きっかけは阪神淡路大震災時の危機感

こどもたちに加え、学生、社会人スタッフ、市長や市議会議長などの関係者も集まり、完成した模型を前にした2018年の記念写真。毎回、これだけの人が関わっているこどもたちに加え、学生、社会人スタッフ、市長や市議会議長などの関係者も集まり、完成した模型を前にした2018年の記念写真。毎回、これだけの人が関わっている

2018年に開始から20年目を迎えた「ふじさわこどもまちづくり会議」(以下、会議)。開催のきっかけとなったのは1995年1月に起こった阪神淡路大震災である。いずれ関東でも起こるであろう大震災に備え、建築家に何ができるかを考えようと湘南在住の建築家たちが集まって作られた「湘南まちづくりネットワーク」(~2000年)の活動の一環として1998年に始まったのだ。

根底にあるのはまちづくりはひとづくりであり、住む人が地域に愛着を持つことがまちを良くし、強くしていくという考えだ。こどもの頃から自分が暮らすまちをつくり、触れ合うきっかけがあれば、それが未来のまちに関わる人を作り、将来のまちそのものを作ることになる。一気にまちを変えるのではなく、長い時間をかけてこどもたちと関わり、こどもたちと共にまちを育てていこうという壮大な計画である。

横浜市泉区で行われた同種のワークショップがあり、それがモデルとなった。
「発表会を見た当時の藤沢市長が『藤沢でもやろう』と言い出し、予算は後で考えよう、とりあえず1回だけでいいからやってみようとスタート。ところが初回のこどもたちの笑顔、目の輝きに意義を感じ、それから20年。試行錯誤、失敗も多々ありましたが、10回目以降は黙っていても定員を超える応募が集まるようになりました」と実行委員会の代表を務める建築家・三原栄一氏。

2016年までの参加者は775人。その後も毎年50人前後が参加していることを考えると、すでに900人近くのこどもがまちに関心を持つようになった計算だ。

まちを歩いて課題を発見、ブレストを行う

グループごとに立ち止まった場所で見えるもの、その意味などを学生スタッフが説明するグループごとに立ち止まった場所で見えるもの、その意味などを学生スタッフが説明する

実際の会議は11月の週末2日間に渡って開かれる。流れとしては初日にまちを散策、まちの課題を体感、その後、歩いて感じたことを話し合った上で、2日目にそれをどのように解決していくかを模型にして表現するという。

22回目となる、2018年の開催地は藤沢駅周辺地区。このエリアでは現在の駅周辺の賑わいを再興しようと歩道、ペデストリアンデッキの改修などが行われており、今後もビルの建替えなどの再開発、離れた場所にあるJR、小田急、江ノ電駅の再配備など含め、様々な検討が行われようとしている。そのエリアの課題、将来像をこどもたちの目で考え、「湘南の玄関口 藤沢駅2048」の模型をつくろうというのである。

ちなみに開催地は毎年市内を巡回しており、6年以内に同じ地区で開催しないというのがルール。これは小学校の6年間連続して参加しても、毎回違う地区を経験できるようにするため。6年間も参加するこどもがいるのかと思われそうだが、2018年には2人が6年間参加で皆勤賞を受け、6年生で2~5年参加の精勤賞も2人。その後、中学生になってボランティアとして会議の運営を支える側に回るこどももおり、一度参加するとまた参加したくなる魅力があるようだ。

集合場所は藤沢市南消防署のホールで2018年の参加者は47人。こどもたちは6人ずつの8グループになり、そこに大学生を中心にしたスタッフが各グループに5人つく。初日午前中は顔合わせの後、消防署から駅までを往復、まちの問題を考えるというスケジュールとなっており、手にするのはまちを考えるQ&Aが書かれた冊子。ところどころで立ち止まってはまちを観察、答えを探すという。

素直な目でまちを見る、感想を述べる

まちを歩いてみての感想や課題、意見などを書き出し、それぞれに発表するまちを歩いてみての感想や課題、意見などを書き出し、それぞれに発表する

あるグループに同行し、市民会館、奥田公園、藤沢駅を経て市役所というコースを歩いた。こどもたちとスタッフのやりとりを聞いていると、駅に大きなすべり台が欲しいというこどもらしい声から、市役所の展望ロビーで眺望を遮る看板を不要とまで言い切る鋭い声まで様々な意見が出ており、大人にない、忖度しない感覚が新鮮だった。

もうひとつ、気づいたのは今回、こどもたちがまちを観察している様子と比べると大人たちがいかにまちを見ていないか。話しながら歩く、スマホの画面を注視しながら歩く、うつ向いて歩くその他、多くの人たちはまちを見ていない。観察することから好き嫌いも、便利も不便も分かると考えると、私たちはもっとまちを眺めたほうが良いのかもしれない。

消防署ホールに戻り、昼食の後は各グループで見てきたことをまとめ、これからの藤沢をどうすれば良いかを話し合い、それを発表することに。ここでも緑やゴミ箱、病院、待ち合わせ場所を増やすなど、大人も考えそうな意見のほかに、来街者にまちの位置関係が分かるようにマンションを案内板(!)にする、ペデストリアンデッキ上に商店街を作る、駅の近くに水族館や遊園地を作るなどこどもらしい意見もあり、なんとも楽しい。また、同じ場所を見てきてもグループごとに視点、力点の置かれ方が異なるのも参加者の個性というものだろう。

この日は最後に翌日作る模型づくりの基本となる、カッターや定規の使い方を学んで終了。こどもたちの元気さ、賑やかさに圧倒された1日だった。

こどもたちと関わることで学生スタッフも成長

作業風景。こどもたちと学生の楽しそうなやりとりがあちこちで展開されている。上の写真で右の青いシャツの男性が三原氏作業風景。こどもたちと学生の楽しそうなやりとりがあちこちで展開されている。上の写真で右の青いシャツの男性が三原氏

2日目は前日決めた市民会館を駅の近くに作る、ペデストリアンデッキを円形にするなどのルールを確認、駅、ペデストリアンデッキ、木と植物・公園などの自然、公共施設、ビルなどの商業施設、地下という6つのグループに分かれて模型づくり。見ていると集中している子もいれば、あっという間に飽きて遊び始める子、動き回る子などもおり、それをスタッフが上手にサポートしている。

運営に携わるスタッフの中心は学生。近隣にキャンパスのある慶応義塾大学、東海大学、日本大学に加え、早稲田大学、関東学院大学、千葉大学など首都圏にある大学、遠方では北の岩手大学から西の九州大学までこれまでに参加したスタッフの在籍大学は10数校に及ぶとか。交通費の出ない、全くのボランティアで月に1~2回のミーティング、開催直前には隔週で企画立案から準備に携わるそうで、率直なところ、かなりの作業量である。会議終了後は年度内に参加者の保護者、支援してくれた行政宛ての報告書をまとめる仕事もある。

それでも毎年、40~50名の学生が参加し、中には在学中ずっと続けて参加する人もいるのはこどもたちの楽しそうな姿が魅力だからと三原氏。「学生たちにはこの経験を就職で利用しろと言っています。多様な意見をまとめてひとつのものにしていく、毎年新しい企画を生み出す、イベントを仕切り、人を集めるその他、ここで養われる能力は多岐に渡り、かつ実践的。こどもたち同様、学生スタッフも会議に関わることで成長しているのです」。

見ていると学生同士はもちろん、学生と社会人スタッフなど関わる人たちの間で人的なネットワークもできている様子。同じ経験をした、共通した関心を持つ同士の繋がりもまた、彼らには得難いものなのだろう。

30年後の藤沢をつくるのはこどもたち

さて、会議の最終目標は模型作成なのだが、これが実にはらはらの連続。何を作ると決めてスタートしているはずだが、そんな意識もどこへやら、打ち合わせした以上に高い建物やすべり台付き庁舎、自分の銅像(!)など様々な、予定にないモノを作るこどもたちも多く、昼過ぎになっても模型の下地には空きが目立つ。思わず、スタッフに「完成するんですか?」と聞いてしまったほどだが、答えは「大丈夫、締切が近づいてくるとこどもも本気になるんです」。大人もこどもも締切がないと動かないのは共通らしい……。

だが、実際、最後の1時間ほどのスパートは素晴らしく、その一体感、達成感は見ていて気持ち良いほど。ひとつの目標に向かって会場内にいる100人近い人たちが黙々と自分にできることを考え、手を動かしているのである。この感覚もまた、参加する楽しみなのだろう。

そして、タイムリミットの14時半過ぎ。小学校が足りないと言いながら、既存小学校をゲームグッズの専門店にしてしまうなど、いささか問題は残しながらも模型は完成。透明で下が暗くならないペデストリアンデッキのある、ポケットパークや屋上緑化の緑が目立つ駅周辺地区である。これを三原さんは椅子の上から、机の高さから見るようにとこどもたちに促した。

「上から見えればまちの全体が、机の高さで見ると君たちが作ったまちが歩いている感覚で見えます。そうやって見て、このまちは今のまちより良くなっているかな?」。

こどもたちの答えはイエス。自分たちで作ったまちである、良いまちになっているはず、そんな思いが感じられる。作ったのは30年後の藤沢駅周辺だが、実際、これからの藤沢は今回参加したこどもたち世代にかかっている。今よりも良いまちを目指し、こどもたちにはまちに関わり続けてもらいたい。

左上から時計回りに模型が刻々と完成していく様子。なかなか本気を出さないこどもたちをやきもきしながら見守った取材だった左上から時計回りに模型が刻々と完成していく様子。なかなか本気を出さないこどもたちをやきもきしながら見守った取材だった

2019年 01月20日 11時00分