やきもののまち・常滑でLIXILが運営する文化施設。国登録有形文化財をリニューアル

上/1963~1964(昭和38~39)年頃の常滑のまち(撮影:山田脩二、写真提供:INAXライブミュージアム)。下/INAXライブミュージアム「窯のある広場・資料館」。煙突の右隣の黒い建屋のなかに窯が設置されている上/1963~1964(昭和38~39)年頃の常滑のまち(撮影:山田脩二、写真提供:INAXライブミュージアム)。下/INAXライブミュージアム「窯のある広場・資料館」。煙突の右隣の黒い建屋のなかに窯が設置されている

平安時代末期頃からやきものの産地である愛知県常滑市。福井県の越前焼、愛知県の瀬戸焼、滋賀県の信楽焼、兵庫県の丹波焼、岡山県の備前焼とともに、“日本六古窯”の一つにも数えられている。

常滑市が位置する知多半島には豊富な粘土があったことに加え、海沿いのまちであることから海路で日本各地に常滑焼と称されるやきものが運ばれ、発展してきた。

そんななか、明治時代になると近代土管(木型を使用した大量生産型の土管のことをいう)やタイルといった製造が始まった。それらは日本の近代化で需要が高く、常滑は産業面でさらなる発展をする。

当時の窯は、石炭を燃料とする両面焚倒焔式角窯(りょうめんだきとうえんしきかくがま)で、排気のために高さのある煙突が必要だった。最盛期には約400本の煙突があり、常滑を象徴する風景となったが、昭和40年代になって大気汚染が問題に。燃料は石炭から重油へと切り替わり、土管の需要が減ったこともあり、やがてトンネル窯を利用してのやきもの製造へと移り変わっていった。

建材・住宅設備機器メーカーである株式会社LIXILが文化施設として運営する常滑市のINAXライブミュージアムでは、大正時代にできた土管製造の窯と建物、煙突を保存し、「窯のある広場・資料館」という名で公開している。1997年に国の登録有形文化財に指定。2007年には、経済産業省の近代化産業遺産に認定された。

しかし、老朽化が目立ってきたため、2015年に調査を開始。耐震性能などに問題があることが分かり、2016年から貴重な文化財を残すための保全工事をスタートさせた。それから3年にもおよぶ工事が完了し、2019年10月にリニューアルオープン。その再生までの道のりを取材した。

“文化財として何を残すのか”をテーマに保全工事を実施

「窯のある広場・資料館」は、もともと、LIXILの前身の一つであるINAXが手がけたもの。伊奈製陶株式会社として常滑で創業したINAXが、創業地に隣接していた1921(大正10)年に創建された土管製造業の片岡勝製陶所の窯場を整備し、1986(昭和61)年に公開した。

ちなみに、ここを始まりとして、1997(平成9)年に装飾タイルを展示する「世界のタイル博物館」、1999(平成11)年に体験教室を開催する「陶楽工房」がオープン。その後、2006(平成18)年に土のワークショップ・企画展示を行う「土・どろんこ館」、ものづくりの伝統や技術を紹介する「ものづくり工房」と2施設の開設と合わせて、INAXライブミュージアムという名称でグランドオープンした。現在は2012(平成24)年オープンの「建築陶器のはじまり館」を含む6館からなる。

「窯のある広場・資料館」の保全工事について話を戻そう。「文化財として何を残すのかというのをテーマに、保全工事を進めました。具体的には、煙突を残す、窯を残す、建屋を残す、そしてものづくりの熱を残す、この4つを意識しました」と、INAXライブミュージアム・主任学芸員の後藤泰男さんが教えてくださった。

常滑のまちを象徴する存在でもあった煉瓦造りの煙突は、構造的な強度を調べると、目地の力がほとんどないことが明確に。「文化庁からはできるだけ壊さずに保存方法を検討するようにと指導がありました。ただ、今回の場合、通常、煉瓦造りの建物を耐震補強する場合に採用される免震台に乗せる方法は難しく、煙突のなかに鉄骨を組んで保存することなども検討しましたが、煙突の土台の下に地下水があるということも分かっていたため、地盤の問題もありました。最終的にはいったんすべて解体して、鉄骨で構築をして、煉瓦を元のように張り付けて戻すことになりました」。大がかりなものとなったが、他に適した方法がなく、現状変更の届け出をして登録有形文化財は維持できることになった。

1953(昭和28)年頃の伊奈製陶所の全景(写真中央あたりの明るいグレーのところ)。左下の煙突のある場所が「窯のある広場・資料館」となった片岡勝製陶所の窯場。片岡勝製陶所は1921(大正10)年に創建後、1971(昭和46)年に操業停止となり、土管工場としての歴史は50年間だった(写真提供:INAXライブミュージアム)1953(昭和28)年頃の伊奈製陶所の全景(写真中央あたりの明るいグレーのところ)。左下の煙突のある場所が「窯のある広場・資料館」となった片岡勝製陶所の窯場。片岡勝製陶所は1921(大正10)年に創建後、1971(昭和46)年に操業停止となり、土管工場としての歴史は50年間だった(写真提供:INAXライブミュージアム)

煙突の煉瓦に地上137段目の謎?

元の位置に戻せるように一つ一つの煉瓦に番号を付けながら煙突を解体していくと、担当した煉瓦職人から「上部の煉瓦を積んだのは未熟な職人ではないか」という話が持ち上がったという。そこで目地開きの様子を図面化すると、「地上137段目の謎」が浮かび上がった。137段目より下は目地開きが規則正しいが、上はばらつきが激しかった。また、煙突の4面のうち、北面と南面の137段目より下は中央部分に亀裂のような大きな目地開きが見られた。

「実は、1944(昭和19)年12月7日に東南海地震、1945(昭和20)年1月13日に三河沖地震がありました。そこで、煙突と建屋の一部が倒壊し、復元したとだけ記録があったのです。戦争中だったため、倒壊が他地域に発信されることはなく、詳細な記録はなかったんですね。この2つの地震で、煙突の上の部分は倒壊し、下には亀裂が残った。下の亀裂は補修し、上は再構築したのだろうと」

さらに、この倒壊に関するわずかな記録では、「兵隊がわずか数週間で倒壊した煙突の煉瓦を組み上げた」というものもあった。「製造されていた土管は、重要な軍需品だったんです。土管は畑の中に埋めて排水がきちんとできることで、農作物の作量が向上するという目的がありました。だから戦争中でも欠かせないもので、常滑ではたくさん作られていたという背景があったんです」。そのため、兵隊の力ですぐに修復されたのではないかということだ。

解体することで、確かな証明へと近づいた。保全工事だけでなく、煙突の北面と南面の亀裂をあえて再現し、土地の歴史も後世に伝えることとした。

左/解体前の目地開きの様子。もともとあった煙突周りのコーナー保護アングルに、1993(平成5)年にブレース(筋交い)で耐震補強された。中央/保全工事後の目地開き。右上/解体前に一つ一つの煉瓦に番号を付け、位置を記録。すべてケレン処理(きれいにすること)も行った。右下/今回の煙突の保全工事では、鉄筋コンクリートの構築に、印をつけて目地開きを再現(すべて写真提供:INAXライブミュージアム)左/解体前の目地開きの様子。もともとあった煙突周りのコーナー保護アングルに、1993(平成5)年にブレース(筋交い)で耐震補強された。中央/保全工事後の目地開き。右上/解体前に一つ一つの煉瓦に番号を付け、位置を記録。すべてケレン処理(きれいにすること)も行った。右下/今回の煙突の保全工事では、鉄筋コンクリートの構築に、印をつけて目地開きを再現(すべて写真提供:INAXライブミュージアム)

劣化対策にも苦心した窯

上/窯の内部。画像の手前が鉄骨シェルターになっており、見学者の安全を確保。下/レンガの塩類風化の様子(写真提供:INAXライブミュージアム)上/窯の内部。画像の手前が鉄骨シェルターになっており、見学者の安全を確保。下/レンガの塩類風化の様子(写真提供:INAXライブミュージアム)

土管を焼いていた窯も煉瓦造りで、煙突ほどではないが、震度6強で倒壊の恐れがあるという診断が出た。まず、天井部から地下13mくらいまでアンカーを打ち込み、窯自体を地盤とともに固定するグラウンドアンカー工法が検討されたが、煙突工事の時にも考慮された軟弱な地盤の問題から、耐震に有効ではないという結論に。続いて、セメント基盤構築による壁面強化はどうかと試験をしてみるも、実現不可能という判断になった。

他にもいくつか検討したが、コスト面や実証面で有効な工法を見つけられず、最終的に窯自体の耐震補強をしない決断をした。「ですが、なかをお客様に見ていただきたいという希望があったものですから、鉄骨で構造体を作り、シェルターのように耐震空間を作りました。地震が起きて窯が壊れたとしても、お客様に入っていただくには安全な空間となっています」。半円形の窯で、耐震空間は1/2スペース以下だが、窯内部の造りをじっくりと見学できる。

窯にはもう一つ問題があった。煉瓦の塩類風化だ。地下水を煉瓦に浸み込む成分とともに吸い上げ、表面が白化(はっか)したり、そうはならないまでも結晶化したりすると、煉瓦自体が砂のように崩壊してしまうのだ。

かつて土管を焼く時には、塩を投入していた。塩が蒸発して塩化ナトリウムになり、土と反応すると表面がガラス化して釉薬がかかったようになるのだ。また石炭に含まれる硫黄分も煉瓦には浸み込んでいた。そういった状況でないとしても、世界各地の煉瓦造りの建物で起きている問題なのだという。

地下水を遮水壁でブロックすることを計画したが、調査すると思ったより水の量が少なく、もっと深いところから水が浸み込んでいることが分かった。そこで今回は、カンボジアにある世界遺産、アンコール・ワットでも使用されたという、ウレタン系含浸強化剤を塗布。水の蒸発機能を保ちながら、煉瓦表面を強化させた。しかし「これは完全な対策ではなく、延命策であると理解しています」と後藤さん。今後も対策の検討を重ねていく。

建築そのものを楽しみつつ、100年前のものづくりの熱を伝える展示を実現

窯を覆う建屋は、初めの項や下の画像を見ていただくとお分かりになる通り、外壁が黒いのが特徴だ。海に近いまちで見られることがある、潮風による劣化から守るためと、常滑では多くの煙突から出る真っ黒な煙による汚れへの対策でもあった。

当初の外壁に使われていたのは、コールタールを塗った杉板。劣化が進み、台風で剥がれ落ちてしまったところは、黒色塗料で塗った杉板を代用するも、他と色合いが違うことが明確に分かっていた。

今回の保全工事では、外壁全面を新しい杉板に。杉板を焼いて処理する方法もあるが、もとの色と近いものとするため、高圧洗浄水による“浮(う)づくり処理”と言われるエイジングを施し、安全性を考えてタールフリーの黒色塗料を塗って仕上げた。

また、屋根の瓦は創建時のものが残っていたが、100年を経て老朽化していたため、すべて葺き替えた。「まったく新しいものにすることも一つの方法でしたが、あまりにも雰囲気が変わってしまうことが考えられたため、100年前と同じ製法で瓦を作っている瓦職人の山田脩二さんにお願いしました」

山田脩二さんは、カメラマンから“カワラマン”になった方。兵庫県淡路島で、だるま窯と呼ばれる窯で、400年前から日本で伝わる方法で瓦を焼いている。山田さんが作る淡路瓦は、現代のものより寸法が小さく、当時の雰囲気を再生できるものだった。

こうして新しく生まれ変わった「窯のある広場・資料館」。さらに後藤さんが保全工事のテーマで語った「ものづくりの熱を残す」ことは、建屋と窯の展示で実現した。

土管製造の場であった時代、建屋の2階は土管の乾燥スペースだった。資料館として整備されてからは、古便器の展示空間となっていた。だが、1/2スペースほどの床板を外し、窯全体を見られるようにした。残りの部分は、江戸時代末期以降の土管を展示している。富岡製糸場などでも見られる、木造トラス構造もしっかり見てもらおうと、天井部分は照明を当てるようにした。

そして窯内部では、プロジェクションマッピングを実施し、土管を焼いている様子の再現と、スライドショーで土管とともに生きてきた常滑の人たちの様子を見せる。

窯内部のほかにも、過去の製品や製造に使った道具など、常滑のまちを発展させたものづくりの熱き思いを感じられる展示が工夫されていた。そして建物そのものの魅力も素晴らしいものだと実感した。保全工事とともに「窯のある広場・資料館」は、展示、建物が一体感をもって歴史をいっそう伝えるものとなった。見学では充実した時を過ごせるに違いない。

2020年3月31日(火)までは、リニューアルを記念し、これまで収集してきたタイル、テラコッタ、古便器、土管のコレクションから、普段見る機会の少ないものを展示する「大『名品』展」を開催中だ。現代に至るまでの生活、住まいに関するものの歴史を知ることができる。そういった名品も見られるINAXライブミュージアム。次回記事では、他の施設をご紹介する。合わせて参考にしていただければと思う。

取材協力:INAXライブミュージアム https://www.livingculture.lixil/ilm/

①建屋の右にあるのが「世界のタイル博物館」。煙突が博物館の正面ファサードに映るようにしたほか、屋根の角度を建屋と合わせて景観がマッチするように設計した②外壁と瓦を新しくした建屋。「瓦は、太陽の当たり具合、大気中の水分の状況で、表情を変えることが完成して初めて分かったんです」と後藤さんにとっても驚きの結果となったそうだ。同じ晴れの日でも、朝昼晩で色味の濃さなどが変化。美しい景観を生み出す③窯内部のプロジェクションマッピング。土管の焼成過程の映像は、その迫力に感動した④お話を伺ったINAXライブミュージアム・主任学芸員の後藤泰男さん⑤内部に大きな空間を作ることができる木造トラス構造。小屋組みが眼前に迫り、建築ファンも多く訪れる⑥カワラマンこと、瓦職人の山田脩二さんがカメラマンだった時に撮影した常滑のまちの写真も展示⑦望遠鏡のような「スコープ・オブ・ソウル」と名付けられた装置を覗くと、工場で人々が働いていた様子を再現した映像が見られる①建屋の右にあるのが「世界のタイル博物館」。煙突が博物館の正面ファサードに映るようにしたほか、屋根の角度を建屋と合わせて景観がマッチするように設計した②外壁と瓦を新しくした建屋。「瓦は、太陽の当たり具合、大気中の水分の状況で、表情を変えることが完成して初めて分かったんです」と後藤さんにとっても驚きの結果となったそうだ。同じ晴れの日でも、朝昼晩で色味の濃さなどが変化。美しい景観を生み出す③窯内部のプロジェクションマッピング。土管の焼成過程の映像は、その迫力に感動した④お話を伺ったINAXライブミュージアム・主任学芸員の後藤泰男さん⑤内部に大きな空間を作ることができる木造トラス構造。小屋組みが眼前に迫り、建築ファンも多く訪れる⑥カワラマンこと、瓦職人の山田脩二さんがカメラマンだった時に撮影した常滑のまちの写真も展示⑦望遠鏡のような「スコープ・オブ・ソウル」と名付けられた装置を覗くと、工場で人々が働いていた様子を再現した映像が見られる

2020年 02月01日 11時00分