大切な街の景観・みんなに愛されている大名小学校

晩婚化の進行や未婚率上昇による出生率の低下、私立学校への転出、人口の流出などにより、小学校の閉校が全国的に増えている。閉校した小学校の跡地利用例として、最近では、道の駅と宿泊・温浴施設、カフェ、レストランを併せ持つ千葉県安房郡の「旧保田小学校」に注目が集まっているが、違う角度からアプローチしている校舎を紹介したい。それは、福岡市にある「旧大名小学校」(以下、大名小学校)だ。

大名小学校は、天神に隣接する若者の街・大名にあり、今も昔も大名のシンボル的存在として知られている。戦前からある小学校なので卒業生も多く、また校舎は古着屋や雑貨屋、カフェなどが多く点在する大名の街中にあることから、愛着を持っている人も多い。閉校した後は、「福岡雙葉(ふたば)小学校」の仮校舎一時利用や、先の熊本・大分を震源とする地震の際には救援物資受け入れ場所として市民に開放。大名小学校の校庭からヘリを飛ばし、救援物資を届けたこともある。
そして今年4月、創業者を対象とした「インキュベーション施設」や「コワーキングスペース」と、無料で起業相談ができる「スタートアップカフェ」、フリーランスや会社員、学生、主婦など様々な人が自由に使えるカフェやバー、ものづくりスタジオなどの機能を大名小学校に集約させた官民共働型スタートアップ支援施設「FUKUOKA growth next」が始動した。 

「小学校」という役割を終え、次のステージへと歩み始めた大名小学校。まずは、大名小学校の建物について触れてみたい。

「スタートアップカフェ」では、行政書士、税理士、弁護士、日本政策金融公庫などの専門家と起業に関する無料相談も行なっている(毎週木曜に実施、要予約)「スタートアップカフェ」では、行政書士、税理士、弁護士、日本政策金融公庫などの専門家と起業に関する無料相談も行なっている(毎週木曜に実施、要予約)

アール・デコを取り入れた美しい学校建築

今回、校舎の中を初めて歩き、驚いたことがある。それは、階段の周りが特に顕著なのだが、所々にアール・デコ調の意匠が施されているのだ。階段の手すりの一部は鉄製の透かし彫りで、現代の学校にはないデザイン性を多く見受けられる。

明治6年に開校した大名小学校は(当時は「大明小学校」と呼ばれていたそうだ)、昭和4年に鉄筋コンクリート造(以下、RC造)の校舎を竣工。当時は木造とRC造の両校舎を使用していたが、福岡大空襲により木造の校舎は全焼。消失を免れたRC造の3階建て校舎が今に至る。このアール・デコのデザインは、大正末~昭和初期にかけて日本の大都市を中心としたRC造の学校建築に多く取り入れられてきたようだ。さらに調べると、面白いことにこの校舎を設計したのは福岡市の関係者だったということもわかった。ただ残念なことに、設計者の名前は不明。テレビもインターネットもない時代に、世界の建築デザインが福岡の街に出現したこと。そしてその美しい姿を見た当時の人たちの驚きようはいかほどであったのか、想像に難くない。
(参考資料:福岡市教育委員会「福岡市立大名小学校校舎に関する文化財的評価のための調査報告書」(2012年3月)

88年の歴史を誇るRC校舎の大名小学校。階段、廊下、玄関周りにアール・デコの意匠が施されている88年の歴史を誇るRC校舎の大名小学校。階段、廊下、玄関周りにアール・デコの意匠が施されている

スタートアップが今の福岡のトレンド!?

お話を伺った福岡市役所の富田さん(左)と(株)アパマンショップリーシングの泉さん。「FUKUOKA growth next」は、福岡市、福岡地所、さくらインターネット、アパマンショップホールディングスの4社が共同事業者として運営している。ちなみに全国で展開している「アパマンショップ」の1号店は、福岡市南区井尻だったそうだお話を伺った福岡市役所の富田さん(左)と(株)アパマンショップリーシングの泉さん。「FUKUOKA growth next」は、福岡市、福岡地所、さくらインターネット、アパマンショップホールディングスの4社が共同事業者として運営している。ちなみに全国で展開している「アパマンショップ」の1号店は、福岡市南区井尻だったそうだ

明治6年に産声を上げ、日本の夜明けや戦災を潜り抜けながらも多くの児童を卒業させ、そして、みんなに惜しまれつつも平成26年3月に閉校した大名小学校。では、なぜ「スタートアップ」なのか。
 
きっかけは、2011年の高島宗一郎福岡市長のシアトル訪問だったという。マイクロソフトやスターバックス、アマゾンなど世界の名だたる企業が、なぜアメリカの首都から離れた場所で本社を構えているのか。その大きな理由として、豊かな自然と文化があり交通の利便性が高いから、ということを知った市長は考えた。“住みやすく働きやすい環境”は、福岡市も同じだと――。

そこで翌年、スタートアップ都市宣言を行ない、国内外のITベンチャー起業家が一堂に会するイベントの誘致やイノベーションスタジオの開始、創業相談できる「スタートアップカフェ」の開設などスタートアップムーブメントを創出。その後2014年に、福岡市は「グローバル創業・雇用創出特区」に指定され、その動きはさらに加速。そして福岡市は開業率が7.04%と、大都市の中でも最も開業率が高い都市となった(平成27年度・労働局統計より)。

第2の人生を歩み始めた大名小学校

写真は、DIYスタジオ「GOODAY FAB」。校舎内ではさくらのクラウドの無償提供も行なっている。またベンチャーキャピタルや投資家によるメンタリングや起業のための集中スクーリング、デザイナー育成を目的とした「FUKUOKA DESIGN nest」とエンジニア育成と目的とした「Engineer Lab.FUKUOKA」の開設、各種人材マッチングも実施する写真は、DIYスタジオ「GOODAY FAB」。校舎内ではさくらのクラウドの無償提供も行なっている。またベンチャーキャピタルや投資家によるメンタリングや起業のための集中スクーリング、デザイナー育成を目的とした「FUKUOKA DESIGN nest」とエンジニア育成と目的とした「Engineer Lab.FUKUOKA」の開設、各種人材マッチングも実施する

開業率が高い都市、ということは、起業に対して積極的な市民が多いということ。「市役所の窓口まで行って創業の相談をするよりも、人が賑わっている場所やカフェのような雰囲気で話す方が身構えずに話せますもんね」と教えてくれたのは福岡市役所の富田さん。創業相談というと少し敷居が高く感じられるが、スタートアップカフェのようなスタイリッシュな空間で話ができるなら気軽に通えそうだ。

校舎の中には個人・法人の事務所がシェアオフィスやコワーキングスペース内にあり、またカフェ「ハニー珈琲」、バー「awabar」、「minne」とホームセンター「グッディ」がコラボしたハンドメードスペース「GOODAY FAB DAIMYO×minneのアトリエ福岡」など、教室を活用した様々な仕掛けがある。他にも、ビジネスに役立つイベントの開催や、入居者がビジネスに必要な試作品などプロトタイプをつくるときは「グッディ」が協力するなど、商品の開発や事業を展開する際に複数の企業がタッグを組み、お互いの技術などを活かしながら進めていくエコシステムの“見える化”を実現。今後も積極的に化学反応を起こしたいという。

「FUKUOKA growth next」がオープンした4月12日、多くの人たちが校舎に足を運んだ。記念イベントは午後から夜にかけて開催されたこともあり、木造の廊下は超満員。若い人からシニアまで、たくさんの人たちがコーヒーを片手にいろんな“教室”をのぞき込む。中には「FUKUOKA growth next」のことを知らずに「みんなが出入りしているから面白そうだと思って」と楽しそうに過ごしている人もいた。

みんなに愛されている大名小学校。口には出さずとも、閉校して静かになったこの学校のことを多くの人たちが頭の片隅で気にしていたに違いない。

小学校を卒業したかつての“子どもたち”を今後は支えていく

3Fにあるシェアオフィスの様子。校舎1階にあるイベントスペースでは7月6日に『チャレンジするスタートアップ都市「福岡」』と題した「福岡アジア都市研究所」による都市セミナーを開催する。イベントの詳細については「FUKUOKA grpwth next」のHPをチェックしよう!3Fにあるシェアオフィスの様子。校舎1階にあるイベントスペースでは7月6日に『チャレンジするスタートアップ都市「福岡」』と題した「福岡アジア都市研究所」による都市セミナーを開催する。イベントの詳細については「FUKUOKA grpwth next」のHPをチェックしよう!

スタートアップというムーブメントが福岡で盛り上がりを見せつつある今、これらを一過性で終わらせないためにはどうしたらよいのか。この課題をもとに、オープンした4月12日は校舎内で様々なトークイベントが行なわれた。そのうちの1つ「学生が感じる福岡のイマとミライ」というイベントに参加したのだが、工業大学に在籍している学生にアンケートを取ったところ、エンジニアになりたいと答えた学生は100人以下だったという興味深い話を聞いた。パネリストの彼は「これって問題じゃない?」と素直な感想を言葉にし、福岡市はエンジニア教育にもっと力を入れたらいいのではないかと提案をしていた。また他の学生からは「福岡市は起業で盛り上がっているという割には、企業と学生のインターンが結びつかない」と少し首をかしげていた。

福岡市の現状は支店経済で、本社機能が弱い。しかし、新しく会社を興し本社を福岡市に置けば、地域経済が活性化され、学生たちが疑問に思っていることも少しずつ解消していくだろう。また福岡市は、空港や駅、港から中心部への移動アクセスが良く、都市機能が整っている。福岡市の開業率が高いのも、通勤時間が短く、その分時間を自由に使え、かつ健康的に過ごせること。首都圏と比べ多少収入が低くとも、可処分所得が増えると考えている人も多いのかもしれない。

「FUKUOKA growth next」と生まれ変わった大名小学校は、今では誰でも入ることができる施設となった。建築としての観点はもちろん、カフェやバーの利用、スタートアップ相談など、時代に応じて用途を変えてきたこの学校の今と生き様を、たくさんの人に見ていただけたらと思う。

2017年 06月28日 11時07分