世界的建築家・安藤忠雄氏の想いでつくられた「こども本の森」
コンクリート打ち放しの独特な造形の建築が特長といわれる世界的な建築家・安藤忠雄氏。
1995年に建築界のノーベル賞といわれる「プリツカー賞」を受賞、数々の建築の受賞だけでなく文化勲章も授与されている。
そんな日本を代表する建築家である安藤忠雄氏が続けて支援をしている活動がある。それが「こども本の森」である。
安藤氏が建築し地域に寄贈しているこどものための図書館は、2020年に開館した大阪の「こども本の森 中之島」をはじめ、2021年建築の岩手県「こども本の森 遠野」、2022年の兵庫県「こども本の森 神戸」と続き、2024年には熊本に「こども本の森 熊本」が開館した。(※2025年には「こども本の森 松山」がオープン予定)
"生まれ育った生活環境の影響もあり、幼少期に十分に本に触れ、たくさんの本を読む経験が得られなかった"という安藤氏は「こどもの感受性を育てるため、こどもたちに多様な本を手にとってもらい、無限の創造力や好奇心を育んでほしい」との想いからこの活動を続けているという。
今回、一番新しい(※2025年1月現在)「こども本の森 熊本」に伺って、ユニークな建築や施設の運営方法を取材してきた。
安藤建築の3つの特長と自由を表現した建築
施設の案内と説明をしてくださったのは、「こども本の森 熊本」の主任主事・坂口沙采さん。
「こども本の森 熊本」は熊本県立図書館(くまもと文学・歴史館)に隣接している。水前寺江津湖公園の緑豊かな景観と旧細川家庭園の歴史文化が調和する環境の中で、子どもたちの感性と創造力を育む場所として選ばれたようだ。
まずは「こども本の森 熊本」の外観から。
木々に囲まれた遊歩道に沿って安藤建築らしいコンクリートの建物がみえる。建物は2階が伸び上がるように立ち上がっていて、外からはテラスがみえる。建物を支える1階の支柱が外から見ると不思議と立ち上がろうとしている前足のようにも見え、屋根の丸い曲線とあいまって愛らしい動物にもみえた。
「こども本の森 熊本の建築の特長は、安藤建築の3つの特長(曲線・光・緑)プラス自由を表現したと聞いています」
たしかにコンクリートの建物でありながら、周りの自然の景観に溶け込んでいるように見える。
1階の入り口に向かうと、建物外の壁面にはこれも愛らしい3匹の蝶がデザインされたロゴが施されている。
「このロゴは熊本出身の小山薫堂さん、デザインフィル・橋本美穂さんの制作·監修によるものです。 蝶は、生命や成長の象徴とも言われており、安藤忠雄さんの"子どもたちが創造力を育み世界に羽ばたいていってほしい"という想いをデザインしたもの。よく見てもらうとわかるのですが、蝶の羽がBookのBで本を開いたときの形になっているんですよ。また3匹の蝶が集まって飛ぶ形が"森"の漢字になっているんです」
中に入ると、外のコンクリートとは違い木のぬくもりにつつまれる。入り口付近は小さなエントランスになっていて壁に小さく開いた小窓から奥のスペースが覗くようにちらりと見える。
小さなエントランスをぬけると圧倒的な木と本の空間が広がっていた。曲線を駆使した壁面書架と幾何学的に組まれた木材がふんだんに使われた天井に圧倒される。窓やトップライトから取り入れられた自然の光が柔らかく館内を包んでいる。
他のこども本の森にもみられる大きな階段が約1万冊の本が並ぶ天井までの書棚の間に設えられている。
「天井の木材は、建築前に安藤さんに県からお願いして熊本県産のヒノキを使っていただきました。木材を使った書架は他のこども本の森の館内でも見れますが、この木造の構造材の天井は熊本の特長のひとつ。外に続くテラスにまで天井が続いていて、外の自然の景色につながるように調和しています」
創造力を育てる仕掛けがたくさんある「こども本の森 熊本」
他の「こども本の森」と同じように館内の本は"顔"である表紙が良く見えるように収まっている。天井まで並んだ約1万冊の本は圧巻。階段下にもぐったり、書棚の中に座れるスペースがあったり、引き出しに本が収められていたりなど、様々なアプローチで本を見つけ出し読む楽しみが生まれそうだ。
書棚は通常の図書館のようにジャンル別や50音別などではなく、建物内の空間を意識して10のテーマに分けて本が並べられているという。
1.うごく:庭につながるスペースに並べられた乗り物やスポーツなど「うごくもの」に関する本
2.大地:庭につながるもうひとつのスペースに森・水など「自然と生きる」ことに関する本
3.はじめて:階段下のスペースに「はじめて本に触れること」に関する本
4.すきなのなあに:階段横のスペースで恐竜や食べ物など「すきなもの」に関する本
5.みつめる:丸い部屋に「手紙・贈りもの」に関する本
6.みてよんで:吹き抜けスペースのロングセラーなど「読んでほしい」本
7.はばたけ:階段を上がった本棚にある「世界で活躍する人」などの本
8.これまでこれから:2階のテラスにつながるスペースの歴史や生き方など「これまでとこれから」に関する本
9.もっと!くまもと:2階の廊下に沿ったスペースにある「くまもとのひと・もの・こと」から連想を広げる本
10.ここだけ:吹き抜けを眺められるスペースにある「9のもっと!くまもとにオリジナリティ」を加えた本
この陳列方法を読んだだけでも子どもたちだけでなく、大人もワクワクするのではないだろうか。
注目したいのは、5で紹介した「みつめる」の丸い部屋。
入ると熊本の有名なキャラクター、くまモンが中央に鎮座している。その前にはなぜかポストが……。
「これは、2016年4月に始まったハッシュタグ運動“#くまモンあのね”のリアルポストです。熊本はコロナ禍だけでなく、大きな地震で被災を経験しています。“くまモンあのね”は、熊本で暮らす人や熊本を応援する人々から、くまモンに語りかけるように様々な思いを寄せてもらうSNSの取組みでした。
こども本の森 熊本では、リアルポストとしてこの部屋でゆっくりと自分や他者を見つめながらくまモンに寄せたい思いがあれば、書いてこのポストに入れてもらうという取組みをしています」
丸く籠った部屋には天井に斜めに自然光が入るようになっていて、いっそう静かで自分をみつめるきっかけになりそうな空間だ。いろいろな思いが書かれた手紙がくまモンポストに入れられる。
「地域とともに育てていく図書館をめざしていく」
図書館の運営はどうなっているのだろうか。
「こども本の森は入館料無料です。これは"誰もが利用できるように"という安藤忠雄氏のたっての希望です。建物は安藤さんが寄贈してくださいましたが、図書館の運営費用は寄附で賄っています。これは、"地域の人々に愛され、地域とともに育てていくこどものための図書館"であることを理念としているからです。そのため随時、ふるさと納税なども含めた寄附を募っています」
現在、施設を利用する際は予約制と当日予約なしの併用となっている(※くわしくは「こども本の森 熊本」のHPで確認)。これは、すばらしい空間でゆっくりと本と向き合ってほしいという思いから。「おかげさまで沢山の方々にきてもらっており、リピートの方々も多くいらしていただいています」という。
ところで「こども本の森」は本の貸し出しをしていない。閲覧のみの図書館なのだ。
「ちなみに"こども本の森 中之島"にはデジタルで映し出す映像のコーナーもあるのですが、熊本は紙の本のみの閲覧になっています。ただ、こども本の森の中では唯一、県立図書館が隣接しています。"家でももっと読みたい"と県立図書館の子ども図書室の利用と貸し出しも増えています。これも子どもたちが本に接する機会が増えたひとつの嬉しい出来事です」と坂口さん。
「わたしは建築の事はあまりよく知らなかったのですが、こども本の森の安藤さんの建物に触れて建築の力の大きさを知りました。この建物のすばらしさに見合うようにこの図書館がこどもたちの創造力を育てていく場所として地域の人々に愛されつづけていくよう運営していきたいと思います。今後はその目的にあった様々なイベントも手掛けていきたいです」という。
こども本の森の建物の中では、今のところ一番小さいという「こども本の森 熊本」。
小ささを感じないスケールと未来に想いのこもった安藤建築を堪能するとともに、子どもだけでなく大人もゆっくりと生きることを見つめなおし、創造力を羽ばたかせるために訪れてみたい図書館である。
■取材協力
「こども本の森 熊本」
https://kodomohonnomori.kumamoto.jp/
公開日:













