人手不足・高齢化が進むなか、独自の取り組みを進める『広島県工務店協会』

国土交通省の調査によると、建設業就業者の数は平成9年以降急激に減少しておりピーク時から28%減(平成28年度データ)。中でも、大工の平均年齢は50.4歳、左官の平均年齢は53.6歳と専門工事業種従事者の高齢化は顕著で、10年後には大量離職が発生すると見込まれているため、中長期的な担い手の確保が早急な課題となっている。

建設業界全体の人手不足や高齢化が叫ばれる中、独自の取り組みを行いながら若手スタッフの人材育成や技術力向上に努めているのが一般社団法人『広島県工務店協会』だ。加盟する正会員は約60社、関連の建材会社など準会員を含めると約100社。本来であればライバル同士であるはずの同業者が互いに切磋琢磨しあいながら業界全体の底上げを図っている。

ただし、ここに至るまでにはどうやら「広島ならではの事情」があったようだ。協会4代目会長の河井英勝さん(橋本建設株式会社取締役会長)に話を聞いた。

▲代理店を交えて「見やすいホームページづくり」に努めているという広島県工務店協会ホームページ。協会の活動や業界の動きについてもテーマ別に発信。会社一覧には各工務店の得意とする技術や家づくりに対するこだわりが紹介されており、一般ユーザーは各社の特徴を比較した上で問合せができる仕組みになっている▲代理店を交えて「見やすいホームページづくり」に努めているという広島県工務店協会ホームページ。協会の活動や業界の動きについてもテーマ別に発信。会社一覧には各工務店の得意とする技術や家づくりに対するこだわりが紹介されており、一般ユーザーは各社の特徴を比較した上で問合せができる仕組みになっている

戦後の住宅政策により、家は「つくるもの」から「売るもの」へと変わった

▲広島県工務店協会の4代目会長であり、橋本建設株式会社取締役会長の河井英勝さん(74)。ご自身は大手ゼネコンの出身。大手の強みも工務店の強みもそれぞれ理解した上で、後進育成に邁進している▲広島県工務店協会の4代目会長であり、橋本建設株式会社取締役会長の河井英勝さん(74)。ご自身は大手ゼネコンの出身。大手の強みも工務店の強みもそれぞれ理解した上で、後進育成に邁進している

「広島県工務店協会が発足したのは昭和55(1980)年のことですが、初代会長、2代目会長、3代目会長の会社はすべて倒産しましたから、私が平成16(2004)年に会長になったときは倒産覚悟で引き受けました(笑)」と豪快に笑いながら当時を振り返る河井さん。

広島県下の工務店倒産の歴史は日本の住宅業界の歴史そのものだと語る。

「そもそも日本の住宅産業というのは、終戦直後の戦後復興から始まりました。都市部の木造住宅はほとんどが焼かれ、当時は住宅が圧倒的に不足していましたから、それをなんとか補おうと官民挙げての住宅政策がスタートしたのです。量的拡大・新規供給促進の住宅政策は約40年に亘っておこなわれ、その間の住宅業界は新築一辺倒となりました。そうした新築第一主義の住宅政策により、世界ではじめて『ハウスメーカー』なる大手企業が日本国内に林立するようになったわけです。

それまで、家というのは「つくるもの」でしたが、戦後の住宅政策により「売るもの」に変わってしまった…ビジネスとしての要素が強くなってしまった感があります」(河井さん談)

大手ハウスメーカーの下請けになったことで削がれた“工務店のチカラ”

▲ライバルである地域の工務店同士で、これからの家づくりに関する“本気の討論会”を実施。その討論内容もホームページで公開されている▲ライバルである地域の工務店同士で、これからの家づくりに関する“本気の討論会”を実施。その討論内容もホームページで公開されている

平成3(1991)年にバブルが崩壊すると、工務店の低迷期がはじまった。

高度経済成長期やバブル期は、とにかく「ハウスメーカーの下請けさえしていれば、向こうから勝手に仕事がやって来る時代」だった。しかし、バブル崩壊により大手ハウスメーカー各社が地方都市から撤退。メーカーの下請けに組み込まれていた工務店は、次々に倒産を余儀なくされた。

「これが工務店の悲しい歴史ですよ。当時大手御三家と言われていたハウスメーカーも今はつぶれて無くなってしまいましたが、それらの大手メーカーからは当初、“うちの会社が仕事を取ってくるので工務店さんは何も考えずに汗をかいてくれればいい”と言われ続け、徐々に仕事が大工工事に集約されるようになり、1軒当たりの下請けボリュームが減っていきました。

そんな中で工務店各社は総合力が弱体化。経営の柱となる大工の雇用や育成費まで“不要な労務費・経費”として扱われるようになり、ベテラン職人が高齢化して働き盛りの大工がいない工務店から窮地に追い込まれていきました。もちろん初めは儲けさせてもらった訳ですからあまり悪くは言えませんが、それに完全に乗せられた我々がバカだったんです。

実は、当時の広島の住宅業界では“広島で成功すれば西日本で成功する”と言われ、大手ハウスメーカーが軒並み支店を出していました。そのため、地元工務店の多くがハウスメーカーの下請けに転じ、施工部分のほとんどを下請工務店各社が行っていたのですが、徐々に設備工事が外され、木材などの構造材が外され、内外装工事も外されていきました。バブル崩壊後はハウスメーカーが事業規模を縮小して一斉に引き上げたため、10年程でメーカーに依存していたほとんどの工務店が倒産しました。

かろうじて倒産を免れた工務店も、お施主さんではなくメーカー相手に仕事をするようになっていましたから、住まいのコンサルとしてお施主さんと真摯に向き合う“工務店ならではの強み”を完全に失っていました…哀れなもんです」(河井さん談)

そんな業界激震の過渡期に『広島県工務店協会』の4代目会長に就任したのが河井さんだ。「仕事をつくるにはどうしたら良いか?どうやって生き残れば良いか?」という課題を突きつけられ、まずは協会を一般社団法人化して横の連携強化と組織づくりに着手した。

「JBN(全国工務店協会)の連携団体となり、国交省に直接かけあったりして工務店の窮状を訴えながら状況改善に努めました。協会の会員同士がライバルだからと言ってそっぽを向いているのもバカバカしい。ここは地元の工務店が一丸となって乗り越えていこうと、協会独自の合同勉強会などを開くようになったのです。こうした協会の取り組みがスタートしたのは、大手ハウスメーカー撤退のダメージが特に大きかった“広島だからこそ”だと思います」(河井さん談)

同業他社はライバルではない、まずは協会員同士で“工務店力”の強化を目指す

▲株式会社大喜代表取締役の柿田勝司さん(52)。柿田さんは大手ハウスメーカーでの営業経験があるため、大手の営業力を参考にしながら、工務店の持てる力をさらに伸ばすよう、事業部会担当者として様々な取り組みを行っている
▲株式会社大喜代表取締役の柿田勝司さん(52)。柿田さんは大手ハウスメーカーでの営業経験があるため、大手の営業力を参考にしながら、工務店の持てる力をさらに伸ばすよう、事業部会担当者として様々な取り組みを行っている

『広島県工務店協会』の中でも事業部会を発足し、中古流通や気候風土適応住宅普及推進のための勉強会をサポートしているのが、柿田勝司さん(株式会社大喜代表取締役)だ。

「工務店同士って、普通ならライバル同士なんですが、みんなで一緒に勉強して“良い家をつくっていこう”というのは河井会長から受け継がれている協会の方針です。

僕自身ももともとハウスメーカーの出身で営業を担当してきましたから、ハウスメーカーの良いところや工務店にまだ足りていないものが良くわかっています。そのため“対ハウスメーカー”を掲げて様々な勉強会を実施しています。

例えば、最近よくテーマに挙がるのは『次世代省エネ基準』について。CO2削減を目標にして単に気密性・断熱性を高めていくことが、住む人にとって“本当に心地良い住まいづくり”につながるのかどうか?東京大学・広島大学で研究を行っている著名な先生方や、医師会の先生方を招いて、有識者の見解を参考にしながら僕たち工務店各社も議論を重ねています。

勉強会がはじまった当初は、なんとなく同業他社同士で警戒しあっている雰囲気がありましたが、今は横のつながりが強くなって会員同士とても仲がいいですね(笑)。各工務店の現場をパトロールしながら、お互いの現場を見て技術について勉強したり、現場の美化も含めて改善点を指摘しあったり、ふだんなかなか言いにくいこともちゃんと伝えあっています。

また、近年注目を集めるホームインスペクションに関しては、設計事務所がお客様から依頼を受けたとしても、実際に家の床下へ潜るのは我々工務店の仕事になります。技術者集団として“現場のモノづくりを知っていること”や“現場で迅速な判断が行えること”が工務店の強みですから、こうした得意分野の仕事を各社で認識し、多角的に広げていきたいと考えてます」(柿田さん談)

勉強会は2ヶ月に1度。テーマに関しては、若い会員から「次は古民家再生について勉強したい」などの要望が随時挙がってくるため、その要望に応える形で会が継続されているという。

「僕たちがいま一番力を入れているのは『気候風土適応住宅』の勉強です。次世代省エネ基準に当てはめると、この地域の風景の象徴ともいえる伝統建築の家ですら存在価値が無くなってしまうことになります。ZEH(ネットゼロエネルギー住宅)基準の義務化が進んでいく中で、今後どうやって広島の気候風土に合った家づくりを進めていけば良いのか?この点についても専門家を交えて勉強しながら、協会全体で“お施主様にとって心地良く暮らせる家づくり”を目指していきたいと思っています」(柿田さん談)

街づくりも含め、地域に寄り添った住まいづくりを行えるのは工務店の強み

バブル崩壊以降、工務店が不遇の時代を迎えて約30年。幸いなことに、近年はインターネットの普及によって地域工務店に関する情報が広く掘り起こされるようになり、若い顧客のあいだで工務店に対する関心や評価が高まりつつあることを、河井さん・柿田さんも実感しているそうだ。

「日本の人口が増え、大規模な宅地開発が主流だった時代には、大手ハウスメーカーの営業力が不可欠だったと思いますが、今後はどんどん人口が減り家が余る時代になります。特に広島のような地方都市では“ポツンと一軒家”のような過疎地の住宅も少なくありませんから、行政への提案も積極的に行いながら、昔の江戸時代のような平屋の集落づくりを進めていくことが必要になるのではないかと考えています。

地域に寄り添った家づくり・街づくりは、“地域のことを知っている工務店だからこそできること”。今後は工務店の強みを生かして、そうした街づくりの取り組みに関しても協会として前向きに活動していけたら良いですね」(河井さん談)

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同業者各社が切迫した課題感を持って議論を重ねることで、ひとつの事案の解決につながり、またさらに新たな課題が見えてくる。『広島県工務店協会』ではこうした会員間での“課題の継承”を大切にしているようだ。今後、広島からどのような技術者が生まれ、どのようにして広島の工務店独自の家づくりが展開していくのか?10年後の業界の姿が楽しみである。

■取材協力/一般社団法人 広島県工務店協会
http://www.h-bn.jp/

▲広島県工務店協会では、大工をはじめとする職人の育成にも取り組んでいる。「世の中ではITだのAIだのがもてはやされていますが、木造住宅は完全にアナログの世界で、大工の腕と経験にかかっています。IT業界みたいに進化を急ぐのではなく、じっくり時間をかけて技術継承を行っていくことは工務店協会の責務だと思っています」と河井さん▲広島県工務店協会では、大工をはじめとする職人の育成にも取り組んでいる。「世の中ではITだのAIだのがもてはやされていますが、木造住宅は完全にアナログの世界で、大工の腕と経験にかかっています。IT業界みたいに進化を急ぐのではなく、じっくり時間をかけて技術継承を行っていくことは工務店協会の責務だと思っています」と河井さん

2019年 04月19日 11時05分