1951年、日本で最初の公立近代美術館として開館

2016年1月31日に一般公開を終了した「神奈川県立近代美術館 鎌倉」(以下、鎌倉館)。鎌倉館は、1951年11月、戦後の混乱がまだ残る時期に鎌倉市の中心、鶴岡八幡宮の境内に日本初の公立近代美術館として開館した。そして2016年1月、建物の老朽化および神奈川県と鶴岡八幡宮が結んだ賃借契約の満了(3月末)に伴い閉館することとなった。

「鎌倉館が建築されたのは、戦後間もない物資が足りない時期のこと。そんな時期に、作品を発信する場が欲しいという芸術家の声が当時の神奈川県知事だった内山岩太郎に届き、復興への希望の象徴として建築されました。知事が元外交官で海外の知識が豊富だったことも建築を後押ししてくれたのだと思います」と教えてくれたのは、鎌倉館の主任学芸員の長門佐季さん。また、鎌倉という場所が選ばれたのは、空襲の被害が少なかったからだという。

65年もの歴史を持つ鎌倉館の設計は、モダニズム建築の巨匠、ル・コルビュジエに師事し、1937年のパリ万博日本館の設計で建築部門グランプリを受賞した坂倉準三が担当。彼の戦後初の作品で、戦後日本のモダニズム建築を代表する傑作として名高い。近代建築の保存に取り組む国際組織「DOCOMOMO(ドコモモ)」が「日本の近代建築20選」に選出したことからも、高い評価を受けていることがわかるだろう。

周囲の環境に溶け込み、平家池にせり出すように建つ軽快な姿は、まるで池の上に浮かんでいるような美しさ周囲の環境に溶け込み、平家池にせり出すように建つ軽快な姿は、まるで池の上に浮かんでいるような美しさ

「コレクションの場」よりも「コミュニケーションの場」を考えた美術館

主任学芸員の長門佐季さん。「長く過ごした半分自分の家みたいな場所。閉館は寂しいですが、今後どのように展開していくのかを楽しみにしています」主任学芸員の長門佐季さん。「長く過ごした半分自分の家みたいな場所。閉館は寂しいですが、今後どのように展開していくのかを楽しみにしています」

モダニズム建築の代表格である鎌倉館に、随所に日本的な要素が採り入れられているのも興味深い。
「外壁面には特注のアルミ・ジョイントでとめられた、高圧プレスされたアスベストボードといった最新技術が使われているのですが、1階の壁には素朴な大谷石を使っています。その土地にあり、かつ新しい素材を使うという発想は、ル・コルビュジエやイサム・ノグチ、フランク・ロイド・ライトらに共通する考え方だと思います。
また、内と外の空間の行き来を考えた設計は、石造りのヨーロッパの建物とは違う、日本的な発想です。桂離宮のような日本の伝統的な建築における、建物と庭園との密接な関係も採り入れられており、西洋の文化と和のテイストが融合したのが鎌倉館だと思います」

鎌倉館は当初、1階を彫刻の空間としてフリースペースとして開放し、2階が絵画を展示する有料スペースとして構想されていたという。
「1階の中庭で映画鑑賞会が行われるなど、美術館をただコレクションを展示する場ではなく、人が集まる場、コミュニケーションを楽しむ場として活用したいと考えていたことがよくわかります。人が集まる場としてうまく活用しながら展覧会ができたことも、開かれた美術館として幸福だったと思います」
鎌倉館は、神殿タイプの厳めしい美術館ではなく、訪れた人が構えずにカジュアルに楽しむことができる美術館のパイオニアと言えるのではないだろうか。

開館60周年記念の想い出深い展示会。開かれた美術館ならでの苦労も

鎌倉館の中で長門さんが好きな場所のひとつだった、イサム・ノグチの彫刻が飾られた中庭。大谷石の素朴な味わいも印象的。大谷石はフランク・ロイド・ライトが設計した旧帝国ホテル(1923年)に使われたことでも知られている鎌倉館の中で長門さんが好きな場所のひとつだった、イサム・ノグチの彫刻が飾られた中庭。大谷石の素朴な味わいも印象的。大谷石はフランク・ロイド・ライトが設計した旧帝国ホテル(1923年)に使われたことでも知られている

2011年、開館60周年を記念して開催されたのが「シャルロット・ぺリアンと日本」と題された展覧会。フランスの建築家・デザイナーのシャルロット・ぺリアンは、ル・コルビュジエのアトリエで、美術館を設計した坂倉準三と同僚だった人物。戦前、坂倉準三の招きで輸出工芸指導の顧問として日本に招かれ、1年あまりの滞在期間に日本各地をまわり、日本の伝統的な暮らしや美意識に深い感銘を受けたという。そのぺリアンと日本の関係に着目、モダンデザインと日本の伝統の関係について鎌倉館の空間を使って紹介し、大好評のうちに終えた展覧会だった。
「この美術館で開催するからこそ意義があった展覧会。ぜひやりたいと力を入れて企画したものです」と、長門さんは感慨深そうに語る。

坂倉準三のデザインを尊重し、最低限しか手を加えずに65年という歳月を過ごした鎌倉館。閉ざすことなく外部に開かれた鎌倉館は、一方で自然環境をもろに受ける美術館でもあった。
「トラックヤードがないので、雨の日は作品の搬入・搬出が行えません。台風の時などは、作品が雨の被害に遭わないように事前に移動させるなどして対応しました」
しかも、エレベーターもエスカレーターもないため、移動はすべて手持ちだったというからそのご苦労は容易に想像がつく。
「光も入るし雨の心配もある。作品にとっては決して良い環境ではなかったかもしれません。しかし私たちはこの自然の中に開かれた環境を大切にしながら、ここでしか味わうことにできない展覧会を開催してきたつもりです」

みんなが愛した鎌倉館は、これからどうなるのか?

1月31日をもって一般公開を終了した鎌倉館。これからの管理は鶴岡八幡宮に一任される。
「窓がない建物のため景色を楽しむこともできないですし、個人的には美術館として使って欲しいです。鎌倉館の展覧会をきっかけに巣立った作家も数多くいますし、若い作家の作品を見ていただく実験的な場所としてなど、この先も発信する場であることを希望しています。地域に根差し、貢献する建物として存在し続けると嬉しいですね」

21世紀を迎え10数年が経過し、「スクラップ&ビルド」から、リノベーションなどを施して大切に使い続ける「ストック」の時代への変遷期を迎えている。本当に価値のある建物の文化的な価値を認めて、残すべきものは残すべきという考え方が少しずつ浸透してきているのではないだろうか。
「戦後間もない1951年に建築され、65年もの間ほぼ形を変えることなく姿をとどめてきたこの美術館をきっかけに、戦後の建物をどのように残し、扱い、文化を継承していくかを考える良い機会にしていただきたいと思います」と長門さん。

戦後復興の象徴とも言える「神奈川県立近代美術館 鎌倉」。次の時代に発信する役目を担う建物として、より良い形で未来に引き継がれていくことを願わずにはいられない。

掲示板には「ヘルメットをかぶってでも入館したい」という熱いコメントや、閉館を知って京都から訪れた人のコメントも。</br>今後の管理は鶴岡八幡宮に一任される掲示板には「ヘルメットをかぶってでも入館したい」という熱いコメントや、閉館を知って京都から訪れた人のコメントも。
今後の管理は鶴岡八幡宮に一任される

2016年 02月16日 11時07分