観光客で賑わう尾道でも空き家問題は深刻だった

商店街の空き店舗を再生して生まれたゲストハウスあなごのねどこ。これができたおかげで若い外国人観光客などが増えたそうだ商店街の空き店舗を再生して生まれたゲストハウスあなごのねどこ。これができたおかげで若い外国人観光客などが増えたそうだ

瀬戸内海に臨む風光明媚な街、広島県尾道。年間600万人以上の観光客が訪れるこの街もながらく空き家問題に悩んできた。ご存知のように、ここは坂の街。急な坂を登りきった先に広がる海や甍が連なる風景は観光客にとっては、この街ならではの魅力だが、毎日坂を登らなければ生活できない人たち、特に高齢者には苦痛のタネ。その結果、平成20年度の時点で尾道市の空き家率は18.4%にも及び、駅から2キロ圏内の昔ながらの地区(斜面地含む)に500軒以上の空き家があるのだとか。

そんな現状をなんとかしようと立ち上がったのが、NPO法人尾道空き家再生プロジェクトの中心人物、豊田雅子さんだ。尾道出身だが、大学卒業後海外を飛び回る添乗員として働いていた豊田さんは帰郷時に目にした故郷の惨状をなんとかしようと2007年から活動を開始。2008年にはNPOとなり、空き家の悉皆調査といった地道な活動を積み重ね、すでに10軒以上の空き家を再生している。その中には全長40m、細長い商家を生かしたゲストハウス「あなごのねどこ」のように、マスコミに頻出するような例もある。

また、2009年からは尾道市と協働して「尾道市空き家バンク」を運営。単に情報を流すだけでなく、再生に必要なノウハウの提供、道具の貸出しなど、きめ細やかなフォローを行うことで、4年間で約70軒が新しい住み手を得るまでになっている。最近では募集する住宅数より多い入居希望者が集まるそうで、数多い空き家バンクの中での、少ない成功例のひとつである。さらに、前述の「あなごのねどこ」が多くの観光客を集めていることを考えると、単に問題を解決するに留まらず、空き家を街の財産とすることにも成功している希少なケースと言えるだろう。

熊本出身、東京在住だった漫画家が尾道移住

漫画家のつるけんたろうさん。内装のデザインなどを手がけたあなごのねどこにて。1階にはあくびカフェなるのどかな名称のカフェがある漫画家のつるけんたろうさん。内装のデザインなどを手がけたあなごのねどこにて。1階にはあくびカフェなるのどかな名称のカフェがある

さて、その移住者の一人に漫画家のつるけんたろうさんがいる。出身は熊本県。2000年から東京都下、国立のアパートで成功を夢見て暮らすものの、なかなか芽が出ない毎日が続き、年収は200万円以下。このままでいいのかと悩むところに旧友からの電話で、尾道では一戸建てが1~2万円で借りられると知る。とはいえ、出身地とも異なる未知の場所への移住にはなかなか踏み切れず、情報は頭の隅にあったものの、東京での暮らしが続く。しかし、ある日、思いついて観光に訪れた尾道に移住を決め、そこでタダで家を譲ってもらうことになる。

と言っても、何年も空き家として放置されていた家である。普通に家を買ったり、借りるようにスムーズに生活が始められたワケではない。壁の塗り直しから始まり、さまざまなセルフリフォームを経て住み始めても虫との遭遇、腰を痛めて石段の上り下りに四苦八苦するなど、苦難は延々続く。しかし、そうした日々を経て得たのはその苦労を上回る楽しい毎日。挙句、前述の「あなごのねどこ」再生に関わり、初代店長となり……。

という経緯がこのほど「0円で空き家をもらって東京脱出!」という一冊にまとめられた。ここまでの話、さらに尾道でめちゃくちゃ流行っているというけん玉(!)のやり方などは書籍に譲るとして、それ以外の移住のホントのところをつるさんに聞いてみた。

移住するなら、土地にこだわる必要はない

つるさん宅外観。2軒が繋がった形になっており、左側の建物の半分と右側がつるさん宅。右の洋室を仕事部屋として使っているつるさん宅外観。2軒が繋がった形になっており、左側の建物の半分と右側がつるさん宅。右の洋室を仕事部屋として使っている

まったく知らない土地への移住である。仕事や生活に関する不安、それまでの生活を変える億劫さ、面倒な気持ちなどがないはずはなく、それはご本人はもちろん、ご家族も同様だったはず。反対はされなかったのか?

「妻はそれまでずっと実家暮らし。どこかへ出たいと思っていたところはあるのでしょうが、それと移住のタイミングがちょうど合ったのでしょう、淡々と引っ越すことになりました。ただ、もし、これが自分の実家がある熊本だったら、事情は違ったかもしれない。2人ともに知らない土地。だからうまく行ったのでしょう」。どちらも知らない土地で、まっさらな状態から生活を始めるという公平な方法が移住を成功させたのかもしれない。

最初の尾道来訪は観光目的。家を安く手に入れられるという情報はあったにはせよ、気に入ったから引っ越したのだろうと思って聞いてみると、そうでもないという。「もちろん、普通に良いところだと思いました。でも、それは他の土地でも同じ。どこに移住するか、選り好みし出したらキリがない。それよりも偶然を大事にしようと。街で会った人も街もとても人懐っこい感じで、それが良かった、だから決めてしまおうという感じでしょうか」。

といっても、全ての人がそんな風に人懐こく、新参者を受け入れてくれるわけではない。「もちろん、よそ者が増えることを嫌がる人もきっといるだろうし、どの街だから親切、どこは閉鎖的とは言い切れない。そういう先入観で街を見ることにはあまり意味はないように思います」。事前にあれこれ考えて悩むよりも引っ越してしまおう、つるさんの話からはそうした思い切りの良さが感じられる。

タダで空き家だった住宅を取得。再生にかかった費用は?

仕事部屋の天井。手作り感溢れる作りで、時代を感じさせてくれる仕事部屋の天井。手作り感溢れる作りで、時代を感じさせてくれる

移住にあたっては家も含め、お金の話も気になるところ。まずは住宅。現在のつるさん宅は山陽本線尾道駅から徒歩5分、築80年ほどの擬洋風の2軒長屋の1軒。建物がビルの10階位の高さにあるため、徒歩5分といっても石段を登る必要があり、また、立地上、下水道を引くことが難しいため、トイレはいわゆるぼっとん便所、譲渡、登記などの費用20数万円は必要だったものの、家と土地代自体はゼロ。タダである。

ただし、住めるようにするためにはお金がかかる。そのうち、傷んでいた外観などは、古く貴重な建築の外観修理に適用される市のまちなみ形成事業の助成金を受けることができた。これで費用の3分の1、最大200万円までを助成してもらえた。次に内装。残置物を現地で蚤の市を開くという方法で処分、続いて畳を交換、セルフビルドで壁を塗った。尾道ではこうした時に前述の空き家プロジェクトの人たちが知恵を貸してくれる。そこで教えてもらった方法で室内、トイレなどと順に塗り直し、住み始めたそうで、かかった予算はおおよそ、これまで30万円ほど。驚くほど安い。

「空き家は物件によって程度がまったく違います。知らない人は高くつくんじゃないかと悪いほうに想像しがちですが、ちゃんと分かる人に見てもらえばおおよそ、どの程度で住めるようになるかは分かるものです」。つるさん宅も決める前には柱、屋根などの躯体部分の状態を大工さんにチェックしてもらっており、それがあったため、低予算での居住が可能になった。

それに空き家の場合、一気に完成させる必要はなく、使うスペースから手を入れていくという予算削減の手がある。「入居して6年目ですが、他の再生を手伝うことも多く、自宅は後回し。そのため、まだまだやるところはあるんですが、なかなか時間がなくて……」。最初から全部出来上がっていないとダメという完璧主義者には向かなさそうだ。

もうひとつ、住まいを見つけ、再生するまでには時間がかかる。つるさんの場合には先に移住していた友人宅に厄介になったそうだが、そうしたつてがない人は自前で宿泊を賄わなければならない。家はタダでも、それ以外にいろいろな出費は考えておいたほうがよいようだ。

移住のネックは仕事。働き口はあるのか?

仕事部屋の窓からの風景。角部屋なので、実際には正面と左側の2方向から海が望めて開放的仕事部屋の窓からの風景。角部屋なので、実際には正面と左側の2方向から海が望めて開放的

つるさんだけでなく、尾道には移住してくる人が増えており、書籍の中にも何人かが紹介されている。見ると、会社に勤めている人は少なく、フリーランスで仕事をしている人が大半。ネットがあればどこででも仕事ができるという業種は移住に向いているらしいのだ。では、勤めている人にとってはどうだろう。

「尾道に勤め先が多いか、仕事が探しやすいかといえば、残念ながらそうとは言えません。でも、ある程度収入が落ちてもかまわない!と覚悟を決めて移住してきた人は、むしろ逆にその後、ちゃんとやって行けているような気がします。しかし、例えば現在の月収が40万円で、下がっても35万円までしか許容できないという人には難しいかもしれません。モノがないなら、場所がないなら自分で工夫をすれば良いという自立した意識の高い人ほど、移住に向いているのでしょう」。

最後に意地悪な質問をした。今はいいけれど、自分が高齢になった時、坂を嫌だと思うのではないか?と。これに対するつるさんの答えが良かった。「尾道の斜面地から住人が去っていった時期と、高度経済成長期は重なっています。その時去っていった人たちは当時の若い世代です。必ずしも高齢化して肉体的苦労から去ったわけではない。実際、その親の世代の方々の一部はいまでも元気に坂を歩いています。都会へとあらゆるモノや人が集まっていった時代がありましたが、それはそういう時代であり、流れだったのでしょう。そして今、逆に若い世代が都会から地方へ移動していく流れが生まれています。石段は確かに不便ですが、風情があり、地元の人々の暖かさもあります。僕は、坂をただ不便だからという理由で嫌うことはないと思います」。

住まいに何を求めるかは人それぞれだが、多くの人は最初に利便性を求める。だが、逆に利便性を外して考えると、住まい、住む場所の選択肢は大きく広がるし、空き家問題解決の端緒も見えてくるのかもしれない。つるさんの話を聞いてそう思った。

■記事中の情報の詳細はこちらから。
NPO法人尾道空家再生プロジェクト  http://www.onomichisaisei.com/
0円で空家をもらって東京脱出!  http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=16220

2014年 08月28日 11時07分