レトロビルの1階に誕生したシゴトバの複合施設

清川ロータリープレイスの全体像(画像提供:スペースRデザイン)清川ロータリープレイスの全体像(画像提供:スペースRデザイン)

福岡市中央区清川にある築40年のレトロビル「新高砂マンション」の1階に変化が起きていた。以前、<働く場や働き方に境界なし。ビンテージビルで商環境の可能性を模索する「清川リトル商店街」>でお伝えした場所である。
前回の期間限定企画を経て、動き出した新たな取り組み「清川ロータリープレイス」について、企画・運営する株式会社スペースRデザイン(以降SRD)の吉原さん・前田さん・牛島さんに話を伺ってきた。

清川ロータリープレイスは約110坪もの広さがある1階のテナント部分。その中に1から7の区画を描き、店舗・スタジオ・オフィス・アトリエ向けに貸し出している。「描き」と表現したのは、分かれていないから。各区画の専有面積と賃料等は決まっているが、入居者が決まるまで、あえて区画を隔てる壁を作らない。契約後、入居者の意向を汲みながら壁や出入り口をSRDで施工する。これは、入居者の希望する広さによって区画の組合せが可能で、扉や照明の設置位置に融通が利くという自由度の高さと、自分たちの手で「場」を作っていく感覚を持つ人に入居してほしいという想いだ。

現在は、1区画を一部ギャラリー兼シェアオフィス・一部物販スペースと多様な用途で借りている入居者と、別の区画にSRDのサテライトオフィスが入居中。そして新たに2区画が入居準備中である。
奥にある共用ラウンジと、ラウンジを抜けた「ロータリーパーク」は入居者が自由に使える余白部分。その余白を使って、定期的にSRD主催のトークイベントやマーケットが開かれる。
ロータリーパークにはトレーラーが2台あり、利用方法を検討中だそう。オフィスにしたり、共用の図書館にしようという何とも楽しげな構想もあるとか。
さらに、内部にSRDが運営するキッチン付きのレンタルスペース「ダイドコロータリー」が併設され、3時間から誰でも利用することができるそう。
外に開かれ、人の賑わいを作り出す仕組みのある「場」であり、様々な可能性を秘めている。

「ビンテージビル」という概念を打ち立てたビルオーナーの覚悟

スペースRデザインの皆さん。左から、前田さん・吉原さん・牛島さんスペースRデザインの皆さん。左から、前田さん・吉原さん・牛島さん

新高砂マンションは、吉原住宅有限会社の所有ビルだ。大家業の同社とSRDで、経年賃貸ビルの再生を牽引しているのが吉原さん達である。まだリノベーションが今ほど浸透していなかった2004年から退去が出る度にリノベーションを施し、現在では全58室中40室がリノベーション済みだ。同じデザインの部屋は1つとしてなく、同社の他物件と共に「リノベーションミュージアム」と評されている。
1階部分は、ちょうど前テナントの10年の定期借家契約が切れるタイミングに、排水トラブルが発生し、建物自体に大掛かりな工事が必要となったそう。前テナントが退去し、スケルトンにした広いスペースを「新たなテストケースに」というのが、清川リトル商店街から清川ロータリープレイスの取組みの意図だ。
なぜ吉原さん達は単純な「箱貸し」をしないのだろうか。大家と店子の関係ではなく、ソフトの面でも「場」の運営を自ら行うのはなぜか。
「経営資源を生かすことが、生き方の一つですね。」と吉原さん。一体どういうことだろう。

1961年、吉原さんはこの場所に生まれた。「当時、両親がここで旅館を営んでいて、その影響は大きいかもしれません。旅館の時も、マンションに建て替えてからも、相当苦労しているのも見ていました。だからこそ、自分でやるというのが私にとっての大前提です。持っている経営資源を他人に任せるだけというのは、それは私にとっての『経営』じゃない。」
父親の経営していた吉原住宅を引継ぐまで、製薬会社で薬の開発と人材育成に携わっていた吉原さんにとって「困っている人をなんとかして助けること」が仕事の概念だそう。
「所有者は、ものすごく大変なものを抱えているということを経験として実感しました。私たちの経験は、困っている賃貸ビルオーナーを助けることができると考えています。」
長い間スクラップ&ビルドを繰り返してきた日本には「新しいものはいい、古いものは良くない」という価値基準がある。ポテンシャルはあるのに、老朽化した賃貸ビルに、吉原さん達は古い建物ならではの価値をもたらし「ビンテージビル」として商品化してきた。
リノベーション等を通して「住まい」に関しては市場でも価値基準に広がりが出てきたため、次に自分たちが取り組むべきは「シゴトバ」だと感じたそう。

自社物件は不動産のLabo

いくつものビルの再生事業を手掛ける中、働く場所のバリエーションが少ないことに気がついたという吉原さん。働き方が多様化する中、それを支えるワークスペースは、画一的だったり無機質だったり、まだまだ対応しきれていないのが現状。福岡は全国的に見ても創業が多く、若手起業家が移住先として注目している街でもある。仕事は、淡々とこなす作業的なものではなく、より生き方に直結していくだろう。もっと自由に、もっと風通しのいいクリエイティブな「シゴトバ」を提案したい。という想いが沸いてきたそう。以前お伝えした「冷泉荘」「茶山ゴコ」もその取り組みの一例だ。

もともと研究職の吉原さんは、"私たちは研究開発型の企業"と言う。
「自社物件で実験して、うまくいってもいかなくてもエッセンスとして貯めていく。それを普遍化(ビジネスモデル化)して誰でもできるようにしていくのが、私たちの仕事です。」
「科学では、仮説を立てて実験でそれを検証していきますが、思った通りになれば満足する。でもたまに、思った通りにならなかったのに、仮説をはるかに超えた結果が出ることもあって、それを理論化できた時はもう快感なんです。満足はやめられるけど、快感は一度経験したらやめられない。」(吉原さん)
「入居された方が想像以上の使い方をしてくれたり、入居者さん達が物件の『顔』になって建物のブランド力を高めてくれたり。嬉しいことがたくさんありました。」(牛島さん)
取り組みの中、入居者との関係で何度もそういった快感を経験しているのだそう。

上述の通り、清川ロータリープレイスにすぐに決まった入居区画は2区画だけ。リーシングは通常「箱」を用意して、金額を提示するが、吉原さん達がやっているのは、未完成の箱にコミュニティーの軸(ソフト)を作って、発信していくという方法だ。
そのソフトをめがけて人が集まるという仮説だったのだが…しばらく膠着状態が続いていた。
「やってることがニッチなので、そういう人たちがたどり着くまでに時間がかかるんだと思います。」(前田さん)
「でも、頑なに、先に壁は作りません。この場所の雰囲気と、壁がないのに入居を決める人は、自分達のイメージが明確だと思うから。そういう人たちに、初めに入って欲しいんです。」(吉原さん)

そんな時アメリカから1本の電話が入る。サイクルウェアブランドRapha(本社イギリス)の、日本でのポップアップストアとして区画を借りられないかというオファーだったそう。1ヶ月間、清川ロータリープレイスの2区画が使用された。
「私たちの取り組みの面白さを海外の人はわかってくれるんだな、間違ってはいないな、と思いました。」(吉原さん)
さらに、その後すぐにこの2区画の入居者が決まったという。

2017年4.8~5.7の期間限定でオープンしたRaphaポップアップストアの様子(撮影:Atsushi.Tanno)2017年4.8~5.7の期間限定でオープンしたRaphaポップアップストアの様子(撮影:Atsushi.Tanno)

不動産と切り離せない「まち」の存在

ロータリーパークの様子。パークの植物のセレクトは、シェアオフィスに入居するhuEのメンバーによるものロータリーパークの様子。パークの植物のセレクトは、シェアオフィスに入居するhuEのメンバーによるもの

天神や博多駅へも歩いて行ける清川は、アクセスの良さから、単身向けの新築マンションが多数建設中だ。一方で趣深い建物も所々にあり、下町の風情も残る。古い物件を改装して店や事務所を構えている人たちもいる。人通りは少ないものの、彼らのところには「この店に行きたい」「この人に会いたい」とピンポイントで人が訪れる。おそらく、清川ロータリープレイスにこれから入居する人たちも、ダイドコロータリーを利用する人たちも、そういう人たちだろう。ここは、それぞれの持つコミュニティが緩やかに交錯する場だからこそ、起こる化学反応が楽しみだ。

実は清川は、明治の終わりから昭和の半ばにかけて新柳町という大変栄えた遊郭街だった。空襲で街の半分が消失し、その後特殊飲食街(赤線)として再興・発展するも、1958年の売春禁止法施行により、特殊飲食街は廃止された。つまり、田畑だった場所に急遽人が集まり、経済活動が行われ、その後政策によってまちの経済が消失したという歴史を持つ。
「リセットから始まるってすごいことなんですよね。だからこのまちの人たちは、アウトロー気質というか。何でも受け入れる自由な土壌で、自分で頑張れば認められて、チャンスがある。まち自体がそんな雰囲気を持っているんです。」(吉原さん)

目指すのは人が共鳴し合う場所。壁ができていく様子は、都市再生の指標

「住居の内見の時に、1階も案内してるんですが、この場所ができたことで、住居階の空室期間が短くなったり、近い雰囲気の人が入居したり、そのことで入居者さんがすごく喜んでくれたりと、建物全体としていい影響が出ています。まちの人と、住居階の人と、1階の人の足が自然とそこに向くような場所に、ここを作っていきたいですね。」(前田さん)

「もう一つ。私たちはまちづくりで他のまちとも関わっています。この広いテナント部分がガランと空いている状態は、シャッター商店街のように見えて。ここに賑わいを作り出していけたら、衰退都市の再生にも応用できると考えています。」(吉原さん)

清川ロータリープレイスは、コワーキングスペースではない。入居者同士や外部と繋がる仕組みはありつつも、入居者が決まれば、仕事に集中できるよう各々区切られていく予定だ。最初の入居者が退去した後、次の入居者は既に壁や扉のできている区画を引き継いでいくことになるだろう。ならば、少し広々とした今の期間はある意味貴重である。
一度リセットされた「場」に、徐々に経済活動が興り発展していく様子を、ぜひ注目していきたい。

取材協力
清川ロータリープレイス(スペースRデザイン)http://www.space-r.net/rotaryplace
吉原住宅有限会社 http://www.tenjinpark.com

共用ラウンジと、まだ壁のない募集区画。ラウンジの開口部分を大きくして、空間の広がりを見せている共用ラウンジと、まだ壁のない募集区画。ラウンジの開口部分を大きくして、空間の広がりを見せている

2017年 06月09日 11時05分