危機意識の醸成
~少子化問題、高齢化問題は“待ったなし”という日本創成会議の指摘

日本有数の事業&人口集積地である池袋を擁し、大都市のイメージが強い豊島区。ここが「消滅可能性都市」に含まれているとは衝撃的だ日本有数の事業&人口集積地である池袋を擁し、大都市のイメージが強い豊島区。ここが「消滅可能性都市」に含まれているとは衝撃的だ

エネルギー問題や人口問題、地域活性化などに関心がある方には日本創成会議という組織に聞き覚えがあろうかと拝察するが、あまりご存じない方のために簡単に説明すると、東日本大震災からの復興を新しい国づくりの契機にしたいと考えた有識者による民間の政策提言・発信組織である。2011年5月に発足し、座長は増田寛也前岩手県知事・元総務大臣、他に牛尾治朗・ウシオ電機会長や大田弘子政策研究大学院大学教授・元経済財政政策担当大臣など経済界の代表や大学教授などが参画している(※2014年10月現在)。

その日本創成会議の人口分科会が、2014年5月に全国1800の自治体のうち、約半数にあたる896もの自治体が2040年には人口減少による消滅の可能性がある「消滅可能性都市」=次世代人口の行方を左右する20~30歳代の女性の人口が2010年から半減する自治体、になるとのデータを公表したことは記憶に新しい。
「消滅」という言葉のインパクトを除いても、人口推計に基づく可能性レベルの話と片づけるにはあまりに衝撃的な内容である。特に青森県、岩手県、秋田県、山形県、島根県では県内自治体の8割超が「消滅可能性都市」に該当するという。
さらに衝撃的だったのは東京都豊島区がその「消滅可能性都市」に含まれていたことだ。つまり、少子化によって相対的に高齢化が進むのは地方圏の自治体だけではないという意味で、そこに例外はないとの指摘をしていることになる。

東京都豊島区の衝撃
~人口集積と高齢化は並行し得るという事実

東京都豊島区と言えば、日本有数の事業&人口集積地である池袋を擁する大都市のイメージが強く、人口減や高齢化とはほぼ無縁どころか、日本で唯一徴税することを明記した「ワンルームマンション条例」施行自治体でもあり、若年単身世帯がこれ以上増えないようにとの施策を講じるような過密都市(全くの余談ながら、過日池袋に所用で出かけた時には秋祭りで神輿が数基出ていたし、サンシャイン60でもブラジルフェアが開催されていていずれも大盛況だった)との印象があるが、実は65歳以上の高齢者のうち、71%が単身世帯との事実がある。高齢者世帯の7割超が「独居老人」なのだ。
東京都によれば単身高齢者世帯数は2035年には2010年比1.6倍の100万世帯に達する見通しであり、こんな統計資料は見たくはないが、死後数日~数ヵ月を経て発見される「孤独死」は2013年に東京23区だけで約7400件確認されているという。これらを考慮すると、この数は今後減少するとは考えにくい。
日本創成会議は、地方から大都市への人の流れを変え、東京への一極集中に歯止めをかけることで地方を元気にするとの構想を公表しているが、人口が集中する東京でも高齢化問題は並行して進んでいるという現実は、東京一極集中を改善すれば済むという単純な話ではないことを浮き彫りにする。問題の根は極めて深い。東京での高齢化問題、少子化問題を考えることが日本全体の問題を考えることにつながるのではないかと筆者は考えている。

果たして少子化と高齢化に対応するための住宅政策はあるのか

高齢者向けのバリアフリー化した住宅、介護サービス付きの住宅などのいわゆる「高機能住宅」は、未だ定義が確立されておらず概念的なものに留まっている。こうした”ハード”の充実は必要だが、それで問題が解決するかは疑問である高齢者向けのバリアフリー化した住宅、介護サービス付きの住宅などのいわゆる「高機能住宅」は、未だ定義が確立されておらず概念的なものに留まっている。こうした”ハード”の充実は必要だが、それで問題が解決するかは疑問である

先の「消滅可能性都市」の例に倣えば、その定義が出産適齢である20~30歳代の女性の人口が2010年から2040年にかけて半減する自治体であるから、このまま手を拱いていると、その自治体から若年層とその子供世代が流出して相対的に高齢化率が上昇するし、その出産適齢の女性が流出した先で出産するとも限らないので、少子化にも歯止めがかからないというシナリオが描かれることになる。

しかし、それでは何の解決にもならないから、東京などの大都市では子育て支援施設の拡充を通じて都市部でも世帯が仕事と育児を両立できるような仕組みが必要だし、地方圏では雇用を維持・創出するための仕組みが必要だ、と誰しも考えるが、このような仕組みの受け皿となる住宅政策を考えると、一にも二にも「住み替えが容易(で大きなコストが発生しない)住宅市場を形成する」ことが必要であることが見えてくる。
高齢者向けのバリアフリー化した住宅を増やすこと、介護サービス付きの住宅を増やすこと、さらには育児施設、託児所、医療機関などが併設され育児世代をサポートする住宅の開発などがまず思い浮かぶのではないだろうか。これらの住宅は「居住すること+α」が機能として備わっている住宅という意味で高機能住宅などと呼ぶことがあるが、その定義は確立されたものではなく、未だ概念的なものに留まっているというべきだろう。こういった住宅が増えること=ハードの充実は必要だが、それでも問題は解決するとは思えない。

高機能住宅が増えるだけでは…

近年ではさすがにこのままで良い筈がないと考える人が急増し、特に2001年以降は関連法規の施行に伴って環境整備が進んだこともあって、高齢者対応住宅や育児支援施設および付設託児所があるマンションなどが増加傾向にある。バリアフリー住宅の増加、サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)の増加もあり、高齢者向けおよび育児世代向けの住宅は順調に対策が進んでいる。

ただ、日本の高齢化と少子化は以前から警鐘を鳴らす声はあったものの、一般の眼からすると予想を超えて急速に進行した印象が強く、現状では必要かつ十分とは到底言えない供給水準に留まっている。高齢化対策、少子化対策はむしろこれから本格化するものと考えるべきだろう。
政府も9月初めにまち・ひと・しごと創生本部(地方創生本部)の設置を閣議決定し、体制だけは整いつつあるようにみえるが、結局何をするかについては全く白紙の状態と言っても過言ではない。当事者である高齢者、育児世代の希望や多様な意見を尊重し街づくりと住まいづくりに活かせるか、規制の枠を超えて地方活性化のために農業や医療など様々な分野への企業参入を認可するか、などが当面の課題になる。

脱「核家族」~コミュニティの再構築が人口問題のカギになる

筆者は、誤解を恐れずに言うなら、根本的な問題として高度成長期を支えてきた世帯構成の変化=核家族化が少子化、高齢化の要因であると予てから考えている。都市圏のベッドタウンに生産年齢人口を集約し、効率的に住まわせて労働力を確保した上で経済基盤の拡大を強力に推進したのが高度成長期から続く“ビジネスモデル”であった。
都市圏に人・モノ・カネを集中させて世界に互して競争する力を得ることは当時の日本にとって必要だったのかもしれないが、人口流出で徐々に体力が落ちていく都市圏以外の地域をこれまで決して大切にはしてこなかったことのツケが、現在進行している少子化もしくは高齢化に表れている気がしてならない。
核家族化で切断されてしまった世代間のコミュニケーションを取り戻し、学歴や収入に左右されずに自身と家族の幸せを追求することができれば、人はそこに「安心」を見出すことができる。「安心」がなければ「定住(もしくは定住に向けての住み替え)」はない。バラマキも地域に一時的なカンフル剤を打つだけで効果は期待できない。人と人とのつながりが希薄になり、住宅のあり方や仕様も少人数世帯に合わせてコンパクト化・合理化していったが、もう一度、コミュニティの基本単位である「家庭」が本来の力を取り戻すことが、地方でも人を増やし、雇用を創出し、高齢化の進行に歯止めをかける手段になるのではないだろうか。賃貸ではシェアハウスなどのコミュニティ形成型住宅が人気を得ているが、分譲される集合住宅であるマンションこそ、コミュニティ形成のエンジンとして機能してもらいたいものである。

■関連リンク
日本創成会議とは:http://www.policycouncil.jp/pdf/about_jpc.pdf

コミュニティの基本単位である「家庭」が本来の力を取り戻すことが、</br>地方でも人を増やし雇用を創出すし、高齢化の進行に歯止めを</br>かける手段になるのではないだろうかコミュニティの基本単位である「家庭」が本来の力を取り戻すことが、
地方でも人を増やし雇用を創出すし、高齢化の進行に歯止めを
かける手段になるのではないだろうか

2014年 10月17日 12時01分