日本の法律は、修復技術までを保護している

全国から伝統技術を継承する31団体が集結し、多くの団体がそれぞれに実演や体験ワークショップを展開した「日本の技体験フェア」。どれも興味深いのだが、1つひとつ紹介することは難しいので、どんな実演やワークショップが行われていたかは、イベントのサイト(http://www.nippon-no-waza.jp/※サイトは2017年2月まで閲覧可能)で確認してほしい全国から伝統技術を継承する31団体が集結し、多くの団体がそれぞれに実演や体験ワークショップを展開した「日本の技体験フェア」。どれも興味深いのだが、1つひとつ紹介することは難しいので、どんな実演やワークショップが行われていたかは、イベントのサイト(http://www.nippon-no-waza.jp/※サイトは2017年2月まで閲覧可能)で確認してほしい

10月22日、23日の2日間、群馬県前橋市で「日本の技体験フェア」が開催された。これは、日本の文化財を残していくために欠かせない伝統の技が一堂に会するイベント。文化庁が毎年1回開催してきたもので、今年で14回目を迎えた。

イベントを主催する文化庁 文化財監査官 齊藤孝正氏によれば、日本の文化財保護法では、「文化財」そのもののみならず、修復のための技術や扱う道具をつくる技術まで保護の対象となる。「文化財単体ではなく、周辺の技術まで国として保護することは世界でも珍しい」という。

例えば、社寺建造物のような文化財を残すにしても、屋根瓦葺(やねがわらぶき)から、木組みを中心とする木工技術、あらゆる調査と研究により再現される装飾の技、石垣の保存技術に、庭園保存技術、さらには畳一つをとっても現代とは異なる先人の技術が必要となる。

「現在、こうした技術は後継者不足の問題に直面しており、まずは技術の重要性を広く一般の方々にも認知してもらう必要があります。イベントは一般の方へ伝統技術を公開するもので、14回目を迎える今年は31団体に参加いただきました。さらに未来を担う子どもたちに親しんでもらえるよう、以前より大幅に体験型のワークショップを増やしています」(齊藤氏)

その狙い通り、イベントでは家族連れでにぎわい、開場前にはワークショップの整理券を求めて長蛇の列ができるほど。2日間で5,480人もの来場者を記録したという。

今回は、この「日本の技体験フェア」ワークショップを実際に体験しながら、日本が誇る伝統の技術をご紹介していきたい。

いまでは、畳すら伝統を守るのが難しい?

本記事では、中でも建造物の保存に必要な技術のワークショップを中心に紹介したい。まず、向かったのが文化財畳保存会が行っていた「畳の踏み比べ」「畳パズル」の体験だ。「3種類の異なる畳の上に座って違いを感じてみる」。「四角い木枠の中に畳の縮小版をパズルのように綺麗に並べる」というシンプルな体験なのだが、その裏に隠された伝統的な畳をつくる技術は驚くほど奥深い。

畳の踏み比べでは、3種類の畳に実際に座ってみるのだが、その座り心地はまったく異なる。仮に3種の畳をA、B、Cとすると、Aはフローリングにゴザをひいたような固い感触、BはAよりずっと柔らかな座り心地になり、Cはさらにふんわりとした感触を味わえる。実はこれ、素材の違いと機械づくりか手作りかの違いであらわれてくるという。

「畳」を広辞苑で引いてみると、「藁(わら)を糸でさしかためた畳床に、い草と麻糸で織った畳表を使うもの」という意味の内容が書かれている。つまり、藁を使っていないと本来「畳」とは呼べない。しかし、現在では「建材畳」と呼ばれるものが主流で、畳の中身となる「畳床(たたみとこ)」に藁は使われておらず、スチロールの厚みのある板に木のチップを固めたものが使用されている。これが体験で座ったAの畳。固いのも当然であり、耐久性が悪く、硬すぎて長時間の正座に耐えらない、化学物質の放散による壁画などへの影響が考えられるため文化財には使用できない。

BとCは、畳床に藁を使っているが、Bは機械縫いであり、Cは手縫いだ。本来「畳床」は、乾燥した40cmもの稲藁を約5cmにまで締め上げてつくる。手縫いでは、稲藁の分量を加減することで畳の厚みを一定に調整する。もちろん、経験と熟練の技が必要になるものだが、平成以降一般的に流通する畳は、藁の材料が品薄になりAのような素材と機械縫いが主流になっている。当然、畳を手縫いで仕上げられる職人も非常に少なくなってきた。

また、畳縁(たたみへり)は、実は本来位階を表すものであり、文様や素材(絹・麻・綿など)が定められているほか、畳と畳を合わせた際に縁の文様がきっちりと合うように、職人技で細かく調整されるという。パズル体験は、6枚の畳のミニチュアを並べるもので「なんて簡単な」と思っていたが、これが縁の柄を合わせなければならずなかなか難しい。実は部屋というのは、2×4でもない限り同じ6畳といっても微妙にサイズが異なるそうだ。そうした微妙な違いで畳と畳の間に隙間が出ないよう、本来の畳職人は一枚一枚微妙にサイズを調整して手縫いをしていくという。文化財を守るためには、こうした畳の紋あわせや手縫いの技術が欠かせない。

畳パズル(左上)。畳の踏み比べ(右上)・会場では畳の手縫いの実演も行われていた(左下)。畳床の断面写真(右下)、平成に入ると藁が不足しボードを畳床に使う建材畳が主流になってしまった畳パズル(左上)。畳の踏み比べ(右上)・会場では畳の手縫いの実演も行われていた(左下)。畳床の断面写真(右下)、平成に入ると藁が不足しボードを畳床に使う建材畳が主流になってしまった

子どもたちが本物に触れる、貴重な体験

会場で人気体験となっていたのが「壁掛け作りラリー」。これは4団体の合同体験で、1つの壁掛けを作るなかで「木工」「装飾」「建具制作」「左官」が体験できるというもの。しかも教えてくれる講師たちは、その世界では第一人者ばかり。

まずは「NPO法人 日本伝統建築技術保存会」の方々が、壁掛けの枠の下準備をしてくれて、体験者はくぎ打ちで組み立てていく。文化財建造物の修復において、設計手法や施工技術を解明し適切な施工をする“木工技術”。宮大工にも近い技能で、それだけに壁掛けのパーツも木組みの凹凸が並び、重ね合わせるとまったく隙間なくピッタリと合わさる。本来は釘など打たなくても壊れることがないとのこと。こんな小さなパーツだけでも匠の技が披露される。

「装飾」は、(一社)社寺建造物美術保存技術協会が担当し、数パターンの型から選んで、壁掛けづくりの工程で「彩色」を経験させてもらえる。何が本格的かといったら、絵具が岩を削ってつくる岩絵具なのだ。細かな文様を描く技術も当然必要だが、こうした絵の具の調合も大切な技術の内。社寺寺院などの建物に施される装飾は、こうした岩絵具を使って細かな文様を描く「彩色」のほかに、漆をつかった「漆塗り」、神社の鳥居などを朱色に塗った「丹塗り」などがある。例えば「丹塗り」は、修復の際に汚れを落とし、傷んだ部分をカバーし均一な木地を再生した上で「丹」を塗る。現代のペンキ塗装などに比べ何倍も手間がかかるうえ、均一に塗るのはかなりの熟練の技がいるそうだ。「彩色」を行う技術と「丹塗り」を行う技術はまた別で、それぞれに独自性の高い技術を有している。

「建具制作」は、この壁掛けづくりの中で個人的に一番難しかった部分。今の時代で「建具」といえば引き戸や造作家具のどちらかといえば大工仕事的なイメージだが、文化財での「建具」はもはや美術品にも匹敵する。格子細工による装飾は繊細な技が必要だ。体験では壁掛けの中心部分に、「角麻葉」と呼ばれる伝統文様を木枠にはめ込みながらつくっていく。体験用のパーツは職人の方々があらかじめ、角を削り切込みを入れてくれているのだが、その繊細さといったら見事。体験に使った小さなパーツですらその木目を読みながら加工をしているという。

「壁掛け作りラリー」最後になるのが、「左官」体験。漆喰をきれいに外枠に塗っていく。この「左官」の技術は、美しさと同時に強靭さをもつ壁を作るには材料の吟味や調合方法、水引加減の見極めなど熟練の技術が必要とのこと。城や社寺で使われている本漆喰は、現代の住宅などではほとんど使われない海藻のりを使って仕上げるもの。近年の震災などの影響で原材料となる海藻も入手が困難となり、こうした材料を確保するルートを持つことも今では匠の条件の一つだという。

参加していた子供たちは、一心不乱にそれぞれの工程を取り組んでいた。難しい技術の説明など分からないだろうが、繊細な色合いを出す岩絵具や、見事な木組みのパーツなどその技術に触れられることは、感じるものも多いと思う。

まずは木工で壁掛けの枠をつくる(左上)。染色で使った岩絵具、天然素材とは思えないほど色が鮮やか。ただしすぐ渇いてしまうので、染色の難しさも実感(右上)。格子細工では、切込みを木材を折ってしまわないように微妙にまげて枠にはめ込む。のりをつかわなくても外れないほどぴったり(左下)。出来上がりの壁掛け(右下)。まずは木工で壁掛けの枠をつくる(左上)。染色で使った岩絵具、天然素材とは思えないほど色が鮮やか。ただしすぐ渇いてしまうので、染色の難しさも実感(右上)。格子細工では、切込みを木材を折ってしまわないように微妙にまげて枠にはめ込む。のりをつかわなくても外れないほどぴったり(左下)。出来上がりの壁掛け(右下)。

イベントでは匠同士の横のつながりも

お話を伺った、文化庁 文化財監査官 齊藤孝正氏。来年も継続して「体験」を中心としたイベントを計画しているというお話を伺った、文化庁 文化財監査官 齊藤孝正氏。来年も継続して「体験」を中心としたイベントを計画しているという

このほかにも、今では機械づくりが主流になった瓦屋根を昔ながらの手作業で型を抜く「瓦の型抜き体験」なども多くの来場者でにぎわっていた。昔の建造物の優美な特徴は「曲線」。現代で失ってしまった曲線美をつくるには、瓦づくりの製造工程はもちろんのこと葺き上げにも熟練の技が必要。文化財建造物の屋根は昔ながらの製造工程を守った瓦(現在主流のものより重量がある)や曲線美を生かしたものだけに、その修復を請け負える技術者は少ない。「難しいけれども技をつないでいかなければ」と会場にいた年配の匠が語っていたのが印象的だった。

多くの来場者が訪れた「日本の技体験フェア」だが、こうしたイベントには一般に技術継承の重要性をアピールする以外にも、技術者たちにも副産物的なメリットがあったと前出の齊藤文化財監査官は言う。

「イベント会場で眼にした光景は、匠たち同士が積極的に情報交換をしている様子でした。専門性の高いみなさんですから、なかなか横のつながりが持ちにくい。しかし、材料確保や技術継承が難しくなるなかで横のつながりというのは、有効情報をお互いに持ち寄れる可能性があります。今後はそうした横のつながりも意識していきたいと思います」

「日本の技体験フェア」は、毎年1回、全国の自治体と協力しながら各地で開催されていくという。今年は前橋が会場となったが、来年の候補地が現在選定されている。日本の匠が集う日、しかも匠たちの技術を目の当たりに自分も体験できる機会はそうはないだろう。ぜひ多くの人に足を運んでもらいたいと思う。

重要文化財の「臨江閣」がまさに改修中

また最後に、この日のイベントでは同時開催として群馬の迎賓館と呼ばれる「臨江閣」の改修工事見学会が行われていた。その模様も少し紹介しておきたい。

「臨江閣」は前橋市指定の重要文化財で、木造二階建て、入母屋造りの本館は、明治天皇の行幸に際して、県としてのお迎え場所がないことに当時の県令揖取素彦(かとりもとひこ)の呼びかけで民間の寄付により明治17年に建設された迎賓館。

別館は、明治43年に前橋市で開催された「一府十四県連合共進会」のために貴賓館として建設されたもの。現在この別館で創建以来の耐震補強を目的とした大規模改修が行われている。外観は伝統的意匠を残しながら、小屋組をトラス・梁を鉄筋で補強、また内部に洋室を設けるなど近代和風建築として価値が高い。

改修工事として目についたのは、屋根の改修。瓦の銀色の輝きというのは、特別な薬剤を吹きかけているわけではなく窯焼きの際に、油の多い松の枝を使うことで煤(すす)がついて銀色になるという。当然、そうした昔ながらの製法を守る奈良の工場での瓦が用いられるという。ここにも匠の技が残るのだ。

この別館は寺院建築の手法を用いているため、屋根の構造も流麗だ。破風(はふ)と呼ばれる場所に細かな格子(狐格子)が用いられていたり、横から屋根の形を見ると見事にむくり(曲線)を描いている。当然ながら、その曲線を出すためには伝統の技術が用いられての屋根の葺きかえとなる。

「臨江閣」は来年2017年7月に改修を終える予定だ。生まれ変わった「臨江閣」のたたずまいを見るのもまた楽しみだ。

改修前の「臨江閣 別館」の姿。2階には180畳の大広間と舞台もあった。今回の改修で舞台下から、「能」を演じる際などに音響を響かせるためのものだと思われる「甕」が8つ発見された(左上)。屋根も社寺建築の手法が用いられているため、細かな格子の細工や曲線を描いたシルエットになっている(右上、左下、右下)改修前の「臨江閣 別館」の姿。2階には180畳の大広間と舞台もあった。今回の改修で舞台下から、「能」を演じる際などに音響を響かせるためのものだと思われる「甕」が8つ発見された(左上)。屋根も社寺建築の手法が用いられているため、細かな格子の細工や曲線を描いたシルエットになっている(右上、左下、右下)

2016年 11月20日 11時00分