尾張徳川家を支えた江戸時代の貯木場から日本庭園へ

名古屋市熱田区に位置する、敷地面積約3.7ヘクタールと市内最大級の規模を誇る日本庭園「白鳥(しろとり)庭園」。庭園の東側を流れる堀川の対岸には、日本武尊(やまとたけるのみこと)が白鳥となって舞い降りた伝説のある白鳥古墳があり、白鳥庭園もその伝説にちなんでいる。さらに東へ行くと、“熱田さん”の呼び名で市民に親しまれ、崇敬を集める熱田神宮があり、名古屋市内でも歴史あるエリアだ。

白鳥庭園の一帯は、江戸時代には尾張藩の貯木場だった。海に近かったため、それ以前から港町として栄えていたが、名古屋城築城を命令した徳川家康が目を付け、整備されることになった。先に述べた堀川は、名古屋城築城と街を整備するための材木を運ぶための運河としてつくられた。現在の岐阜県など木曽と呼ばれる土地で伐採された木材が木曽川や伊勢湾を通ってこの貯木場に運ばれ、尾張の産物として日本各地にも売られて、藩の収入源でもあった。

貯木場は昭和時代まで続くが、輸入木材の影響で国産の需要が低下したことなどから、別の場所に集約されていき、1979年に土地が国から名古屋市へ譲渡が決定。順次、埋め立てが進められていく頃、名古屋市で“文化の薫る都市”計画や、オリンピック誘致の構想があったことから、世界中から訪れる人々をもてなす日本文化=お茶という考えのもと茶室のある日本庭園のアイデアが生まれた。

残念ながらオリンピック誘致は叶わなかったが、整備は1983年ごろから1988年にかけて進められていた。そんな中、名古屋市は市政100周年を記念して1989年に世界デザイン博覧会を開催することになり、ここが“白鳥公園”として名古屋城、名古屋港と共に会場に選ばれる。一部エリアにパビリオンが建てられ、多くの人々を迎えた。

白鳥庭園の全景。名古屋市の街中で緑豊かな美しい景観を成し、人々の憩いの場になっている(写真提供:白鳥庭園管理事務所)白鳥庭園の全景。名古屋市の街中で緑豊かな美しい景観を成し、人々の憩いの場になっている(写真提供:白鳥庭園管理事務所)

中部地方の地形をモチーフにした日本庭園

今回、お話しを聞いた白鳥庭園管理事務所・所長の川島大次さん。白鳥庭園は2010年より岩間造園株式会社と株式会社トーエネック、2014年から公益財団法人名古屋市みどりの協会が加わり共同で指定管理者に。2018年4月1日からはこの三社が“しろとりの杜グループ”として管理する。川島さんは岩間造園の所属で、2010年から着任。樹木医でもある(写真提供:白鳥庭園管理事務所)今回、お話しを聞いた白鳥庭園管理事務所・所長の川島大次さん。白鳥庭園は2010年より岩間造園株式会社と株式会社トーエネック、2014年から公益財団法人名古屋市みどりの協会が加わり共同で指定管理者に。2018年4月1日からはこの三社が“しろとりの杜グループ”として管理する。川島さんは岩間造園の所属で、2010年から着任。樹木医でもある(写真提供:白鳥庭園管理事務所)

世界デザイン博覧会で一部が披露された後、2年かけて再び整備を行い、1991年4月に日本庭園として全面開園した。

庭園のモチーフとなっているのは中部地方の地形。木曽川から取水している名古屋の水が、源流からどのように運ばれ、その恵みで命がつながっているというテーマのもと、3人の造園家がプロポーザルし、京都市出身の吉村元男氏の案が採用。岐阜と長野にまたがる御嶽山を築山にし、そこから湧き出た水が滝になり、木曽川・長良川・揖斐川の木曽三川、そして最後は伊勢湾に流れ出るという、水の景色の移り変わりを描いた。

白鳥庭園管理事務所の所長を務めている川島大次さんは「吉村先生は、このあたりの地形を本当によく観察、勉強されて造られた庭だと思います。先生は、ちょうど日本庭園に自然的なものを映し込むことで生態系もレベルが上がるのではないかと研究されていたころだったそうです」と教えてくださった。

現在の庭園には、木々や植物だけでなく、鳥や昆虫も数多く集まる。その思いが見事に結実してきているようだ。

都心エリアで貴重な生態系が育まれる場所に

白鳥庭園の生物多様性の報告書。この報告書は研究会のブログで見ることができる(https://blog.goo.ne.jp/monosashi758)白鳥庭園の生物多様性の報告書。この報告書は研究会のブログで見ることができる(https://blog.goo.ne.jp/monosashi758)

庭園の見どころの前に、白鳥庭園の生物多様性について少しご紹介したい。

川島さんは、環境活動のネットワークである「なごや環境大学」の共育ゼミで、「都市の緑のモノサシづくり」のメンバーとしても活動。名古屋で第10回生物多様性条約締約国会議(COP10)が開かれた翌年の2011年から活動をしている研究会であり、名古屋市内の公園、神社、寺で植生や昆虫、鳥などを調査している。

2016年に開園25周年を迎えたことをきっかけに、白鳥庭園を舞台にし、開園当時から植生がどのように移り変わっているのか、どんな鳥やトンボなどが来るのかを1年を通して調べた。2017年も調査を続け、最初に庭師の手で植えられたもの以外に自生した生きものや、約20種類ものトンボが訪れているなど、かなり詳しくまとめあげている。

川島さんは「(庭の)ディテールがしっかり作ってあるので、植物たちもだまされるのでしょうか。人工の庭ですが、自然の錯覚ではないですけれど、ここでの生態系ができあがっていることを感じています」と語る。

「今年度は、同じ名古屋市内にある日本庭園『徳川園』を調べ、対比してみることも考えている」とのことだ。

無農薬で庭園管理を行うことと、近くにある大学と共に「みつばちプロジェクト」も挑戦中。都心で豊かな自然が育まれていることに、これからも期待したい。

今後の同じような日本庭園では、ほぼ再現できない石組は必見

山の源流から川、海へと流れる水の物語がテーマになっている白鳥庭園は、ポイントごとに「白鳥八景」と称している。

御嶽山の伏流水が源流になって流れ出る“滝の景”。その源流が深い渓谷にたどりつき、木曽川となる様子の“渓流・渓谷の景”。木曽川が揖斐川、長良川と合流するあたりの“水郷の景”。海に見立てた大きな水面が広がる“海洋の景”から、30分間隔で潮の満ち引きを表す“汐入の景”に続く。その後、東海道唯一の海路で、白鳥庭園の近くにあった七里の渡しの宿場町を表現した“宮の渡しの景”。御嶽山をイメージした築山の近くには梅林など“里の景”、そして茶室“清羽亭の景”で八景となる。巡るときは、この山の風景から水の流れに沿っていくのがおすすめだ。

どこも見応えがあるが、川島さんが最も見てほしいと思うころは「滝の景から渓流・渓谷の景です」とのこと。「水の物語のスタート地点でもありますが、日本庭園を造るとき、岩組や石は重要なものになります。ここには岐阜県の揖斐川や根尾川あたりの揖斐石が約3000トン、その他、長野県上松の木曽石、岐阜県中津川市の御影石などが約3000トンで、合計6000トンほど持ち込まれています。そのうち揖斐石はもう手に入れることが難しいのです。ちょうどこの庭園ができたころ、法律で川の石を採石することができなくなりました。滝の石組や川の護岸などを本当の川の石で造ることができ、本来の自然の景色を映し込むことができたのは、この白鳥庭園が最後だったのではと思います」。

腕のいい職人が手掛ければ自然に近づけることはできるが、やはり、川の流れでもまれ、なめらかさが出る川の石ならではの特徴は、知ったうえでよく見ると違いを感じられるそうだ。法律化される以前に採石されたものを再利用する機会はあるが、これほど大量に使うことは難しいと思われる。

さらに、この石組は、設計の吉村氏が京都の著名な庭師・川崎幸次郎氏に依頼。川崎氏は高齢だったため実際の石組は川崎氏に師事した庭師・佐竹三喜雄氏が担当した。「“天才・川崎幸次郎”と称されるのですが、この二人が組んだ石組、景色をぜひ見てもらえるといいなと思います」と川島さんの思いも強い。

写真上段が滝の景、下段が渓流・渓谷の景。滝の景には雄滝(おたき)、渓流・渓谷の景には雌滝(めたき)と呼ぶ滝がある。自然そのままのような見事な石組が見られる。水は雄滝から毎分4000リットル、雌滝から毎分2000リットルが排出され、合わせて6000リットルが流れながら、水の景色を作り出している写真上段が滝の景、下段が渓流・渓谷の景。滝の景には雄滝(おたき)、渓流・渓谷の景には雌滝(めたき)と呼ぶ滝がある。自然そのままのような見事な石組が見られる。水は雄滝から毎分4000リットル、雌滝から毎分2000リットルが排出され、合わせて6000リットルが流れながら、水の景色を作り出している

日本庭園が成熟していくなかでの管理・維持の難しさ

開園にあたって苦心したことのひとつが、テーマとなっている水を使うこと。滝や渓谷を表し水が流れるあたりは、ベントナイトという防水の材料が使われたが、池の部分では水圧がかかるため水が抜けてしまい、下にコンクリートを敷いて作り直したそうだ。

水の確保も苦労したが、庭園の近くの会社に工業用水を送り込んでいるパイプを延伸して使わせてもらえることに。「しかも精密機械を作る会社だったため、水は木曽川から取水された非常にレベルの高い工業用水でした。きれいな水を大量に使えるということで、水の景色を作るにはもってこいでしたし、今でも水質の維持に助かっています」と川島さん。

また、維持していく難しさもある。「今年で白鳥庭園にきて9年目になりますが、最初に来た時の印象は緑深い、自然の多い庭園だなと思っていたんです。でも実は、滝や護岸が全然見えていなかったんですね。最初のころは木もまだ小さく、そこから成長して庭園として成熟していきます。そるなると、岩組などを木の枝が隠してしまうんです。それに気づくのに、時間がかかりました」。

気付いたのは庭園のアドバイザーの発言だ。「もうちょっと見せろと言われるのですが、最初は何を言われているのか分かりませんでした。今日はこのエリアと決めて剪定していくのですが、けっこうばっさりいくんです。木だけを見ていたら枝ぶりがよいものだったので驚きましたが、切ってみるとその下の渓流が見えて、あ、こういうことかと。それからは大事な部分を判断して剪定するようになりました」。

さらに約250本あるというアカマツも苦労した点だ。「マツは常に緑なので、日本庭園ではお迎えするお客さんの永続的な繁栄を願う、健康を願うという意味がこめられているといいます。飛鳥時代の庭にもマツが植えられていた痕跡があるくらいです。おそらく名古屋市もそういうおもてなしのためにたくさんマツを植えたと思いますが、弱ってしまっていたんです。私が来る前は名古屋市の入札制度で庭師が毎年のように変わり、さしさわりのない剪定しかできなかったんだと思います。

ですが、私の会社は民間になりますので、毎年同じ職人に頼むことができるようになりました。マツの枝作りは名古屋では蒸し暑い気候から、病気や虫が出ないよう、盆栽のような形にします。それを、新しい枝だけでふわっと釣り鐘のような形にする京都風の切り方に替えました。古い枝だけだとその枝がダメになると何もなくなってしまいますが、まんべんなく新しい枝にしてやれば毎年同じような樹形が保てるという京都の長年のテクニックです。
そして職人もなるべく固定することで先を見通すことができるようになりました」。

次回は、数寄屋造りの茶室「清羽亭」と、白鳥庭園の今後の展望についてご紹介する。

取材協力:白鳥庭園 http://www.shirotori-garden.jp/

(写真左上)雄大な海をイメージした海洋の景(写真左下)木曽川が揖斐川、長良川と合流する景色を現す水郷の景(写真右上)汐入の景では、30分ごとに汐の満ち引きを演出(写真右下)アカマツをはじめ、鮮やかな緑色がまぶしい(写真左上)雄大な海をイメージした海洋の景(写真左下)木曽川が揖斐川、長良川と合流する景色を現す水郷の景(写真右上)汐入の景では、30分ごとに汐の満ち引きを演出(写真右下)アカマツをはじめ、鮮やかな緑色がまぶしい

2018年 07月18日 11時05分