古い団地の敷地の端、小中学校近くに新しい保育園が誕生

保育園の話題がニュースになるのは待機児童が増えた、建設に対して地元で反対運動があったなどとネガティブな情報が多い。だが、実際にはあちこちに新しい保育園が誕生しており、そのなかには地域に愛され、大事にされている園もある。

たとえば、今回訪れたレイモンド花畑保育園(足立区)。立地するのは東武スカイツリーライン竹ノ塚駅からバスで15分ほど、住宅地の中にあるUR都市機構花畑団地の一画だ。(以下、UR)昭和40年代から入居が始まった同団地では現在、エレベーターの設置や棟ごとリノベーション、道路拡幅、スーパーの誘致など各種の再生プロジェクトが進められており、保育園があるのは団地の敷地の一番端。ずっと駐車場として使われてきた場所だ。元々は団地の敷地中央近くに公立保育園があったが、そこが閉園することになり、受け皿として民間の社会福祉法人檸檬会が2016年4月に新たに認可保育園をオープンさせた。

見えるほどの距離に小学校、中学校、少し離れて幼稚園がある地域で、団地を抜けて保育園に近づいていくと中学校からだろうか、楽器演奏の音が聞こえた。以前から子どものいる日常が当たり前だった地域というわけだ。

それもあってか、保育園建設に際し、建築家、次いで施工に携わる建設会社が周囲に挨拶に回った際には多少の意見はあったものの、全体としてはウェルカムな雰囲気だったとレイモンド花畑保育園の平井亙氏。「団地を中心に高齢化が進展している地域に明るい話題だという受け止められ方でした」。

塀ではなく、植栽とフェンスを利用している点にも開かれた印象を受ける塀ではなく、植栽とフェンスを利用している点にも開かれた印象を受ける

人目を惹くデザイン、開放的な造りで地域に溶け込む

道路を挟んで公園と向かい会う。建物内の大きな窓からは一面に緑が見えて気持ちが良い道路を挟んで公園と向かい会う。建物内の大きな窓からは一面に緑が見えて気持ちが良い

初めて訪れた人はまず、建物に驚くだろう。非常に現代的で窓の多い、開放的な建築なのである。周囲は古い団地やごく一般的な一戸建てなどが並ぶエリアである。「これまでにない、素敵なものが自分たちの街にできたと喜んでくださる方も多く、デザインの力を感じます」。

建物自体は団地に背を向け、道を挟んだところにある公園に向かいあう。建物の前に広い庭が取られているので、建物が明るいのはもちろん、公園も明るい。公園側に建物を配置すると、建物が壁になってしまい、公園が暗くなるが、それを嫌っての配置だ。実際、これまでは暗く、利用者が少なかったそうだが、保育園の明るい雰囲気に加え、子どもたちが利用するようになったことで地域の人が公園を見る目が変わり、利用者が増えているという周辺の人の声もあった。保育園ができたことで公園も生まれ変わったわけだ。

窓が多いのは庭に面した部分だけではない。背後の団地側の1階、2階ともに窓があり、外を通る人からは中で遊ぶ子どもたちの姿が見える。目が合うと一生懸命に手を振るかわいい姿もあり、通る人の中には笑顔で立ち止まる人も。これも地域に開かれた園にしたいという建築サイドからの提案だ。塀ではなく、互いの姿が見えるフェンスで囲われていることもあり、園庭内の子どもたちと会話する高齢者の姿を見ることもあるという。

アートで子どもの創造性を伸ばす試み

建物内部に入ると、さらに驚きが待っている。ひとつは園内のあちこちの壁に掛けられた40cm角の額。園内全体で26点の廃材などを利用したアートが飾られているのである。

これはこの地の地名の由来にちなんだ取組み。花畑という地名はかつてこの地を訪れた武将の再訪に地元寺院の住職が「あなたが戻られてこの地にまた花が咲いたようだ」と言ったという伝承が「また、花の咲くがごとく」という言葉となり、由来になっているという説がある。その言葉が転じてまた花になり、花またになり、最終的に花畑になったというのだ。

「地名に一度は価値を失ったものから、また新たな価値を生み出す、再生という意を感じました。そこで古くなった団地を保育園、つまり子ども達の力で元気にする、価値のないものからアートの力、創造力で新たな価値を生み出す、心の貧困を救うのはお金ではなく、創造と想像の力という思いでここを運営していこうと考え、それを形にできないかと思ったところ、その想いに賛同した作家の皆さんが作品を提供してくれました。それがここに飾られている『40cm角の花畑展』です」

飾られているだけではない。園内の作品が子どもたちの創造のきっかけになることもある。そのひとつが「ゼッタの夢プロジェクト」。作品の中に赤い象のゼッタを中心に、その周りにゼッタが見た夢を配したものがあるのだが、ある日、その夢が無くなってしまう。子どもたちは園内、近所の公園などを探して歩くのだが、夢は見つからない。そこで子どもたちは自分たちなりの夢を描き、それを発表したという。興味の有無に関わらず、一律に「○の絵を描きなさい」と言われるより、はるかに楽しそうな試みである。

ちなみにこれらの作品は子どもたちだけでなく、保護者にも好評で、「中には友達にも見せてあげたいという要望をいただくこともあります」。

園内の様子。左下が子ども達が作ったゼッタの夢。右下の段ボールは子どもたちの足跡で彩られている。持っているのは取材に対応いただいた平井氏園内の様子。左下が子ども達が作ったゼッタの夢。右下の段ボールは子どもたちの足跡で彩られている。持っているのは取材に対応いただいた平井氏

保育の質とうるささは反比例する?

木をふんだんに使ったすっきりした内装、広い廊下、建物中央部にある大きな階段も驚きのひとつ。子ども向けというと、キャラクターグッズに見られるような、可愛らしさを強調したデザインを想像するが、そうした部分は全くないのである。

「子どもは石ころひとつ、棒切れ1本からでも遊びを作る力がある。にも関わらず、遊び方が決まっているおもちゃを与えてしまうのはそのほうが面倒を見る大人にとって楽だから。興味を惹きやすいキャラクターグッズも同様。この園では極力、そうした大人の都合を廃し、子どもが主役になれる保育を考えています」。

大人の都合でいえば、全員に同じことをやらせるのが一番楽だが、そうした一斉保育も廃されているもののひとつ。「室内にカードゲーム、積み木、ままごと、ブロックなどといろいろなコーナーを作り、子どもはその日、その時、関心のある遊びをする、コーナー保育というやり方が主流になりつつあります。そうやって集中して遊んでいると、子どもは静かなものです」。



 「子どもが遊ぶ=うるさい」という思い込みが思いっきり、ひっくり返された瞬間だった。

しかし、残念ながら、そうやって子どもと真剣に向かい合っている園ばかりではないのも事実。保育士業界では新学期の4~5月に声を涸らす人が多いが、これは大声で子どもを従わせようとするため。その大声に子どももまた、大声を返す。だから保育園はうるさいということになるわけで、保育の質と保育園のうるささは反比例するものなのかもしれない。

建物中央にある階段。階段下は普通だと収納などになるだろうが、ここでは子どもが籠って遊べるように作られている。右側がランチルーム建物中央にある階段。階段下は普通だと収納などになるだろうが、ここでは子どもが籠って遊べるように作られている。右側がランチルーム

これまで発信されてこなかった保育園情報

ランチルームの窓からは団地の植栽が見える。URが保育園建設にあたり、きれいなモノが見えるようにと植栽の整備を行ってくれたそうだ。窓だけでなく、廊下などもゆったり取られた園内。文京区から視察に来たお母さんたちは非常に羨ましがっていたランチルームの窓からは団地の植栽が見える。URが保育園建設にあたり、きれいなモノが見えるようにと植栽の整備を行ってくれたそうだ。窓だけでなく、廊下などもゆったり取られた園内。文京区から視察に来たお母さんたちは非常に羨ましがっていた

今回の取材は途中まで文京区の子育て委員有志と一緒だった。そのうちに一人、保育園にもっとも近い立場にある乳児を抱えて参加した女性がいたのだが、彼女は保育園に入るのは初めてとのこと。私自身も仕事以外で保育園内に入った経験はない。つまり、現役の保育園利用者以外は保育園の現状を知らない。思ったのは、そこに問題があるのかもしれないということだ。

保育園に限らず、人は自分が知らないこと、モノには良い印象を持たないことがある。現状を知らないまま、過去に知っていることから判断をすることがある。それが現在、あちこちで保育園が敬遠される要因のひとつになってはいないだろうか。

平井氏によると、保育園単体で広報を置いている例は少なく、社会に積極的に情報発信することもあまりないとか。だが、かつて企業の宣伝に携わってきた平井氏は、これからの保育園は、より積極的に地域や社会に情報発信を行い、保育に対する理解を深めてもらうことが重要だという。

そのため、開園前には地域の人に建物を見てもらう内覧会を企画し、また開園後には保育関係者のみならず、建築、アート、街づくり関係者などを集めたワンデー・ミュージアムなども開催、100人近くの人が集まった。最近は、自主的にフェンス沿いの草むしりをしてくれたり、不審な車が園の近くに止まっていたと教えてくれる人もいるという。こうした活動を通じて保育園が身近な存在になっているからだろう。

「今後、URなどと一緒に園児と地域の高齢者がコラボするイベントなどもできないかと考えています。ともすると、閉鎖的になりがちな保育園ですが、外部からの多様な視点、多様な価値観が入ることで、保育士の意識変革をもたらし、保育の質を高めるきっかけにしていきたいですね。」

地元の不動産会社は魅力的な保育園ができたことで、この街に住みたいという若い世代が増えてくれればと考えているそうだが、どこでもいいから入園できればという現在の状況がある限り、そこまでの変化は難しい。そうした問題の解決も含め、地道だが、一番大事なのは平井氏が目指すように、もっと多くの人が保育に関心を持つよう、情報が発信され続けることだろう。

2016年 08月08日 11時05分