北海道滝川市のアートまちづくり

滝川駅前の様子。空き地や空き店舗が目立つ(写真提供:酒井広司)滝川駅前の様子。空き地や空き店舗が目立つ(写真提供:酒井広司)

今や全国さまざまな地域でアートプロジェクトが進められ、「アートでまちづくり」は珍しい言葉ではなくなってきたように思う。 
北海道空知地方の中核都市の一つである滝川市にも、アートや歴史遺産、自然を活用したまちづくりを進めている団体がある。活動をはじめて今年で15年目を迎える特定非営利活動法人「アートチャレンジ太郎吉蔵」だ。

滝川は、石狩川と空知川の2つの川が合流するところに位置する。かつては川を舟で行き来し、船宿もあったそうだ。その後、3つの国道(12号線、38号線、452号線)が交差する地点と鉄道の中核駅であることから、交通の要地としてまちは発展した。そんな交通の要塞でも、駅前や商店街は空き店舗が目立つ。そこには空知地方ならではの歴史が大きく関係するように思う。

空知地方はかつて、石炭産業で隆盛した。石炭を輸送するために鉄道がいち早く敷設され、全国から働き手が集まり、人口は急激に増えた。滝川に炭鉱はなかったが、周りの炭鉱の中心地として、商店や飲食店、娯楽施設などが次々とでき、交通と商業の役割を担っていた。かつては”空知のすすきの”と言われていたというほど、滝川には飲食店が多いそうだ。

しかし、1960年以降のエネルギー革命により石炭から石油へ移行していくと、次々に炭鉱は閉山。働く場を失った人たちは空知から一気に姿を消していった。こうして人口の急増と激減を経験したのが空知地方なのである。炭鉱の閉山により、滝川の商業も大きく打撃を受けただろう。

そういった石炭産業の影響が今もなお残る地域で、歴史的建物をリノベーションし、そこを拠点にさまざまなアートプロジェクトを展開している「アートチャレンジ太郎吉蔵(以下、A.C.T.)」を訪ねた。

アートチャレンジ太郎吉蔵の「理想の田舎をつくる運動」

〈右〉五十嵐威暢氏 (写真提供:伊藤留美子)〈左上〉札幌駅南口の大時計 (写真提供:五十嵐威暢) 〈左下〉太郎吉蔵内部にある五十嵐氏の作品〈右〉五十嵐威暢氏 (写真提供:伊藤留美子)〈左上〉札幌駅南口の大時計 (写真提供:五十嵐威暢) 〈左下〉太郎吉蔵内部にある五十嵐氏の作品

A.C.T.は、滝川市出身の世界的彫刻家・デザイナーの五十嵐威暢(たけのぶ)氏が中心となって活動している。五十嵐氏は、明治乳業株式会社のロゴやMoMA(ニューヨーク近代美術館)のカレンダーを8年間担当するなど、数々のグラフィックデザインを世に送り出した。その後彫刻家へと転身し、国内外で彫刻やレリーフを作成している。札幌駅を訪れたことがある人は目にしたことがあるだろう、札幌駅南口の大時計も五十嵐氏の作品だ。

A.C.T.の前身は、そんな五十嵐氏の芸術活動を滝川市民に紹介する応援団として2000年に発足した「44の会(よんよんの会)」。子どもの頃は賑やかだったのに、すっかり変わり果ててしまった滝川のまちをなんとかしようと、1944年生まれの同窓生たちとで立ち上げたのだ。

五十嵐氏の講演会の企画からはじまった活動が、2003年には、特定非営利活動法人「アートチャレンジ滝川」に法人化。2016年には「アートチャレンジ太郎吉蔵」(A.C.T.)に改称し、息の長い活動を続けている。

A.C.T.は、滝川の日常に溶け込んだ建造物や風景に価値を見いだしている。
掲げる「理想の田舎をつくる運動」とは、具体的にどんな活動をしているのか、「アートチャレンジ太郎吉蔵」事務局の矢口さんに聞いてきた。

滝川の商業地としての繁栄を伝える軟石倉庫「太郎吉蔵」のリノベーション

A.C.T.の拠点は、滝川駅からほど近いところにある、三角屋根のレトロな雰囲気の石蔵「太郎吉蔵」である。五十嵐氏の祖父にあたる五十嵐太郎吉が1926年に建設した軟石倉庫だ。1970年まで、酒米や海産物、塩などの倉庫として使われており、幼少時代の五十嵐氏の遊び場でもあったそうだ。

軟石は、耐火性と保温性から、北海道開拓時代に庁舎や倉庫の建築に多用された建材だ。その耐久性から、北海道の各地に軟石を使った現役の建築や倉庫が点在している。太郎吉蔵は、北海道開拓の歴史と滝川の商業地としての繁栄を伝える貴重な建物なのだ。

「そんな太郎吉蔵とアートを絡めてまちづくりができないかと考え、2003年に太郎吉蔵のリノベーションがはじまりました。」(A.C.T.事務局・矢口さん)

石蔵の改修のほか、事務所やトイレが入る管理棟の新築工事も行われ、総額3400万円の費用がかかった。費用の半分は北海道からの補助金、残りの半分を地域内外の企業や団体、個人からの寄付でまかなった。また、太郎吉蔵改修の設計チームには、建築家の中村好文氏をはじめ、日本を代表するデザイナー陣が関わっており、資金面、デザイン面共に、五十嵐氏の強いネットワークを感じる。

蔵の改修は、屋根の修繕、床を土間から板張りにする程度で、ほとんど手を加えられていない。軟石倉庫そのものの質感を生かすように、設計されているのだろう。歴史的建築への敬意を感じる。
五十嵐氏の作品もいくつか太郎吉蔵に設置されている。
屋根には、換気口の役割も果たす「ドラゴンヘッド」。建物の入り口には、ペイントされたガラスのスタイリッシュな扉がつけられている。地域の方に自由に描いてもらったあと、五十嵐氏が少し手を加えたものをシルクスクリーンにしたものだそうだ。よく見ると人の顔だったり、バレーボールなどバラエティに富んだイラストが描かれている。改修当時から、地域の人が芸術に触れられる機会づくりが考えられていたのだろう。

改修して生まれ変わった「太郎吉蔵」は、2010年に民間所有の物件では初めてとなる滝川市の指定文化財となった。

〈左上〉太郎吉蔵正面(写真提供:酒井広司)〈右上〉太郎吉蔵内部(写真提供:酒井広司)〈左下〉太郎吉蔵の入り口ドア 〈右下〉冬の太郎吉蔵〈左上〉太郎吉蔵正面(写真提供:酒井広司)〈右上〉太郎吉蔵内部(写真提供:酒井広司)〈左下〉太郎吉蔵の入り口ドア 〈右下〉冬の太郎吉蔵

世界的デザイナーを招くアートプロジェクト

2004年に完成した太郎吉蔵を拠点に、アートに関するプログラムが多数開催されている。

太郎吉蔵で行われている代表的なプログラム
・五十嵐アート塾
太郎吉蔵が着工する前の2003年から行われている。五十嵐氏の幅広いネットワークから、世界の第一線で活躍するゲストを招き、仕事の実績や思想を聞き、まちづくりにおけるアートやデザインの意義や力、その方法や技術を学ぶことを目的としている。これまでに37回開催し、デザインやアート、建築、音楽、映像、まちづくりに関するレクチャーが行われた。地元の方のみならず、東京からも参加者が訪れるプログラムとなっている。

・太郎吉蔵デザイン会議
毎年、蒼々たるデザイナー陣が、3日間に渡り、滝川の太郎吉蔵に一挙に会す。デザイナーがパネリストとなり、日本や世界が抱える問題について、デザインで解決する方法や理念を本音で語り合うというものだ。一般のかたは聴衆として参加することができる。さらには、食事は地域の人たちが地域の食材を使って用意する等、全国から集まるパネリストや聴衆を地元の方が中心となって歓迎する。今年で10回目を迎え、長い年月を経て、地元にも少しずつ浸透していっているようだ。

太郎吉蔵では、これらのプログラムがたびたび行われているが、貸しホールとして一般の方も借りることができる。映画の上映会や音楽会、ウェディングなどの会場に利用されたりなど、様々な用途で使われているそうだ。「アートでまちづくり」というと、イベントの時だけの一過性なものになりがちであるが、貸し館事業も行うことで、他団体がイベントを企画するなど、多くのひとが集う場となっている。

〈上〉太郎吉蔵デザイン会議2017の様子〈下〉太郎吉蔵デザイン会議2017、左から、進行役(山岸正美氏)パネリスト(五十嵐威暢氏、都一中氏、原研哉氏、梅原真氏、桑和美氏、蓮見孝氏)〈上〉太郎吉蔵デザイン会議2017の様子〈下〉太郎吉蔵デザイン会議2017、左から、進行役(山岸正美氏)パネリスト(五十嵐威暢氏、都一中氏、原研哉氏、梅原真氏、桑和美氏、蓮見孝氏)

A.C.T.から育っていったプロジェクト「たきかわランターン・フェスティバル」

先日行われた、第16回たきかわ紙袋ランターン・フェスティバルの様子。個性豊かな一万五千個の紙袋ランターンがまちを彩った先日行われた、第16回たきかわ紙袋ランターン・フェスティバルの様子。個性豊かな一万五千個の紙袋ランターンがまちを彩った

五十嵐氏は、「アートチャレンジ滝川」の活動を立ち上げ当初は、5年か10年ほど続けば、と考えていたそうだ。しかし、活動は今年で15年目を迎える。

毎年2月に開催され、今では滝川の代表的なお祭りの一つと言えるくらいに成長した「たきかわランターン・フェスティバル」もA.C.T.から始まったプロジェクトだ。紙袋に絵を描いたり、切り抜いたりしてつくるアート作品が雪で真っ白に覆われたまちを彩る、一夜限りのイベントである。五十嵐氏がアメリカに住んでいた頃、友人宅へ訪れた際に手作りの紙袋ランターンで歓迎してもらったことが着想となったそうだ。2003年から始まり、先日16回目を迎えた。8回目まではA.C.Tが運営、現在は有志で結成する実行委員会が運営している。初めは数百個の紙袋で商店街の一部から始まったが、9回目からは商店街の一部が歩行者天国になり、飲食ブースが登場。今や、市内の学校や高齢者施設など110団体で紙袋ランターンがつくられ、15,000個の紙袋ランターンが滝川の商店街から国道まで伸びるお祭りへと成長した。協賛企業は200社にも及ぶ。

「五十嵐は、ランターン・フェスティバルは唯一A.C.T.で成功したイベントじゃないか、と言っています。」(A.C.T.事務局 矢口さん)
A.C.T.の手を離れても、たったの3時間という短いお祭りに、紙袋をつくる人、設営ボランティアをする人など、多くの滝川市民が関わり、地域に愛されるアートイベントに育っているということだろう。

15年目の活動を迎えるA.C.T.は、会員からの会費や貸し館事業、自主コンサートを開くなど、現在はほとんどを自主財源で運営しているという。
今後の展望について矢口さんに聞いてみると、
「もう役員も高齢化してきていますが、細く長く活動が続けられたらと思っています。」と話してくれた。

A.C.T.は、滝川のまちで太郎吉蔵という歴史的建築を拠点に、一流のアートに触れられる機会を創出している。地方で暮らしながら、そういった機会があるのは希少なことだ。アートがもたらす効果というのは、すぐには目に見えないかもしれないが、じんわりと地域にも浸透していっているのではないかと感じる。これからも滝川の歴史遺産である「太郎吉蔵」を拠点に、地域内外問わず、人を魅了するような場をつくっていってほしい。

特定非営利活動法人「アートチャレンジ太郎吉蔵」http://act-takikawa.or.jp/

2018年 03月18日 11時00分