「マニュアルだけでは役立たない」。模擬体験できるカード型ゲームを発想

2004年に起こった「新潟中越地震」の際、避難所生活の苦労がたびたび報道された。
このニュースを見て「平常時から、住民が避難所運営について考えられるツールがあるといい」と考えて生まれたのが、カード型の避難所運営ゲーム『避難所HUG(ハグ)』。静岡県西部地域防災局(現・西部危機管理局)の職員が2007年に発案したものだ。

私たちはつい「避難所は市町の職員が運営してくれるんじゃないの?」と思ってしまうが、大震災ともなると、同時に数多くの避難所が立ち上がるうえ、避難所生活が長期にわたることも多い。でも職員は家屋の倒壊状況の調査といった「復興・再建」に向かうため、「避難所運営」にかかわり続けることができないという。
避難所生活が長くなるほど、住民同士で助け合う「共助」が必要になるというのは、過去の震災のケースを見ても明らかだ。

そこで今回は、東日本大震災のときにも役立ったという『避難所HUG』とその効果について、静岡県危機管理部 危機情報課の渥美晃岳さんに話を聞いてきた。

▲説明書と説明CD-ROM、4組のカードがセットになった『避難所HUG』。7年間で全都道府県から注文があり、6383個を発売した▲説明書と説明CD-ROM、4組のカードがセットになった『避難所HUG』。7年間で全都道府県から注文があり、6383個を発売した

避難者の情報が書かれたカードを次々読み上げ、運営をシミュレーション!

40年以上も前から「東海地震が明日来てもおかしくない」と言われている静岡県。同県では、大規模な災害が発生したときに地域の住民によって救助や避難所運営ができるよう、自治会の単位で『自主防災組織』を結成。その数は5000組織以上にのぼる。
とはいえ、実災害の少ない静岡県では、自主防災組織による運営経験はほとんどない。2007年に「避難所運営マニュアル」を作ってはみたものの、「活字だけではイザという時に役に立たない。模擬体験できるものが必要」と考えたことがきっかけだったのだそう。

それではさっそく、『避難所HUG』のプレー方法を紹介しよう。
プレーヤーが避難者の情報が書かれたカードを、小中学校の体育館や敷地の平面図に配置していくという内容。ゲーム自体はシンプルなのだが、このカードに書かれた「避難者」と「起こりうる出来事」の内容が、とてもリアルなのだ!

(1)1チームは、カード読み上げ係とプレーヤー5~6名で編成。

(2)今回のゲームの震災想定を発表。
「冬の日曜、気温7度、最大震度7、4つの地区から避難」といった災害の想定を発表した後、机の上にメインの避難所となる体育館の見取り図と、学校の敷地図を広げる。

ここで素朴な疑問が。「校舎の方が快適に過ごせるのに、なぜ先に避難所にしないんですか?」と聞くと、「学校再開のためです。体育館のキャパシティや避難者の体調によって校舎を使う場合は、特別教室から使っていきます」と渥美さんから明快な答えが。今だけではなく、先を見据えること。避難する私たちも、こういった運営事情の基本は知っておくべきだと思った。

(3)読み上げ係が、250枚のカードを読み上げていく。
避難者の情報が書かれたカードを間髪入れずに順番に読み上げることで、避難者が次々にやってくる様子を模擬体験。避難者カードは避難生活に必要な1.5m×2mが縮小されたサイズになっていて、順番に体育館に並べることで場所を確保していく。

最初のうちは「○○さん家族3名」、「○○さん4名」などと、あまり悩まず配置できるのだが、しだいに避難者カードの内容は“難題”が増えていく。
「ネコと一緒に避難」「引きこもりなので車で過ごしたい」「遠方から来た観光客」など、実際にありそうな状況が盛り込まれ、その都度プレーヤーは頭を悩ませる。

(4)「出来事やトラブル」が書かれたイベントカードも登場。
250枚のカードの中には、「受付をつくろうという声が」「トイレが詰まった」などのイベントカードが突如現れる。避難者対応だけではない現実にも向き合うことができる仕掛けだ。

このように250枚を使用してゲームを行うと、だいたい2時間半ほどかかる。体験会によっては半分のカードで実施するそうだが、「終わった後は皆さんヘトヘトです。それぐらいの集中力を持って挑んでいただいていますね」と、渥美さんはゲームの手応えを語ってくれた。

▲『避難所HUG』のゲーム内容がこちら。体育館の見取り図に避難者カードを並べていく。車で過ごす避難者の車両の大きさ、仮設トイレや炊事場も随時記入▲『避難所HUG』のゲーム内容がこちら。体育館の見取り図に避難者カードを並べていく。車で過ごす避難者の車両の大きさ、仮設トイレや炊事場も随時記入

避難所運営に「正解はない」。グループごとに発表して、対応策をシェア

『避難所HUG』は、ワイワイと楽しみつつも、一人ひとりが危機感を持って取り組まなくては効果が出ない。
その工夫として読み上げ係は、プレーヤーが前のカードを配置し終わる前に次のカードを読み上げ、焦らせ、考える余地をなるべく与えない。避難所のリアリティを出すために、隣のチームの声が聞こえてくるような狭い部屋で行うことも推奨している。
「避難所のバタバタとした雰囲気では、運営側も大声にならざるを得ません。その臨場感も再現してゲームを行ってほしいというのが、発案者の想いです」(渥美さん)

さらに、「正解がない」のもこのゲームの特徴だ。
「最初に体育館内に通路をつくっておく、顔見知りやご近所の方を近くに配置する、といった原則は伝えますが、実際の避難所運営に正解はありません。体験者から“答えを教えてほしい”という声が多いのですが、ゲームの目的は『課題に気づいてもらうことと、その課題に対して今から何を準備するのかを考えること』なのです」

つまり「マニュアルを覚える」のではなく、「自分たちで考え、心づもりをする」ことが、このゲームの最大の役割。具体的な解決策については、ゲーム終了後に必ずグループ発表を行い、お互いのノウハウを共有するようにしている。「これが大変だった」「私たちはこのように解決した」と意見交換することで、考え方の違いや思わぬ方策を得ることができるそうだ。

▲大きな机に体育館の見取り図を広げて、「ああでもない」「こうでもない」と話しあっていく。最後はみんなヘトヘトに▲大きな机に体育館の見取り図を広げて、「ああでもない」「こうでもない」と話しあっていく。最後はみんなヘトヘトに

このゲームを体験すると、「自宅の備えの大切さ」も分かる!

渥美さんは熊本地震の際、熊本県嘉島町の支援に出かけて、避難所の現実を目にしたという。
「熊本には震災が少ないと言われていたため、住民の方には戸惑いがあり、最初の避難所運営は24時間、市町の職員がつきっきりで対応していました。
でも職員が復興業務で避難所から離れると、住民の皆さんによる主体的な運営が始まりました。皆が『炊事』『掃除』といった役割を持つことで、スムーズに運営されるようになっていったのです」(渥美さん)

熊本の例のように、避難所立ち上げ時に運よく市町の職員が来てくれるとは限らない。地域の皆で避難所の立ち上げから運営まで行うための一助となるのが『避難所HUG』だ。発売して9年がたち、全国の防災関係者には広く知られるようになった。

「仙台市の町内会やNPOから『東日本大震災の前年にたまたま避難所HUGを体験していて、大変役に立った』という声が届いています。実際、東日本大震災後、注文数は約3倍に伸びました。これからは“運営する側”だけでなく、“避難者”である住民の方にもぜひ体験してほしいと思っています」

避難する側も避難所運営を模擬体験すれば、「いかに大変なのか」が分かり、「私も手伝えないか」という『共助』の視点を持つことができる。受け身にならず、主体的に参加することで会話やネットワークが生まれ、孤立を防ぐことができるそうだ。

「もうひとつ、『避難所HUG』によって、『避難所生活は大変だから、自宅で生活を続けることができるように備えよう』という意識を持っていただけるといいですね。家の耐震化、家具の固定、7日分の食料・水、簡易トイレ等を家に備えておくなど、このHUGを『自助』にも繋げることが私たちの願いです」

『避難所HUG』を体験したい方は、静岡県地震防災センターで毎月開かれている「体験会」へ申し込みを。NPO法人静岡県作業所連合会の「みんなのお店・わ」でも購入できるので、自治会や町内会の備えのひとつとして注目してみてはいかがだろう。

▲話を聞いた静岡県危機管理部 危機情報課の渥美晃岳さん。静岡県内の出前講座では約5万2000人が体験しているそうだ
▲話を聞いた静岡県危機管理部 危機情報課の渥美晃岳さん。静岡県内の出前講座では約5万2000人が体験しているそうだ

2016年 08月27日 11時00分