「断熱」と「省エネ」の正しい関係

今回お話を伺った断熱・気密化技術に精通し住宅技術ジャーナリストとしても活躍する南雄三氏今回お話を伺った断熱・気密化技術に精通し住宅技術ジャーナリストとしても活躍する南雄三氏

2013年に改正された「省エネ基準」。建物全体の省エネルギー性能や断熱性能の基準値が改められ、2013年10月に施行、そして2020年には義務化が目指されている。

そこで当初この記事では、省エネ基準を考慮しながら「断熱性能を高め、いかに省エネ住宅をつくるか」をテーマに専門家にお話を伺おうとしていた。できれば基準値の数値や住宅のスペックのみを追いかけるのではなく、日本の風土に適した断熱、省エネルギー住宅をつくるポイントなども伺えればと考えていた。

専門家として取材を引き受けてくれたのは、断熱・気密化技術に精通し住宅技術ジャーナリストとしても活躍する南雄三氏。しかし、南氏が語ったのは「断熱と省エネは分けて考えるべき」という意外な言葉だった。

今回は、断熱と省エネの関係性にまつわる誤解を南氏に解いていただきながら、家づくりの際の断熱と省エネへの正しいアプローチを探ってみたい。

断熱=省エネは、海外のはなし

こちらの事務所の隣の母屋は、南氏のご自宅。大正時代の建物を改築して断熱性能を高めている。冬でも朝布団から出るのが億劫にはならないというこちらの事務所の隣の母屋は、南氏のご自宅。大正時代の建物を改築して断熱性能を高めている。冬でも朝布団から出るのが億劫にはならないという

「多くの方が、省エネするには断熱性能を上げるのが効果的と考えているのですが、日本においては、一概にそうとは言えません」。筆者自身も「断熱」=「省エネ」と考えていたのだが、南氏はそれは間違っていると言い切る。

「海外などでは断熱すれば省エネにつながるのが常識です。それは住まいの全館暖房が徹底されているからです。トイレに行こうが、バスルームに行こうがガンガン暖房で暖めています。そのため、建物自体の断熱性能を上げれば、当然暖房にかけるエネルギーを大きく削減できるので省エネ効果も高くなります。ですが、日本はそもそも暖房などしていない、エネルギーを使わずに我慢する国なのです。省エネという観点からみたらそれだって立派な省エネの実践なのです」

だからこそ南氏は、「断熱を省エネのために考えてはいけない」と言うのだ。断熱はあくまでも健康を守るためのものと捉えるべきだと主張する。

「ドイツなどでは“温度は人権だ”と言うくらいに家の中の温度に対しての意識があります。古いアパートであっても常に全室20℃以上に温められ、暖房は一定額以上はオーナー自身が負担するというケースもあるとか。一方日本は、家の中の温度に関しては劣悪な環境です。とにかく寒くても全館暖房などはせずに我慢してしまいます。トイレやバスルームなどの非暖房室で最低温度10℃以下も当たり前といった状況です」

そのため、ヒートショックのような命に関わる問題も多発している。ヒートショックとは温度の急激な変化で血圧が上下に大きく変動することで、心筋梗塞や脳梗塞など重大な問題を引き起こす健康被害だ。家庭内では温度差の大きい冬場の浴室で起こることが多いとされている。地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センターが2014年に発表したデータでは、2011年の1年間に1万7,000人が入浴中にヒートショックに関連した症状で急死したと推計されている。この数字は、同年の交通事故の死亡者数4,611人を遥かに超える数だ。

「夏場に室内でエアコンをかけずに熱中症になるケースには、『なぜエアコンをつけないのか?』と声を掛けることはあっても、ヒートショックになるケースに、『暖房すればいいのに……』と声を掛けることはありません。冷房は寝室やリビングだけで済むけど、暖房で脱衣室まで温めようという意欲は、無断熱状態では湧いてこない。だから『脱衣室も温めようよ』という前に『断熱しよう』と言いたくなる。でも。脱衣室まで断熱するとなれば家全体の断熱改修になって、そんなお金払えない…ということになってしまっているのです」

改正省エネ基準は2つある!?

そもそも「改正省エネ基準」でも断熱と省エネは分けて考えられている。建物全体の省エネルギー性能を評価する“一次エネルギー基準”と断熱性能を評価する“外皮性能”の2つの基準が設定されている。外皮基準を定めている理由は「家の中全体を10℃以下にしない」ことで「結露」や「ヒートショック」を防止するという意味で、省エネの前に温熱環境として最低ラインを維持させるためだそうだ。

「室内の最低温度を冬場でもどこでも10℃にするという性能は、防災の観点からも重要です。災害時に暖房が止まったとしても10℃をキープできていれば致命的なことにはならずに済むからです。雪国のように冬場の昼間に日射が期待できない地域などでは、この基準をクリアできるかどうかが命に関わってきます」

省エネはあくまでもエネルギーのやりくりの話で、外皮にまつわる断熱の話はあくまでも健康を守るため。意味合いが違うのになぜか今は断熱の目的までも省エネとして捉えられてしまう。そのため家づくりの際にも混乱が生じているという。

「省エネでは断熱・気密が関連する暖冷房だけでなく、換気、給湯、照明、家電も含めた生活総合エネルギーで捉える必要があります。例えば関東以西の温暖地になると暖冷房が占める割合は、総エネルギーの1/4以下しかないため(断熱性が省エネ基準レベルを想定)、断熱性を高めても小さな効果しか得られません。つまり、断熱は省エネでは影が薄くなるのです。

省エネの効果だけを考えるのであれば、給湯だったり家電が重要になります。もっと言えば、太陽光発電を増やした方が断熱性をアップするより安く済むかもしれません。そんな「やりくり」と「銭勘定」が省エネにはあって、だから『断熱はダメだ』と論じられることもある。しかし、日本のように我慢の生活をしている状況では、断熱はまずは健康を守るために必要なこととして捉え、その結果省エネにも寄与する…という順番で考える必要があるのです」

施主は“何℃でその家に住みたいか”を考えるべき

しかも、改正省エネ基準で定められた外皮の基準は、技術的にも目標値としてもそれほど高いものではないそうだ。

伝統型住宅を扱う企業の中には『省エネ基準が義務になったら廃業だ』という人もいるそうだが、基準をクリアするためには窓を断熱型に、そして天井、壁、床にそれぞれにグラスウール100㎜くらいを施工すれば問題がないそうだ。土壁で壁にグラスウール30㎜くらいしか入れられなくても天井にたっぷりのせればクリアできるのだという。

「それより、伝統型住宅がもつ軒の出た縁側のある家は、パッシブデザインとして素晴らしいものと言えます。そこに省エネ基準レベルの断熱を施せば、晴れた日は昼に20℃、朝まで15℃以下にならない温熱環境がつくれます。つまり、伝統型住宅と断熱化はとてもよい相関関係をつくることができるのです」

実際に、南氏が自宅として20年前に築七十年の家を再生した例も、まさにその言葉通り伝統型住宅と断熱化の相関関係を保つ家だそうだ。

「最低温度が10℃というのは、ヒートショックへの対応や結露防止など健康を守る上での最低基準の温度です。それを確保する省エネ基準もまた最低限と言えます。これを15℃まで高めることが次のステップの基準となるでしょう。工務店の方々などは次の基準が出るのを待つのではなく、自ら次のステップを目指していくべきです。

施主の方々ももっと室内温度というものに関心を持つべきです。日本では家に温度計のない家庭がほとんどですが、例えば部内の最低温度が15℃あれば、冬布団から出るのが苦ではなくなります。家づくりの際には、施主はその家で何℃で生活がしたいのか、そうした判断を本来持つべきなのです」

家づくりの際に持ちたい“健康”の視点

省エネと断熱は分けて考えるもの。筆者も「断熱」=「省エネ」と考えていたため、このアプローチには驚きがあった。確かに、南氏の指摘のとおりこの2つの視点を混ぜて考えてしまうと家づくりには混乱が生じるだろう。省エネの費用対効果だけを考えてしまえば断熱の意味合いが薄れてしまうからだ。

しかし、“健康に過ごす”という、むしろ住まいのあり方で最重要の観点にフォーカスを当てれば、断熱の重要性も浮上してくる。いずれにしてもエネルギー消費で断熱を考えるのではなく、温度で断熱を考えることが重要なのだ。

今後、改正省エネ基準により、それぞれに断熱や省エネを謳った家づくりが増えてくると思うが、施主側も、きちんと断熱と省エネそれぞれの役割を捉え、適切な判断をしていきたいものだ。

2015年 02月17日 11時10分