増え続ける廃校。地域の特性を生かし新たな価値を生み出す旧吉野小学校

少子化に伴う児童生徒数の減少により、学校の統廃合が全国的に進められている。過疎地では、学校がなくなることで、人口流出、移住への弊害など、地域の衰退に拍車をかけてしまう、という話も耳にする。地域の衰退に歯止めをかけようと廃校の活用が検討されるも、手だてが見つからず、廃校になったまま活用が進まないというケースも少なくない。地域の特性を生かしつつ、学校という役割を終えた校舎に新たな価値を生み出すのは、そう容易なことではないだろう。

北海道空知地方の中心部、人口約6,600人の新十津川町では、2009年に4つあった小学校が1つに統合された。町の中心部から車で20分ほど行った吉野地区にある旧吉野小学校も、103年の歴史に幕を下ろすこととなった。吉野地区は、川が流れる山間に、田園風景の広がる人口80名ほどの地域だ。とてもアクセスがしやすいとは言えない場所に位置するが、自然豊かな地域である。

現在、旧吉野小学校は、彫刻家・デザイナーである五十嵐威暢(たけのぶ)氏のアトリエ・ギャラリー「かぜのび」として活用され、全国から人が訪れる場へと生まれ変わった。アトリエで制作中の五十嵐氏にお話をお聞きした。

北海道新十津川町の吉野地区。一番奥に見えるのが旧吉野小学校北海道新十津川町の吉野地区。一番奥に見えるのが旧吉野小学校

世界的彫刻家・デザイナーが、なぜ廃校をアトリエに?

彫刻家・デザイナーの五十嵐威暢氏彫刻家・デザイナーの五十嵐威暢氏

五十嵐氏は、世界的デザイナーとして、数々のグラフィックデザインを生み出した。彫刻家へ転身後は、アメリカを拠点に活動していたが、近年は日本に居を移し、即興と偶然の作家としてさまざまな公共空間を彩っている。知らず知らずのうちに五十嵐氏の作品に触れている人も多いかもしれない。木や陶の彫刻、ステンドグラス、金属などさまざまな素材を使い、作品を制作している。全国に4ヶ所ほど拠点を持ち、制作するものの素材によって拠点を変えているそうだ。「かぜのび」では、木工作品の制作をしている。出身は、新十津川町の隣、滝川市。以前紹介したアートでまちづくりを行う「アートチャレンジ太郎吉蔵」を立ち上げ、滝川市内でも活動されている。そんな全国に拠点をもつ五十嵐氏が、なぜ、旧吉野小学校をアトリエにすることになったのだろうか。

きっかけとなったのは、新十津川町の現熊田町長だという。五十嵐氏は、当時、滝川市内の倉庫を作品の収蔵庫として使っていた。しかし、老朽化で使えなくなり、新たな倉庫を探していたところ、隣町である新十津川町の教育委員会を紹介してもらったのだという。

「当時、教育長であった熊田町長が、閉校が決まっていた吉野小学校へ連れて行ってくれたのです。熊田町長は、『新十津川町の子どもたちに芸術家の話を聞かせたい』と言っていました。そんな思いを持っている方はなかなかいないので、嬉しかったです。」(五十嵐氏)

五十嵐氏は、初めて吉野小学校へ訪れたときのことを話してくれた。

「ここに来るまでの風景、周りの環境が素晴らしかったです。小学校の玄関に入ったとき、校長先生が野草で生けたという、大きな生け花が出迎えてくれました。掃除が隅々まで行き届いていて、とても大事に使われている学校なんだな、ともう一目惚れでした。」

そこから、五十嵐氏は、吉野小学校の閉校記念碑を手掛け、校舎を収蔵庫としてではなく、アトリエとして活用することになったのだという。

旧吉野小学校の面影を残しつつ、アトリエ・ギャラリーへリノベーション

旧吉野小学校の校舎は、1983年築の2階建てコンクリート造で、まだまだ現役として使える建物だ。閉校後まもなく町によって改修の計画が進められ、2011年5月に新十津川町の彫刻体験施設「かぜのび」としてオープンした。

「かぜのび」へ行くと、校庭にある閉校記念碑が目に入るが、一般的な記念碑を思い浮かべていると一見気がつかないかもしれない。103個の地元で取れた石と、鉄のフレームがたたずんでいる。

「103年という歴史をどう象徴的に作品に込めるかというのが命題でした。たまたま吉野でダム工事を行っていて、そこから出てきた石を103個積み上げています。」(五十嵐氏)

「かぜのび」のエントランスも鉄のフレームでつくられており、この閉校記念碑から「かぜのび」へとストーリーが繋がっているような感覚を覚えた。外観は、小学校時代のままであるが、エントランスのトンネルをくぐって内部へ入る体験は、まるで異空間へ行くようでわくわくする。

校舎に入ると「吉野小学校」と書かれたスリッパが迎えてくれた。主に1階がリノベーションされ、白を基調とした明るいスタイリッシュな空間だ。しかし、階段や窓などかつての学校の姿が随所に残されていて、どこか懐かしさも感じられる。館内は、五十嵐氏の作品を制作するアトリエに加え、作品の展示室(ギャラリー)やカフェスペースがある。展示作品は、テラコッタや木工作品などで、小さいものから体育館全体を使った大型作品などさまざまだ。

「作品は、あまり多く展示しないようにしています。素晴らしい自然環境に恵まれている『かぜのび』は、いい時間を過ごすための場所です。ここに来てみたら、たまたまアートに出会った、といった感じでいいのです。本を読みに来てくれてもいい。1、2時間ぼーっとしていっていただければと思っています。」(五十嵐氏)

(左上)閉校記念碑と「かぜのび」外観(右上)エントランスのトンネルをくぐった先の「かぜのび」内部(左下)玄関ホール。スタイリッシュな空間に学校時代の面影が残されている(右下)元職員室は、巨大なテラコッタの作品の展示室に(左上)閉校記念碑と「かぜのび」外観(右上)エントランスのトンネルをくぐった先の「かぜのび」内部(左下)玄関ホール。スタイリッシュな空間に学校時代の面影が残されている(右下)元職員室は、巨大なテラコッタの作品の展示室に

ここだからできる、周囲の環境も生かした廃校の活用

「かぜのび」は、冬期は休業しており、5月~10月の5ヶ月間のみの開館だが、全国から人が訪れているそうだ。

「2回、3回とリピートしてくださる方が多く、とても驚いています。」(五十嵐氏)

「かぜのび」は、一般社団法人「風の美術館」が新十津川町から委託を受け、運営をしている。「風の美術館」は、新十津川町の小学生へのアート教育や五十嵐氏の作品の制作サポートなども行う。

アート教育では、新十津川駅のリニューアルデザインを考えて、模型をつくったり、吉野地区の水田にかざる「かかし」をつくるなど、造形の授業を行い、五十嵐氏が授業へ参加することもあるという。新十津川町の子どもたちにとって、芸術家に触れる貴重な機会だ。当時の教育長(現熊田町長)が五十嵐氏を旧吉野小学校へ案内した際の思いが形となっている。

また、「かぜのび」は、五十嵐氏の作品の制作サポートに多くのボランティアが関わっているのも特徴だろう。体育館に展示されている「ゆ・ふ・る・じ」は、特注サイズの合板を26枚使った大作だ。五十嵐氏によってさまざまな形に切り取られ、切り口のヤスリがけや塗装はボランティアの力を借りて仕上げられた。
この「ゆ・ふ・る・じ」の作品の中で、ギターやヴァイオリン奏者を招いてのコンサートを開催することもあるそうだ。五十嵐氏の彫刻作品と音楽のコラボレーションは幻想的な空間に満たされ、涙を流す人もいるという。都会の喧騒から離れ、自然豊かな環境と五十嵐氏のアート作品が訪れる人を魅了しているように感じる。
「かぜのび」で作品を制作している五十嵐氏自身も、山々や水田が四季で移り変わっていく様子に魅了され、作品に影響を受けているそうだ。この環境で、今後どのような作品が生み出されていくのか楽しみだ。

「かぜのび」は、校舎だけの活用ではなく、周囲の自然と五十嵐氏の作品が調和することで、ここでしか味わえない空間となっているように感じる。

学校がなくなりはしたが、校舎を再活用することで新たな人が地域を訪れるきっかけにもなっている。便利な場所ではなくても、活用の仕方によっては、地域に新たな価値を生み出せる可能性があるのではないだろうか。

特注の合板を26枚使った作品「ゆ・ふ・る・じ」体育館全体を使って展示されており、日の当たり方によって、いろんな表情をみせる特注の合板を26枚使った作品「ゆ・ふ・る・じ」体育館全体を使って展示されており、日の当たり方によって、いろんな表情をみせる

2018年 10月28日 11時05分