている。この左右に作られた新たな壁が建物の耐震性を担保しているのだと中村氏。

「木造の建物ですから鉄骨を使わず、木で耐震補強をしたい、既存の壁や建具の状態が非常に良かったので、それを残したいとも思いました。そんな時に恩師である工学院大学の後藤治先生からドイツの発電所で内側に入れ子の構造を入れて補強している例を聞き、それでやってみようと考えました」

左2点は会議室部分を入口からと、反対側からと見たところ。番台も残されており、座ってみることもできる。右側2点はカフェ部分を同様に見たところ。木のカウンターが馴染んでいる左2点は会議室部分を入口からと、反対側からと見たところ。番台も残されており、座ってみることもできる。右側2点はカフェ部分を同様に見たところ。木のカウンターが馴染んでいる

これからはもっと様々な方法で保存、再生を

上/壁側に作られた個室から外を見ると内側、外側に2つの窓があり、入れ子になっていることが分かる。下/真ん中のテーブルを囲む、新しい木の部分が建物を支えている上/壁側に作られた個室から外を見ると内側、外側に2つの窓があり、入れ子になっていることが分かる。下/真ん中のテーブルを囲む、新しい木の部分が建物を支えている

小規模な住宅であれば空間が狭くなる懸念があるが、銭湯のような大空間なら多少内側に入れ子の構造を作っても大きな影響はない。逆に入れ子にした木が支えることで既存の壁には全く触れずに済み、天窓からはかつてのように光が差し込む状態に。建物そのものは今後も時間とともに変化するが、新たに内側に入れた木も同じように変化する。ともに年を経る材なら、時間が経ってもちぐはぐになることはあるまい。

オープンしてまだ半年と経たないが、すでにさまざまな空き家再生に関する相談を受けるようになっており、中村氏は今後、一かゼロではない保存や古い建物をカバーするような残し方ができないかと考えているという。

「解体か、保存かという二択ではなく、記録する、部材を残す、間取りも残す、移築するなど建物の保存、再生にはさまざまな手があるはず。その場でそのまま保存だけしかないと考えると、都心で地価が高額な地域では無理な場合もある。快哉湯はオーナーと私達の意見が一致し、収益性とは違う観点から残りましたが、こんなケースはそうそうは起こらない。だったら、どう残せば良いか、今後はそんなことも考えていきたいと思っています」

現在、文京区内にあった洋館の内装材をヤマムラ本社のある山形県の工場に保管してあるそうで、それを使ってフルスペックの断熱を施し、当時の内装材を入れた間取りそのままの新築の家を作れないかを検討しているのだとか。古いモノの再生には新しいものを作るのと違い、さまざまな制約がある。だが、それが面白いとも。

「音楽の世界では古くても多くの人がカバーし、愛され続けている楽曲が多数あります。建築でも同じように昔のモノを尊敬し、カバーするようなことが行われたら面白いのではないかと思うのです」

最後に、快哉湯を見てみたいと思う方には毎月第二土曜日に開かれる、山形県新庄市の産物が並ぶマルシェをお勧めする。建物が見られる上、美味しいスイーツや野菜などが手に入る。一石二鳥である。

2019年 11月06日 11時05分