転機は「2人の地域再生請負人」

戦後復興期から高度成長期にかけて、闇市からの小商いが数を増す中、各地に数々の商店の集まりと通りができていった。人の流れが生まれ、まちの一等地となり、「~通り」「~銀座」などの名前も付けられ、地域の人々の消費を担ってきたのが商店街だ。
そんな商店街も車社会、郊外への大規模小売店舗の出店が進み、少子高齢化も拍車をかけて、商店街を中心とする中心市街地は目に見えて空洞化していく。いわゆるシャッター街が、各地に増えていったのである。さらにEC市場の拡大によりネットで物を買う消費者が増えており、商店街はますまず厳しくなっていると思われる。

そんな中、宮崎県日南市に注目を集める商店街がある。広島カープのキャンプ地からほど近いこの商店街……いまや、全国から視察が絶えないという「油津(あぶらつ)商店街」である。しかし、ここもかつてはシャッターと空き店舗だらけのいわゆる「地方の寂れてしまった商店街」だった。

変化をむかえたのは2013年、当時33歳という九州最年少で当選した新市長の誕生と共に、日南市は商店街に新たな店舗を4年以内に20誘致するというミッションの人材を全国から公募した。
月額90万円という、応募する市長の給与よりも高い委託料のミッションを公開プレゼンテーションを経て請け負ったのが木藤亮太さん。もう一人は、「マーケティング畑の民間人登用」に抜擢された田鹿倫基さん。日南市のマーケティング専門官として活躍、雇用を生み出す取り組みだけでなく日南市のPRやブランディングなどに尽力する。まちの外から来た2名の人材によって、2017年には商店街には目標を上回る29店舗が新たに誘致され、商店街は息を吹き返すきっかけを得た。

さて、その後の油津商店街はどうなっているのだろうか?今回、油津商店街の変化を実際に歩いて見たい、と訪れた。ご案内いただいたのは、2017年3月まで「株式会社 油津応援団」スタッフであった建築家の鬼束準三さん。自身も日南市の生まれで、今回の商店街の変化に携わってきた一員である。

IT企業の本社やサテライトオフィス移転が変えた、新たな商店街の姿

商店街の再生…というと店舗が賑わいを取り戻している、というイメージであった。が、油津商店街が再生したのは店舗誘致だけではない。

まず驚いたのは、この限られた商店街の敷地に11社ものIT企業のオフィスが点在していること。空き店舗となった建物をリノベーションして使っている企業も多く、閉ざされたオフィスというよりは元店舗をリノベーションしたこともあり商店街に開いている共用スペースを持つところも多い。
助成金で企業を誘致するのでなく、起業家支援をするという政策を取ったことで、若く勢いのあるIT企業の誘致に成功したようだ。

IT企業の本社やサテライトオフィスができたことで、若い子育て層も増えたようだ。商店街の中には小規模保育事業による保育施設「油津オアシスこども園」がつくられた。2階にカフェも併設され、外観は白と赤のかわいらしいデザイン。また、商店街の少し外れには日南市の子育て支援センター「ことこと」もある。「ことこと」は、内装や遊具に日南市の特産材である飫肥杉(おびすぎ)をふんだんに使い、日本一の木育施設を目指している。木のぬくもりと温かい印象の施設は好評で、買い物のついでに市外からも「ことこと」に立ち寄る家族も多いという。

また、油津商店街には空き店舗をリノベーションしてできた"様々なファンが集まる商店街の宿屋"というコンセプトでできたゲストハウス「fan! -ABURATSU-」もある。広島カープのキャンプ地が徒歩圏内なこともありシーズンとなると野球ファンもつめかける。

左上)商店街の中には11ものIT企業のオフィスがある 右上)ゲストハウス「fan! -ABURATSU-」</br>左下)2階にはカフェも併設する小規模保育事業による保育施設「油津オアシスこども園」</br>右下)日南市の子育て支援センター「ことこと」には飫肥杉(おびすぎ)がふんだんに使われている左上)商店街の中には11ものIT企業のオフィスがある 右上)ゲストハウス「fan! -ABURATSU-」
左下)2階にはカフェも併設する小規模保育事業による保育施設「油津オアシスこども園」
右下)日南市の子育て支援センター「ことこと」には飫肥杉(おびすぎ)がふんだんに使われている

地元に根付く「自分たちでつくる、まちと商店街」

IT企業の誘致や新たな店舗だけではなく、油津商店街には地域の人々をふたたび呼び戻すための仕掛けもされている。
商店街のリノベーション第一号となったのは、15年前に閉店した喫茶店のリノベーション。かつての喫茶店の雰囲気を残しながら、おいしいコーヒーを提供するコミュニティースペースとした。また、その近くの空き地には小さなコンテナを6つ置き、スイーツなどを提供する店舗「ABURATSU GARDEN」をつくった。

商店街の動線も新たに見直された。かつては入口と出口のアーケードの一方通行だったが、閉店したスーパーを取り壊し、商店街の横を切り開いて明るいテラス通りがつくられた。教室、スタジオ、情報発信ブース、油津カープ館、フリースペースを併設する「油津Yotten」と複数の飲食店が入る「あぶらつ食堂」がテラス通りの左右に配置されている。地元のカープファンが立ち寄ったり、テラス席で食事をしたりとにぎやかさを取り戻しているようだ。

また、地元の方々のイベントも盛んにおこなわれている。昔にぎわった「油津商店街 土曜夜市」の復活や体験イベント「アートストリート」、「夏まつりビアガーデン」など盛りだくさんだ。

仕掛けているのは株式会社 油津応援団。元スタッフの一員である鬼束さんは、
「いろいろな人々の協力がきっかけで変化した油津商店街。でも、これを続けていくのはやはり“自分たちでつくり、まもる”という私を含めた地元の人々の意識と決意だと思うんです。奇跡が起こったのではなく、奇跡が普通になるように自分たちが関わり続けていく…。そういった努力が地方の取り組みには必須だと感じます」という。

左上)コンテナ活用の小規模店舗「ABURATSU GARDEN」 </br>右上)商店街のリノベーション第一号となったのは、15年前に閉店した喫茶店 </br>下)テラス通りがつくられ明るくなった商店街の一角には「あぶらつ食堂」もある左上)コンテナ活用の小規模店舗「ABURATSU GARDEN」 
右上)商店街のリノベーション第一号となったのは、15年前に閉店した喫茶店 
下)テラス通りがつくられ明るくなった商店街の一角には「あぶらつ食堂」もある

まちのHUB(ハブ)機能を担える「新たな商店街」

元油津応援団のスタッフで、パーク・デザイン株式会社の鬼束さん(左)とセレクトショップを経営する山口さん(右)元油津応援団のスタッフで、パーク・デザイン株式会社の鬼束さん(左)とセレクトショップを経営する山口さん(右)

人通りも戻り、商店街に残っていた人気のパン屋さんや魚屋さんなども活気を取り戻している。しかし今回、油津商店街を歩いてみて「これは、もう“商店街”ではないな」と感じた。

油津商店街はかつてのように通りに店舗だけが並び、買い物する場所だけではなくなった。仕事、保育、イベント、コミュニケーション、観光拠点、宿泊、地元情報発信など、内外問わず人々が集まる新たな場所がこの商店街には揃いつつあったのだ。集約され、互いに相乗効果を生み出し、人々が集まり、自立できる機能を備えている。

鬼束さんが「もうひとり、紹介したい人がいるんです」と会わせてくださったのが山口さん。大のカープファンで、商店街でセレクトショップを営んでいる。山口さんは、日南のまちを背景にしたファッションストリートスナップ誌をボランティアで監修している。見せていただいた冊子には、油津商店街や日南市の場所をバックにモデルが流行の服を着てポーズをとっていた。

「商店街はかつて、おしゃれをしにくる場所だった。もう一度、おしゃれをしてまちを楽しんでほしいという想いを込めています」と、山口さんはいう。

どんな変化が起きても、やはり地元愛や地域愛を持つ人がそのまちの魅力を発見し、まちの魅力をつくりだしていくのだ。油津商店街の変革には、やはりこういった人々の想いや力が欠かせないのだと感じた。

2018年 09月10日 11時05分