古都京都、麩屋町姉小路上ル…老舗旅館「柊家」

1818年創業の歴史を持ち、まもなく創業200年をむかえる京都の老舗旅館「柊家」1818年創業の歴史を持ち、まもなく創業200年をむかえる京都の老舗旅館「柊家」

川端康成、三島由紀夫、チャールズ・チャップリン、アラン・ドロン…名前をあげればきりがないほど、文人墨客や著名人に愛されてきた宿がある。文政元年(1818年)より旅館業を営み、まもなく200年の歴史をむかえる京都の老舗旅館「柊家」である。

古都京都は景観条例などにより、まちなみを守る取り組みはほかの都市と比べて厳しいことはよく知られている。だが、時代の流れは区別なく、柊家の周りも創業当時とは全く異なる環境となってしまった。交通量は多くなり、周囲を見渡せば、新たに高層マンション等が立ち並ぶ風景となっている。また、防火などの法規制もあり、今後は純粋な木造建築をゆったりとした敷地に建て、情緒あるまちなみの景色を窓から楽しむことは困難であろう。

その柊家に2006年、新館が完成した。
新館の完成時、設計者は37歳…気おされるほどの歴史があり、品格を保つ本館を目の当たりにして、若き設計者はこの仕事にどう対峙したのだろうか?縁あって、エイトエフェクト一級建築士事務所 代表の道田 淳氏にその新館と本館を案内していただける機会に恵まれた。

道田氏曰く、「柊家には古くて良いものはいっぱいある。新しくて良くなりそうなものが必要だった」というとおり、徹底的な本館の調査をしながら、その本館を師匠として出来上がった新館は、隅々まで考えに考え抜かれ、次の世代への歴史を刻んでいくに充分な魅力に溢れていた。
新館に込められた意匠の粋と技を紹介したい。

悠々とした広がりを見せる清々しい新館大広間

道田氏が、新館に特徴的に新たに入れた概念がある。それが大広間である。
「昔のように部屋でくつろぐだけでなく、現代の旅館の役割を考えたときに、もう少しオープンな、社交的な場としての広間が必要なのではないか、と思っていました」

“一本の柱もない”その空間は、しかし奇をてらったようには見えない。
三方に広がりを見せるその空間は、視線の先に煩わしいものは何もなく、内なのに外の空気を感じ、外の空気を感じられながら、内の静けさが保たれている。
「京都は三方を山々に囲まれ、その市内を鴨川が流れています。その景色にならって、大広間を設計しました。庭の湧水池より内に続く、一段低くなった黒い御影石の部分はそのひんやりとした光が川の流れを感じさせます。細やかな意匠の欄間部分は御簾の役割も果たし、畳の外側を囲んだ廻り縁と同じく、内外の空間をやわらかく繋ぐ役目もしています」

-柱のない空間でどうやって天井の重みを支えているのだろうか?
「この景色を具現化するために、構造を犠牲にしたのでは意味がありません。構造的にも強くするために雪吊りにヒントを得た構造体を外壁に取り付けて支えています」
放射線状の雪吊りの構造体は大広間の外縁にも映り、ひとつの景色となっている。雪の降った日は、本来の雪吊りのように自然の木の枝を守る意匠のように見えるそうだ。

新館の大広間は、一本の柱もない空間が広がる。</br>3方全てが景色として開放されているその空間は、山々に囲まれた“京都”の地を思わせる新館の大広間は、一本の柱もない空間が広がる。
3方全てが景色として開放されているその空間は、山々に囲まれた“京都”の地を思わせる

新館と本館…お互いに"柊家"として伸びていく関係

大広間の大胆な設計とはまた違い、宿泊する空間にはすみずみまで繊細な配慮が見られる。

「柊家の新館設計をまかされた時、柊家の社長に『道田くんに、すべてまかせます。ただし、食事で3時間ほどを過ごす料理屋さんであれば、全て非日常の空間でもいいかもしれません。しかし、旅館というのは20時間ほど滞在をする場所です。非日常の喜びを味わいながらも、日常の安心が同居しなくてはいけない空間だということを心にとめておいてほしい』と言われました。圧倒的な存在感を見せる本館の部屋を修復しながら、ずっとその言葉と向き合い、自問自答を繰り返しながら考え続けました。この宿には古くて良いものがたくさんある。愛されてき続けている本館のその良いものたちと真っ向から勝負はできません。社長の言葉、伝統、京都という土地柄、くつろげる空間、本館との調和とコントラスト、新しい柊家…本物であり、かつ新しくて良くなりそうなものが必要だったのです。新館と本館…お互いが"柊家"として伸びていく関係をつくりあげたいと考えました。」

こうして設計された新館の部屋は、道田氏によって一室一室が異なるテーマやプランを持つ。それぞれの部屋は、基本的な和の文脈を踏襲しながらも、延長線上にある新しい煌めきを見せている。周りの景色にビルが見えるようになった今、2階、3階の各部屋に坪庭を配することで、窓からの眺めに配慮した。そして、外の光や季節ごとに変わる影などを道田氏は巧みにかつ繊細に部屋の設計に取り入れたのである。

たとえば、ある部屋では和紙張りの壁に柊の葉がひらひらと落ちる意匠が施されている。その和紙の壁は太陽光を通し、昼間は浮かび上がり、やがて陽が暮れるとゆっくりと消えていく。
また、ある部屋では床の間の漆床の角に、玉虫細工を施している。緑や青、橙色に輝く玉虫の羽が陽が射すとみずみずしい光を放ち、床の間の形状がカーヴを描いているため、玉虫の羽の光がまるで滝つぼに落ちる水のきらめきのように見える。
また、ある部屋の次の間の障子には、屋根の形の意匠が施されているが、その勾配は外にわずかに見える本館の屋根の勾配と揃えてあり、ここちよいリズム感を感じさせている。いずれも訪れる人の目にとまり、外の気配とつながりを持つような、部屋の向こうにある季節や風景にどう心をうごかすかまでを考えられた設計である。

すべての部屋の意匠を、残念ながらここでは紹介できない。が、ぜひ柊家新館に足を運んだ際は、各々の部屋の中で季節や光や風、自然との緩やかなつながりを感じてほしい。

(写真右)玉虫の羽を施した床の間の床板の淵廻り。漆とのコントラストもみずみずしく、陽の光が射すと揺らめくようにきらめく</br>(写真左上)屋根の形の意匠が施されている障子から垣間見えるのは本館の屋根の勾配</br>(写真左下)和紙張りの壁に施された柊の葉は光を通し、昼間は輝きやがて日暮れとともに消えていく(写真右)玉虫の羽を施した床の間の床板の淵廻り。漆とのコントラストもみずみずしく、陽の光が射すと揺らめくようにきらめく
(写真左上)屋根の形の意匠が施されている障子から垣間見えるのは本館の屋根の勾配
(写真左下)和紙張りの壁に施された柊の葉は光を通し、昼間は輝きやがて日暮れとともに消えていく

『来者如帰』の場として続いていく、柊家の温故知新

温故知新…『子曰く、故きを温ねて、新しきを知れば、以って師と為るべし』と孔子が師になる条件として論語の中で述べた言葉だ。
柊家のおかみさんである西村明美さんは、
「景観もライフスタイルも変わっていくのは、たとえ京都であったとしても、今も昔も同じです。変わっていくことを嘆いて、そこにとどまるのではなく、どうやって大切にしてきているものを守りながら新しい環境と調和していくのか…。又、今の時代で50年、100年経っても評価して頂ける〝良い”モノを作っていかなければならない…。この京都で200年近く旅館業を続けている家に生まれて思うことです」と語ってくれた。

老舗が老舗であり、老舗でありつづけることは、伝統を守りつつ新たな伝統を創り出す連続した革新をもつ。柊家が数々の名客をもてなしてきた歴史と、本館の空間が道田氏の新館設計に与えた影響のように、その精神を貫いた新たな新館も次の世代に強烈なメッセージとして伝わるだろう。

柊家の本館玄関には『来者如帰』の額がかかっている。
川端康成は、柊家に「…(前文略)私は京阪の他の宿で泊まった時も柊家へ落ち着きにゆき、中国九州の旅の行き帰りにも柊家に寄って休む。玄関に入ると“来者如帰”の額が目につくが、私にはさうである」とよせている。“来たる者、帰るが如し”のもてなしとやすらぎの場は、今回道田氏が向き合った新館の設計にも受け継がれている。

鮮烈で清冽な印象の新館と、圧倒的な存在感で歴史の重みを感じる本館…柊家の“温故知新”は、また新しく続いていく。

■取材協力
柊家 http://www.hiiragiya.co.jp/
エイトエフェクト一級建築士事務所 http://www.michida.com/

柊家新館の設計を手がけたエイトエフェクト一級建築士事務所 代表の道田淳氏(写真左)</br>と柊家のおかみさんの西村明美さん(写真右)柊家新館の設計を手がけたエイトエフェクト一級建築士事務所 代表の道田淳氏(写真左)
と柊家のおかみさんの西村明美さん(写真右)

2015年 05月13日 11時22分