江戸時代以降繁栄した港町・石巻

宮城県石巻市は約400年前に伊達政宗公の命による掘削が行われて以来、旧北上川の水運を利用して栄えてきた港町。ここから千石船(150トンほど)で江戸に送られる米は年間20万石(約3万トン)にも及んだとか。江戸に米を運んだ船は帰りに江戸のさまざまな物品を持ち帰ってきており、そのひとつが瀬戸物。今も石巻市内には瀬戸物店が多く、代表的なのはかつての中心部である中央町でひときわ目を引く旧観慶丸商店。江戸時代から続く陶器の店で、現存する建物は石巻で最初の百貨店として建てられ、現在は市の指定文化財。多種多様なタイルで覆われたモダンなスタイルが往時の繁栄を偲ばせてくれる。

旧観慶丸商店のある中央町は旧北上川に並行するように商店街が走り、一部には路地も。商店のみならず、飲食店も集まっており、かつては花街もあった。中央町の路地の一角に店を構える、大正2(1913)年創業の老舗割烹・八幡家の女将・阿部紀代子氏によると「置屋、料亭、待合などがあり、迷路のような路地は子ども心に楽しい空間でした」。

だが、その賑わいは被災前から失われつつあった。内陸に大型ショッピングモールが誕生し、その周辺に人が移動、中心市街地には人が集まらなくなってきていたのである。そんな街中をなんとかしようと1995年ごろから石巻では漫画でまちおこしという活動が始まっている。

きっかけとなったのは宮城県登米市中田町出身の石ノ森章太郎氏が当時の石巻市長と行った対談。石ノ森氏は学生時代、現在、石ノ森萬画館が立つ中瀬地域にあった映画館・岡田劇場に自転車で3時間ほどもかけて映画を見に来ていたそうで、そのゆかりから「漫画でまちおこし」というアイデアが生まれたのである。

左上から時計回りに旧観慶丸商店、石巻駅、石ノ森萬画館、まちなかに点在する作品内のキャラクターたち左上から時計回りに旧観慶丸商店、石巻駅、石ノ森萬画館、まちなかに点在する作品内のキャラクターたち

漫画でまちおこしの経験が被災後に生きた

幸い、石巻市には日本製紙石巻工場があり、そこが雑誌の紙を製造しているという縁から東京の漫画家集団の世話役とつながりができた。その後の、阿部氏も含めたまちの人たちの地道な活動の結果、2001年には石ノ森萬画館がオープンする。現在、石巻市を訪れると駅から始まり、まちのあちこちに石ノ森漫画の主人公たちの像を見かけるが、一部、被災後に追加されたものもあるものの、基本的には被災前からのもの。被災前から住民が主体となったまちづくりが行われていたのである。

その時に培われた人的ネットワーク、信頼関係が被災後の復興に生きた。中央町は前述したように旧北上川に程近く、そのため、川を遡上してきた津波の直撃を受けた。被災後、全壊地域に指定されたと聞けば状況はお分かりいただけよう。阿部氏の営む八幡家も1階は水没、家族で2階に避難したものの、一時は屋根に上がる覚悟をしたという。幸い、3度の波に襲われたものの、それ以上に水位は上がらず、翌朝には水は引き、膝上くらいまで浸かりながらも外を歩けるほどになっていたそうだ。

どうしてよいか分からない不安と混乱の中で阿部氏が被災後3~4日目から始めたのは朝の情報交換会だ。信号が止まった交差点の真ん中に集まり、自分の不安や困っていることその他を洗いざらい喋るという会で、ボランティアなども含め、70~80人が集まった。8月までは毎日開催、秋になってからは週に4~5回、秋が深まってからは週に1回。復興とともに場所を変え、テーマを変えながら丸1年続いたそうで、これからのまちの在り方もそこで議論された。

左上から時計回りに被災後の八幡家入り口、街中の風景2枚、今も店内の階段に当時、水が来た高さの表示がある左上から時計回りに被災後の八幡家入り口、街中の風景2枚、今も店内の階段に当時、水が来た高さの表示がある

猫島として知られる田代島をフックに次の手を

「萬画館をつくる活動の中で知り合った信頼できる人たちや、相談したら手も貸してくれる人たちがいたからできた活動でした。石巻では後に空き室を生む不安がある大規模な再開発ではなく、優良建築物等整備事業で共用部分にのみ助成をもらい、小さな建物を時間をかけずに再生するというやり方で復興を行ってきているのですが、これが提案できたのも早いうちから市民がまとまっていたからでしょう」

そうして始まったまちの再生で、建物ベースでの復興は良しあしは別として8割ほどはできており、ゴールも見えてきた。だが、次の問題は担い手だと阿部氏。延べで28万人もいたボランティアが去り、まちは閑散としている。せっかく新しくなった建物に人の姿がなくては何のための復興か。

そんな折の2018年秋、八幡家からも程近い中心地に網地島ラインの船着き場が新設された。この航路は離島に食料品その他の生活必需品を運ぶためのもので、目的地は田代島、網地島。そのうち、田代島は漁業と養蚕で栄えた島ではあるものの、被災前から人口減少が進んでおり、当時の人口は100人ほど。現在はさらに減って2019年3月末時点ではわずか63人。だが、そのために目立つようになったものがある。猫だ。人よりも猫が多い島になったのである。

田代島では古くから猫が飼われてきた。屋根裏で養蚕を営んでいた家では蚕の天敵・ネズミを捕るために猫を飼ったし、漁業者は大漁の守り神として猫を大事にした。現在、島にある猫神社も地元の網元の総元締が錨の代わりにしていた石に当たって死んでしまった猫に心を痛め、その猫を祀ったものと伝えられている。その猫たちが増加、現在では200匹以上がいるといわれており、その猫たちを目当てに島を訪れる人が増えているのだ。これをきっかけに何かできないか、阿部氏は考えた。相談したのは2015年秋に東京から石巻に移住、石巻市の産業復興支援員を務める塩坂佳子氏だ。

左上から時計回りに優良建築物整備事業の制度を利用して造られたシェアハウス、現在の八幡家入り口、建物自体がまだ使える状態だったことに加え、路地を残すために改修したという八幡家を側面から。店内には女将さんを慕う漫画家たちからのメッセージが多数左上から時計回りに優良建築物整備事業の制度を利用して造られたシェアハウス、現在の八幡家入り口、建物自体がまだ使える状態だったことに加え、路地を残すために改修したという八幡家を側面から。店内には女将さんを慕う漫画家たちからのメッセージが多数

地元の食材にこだわった3種類のバーガーが誕生

塩坂氏は自身も猫2匹を女将とする民泊「よあけの猫舎」を経営するほどの猫好き。数年前の、船着き場が不便だったときから、遠くはヨーロッパやアジアから田代島を訪れる人たちの姿に気づいていた。

「私が移住してきた2015年ごろにはすでに石巻駅周辺に1人や少人数グループの個人旅行者らしい外国人が歩いており、何をしに来たのだろうと思い切って尋ねたら『キャットアイランド(猫島)に行ってきた』と。2019年春から始めたよあけの猫舎も宿泊者の6~7割は田代島目当ての外国人です。聞けばAmazonプライムでアメリカの取材班が作った田代島のドキュメンタリーが放送されていたり、世界中の猫好きが田代島を絶賛するブログを英語で書いてくれているなどして、それを見たり、読んだりした人が次々と島を訪ねるという形のようです」

だが、田代島には飲食店や自販機は極めて少ない。そのため、島を訪れた人たちは昼ご飯抜きでひもじい思いをすることもしばしば。夕方に石巻を訪れて翌日田代島を訪問、そのままほかの地へ向かう場合であれば、石巻で一食も食べないことすらあるとか。せっかく、さまざまな美味のある石巻を訪れていながら、それは残念と開発されたのが「まきのねこバーガー」である。地元産の食材を使い、3種類が用意された。

ひとつは仙台牛100%のパテを使った贅沢な一品。肉の味が楽しめるよう粗びきになっており、がつんとした旨みがある。ふたつめは世界三大漁場のひとつといわれる石巻の離島、金華山沖で獲れる金華銀鮭のマリネを使ったもの。八幡家の本業である和食で使うすし酢をベースにしたマリネ液で仕上げており、甘酸っぱさが食欲をそそる。

もう一品は外国人に多いヴィーガン(完全菜食主義者)の人たちでも食べられるようにと宮城県の伝統野菜である「みやぎしろめ」という大豆のパテを使った。他のバンズは玄米米粉を利用しているが、これだけは宮城県産の強力粉・銀河のチカラをメインに、動物性食材を一切使っていない。と聞くと、味気なさそうに感じる人もいるかもしれないが、豆の甘みのあるしっかりとした味わいで個人的にはこれが一番好みだった。

まきのねこバーガー。断面は仙台牛100%のもの。ぎっちり肉が詰まった感じで食べ応えがある。バンズも含め、ふわふわ頼りない品に慣れている人には驚きの味かもしれないまきのねこバーガー。断面は仙台牛100%のもの。ぎっちり肉が詰まった感じで食べ応えがある。バンズも含め、ふわふわ頼りない品に慣れている人には驚きの味かもしれない

大事にされている田代島の猫たちは人懐こい

こうして誕生したまきのねこバーガーは2020年2月22日、にゃんにゃんにゃんの日にお披露目され、現在は予約で1日20食限定、テイクアウト用に販売されている。価格は仙台牛が1,400円(税込み、以下同)、金華銀鮭のマリネが1,100円、ヴィーガンが1,000円。ハンバーガーには石巻産の塩を振ったフライドポテト、ちょっとした甘いものがサービスで付く。当初はもっと控えめな価格を考えていたという阿部氏だったが、蓋を開けてみると一番お高い仙台牛が人気。良いものならちゃんと売れるわけである。

バーガーをテイクアウトしたらもちろん、向かうのは田代島。食べ物の持ち込みはバーガーも含めて可能だが、注意したいのは猫に外の人間が餌をやるのは厳禁という点。島の人たちが魚やカリカリなどを与えているからで、犬など猫に害を与える動物を同行するのも禁止だ。東日本大震災後にボランティアの獣医たちが島に入り、去勢、健康管理などを行ったため、猫たちの健康状態は良く、そしてとてもフレンドリーと塩坂氏。

たいていの野良猫、外で飼われている猫は人を見ると逃げるが、田代島の猫たちは逆に人に寄ってくる。きちんと餌を与えられているためか、がっついている子はいないとも。「島のみんなの外猫、地域猫というような存在なのだろうと思います」

盲導犬を育成している施設で「愛されている動物は人を愛するようになる」と聞いたことがあるが、田代島の猫たちも島の人たちに愛されており、その愛を来島者にも与えてくれているということだろうか。猫好きなら再び旅が可能になる日を待ってバーガーを手に島に渡り、思い切り、モフモフな姿を楽しみたいところである。

上2枚は塩坂氏撮影の田代島の猫たち。下はよあけの猫舎のくろちゃんとふうちゃん上2枚は塩坂氏撮影の田代島の猫たち。下はよあけの猫舎のくろちゃんとふうちゃん

2020年 05月08日 11時05分