近江商人が栄えた商業の街

近江八幡市には旧市街を中心に437戸の町家が残る(写真上)。株式会社まっせの事務所ももちろん町家を活用。建築年代は江戸後期と推測され、かつて呉服屋を営んでいた立派な建物(写真下)近江八幡市には旧市街を中心に437戸の町家が残る(写真上)。株式会社まっせの事務所ももちろん町家を活用。建築年代は江戸後期と推測され、かつて呉服屋を営んでいた立派な建物(写真下)

「町家」と言えば京都や金沢などが有名だが、実はこの近江八幡の旧市街にもいまなお町家が数多く残る。その数なんと437軒。特に「新町通り」「永原町通り」「八幡堀周辺」は国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定され、市街地の中にありながらこんな風景が見られるのかと思うほど、情緒豊かな街並みが形成されている。

天正13年(1585年)、時は織田信長の死後、着々と勢力を拡大した豊臣秀吉の世。豊臣秀次(秀吉の甥)が八幡山に城を築いたことに、ここ近江八幡市の歴史は幕を開ける。
「元々は信長が築いた安土城下町を秀次がそっくりこの地に移したのが始まりです。『楽市楽座』の信長の政策もそのままでしたから、琵琶湖を往来する北陸と関西の物資を満載したすべての船は近江八幡にある八幡浦に寄港する決まりがありました。そのため、近江商人の地位が確立されたのです」と語るのは、町家情報バンクの運営を手掛ける株式会社まっせの的場保典氏だ。的場氏は近江八幡市地域おこし協力隊でもあり、2年前に兵庫県からの移住組でもある。

楽市楽座の特権は、5年もすると廃止された。しかし、船や街道を利用して人や情報、文化が入ってくる地の利を生かし、近江商人たちは、日本各地に散らばり特に江戸や大阪に出店するなど活躍を続けた。中には、ベトナムなど海外との貿易を盛んにする家もあった。その近江商人の本宅としてこの地に立派な町家づくりの屋敷が立ち並んだのだ。

「私自身も、この地に来て初めて、こんなにも町家群が残されているのかと驚きました。幸か不幸かこの地区は、最寄りのJR“近江八幡駅”からもバスで十数分と離れた場所にあります。以前はもっと近くに駅を誘致しようという話しが出たそうですが、駅ができていたら逆にこの街並みは残っていなかったかもしれません」(的場氏)

437戸中、72戸が空き町家

しかし、高齢化の波には勝てず、当然ながらこの地でも居住者を失い空き家になる建物は多い。近江八幡市が平成19年に実施した「空き家と人材のマッチングによる地域活性化調査町家ならびに空き町家の状況調査」では、町家の総数は437戸、そのうち72戸が空き家となっていたことが判明した。

そこで平成21年には近江八幡市が主導となり「おうみはちまん町家再生ネットワーク」を設立。空き町家の所有者と交渉し、賃貸や売買の情報を提供。一般の町家活用希望者とのマッチングを実施している。現在ではその運営を担うのが株式会社まっせだ。近江八幡周辺は観光客も多く訪れるため、町家活用の希望者は地域外の移住希望者が中心となる。そのため、単なるマッチングではなく、町会への参加に事前に理解をもらうなど、持ち主と希望者との間を「契約書」以上にサポートしてくれる。また、「おうみはちまん町家情報バンク」を利用すると融資がおりやすいといった、市を挙げてのバックアップ体制もメリットにある。

「近江八幡の町家は本当に立派なつくりの家が多いのも特徴です。近江商人というのは、質素倹約を信条としていましたが、日本の各地に行商に出かけ財を築いていたのも事実。ですから表の通りからみたら華美な装飾は省いていますが、一歩敷地内に入れば広い内庭があり、奥まった場所には立派な松の木が植えられていたりします。空き家の活用希望者にとっては、魅力的な環境ではないでしょうか」(的場氏)

では、実際に「おうみはちまん町家情報バンク」を利用した移住者は、町家でどんな生活をしているのだろうか? 実際の移住経験者の方にもお話しをうかがってきた。

かつて水路の要所となった八幡堀。沿道には石畳も敷かれのんびりと散歩するのにもってこいかつて水路の要所となった八幡堀。沿道には石畳も敷かれのんびりと散歩するのにもってこい

東京から単身移住、独学で人気カフェを創造

「Café Cache」のオーナー中村ひとみさん。2012年12月から滋賀に移住をして、すでに5年目を迎える「Café Cache」のオーナー中村ひとみさん。2012年12月から滋賀に移住をして、すでに5年目を迎える

「本当は、ここに移住する予定ではなかったんです」というのは、「日牟禮八幡宮」からほど近い為心町の古民家でヘルシーカフェ「Café Cache(カフェ・カシェ)」を営む中村ひとみさんだ。野菜・雑穀・豆類・伝統食材・漢方食材を用いた蜂蜜料理のお店として人気を集めている。元々は東京でIT企業の第一線で活躍していたが、東日本大震災を契機に「生活の質」を見直そうと田舎ぐらしを選択した。養蜂に興味を持ち、東京在住の頃からネットワークがあった中村さんは、養蜂が盛んな長野に当初は移住を考えていたという。

「もう、長野に移ろうとほぼ決めていた時に、滋賀にいた友人のところに遊びに来たんです。いろいろ観光名所に連れていってもらって、最後に八幡堀に来たんですね。そしたら天気が良くて水面がキラキラ輝いていて、慌ただしい東京に比べたらまさに異空間だと感じました。最初は町家の通りがあることも知らなかったのですが、この街並みと自然と癒しの空間にすっかり魅せられてしまって。結局1年の間に6回通って、この地への移住を決めてしまいました」(中村さん)

「おうみはちまん町家情報バンク」との出会いは、3回目にこの地を訪れた際。東京で下調べをし、情報バンクを見つけるとアポなしで立ち寄ったそうだ。親切に対応してもらったものの、その時にはめぼしい物件はなく、一旦草津のワンルームマンションをランディングスポットとして借り、本格的に古民家探しを行ったという。3ケ月もの間、物件探しに奔走し、ちょうど空き情報が出たのが、「Café Cache」となった現在の古民家だった。

隣に住む大家さんがいつも掃除をしてくれていたというこの物件は、もともと幕末時代に寺子屋として使われていたもの。広々とした中庭には、中村さんがお店でも出すハーブが色とりどりに植えられている。建物の状態が良かったために、ほとんど改修はせず、中庭が見える廊下の戸を外し、内装はご自身で集めたアンティークの家具をあしらってカフェ空間をつくりあげたという。

自慢のことこと煮込んだチキンブイヨンをベースに、ハーブたっぷりの体に優しいプレートメニューが人気を呼び、今では県外からも「Café Cache」目当てでこの地に足を運ぶ人もいるほどだ。

町内会の会合には、全ては出れない。割り切りも時には必要

「カラダに優しい料理」をと、旬の食材にこだわる中村さんは、食材の調達から仕込み、調理、接客とすべてを一人でこなす。実は中村さん、ペーパードライバーで教習所に再度通う時間もなかったことから、食材調達もなんと自転車で近くの野菜売り場を回るという。

「どんなに田舎暮らしに憧れてみても、都会暮らしをしていた人間が街の機能がない場所に行ってしまうのは、やっぱりハードルが高いですよね。ここには街としての機能もありながら、本当に豊な自然、街並みと癒しの空間が揃っている。素晴らしい場所だと思います」(中村さん)

実はこの「Café Cache」だが、8月にはすぐ近くの古民家に移転が決まっている。この家が問題なのではなく、これまで複数店舗が入っていた大型町家が業態を変更するため、その場所にカフェを移しコラボをすることになったからだ。中村さんはヨガのインストラクターの資格も持っているため、今後もう少し活動の幅を広げていくという。

「とにかく、独りですべてのことをしていたので、時間がなかったんです。もちろん町内会には入っていましたが、定例会には出られないし、堀のお掃除なども参加しにくい。仕事を一人でしている以上、そこはある程度割り切りも必要。何もかも街の行事に合わせることはできません。ただ、私は本当にこの街が大好きなんです。朝、昼、晩で景色がまったく違う。朝、買い物に自転車で街を走れば清々しいし、夕方になって空が群青色に染まり湖とのコントラストが混ざっていく様子には思わず息をのみます。そしてこれだけの街並みを守ってきた地元の方の努力には本当に感謝ばかり。なので、今度お店を移転したら少し時間もできるので、もっと町内会の行事にも参加をし、観光案内ではないですけど近江八幡のすばらしさを伝えていく活動ができたらと思っています」(中村さん)

中村さんと話していると、目を輝かせてこの街の素敵なスポットを教えてくれた。八幡堀ののんびりスポットや、琵琶湖を眺める絶景ポイント。実際に夕暮れ時に湖に足を運んでみたが、本当に辺りが群青色に染まる美しい時間の流れを体験できた。「外から来た人間の方が、この街の魅力を語れるのかもしれない」と言うひとみさんは、この街の素晴らしさをもっともっと伝えて、この街にこの地域に恩返しがしたいと話してくれた。

幕末時代寺子屋だった古民家は、ほとんど改修せずに中村さんのセンスだけでここまで雰囲気のあるカフェに(写真左上)。中庭も広々、立派な松の木は剪定に意外と費用がかかることから古民家の賃貸を借りるときには気にしておくポイントだとか(写真右上)。新鮮素材、地のモノでその時期にとれる食材を使ったお料理はカラダに優しいと評判(写真左下)。中村さん絶賛の日暮れの琵琶湖の水ガ浜。太陽が沈みいく瞬間は辺りはまるで絵画のキャンバスのよう。カメラマンも中村さん(写真右下)幕末時代寺子屋だった古民家は、ほとんど改修せずに中村さんのセンスだけでここまで雰囲気のあるカフェに(写真左上)。中庭も広々、立派な松の木は剪定に意外と費用がかかることから古民家の賃貸を借りるときには気にしておくポイントだとか(写真右上)。新鮮素材、地のモノでその時期にとれる食材を使ったお料理はカラダに優しいと評判(写真左下)。中村さん絶賛の日暮れの琵琶湖の水ガ浜。太陽が沈みいく瞬間は辺りはまるで絵画のキャンバスのよう。カメラマンも中村さん(写真右下)

「町家リノベ隊」も活動中!

幻想的な近江八幡春の夜の風物詩、松明の火祭り(写真上)。今回お話しをうかがった株式会社まっせ(近江八幡市地域おこし協力隊) 的場保典氏幻想的な近江八幡春の夜の風物詩、松明の火祭り(写真上)。今回お話しをうかがった株式会社まっせ(近江八幡市地域おこし協力隊) 的場保典氏

「おうみはちまん町家情報バンク」がつないだ移住者の豊かな暮らし。街にとって大きな役割を担っているのだが、まっせの的場氏は、「空き家に関する活動はまだまだ努力が必要」と呟く。

「他の地域と同じように、空き家はあれど、仏壇やお墓の問題もあり、なかなか貸し出しや売買に踏み切る例は少ないです。需要はあっても供給がない状況。町家数が多いこの地域も例外ではありません。持ち主さんは、こんな空き家が利用されるのか?と思っていらっしゃる方も多くて、今啓蒙活動もしています。空き家になって時間がたってしまうと傷みも早くそれだけ改修に費用がかかり、活用もしにくくなります。せっかくの立派な近江商人の町家ですから、活用が進むようにこれからも努力していきたいと思います」(的場氏)

実際、的場氏が参加する近江八幡地域おこし協力隊では、現在地域の空き家を借り受け、「町家リノベ隊」の活動も行っているそうだ。facebookで参加者を募り、広めの一軒家の空き町家の掃除を行い、活用の仕方を考え、DIYで再生させる試みだ。まずは掃除を始めた段階だというが、「この取り組みをプロトタイプとして、ほかの空き家再生へ広げていけたら」と的場氏は未来を描く。

この辺りでは、琵琶湖に生えるヨシを束ね、地域の人が結った「松明(たいまつ)」を燃やす火祭りがある。いまでも200地域でそれぞれ松明を結い、それぞれの決まった日に松明に火を放つ。近江八幡では3~5月の間は、毎週末の夜にはどこかで松明を燃やす火が上がり、それは幻想的な夜の光景を目にできるという。
「なかなか情報発信ができていないのですが、近江八幡は魅力的な街でポテンシャルも高い。みなさんにもっと住んでいただけるように、空き家の情報提供や再生活動に力を入れていきたいと思います」(的場氏)

■おうみはちまん町家情報バンク
http://8machiya.com/about/

■Café Cache
https://www.facebook.com/Cafe-Cache-511614915572862/

2017年 08月17日 11時05分