いまも生活に息づく暮らしの中の「魔除け」

鬼瓦はもっとも身近な魔除け鬼瓦はもっとも身近な魔除け

すっかり近代化した日本でも、節分に豆を撒き、玄関に鰯の骨と柊を飾る家は少なくないだろう。これらの風習は、鬼や病魔が家に入り込まないためのもの、つまり魔除けだ。鰯のにおいや柊のとげが、鬼を追い払うと考えられているのだ。

「昔ながらの風習だからやっているけれど、魔除けなんて迷信」と考える人もおられるかもしれない。しかし実は、普段の生活の中に、魔除けはまだまだ息づいている。たとえばお正月のしめ縄は、歳神様をお迎えするに際し、悪いものが入り込まないようにするための結界、つまり魔除けとも言える。
また、お店などの前に、塩を盛られているのを見たことがあるだろう。盛り塩は身近な魔除けの一つだ。古来、塩には邪悪なものを祓う力があると信じられており、日本書紀や古事記では、黄泉の国から帰ってきたイザナギの神が、「穢れた国へ行ったせいで私自身も穢れてしまった」と、日向の国の海に身を浸して禊をするシーンがある。これも、海水に含まれる塩分が、穢れを祓うと考えられたのだという。
このように、日常の中にも、魔除けを散見できるのだ。

鬼瓦の起源はギリシャの怪物?

福を呼ぶため?大黒様の瓦もある福を呼ぶため?大黒様の瓦もある

鬼瓦もまた、魔除けとしてよく知られている。
寺院や神社の屋根に鬼のような恐ろしい表情の瓦がとりつけられているものだが、奈良時代にはすでに輸入されていたという。その起源は、シルクロードをずっと西に向かったギリシャにあるとされる。古代ギリシャ人は、家の中に魔が入り込まないように、メデューサの首を模したものを入口においていたそうだ。
メデューサはギリシャ神話に登場する怪物で、誰もが振り返るような美少女だった。しかし恋人のポセイドンとアテナの神殿で情を交えたため、潔癖な性格のアテナから怒りを受け、蛇の髪と、見るものを石に変えてしまう恐ろしい目を持つ化け物にされてしまうのだ。ギリシャの人々は、魔が入り込まないようメデューサの首を家の入口に置いていたのだろう。

ただ、鬼瓦にもさまざまなものがあり、出雲の町を歩いたときは、大黒様の姿を模した瓦なども多く見られた。これは「魔除け」というより、福を呼ぶのが目的かもしれない。

日本とイスラエルに共通する六芒星

籠の目に六芒星の模様が表れている籠の目に六芒星の模様が表れている

六芒星を、日本では籠目紋と呼び、魔除けに使うことがある。これは、六角形に編まれた籠の目にこのマークが現れるからだ。
日本では古来、魔性のものは、見つめられるのを嫌うと考えられており、「目」のたくさんある籠を、家の前などに伏せて置いておく風習があった。それが簡略化され、籠目紋の札を玄関に貼るようになったのだという。
イスラエルでは籠目紋と同じ紋様を「ダビデの星」と呼び、イスラエル人の始祖であるダビデ王に関連付けて、国旗にも使われている。これは籠の目とはまったく関係がなく、ダビデ王の「D」を意匠化したものなのだとか。
この紋章がダビデ王と関連づけられたのは、17世紀におきた三十年戦争の際だから、古い話ではないが、まったく違う背景にも関わらず、同じ形の紋様が「魔を退ける力を持つもの」と信じられてきたのは面白い。
また、五芒星は「晴明桔梗」とも呼ばれ、陰陽道の五行を象徴する図形として、やはり魔除けに使われている。

一つひとつに意味をもつ家紋

自分の家の家紋をすぐさま答えられる人は少なくなったかもしれないが、ごく親しい親族の結婚式などには、家紋の入った留袖を着る機会もあるだろう。家紋にもまた、厄除けや縁起の良い紋様が取り入れられているものが多い。たとえば徳川家の家紋が三つ葉葵であることは有名だが、葵は生命力があり、魔を寄せ付けない植物とされている。豊臣秀吉は天下人となってから五七桐紋を使ったが、桐もまた虫に強く、高貴な植物とされてきた歴史がある。
とはいっても、戦国時代の武将の家紋は、縁起の良いものばかりではない。たとえば真田氏は、六文銭を家紋として用いていたが、これは三途の川の渡し賃として知られる。つまり、「いつでも死ねる準備をして戦に臨む」という決死の覚悟を意味するのだ。縁起が良いとは言い難いが、「死を恐れぬ気概を持つ」と己を戒める意味では、勝利を呼ぶ紋と言えるかもしれない。
そのほか、家紋によく使われるのは、松や鷹の羽、柏など、縁起が良いとされるものが多い。
一度自分の家の家紋を確認し、その意味を調べてみてはいかがだろうか。

まちや村の厄除けとなる六地蔵・道祖神

家に一つというわけではないが、町や村のはずれにお地蔵さまや、何やら神仏らしき像が彫られた碑が立っているのを見かけたことはないだろうか。昔の人たちは、町や村に悪いものが入ってこないようにと、その入り口に厄除けを置いた。それが六地蔵や道祖神だ。外からやってくる者に対しては厳しい顔を持つが、村人が旅に出る際は、道案内をするとも考えられてきた。
信州の道祖神は特徴的で、男女の神が彫られている。時にはかなりエロティックな姿で睦みあった姿のものもあり、昔話では、美しい娘の元に道祖神が夜這いに来たという筋のものもあるから、厄除けなのだか、悪い虫なのだかわからない。
しかしそれでも、疫病や悪いものは防いでくれると考えられていたからこそ、あちらこちらに立てられているのだろう。

見直してみれば、暮らしの中にはまだまだ厄除けのものが存在していることに気づいたのではなかろうか。
長い歴史の中で、たくさんの人々が、厄除けに助けを求めてきた。
大事な会議や発表会など、絶対風邪をひけない日があるなら、その日まで家の前に盛り塩を置いてみるのはいかがだろう。

2016年 03月12日 11時00分