心理学や生態学なども含んだバウビオロギー

渡邊公生氏が設計したバウビオロギーの概念を実現した住宅。建物のみならずビオトープなどの設置により、自然環境との調和も図っている渡邊公生氏が設計したバウビオロギーの概念を実現した住宅。建物のみならずビオトープなどの設置により、自然環境との調和も図っている

戦後、日本の住宅が画一的に大量供給される中で、シックハウス症候群や環境との調和などさまざまな課題が噴出してきた。その反省からも、現在は環境や健康に配慮した住宅に注目が集まっている。

そんな中で、既に20年も前から、健康や環境に配慮した建築をめざす「バウビオロギー」の思想が日本に流入しているのをご存知だろうか?

「バウビオロギー」とは、「建築(バウ)」と「生命(ビオ)」と「精神(ロゴス)」からなるドイツの造語であり、日本語では「建築生物学・生態学」と訳されるものだ。建造物を建築の学問のみで捉えずに、広く生理学・心理学・生態学・造園学など人と環境にまつわるさまざまな観点から考えるというもの。

断熱やゼロエネルギー住宅など、最近では環境や人に優しい住宅も登場しているが「バウビオロギー」の思想では、あまり1つの観点を推し進めすぎると、かえって家と人のバランスを崩すという。ゆきすぎた断熱対応などは、温室の中に人を閉じ込めることにほかならず、生体機能を低下させる危険性もあるという。

果たして、バウビオロギーで考えられる住宅とはどのようなものであり、どのようなメリットがあるのだろうか?

今回は、バウビオロギーの第一人者であり、京都を拠点に建築事務所を持つ渡邊公生氏にお話をうかがった。

バウビオロギストは、建築家であり、ドクターであり、心理学者…

渡邊氏と「バウビオロギー」の出会いは、一冊の本だったという。20数年前、シックハウスの問題に解決策を求めていた際に、バウビオロギーに言及した書籍に出会った。しかし、当時はまだ日本ではその概念はほとんど紹介されておらず、渡邊氏は、バウビオロギーが誕生したスイスに渡り、第一人者であるボスコ・ビューラー氏に師事をした。

「バウビオロギーを推進する専門家を“バウビオロギスト”と呼びますが、スイスの教育機関では、この専門家は建築家であり、ドクター、化学者、心理学者、物理学者であり、そして哲学者であるべきと定義されています。それほど幅広い分野の知識を駆使しながら建築を考えるわけです」

もちろん、専門的な知識全てを一人の人間が学びきれるわけではない。そこでスイスでバウビオロギーの基本的な概念を学んだ渡邊氏は、日本に戻り各専門分野の大学教授などとの協力を得て、日本の環境に適したバウビオロギーを体系化したという。

「バウビオロギーには、25の原則があります。例えば、①敷地を選ぶ際も土地がもっている力を考慮する、②建築材料は放射線を出さないものを選ぶ、③マイナスイオンが含まれている自然の空気を取り込む、などなどです。ただ、これらはマニュアルではありません。全てを盛り込むことはなかなか難しいものです。こうした原則の中から、施主の方にあわせた可能な範囲で最大限の理想的な建造物をつくる。それがバウビオロギーの展開です」

例えばシックハウスの問題にしても、私たちは建材に自然素材を使えば安心と考える。しかし、化学の領域ではこれは正しくないという。

「自然素材の中にも化学物質は存在しています。化学的には、人体に化学物質が影響するのは、『“同じ種類”を“継続的”に“大量”に使用する場合』です。つまり、杉の木が良いからと木材をすべて杉の木で揃えると、人体に影響が出る確率は高くなります。ですから建材を選ぶ時には、素材を構成する成分を細かく調べて、全体的にバランスを取るのがバウビオロギーの考え方です」

照明についても、心理学や生体学から考えれば、明るすぎる部屋は神経を高ぶらせてしまう。そのため寝室は特に間接照明を提唱する。ただし、これも高齢者などは、明るさを感じる感知能力が低下するため、間接照明といっても明るめに設定する必要があるという。

つまり、バウビオロギーというのは、マニュアル的な作業ではなく、さまざまな専門知識を総動員しながら利用者にあわせて理想的な住環境に整えようというものだ。その知識の範囲が、「○○住宅」と謳うものより圧倒的に広範囲にわたるものと考えられるだろう。

「バウビオロギー 25の指針」(渡邊公生氏まとめ)。バウビオロギーの考え方は多岐にわたり、環境と住まい手の健康を守るものだ「バウビオロギー 25の指針」(渡邊公生氏まとめ)。バウビオロギーの考え方は多岐にわたり、環境と住まい手の健康を守るものだ

アレルギーやメンタルケアに役立つキャンパス!?

では、実際にバウビオロギーの考え方を用いた建造物ではどのようなことが可能になるのか? 実際に渡邊氏が設計した建物を紹介していこう。

渡邊氏の元には一般住宅はもちろん、多くの人々が集う場所への設計要請も多い。その一つが「広島女学院大学」のキャンパス設計だ。広島女学院にはアレルギーやパニック障害などの問題でキャンパスで講義を受けられない学生がいたという。こうした問題を教室の改修により改善できないかと、渡邊氏に依頼が舞い込んだそうだ。そこで渡邊氏は、バウビオロギーの思想を盛り込んだ教室を完成させたという。

渡邊氏が設計したのは、ウーム(日本語で子宮の意味)と呼ばれる瞑想空間と、3つの異なる性質をもった個別学習室だった。ウームは、キャンパスの中で精神的な落ち着きを取り戻せる場所としてつくられたもの。壁を球状に設計し、照明は置かず、うっすらと入る自然光のみを利用して母の子宮のような安心できる空間を再現した。セラミックボールを敷詰め、第2の心臓と呼ばれる足裏からの心地よい刺激を促すと同時に、寝転べば水に浮かんでいるような感覚も味わえる。

当然建材にも気を配り、壁には「生きた土」と呼ばれる韓国の「赤土」を使用した。この土は、スプーン1杯で2億匹の微生物が生息していると言われている。成分としては、活性酸素とそれを殺す酵素が双方含まれているため、太陽光にあたる限り微生物が生きては死んで循環するまさに「生きた土」なのだ。生きているからこそ、酸素を通し、有害物質が含まれない。そのため、シックハウス患者や化学物質過敏症患者にも優しい素材だ。

3つの個別学習室にも同じようにこの赤土が使われているが、ここでは、塗り方により手触り感や色調を変えたり、光の量の調節や香りの違いを出しながら、それぞれ学生たちが体調にあわせて室内空間を選べるように工夫されている。

「もちろん、バウビオロギーを採用したからといって、シックハウス患者や化学物質過敏賞の患者さんすべてに適応できるわけではありません。ですが、こちらの大学では、それまで学校に通えなかった生徒が通学できるようになったと聞いています」

広島女学院大学のキャンパスの一角に誕生した「ウーム」(写真下)。3つの個別学習室はウームと同じ赤土を使っているが、照明や採光、素材感などをそれぞれ変えて、5感で楽しめるようになっている(写真左上)。バウビオロギーでは、できるかぎり直線の角というのは作らずに曲線を描く。有機体は曲線でできており、人が安心できる形だからだという広島女学院大学のキャンパスの一角に誕生した「ウーム」(写真下)。3つの個別学習室はウームと同じ赤土を使っているが、照明や採光、素材感などをそれぞれ変えて、5感で楽しめるようになっている(写真左上)。バウビオロギーでは、できるかぎり直線の角というのは作らずに曲線を描く。有機体は曲線でできており、人が安心できる形だからだという

バウビオロギーを盛り込んだモデルハウス

こうしたバウビオロギーの採用は、一般住宅でもその利用価値はもちろん高い。渡邊氏の建築事務所では、バウビオロギーの概念を利用したモデルハウスを公開している。2階建ての一軒家で、素材や照明などで変化をつけた3つの空間を体感することができる。

建材に使われる天然素材を100%、70%、50%と比率を変えてつくられた部屋が並ぶ。見た目ではまったく分からないのだが、化学物質過敏症の方などは、実際に各部屋に入るとどのレベルであれば症状が出ないか分かるという。このモデルハウスは、1晩宿泊することも可能になっているそうだ。

ついつい、特徴的なためシックハウスなどへの対応を挙げているが、もちろん疾患などを持たない方でも、バウビオロギーの思想は住まい手のライフステージにあわせさまざまな提案をしてくれる。

「床暖房なども流行っていますが、高齢者にとっては実はあまりおすすめできません。血液が足に集まりやすくなるため、心臓への血流に負担をかけます。ではどうするかと言えば、壁の巾木の中にパイプを埋め込み温水などを利用して空間を温めます。これももちろん住む人の年齢や環境、さらには予算にもより状況は異なりますからトータルにみて最適解をみつけていきます」

細かいことを言えば、バウビオロギーの考え方でいけば電磁波の影響も避けるべきであり、渡邊氏が設計する住まいでは、コンセントの配線位置にも配慮がなされている。通常は部屋を取り囲むようにコンセントの電気配線をするが、渡邊氏は放射状に配置する。囲んだ配線よりも、部屋にいる人への電磁波の影響が少ないからだそうだ。

照明ひとつをとっても、蛍光灯は8時間その下にいると人はストレスのスイッチが入るという。予算にあわせ子供部屋だけでも蛍光灯は避けるなど、住まい手にあわせた家づくりを提案しているそうだ。

「本当に、人というのは環境に左右されます。ある施主の方の家では家を建て直すころにご家族が脳梗塞で寝たきりになってしまわれました。そこで、寝室とキッチンは明るい部屋に設計しました。2ヵ月後、はっきりお話ができるようになり、表情も明るくなったそうです。“人間は丸い家に住んだら丸くなる”それくらい人の性質にも影響するものだと考えています」

モデルハウスでは、建材の天然素材率を変えた3つの部屋を体感できる。(写真左)は、100%天然建材を用いた部屋。天井には京都の杉板を使用し、壁は伏見の土壁を利用、畳はボードコルクを炭にして、い草の間に挟んだものを採用している。(写真右上)は、天然建材70%、(写真右下)が50%で、壁のクロスをあえてビニールクロスなどにしているモデルハウスでは、建材の天然素材率を変えた3つの部屋を体感できる。(写真左)は、100%天然建材を用いた部屋。天井には京都の杉板を使用し、壁は伏見の土壁を利用、畳はボードコルクを炭にして、い草の間に挟んだものを採用している。(写真右上)は、天然建材70%、(写真右下)が50%で、壁のクロスをあえてビニールクロスなどにしている

ホリスティックな観点で考える建築のメリット

お話をうかがった日本でのバウビオロギーの第一人者、渡邊公生氏。もともとは伝統建築の大工職人として活躍していたが、シックハウスなどの問題を機にバウビオロギーの研究に従事。ボスコ・ビューラー氏に師事し、日本でのバウビオロギーの体系化を実現。現在は「ケイ・ワタベ一級建築士事務所」を開設し、京都を中心に健康的な暮らしができる住まいづくりに努めているお話をうかがった日本でのバウビオロギーの第一人者、渡邊公生氏。もともとは伝統建築の大工職人として活躍していたが、シックハウスなどの問題を機にバウビオロギーの研究に従事。ボスコ・ビューラー氏に師事し、日本でのバウビオロギーの体系化を実現。現在は「ケイ・ワタベ一級建築士事務所」を開設し、京都を中心に健康的な暮らしができる住まいづくりに努めている

バウビオロギーという思想は、マニュアルではなく全体性で考えるもの。あまりにもフィールドが広いため、なかなか素人がとらえるのは難しい。しかし渡邊氏のお話を伺っていると、考え方としては西洋医学と東洋医学を統合するホリスティック医療に近いように感じた。

全体性よりも対処療法を得意とする西洋医学、一方、全体性でとらえるものの科学的な視点が少ない東洋医学。その両者のよい部分を総合的に取り入れるのがホリスティック医療だ。バウビオロギーはまさに建築の分野でのホリスティックを実践しようというものなのだろう。

「バウビオロギーは、本当に実践するものが知らなければならないことが広範にわたります。実践できる人を育てるには時間がかかるのも事実です。今後は実践したい人たちに情報を提供できる研究所的なものを作っていければと考えています」

バウビオロギーの概念では、住まいのメンテナンスも重要な視点になるという。キッチンのリフォームなども流し台だけ変えれば済むような設計を施したり、ライフステージにあわせた数十年後の提案をしてくれるという。全ての理想を叶えることは難しいかもしれないが、住まいがどのように私たちに影響するか、それを踏まえての家づくりには、バウビオロギーは大いに役立つのではないだろうか。

2016年 05月05日 11時00分