マッチングの対象は「小樽民家」
最近、さまざまなマッチングサービスを耳にすることが多くなった。直接のやり取りだけでは理想の相手を見つけるのは簡単ではなく、根強い需要があることの裏返しとも言える。そんな中、重要な観光資源である歴史的建造物が多く並ぶ小樽で、NPO法人「小樽民家再生プロジェクト」が、貴重な物件のマッチングに奮闘している。2012年から試行錯誤を重ね、これまで13件のマッチングを実現。じっくりとコミュニケーションをとり、お互いのニーズや思いを把握してマッチングしている。その妙を、中野むつみ代表に聞いた。
中野さんは札幌市内で公共事業の補償コンサルタントをする会社の役員。10年ほど前から本業を通じて公共事業の減少を肌で感じ、「これからは新しいものを造るより、あるものを使う時代に入ったんだな」と思うようになった。
2011年、所用で小樽を訪れた際に、木枠の二重窓を開けて何気なく外を見ると、小樽らしいモルタルの家がいくつも見えた。かねて、中野さんにとって小樽の原風景は運河だけではなく、海や港が見える坂があって、街灯がともり、その両側にモルタルの建物が並んでいるものだった。そこで、「これは宝の山。建物の中を過ごしやすくすれば人は集まってくる」と直感。仲間伝いに同志を集めNPO法人をつくり、今では不動産関係者、工務店、民泊経営者など多彩な職種の14人が名を連ねる。
マッチングの対象は、いわゆる「古民家」に限定せず、NPO法人が「小樽民家」と呼ぶ幅広いものだ。小樽民家は、明治期から現代まで各時代の建物がそれぞれの特徴を保ったまま混在して、渾然一体となってまち全体の雰囲気を構成しているものを指すという。
5年で多彩な13件のマッチングに成功
NPO法人は2014年、まず関心を持ってもらおうと相談会を初めて実施。コミュニティFMやチラシで呼びかけ、6人を集めた。その後、内部で活動方法の検討を重ねるなかで、札幌の女性が小樽の古民家を求めていることをキャッチ。2016年に第一号として、石蔵のある、築100年超の民家の活用につなげた。今はそこで女性が健康塾、自然食レストランや運動教室を開いている。
これを皮切りに、市内外で全13件のマッチングに成功。もともと一般住宅だったものが多いが、かつての蕎麦屋や病院など多彩。商店の倉庫として使われていた石蔵や、元ガラス工房など、小樽らしい物件も含まれる。建設時期は昭和初期~中期のものが多い。マッチングが成功した後は、飲食店舗に使われるケースが多いが、宿泊施設や自宅として活用されているものもある。ほとんどが購入で、賃貸は少数という。
「使ってほしい」<「使いたい」のアンバランス
これまでのマッチング件数は 5年で13件。1年で2~3 件というのは決して多い件数ではないように思える。そこにはマッチングそのものの難しさがあるという。
2014年の第1回相談会では、老朽化した物件が多いことから事務局は「貸したい」「売りたい」人が多くなると予想していたが、実際は「使いたい」人がほとんどを占めた。2回目以降もその傾向は同様で、需給のバランスが取れていなかった。「使いたい」という人が情報を能動的に探していくのに対し、マッチングする存在が広く知られていない限り、所有者側が交渉の舞台に現れることが少ないためだ。中野さんは「NPO法人は仲人のような立場ですが、まだまだ知られていない。結婚のお見合いで女性も男性も数がないといけないのと一緒で、使ってほしい人も使いたい人も、両方とも数が必要になります。圧倒的に所有者が足りていません」と解説する。
まちを歩いて掘り起こし、〝相性〟を丁寧にチェック
そのためNPO法人としては、活動の周知と、物件の掘り起こしに汗をかくようにしている。まず、年に3~4回開いている相談会で、間口を広く構える。またマッチングの対象になりそうな物件は一般的な不動産市場に出回っていないので、担当者がまちを歩きに歩き、所有者を探し当てて、相談を重ねてホームページなどに掲載する。建物としての歴史が長いほど、相続が適正になされていなかったり、相続人が多かったりと複雑な事情も絡みやすいため、丁寧に時間をかける。成立までは半年~1年を要する。「『この物件は宝。使ってくれる人がいるんだ』と所有者に理解してもらえると、スムーズにいきますね」と中野さん。
「使いたい」人からNPO法人に連絡が入ると、担当者が直接会い、やりたいことや希望する場所、用途などを聞き取る。
大切にしているのは、事務的なやり取りに終始するのではなく、小樽というまちを愛しているか、熱意をもっているかを確かめること。並行して所有者とも連絡をとり、「この人とこの人なら」と思えた場合に、交渉が進んでいく。
老朽化で改修に費用がかかったり、立地や金額面で折り合わなかったりも多々あり、なかなか決まらないケースもあるが、ひょんなことから別の希望者が現れ、急展開で成立することもあるという。不思議な縁がマッチングの糸を引いているような例を目撃してきた中野さんは「所有者が使ってくれる人を選ぶのではなくて、建物が決めているな、と思うことがあります」と語る。
マッチングが成功した後、賃料などの交渉は、NPO法人の思いを理解した不動産仲介会社に委ねる。小樽の民家に憧れて物件を求める人は、パン店やカフェ、雑貨店、菓子店などを初めて開業する人が多く、若者が挑戦し事業が継続できるような条件で折り合えるかがポイントになる。
大家と店子との交流会も不定期に開いている。「マッチングが目的ではなく、あくまで、まちを元気にするための手法なんです。まちを元気にしたいという一つの思いで、所有者と使う人が、お互いに応援するという流れができれば、と思っています」と中野さん。
地元の誇りを取り戻すまちづくりを
小樽は、北海道の開拓において最重要の港湾が造られ、道内で最初の鉄路が敷かれ、北海道の金融の中心地として「北のウオール街」として名を馳せた。ただ中野さんの実感では、高度経済成長に乗り遅れ、人口が流出し、坂の急峻さや雪の多さといった生活条件から、まちに自信を持てず、過小評価しているという。さらに近年では民家所有者の高齢化や建物の老朽化によって解体されるケースが多くなり、「壊されていくスピードのほうが速い」と危機感を募らせている。
そのためNPO法人としても、マッチングのスピードを上げることが迫られている。現状では活用できる物件の選択肢が限られているため、活動の認知度を上げ、件数を増やす必要がある。2022年5月までにマッチングを100件にする目標を掲げ、大きな物件の運営を買って出ることも目指している。
中野さんは「住んだあとに不要になったら壊すというやり方ではなくて、建物でも人間でも古いものを生かして活躍しだすと、元気になってきます。かつては日本有数の商業都市で、宝の山の建物がある小樽。誇りを思い出し、自信を取り戻せるようなまちづくりにもっていきたいですね」と言う。
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