人の別れに儀式があるなら、家の別れにもなにか欲しい

棟下式が行われたのは散りかけの桜、八重桜の美しい季節。グラウンドでは映画上映その他のイベント、左側にある建物ではお宝探しなどが行われた棟下式が行われたのは散りかけの桜、八重桜の美しい季節。グラウンドでは映画上映その他のイベント、左側にある建物ではお宝探しなどが行われた

別れは寂しい。ましてや大事な人を失った時にはそれを認めたくない、そんなはずはないと思う。それを諦めさせてくれる儀式が葬式だ。よく、葬式は死んだ人のためではなく、生きている人のためにあるというのはその通り。儀式を経ることで人は自分の気持ちを整理、別れを受け入れていくのだろう。

だとしたら、家にもそれが必要ではないか。2年ほど前にそんな言葉を聞いた。「思い出のある家だから」と放置され、空き家になるのなら、その気持ちを整理する儀式があっても良いのではないか。そうすることで思い出に区切りを付けられるのではないかと。

実際、2009年以来、金沢では「おくりいえ」と題した掃除とお別れの儀式が続けられており、最近では他の地域でも開催されるようになっている。また、取壊し前にお別れ会を開催、使える部材を分けあうようなイベントもしばしば見かけるようになった。そんな中、家を建てる時に行われる上棟式と対になるようなネーミングの、棟下式(むねおろしき)なるイベントが行われた。上げたものを下ろし、建物に別れを告げるためのイベントである。

主催したのは埼玉県・千葉県を中心に分譲住宅を供給するポラスグループの中央グリーン開発。発案、同日に行われた野外での映画鑑賞イベントを担当したのは2年前に家の葬式を言い出し、実現を夢見てきたコンテンツ企画・制作会社パッチワークスの唐品知浩氏である。

「大量に残された備品がもったいない」からスタート

舞台となったのは越谷市南荻島、元荒川沿いにある信用金庫の研修所跡地である。東武伊勢崎線の北越谷駅から歩いて13分ほど。川沿いにある約1万2,400m2の敷地には信金の研修施設とグラウンドがあったが、他に研修所が作られたことから売却され、2017年12月以降には全64戸の大規模分譲住宅地となることが決まっている。昭和45年に建てられたという研修棟は一見教会に見えるような雰囲気のある4階建ての建物である。

売却が決まった時、建物内には大量の品が残されていた。宿泊棟にはベットやテーブル、机、会議室には机、椅子、ロッカー、応接室にはソファやローテーブル、そして食堂には大量の食器類に調理器具、さらにグランドで使われたのであろう野球道具などなど。しかも、研修時に使う程度だから状態はそれもそれほど悪くはない。

だが、販売できるかといえば、そこまでは無理。どのみち、解体するのだから、そこに余分の多額の費用が発生するわけではないが、なんとかできないかと考えたのが、前述の中央グリーン開発で分譲地のコミュニティデザインを手掛ける横谷薫氏である。

そのタイミングで唐品氏のFacebook上の、棟下式をやってみたいという呟きが目に入った。建物取り壊し前に儀式を行い、使えるものを持ち帰るような、地元の人たちの記憶に残るようなイベント。これだ!と横谷氏はすぐに唐品氏に相談。3月31日の残金決済、所有権移転の2週間後、4月15日には開催にこぎ着けた。

会場についてびっくりしたのはこの行列ぶり。建物内もかなり混雑していた会場についてびっくりしたのはこの行列ぶり。建物内もかなり混雑していた

開始前から大行列という人気ぶり

といっても湿っぽいイベントではない。「ここにこんな建物があったことを思い出せる、楽しいものにしようと思いました。場の思い出を作ると言えば良いでしょうか、たいていの場合、建物は取り壊されると、そこに何があったかを思い出せなくなる。でも、最後に壁に落書きをしたよね、夜、外で映画を見たよねといった記憶に残る出来事があれば、地元の人達、特に子どもたちはずっとそこを忘れないだろうと思ったのです」。

当日のイベントは建物内の使える品を好きに持ち帰るお宝発見ツアー、建物のお祓いに餅まき、壁を利用した落書きイベント、そしてグラウンドでの働く車体験、夜になってから野外で映画を見るねぶくろシネマと盛りだくさん。特に驚くほどの賑わいを見せたのはお宝発見ツアーだ。

このツアーは15時~、17時~の2回、建物内の好きなものを5点まで持ち帰れることになっており、時間前には建物前に延々と長い行列ができていたほど。ほとんどが地元の人で、しかも家族連れが大半。研修室の机と椅子のセット50組弱があっという間になくなったというから、その勢い、恐るべしである。見ていると、消火器や大型スリバチ、業務用オーブンのような、家庭でどう使うのだろうというような品にもどんどん「リユース券(これが欲しいという意思表示を表すカード)」が貼られ、引き取られて行った。ある人の不用品が他の人の欲しい品なのである。最終的には建物内にあった品の9割以上がどこかの家庭で第二の人生を送ることになったという。

お宝発見ツアー、落書きイベントの様子。参加者の熱中ぶりが分かるお宝発見ツアー、落書きイベントの様子。参加者の熱中ぶりが分かる

地域に愛された場所に最後のお別れ

多くの人が頭を垂れ、建物に感謝した。この後、建物の隅にお神酒をかけて回る儀式も多くの人が頭を垂れ、建物に感謝した。この後、建物の隅にお神酒をかけて回る儀式も

もうひとつ、印象に残ったのは16時から行われた建物のお祓い。これまで活躍してきた建物への感謝と今後の工事の安全を祈るなどのために行われたのだが、ここにも多くの人が参加、頭を垂れた。それまで騒ぎまわっていた子どもたちでさえおとなしく、儀式を見守っていたのは、そこに何かしらの意味があることを感じ取っていたのだろう。静かな良い時間だった。

続く餅まきも近年、あまり見かけなくなったイベントだが、これは元々、上棟式などで災いを払うために行われるとされる神事。また、それによって建物のお披露目をする意味もあり、近所づきあいのきっかけという言い方をする場合もある。この日の餅まきにはそれらもろもろの意味が込められていたと思われるが、普段見ない行事だけに、これも参加者の思い出に残ったはずだ。

こうした各種イベントへの参加者は合わせて700人余。主催者は地域の3町内会1,500世帯に回覧板を回してもらい、地元中心に5,000枚のビラをポスティング、Facebookで告知するなどしたというが、わずか2週間という告知期間とは思えないほどの集客ぶりである。これについては以前からこのグラウンドが地元町内会に開放され、利用されてきたという経緯も大きかった。会場で会った高齢者の一人は町内会の運動会で使われていた頃の思い出を語ってくれたが、地域に愛された場所だったのである。最後のお別れにとやってきた人も少なくなかったのだ。

棟下式を新しい文化にしていきたい

デベロッパーが絡んでのこうしたイベントはおそらく日本初。それもあり、取材に訪れていたメディアも多く、イベント終了後にはいくつもの記事が出た。唐品氏はその点を評価する。「こういう発想、提案があることを広く知ってもらい、いずれは文化として定着させていきたい。そのためには情報発信力のあるデベロッパーや不動産会社に実施してもらうことで、広めていければと考えています」。

今回は研修所という企業の建物だったが、これが個人の住宅にも広まっていけば住宅を放置する人は減るだろうし、そもそも住宅を大事に考えるようにもなろう。だが、問題は誰が主催し、お金を払うか。企業が主催するのであれば、その後の住宅への意識を高めるということで宣伝効果がある。この日、イベントに参加した人たちは今後の宅地開発の進展が気になるだろうし、イベントのために訪れてみて良い場所だ、ここに家を買いたいと思った人もいるかもしれない。その意味では棟下式は社会的に意味がある上に、ちゃんとビジネスにも繋がっていた。

「戸建ての場合で、使える古材があるなら、それが多少プラスになるかしれませんが、それ以外であれば売る人が自分の負担でやることになるのでしょうね。でも、神職を呼んでのイベントだけなら、それほど多額には及びません。別れの儀式として考える人が出てくれば面白いのですが」。

神社にとっては新しいチャンスになるかもしれないし、空き家に悩む自治体には所有者の心を解きほぐす一手になるかもしれない。どのような形になるかは分からないものの、このイベントが次のステップに行く日を楽しみにしたい。

珍しさもあり、専門紙、全国紙その他各種メディアが取材に参加していた珍しさもあり、専門紙、全国紙その他各種メディアが取材に参加していた

2017年 05月22日 11時03分