愛知は「スタートアップ不毛の地」と言われていたが…
2024年10月、名古屋市のJR・地下鉄鶴舞駅のそばに「STATION Ai」が開業した。スタートアップとパートナー企業を結び付けてオープンイノベーションを生み出す、日本最大級の「オープンイノベーション拠点」だという。スタートアップ支援と企業の新規事業創出という、双方の課題解決を担うのが特長だ。
同施設は、地上7階建て・延床面積2万3,000m2の規模を誇り、飲食店が並ぶ1・2階、ホテルが入る7階は一般開放ゾーン、その他は会員専用ゾーンとなっている。愛知県の「Aichi-Startup戦略」により誕生した施設で、事業運営はソフトバンク子会社のSTATION Ai株式会社が行っている。
さっそく12月に訪れてみたところ、開業1ヶ月とは思えないほどのにぎわいに驚いた。製造業の盛んな愛知県はこれまで「スタートアップ不毛の地」と称されることが多かったが、なぜこのような施設が生まれたのだろうか?
STATION Ai株式会社 経営企画部の大谷加玲さんにお話を伺った。
※以下「 」は大谷さん談
「STATION Ai」は、Aichi-Startup戦略の本丸
愛知県では2018年、国の施策に先駆けて「Aichi-Startup戦略」をスタートした。この本丸として誕生したのが「STATION Ai」だ。コンサート・イベント会場として知られた愛知県勤労会館の跡地をこのオープンイノベーション拠点に充てた点からも、県の意気込みが伝わってくる。
「スタートアップの成長には、企業とのオープンイノベーションが欠かせません。愛知県は支援できる体力・技術のある企業と、ノーベル賞受賞者を輩出するなどの優れた学術機関が多く、かつ産学連携が盛んです。スタートアップが躍進するポテンシャルが高い地盤だと言えます」
さらに愛知県は全国・世界からのアクセスがよいことと、東海圏として一体感のある市場規模が魅力。東京ほどの規模がないため出会いを創出しやすく、人・技術・情報の集積地として適しているという。
同施設が位置するのは、名古屋市の中心部。最寄りのJR鶴舞駅は、名古屋駅から2駅、中部国際空港駅からの乗換え駅となる金山駅から1駅という好立地を誇る。開園100年を超える鶴舞公園に隣接し、窓の外には豊かな緑が広がっていて気持ちがいい。
「思考や会議で行き詰まった後、ほっとひと息つける自然がすぐ近くにあるのは、イノベーションにプラスだと感じます。『ちょっと公園内を走ってきます』とランニングに出る会員の方もいらっしゃいますね」
オープン時点で注目度大。スタートアップの5割が東京・海外から
「STATION Ai」に入居する企業は好調に推移しており、2024年10月のオープン時点で、スタートアップは約500社、パートナー企業は約200社にものぼる。
驚くべきは、スタートアップのエリア性。愛知県と東京都が約4割ずつ、その他の道府県が1割、海外が1割を占めており、全国や世界から注目を集めていることが分かる。業種はBtoB、DX、SaaS(Software as a Service)を担う企業が上位となり、「国際競争力の強い愛知のものづくり企業とともにイノベーションを起こしたい」という期待の表れと言えそうだ。
一方、スタートアップとの協業で新規事業の創出を狙うパートナー企業は、トヨタ自動車をはじめとする製造業、情報通信業、サービス業が主体に。企業の一部署や担当者が「STATION Ai」に常勤し、積極的に連携を深めている。
「会員専用ゾーンにはコワーキング席・固定席・個室席があり、ニーズに応じてご契約いただけます。固定席・個室席の場合は、同業種が隣り合わせにならない配置とし、異なる業種でコミュニケーションを深める工夫をしています」
企業間を結ぶ仕組み、ハード編。「広場とスロープが交流を生む」
「STATION Ai」に入ると、視線がとどまることなく、上へ横へと抜けていく。この開放感がオープンイノベーションを創出する仕掛けのひとつだ。
「できるだけ壁のない環境にこだわりました。特徴的なのが、中心に設けたスロープです。半階上、半階下の気配が分かり、『あそこに〇〇さんがいるから、声をかけてみよう』といったコミュニケーションの活性化につながります。個室席もカーテンやガラスの間仕切りを多用し、開かれた場にしていますね」
ちなみに、スロープは「ロボットフレンドリーな環境」をつくる狙いもある。開発機器の実験に使用できるのはもちろん、実際に数台のロボットが活躍中。大谷さんは、自分に追従してくれる荷物運搬ロボットをよく活用しているとか。
もうひとつ、会員専用ゾーンに複数の「広場」を設けたのも面白いアイデア。パレットやボックス型の家具を並べればイベントスペースに活用でき、ざっくばらんな交流に打ってつけだ。
「このスペースでは、日々様々なイベントが行われていて活況です。入居企業様主催のイベントが多いですが、STATION Aiが主催するカフェ会も毎週開催し、コーヒーを飲みながらフランクに語り合う場を提供しています。オープンイノベーションの成果はこれからですが、企業間のマッチングは確実に増え始めていますね」
企業間を結ぶ仕組み、ソフト編。「“仲人”さんが館内をウロウロ」
先進のハコの魅力もさることながら、実はスタートアップが何より期待しているのは「STATION Ai」のソフト面だという。
「場所貸しという印象が先行しがちですが、一番注力しているのが人的なサポートです。館内では、スタートアップの事業成長をサポートし、入居者同士をおつなぎする『コミュニティマネージャー』と、企業の新規事業を伴走支援する『OIコーディネーター』が情報収集がてら、まさにウロウロしています。彼らは入居企業の強みを知り尽くし、最適なマッチングを自発的に考えて働きかけるのがミッション。ソフト面の支援込みという点が、この施設の特長です」
さらに愛知県のサポートで、スタートアップの賃料は2年間半額になる。2年という期間は、起業の芽を見いだし、育て、次のステップに羽ばたくためのちょうどよい期間と言えそうだ。
ここで、入居するスタートアップの声を紹介しよう。学生起業家による株式会社ARKLETでは、チャットで理想を伝えるだけで生成AIが夢の住宅をデザインしてくれるサービス「ゆめたて」などを開発している。
「経営・営業・採用などの幅広いメンタリング制度や、きれいで働きがいのある施設を利用したいと考えて、STATION Aiに入居しました。起業家の横のつながりやAIを活用したい事業会社との協業など、様々な恩恵がありますね」(ARKLET CEO 村上拓朗さん)
このようにスタートアップ支援の手厚さがクチコミで広がり、入居希望者の拡大につながっている。スタートアップ界隈はクチコミの波及効果が高いため、広告宣伝ではなくイベント等でのPRで約500社が集まったという。
10年後には、アジアを代表する「オープンイノベーションの聖地」へ
STATION Ai株式会社 経営企画部の大谷加玲さん。「一般利用ができるオープンイノベーション施設はとても希少です。今年、ルーフトップにバーができますので、ぜひ夜景を楽しみに来てください」(画像提供/STATION Ai)「STATION Ai」は、10年後「アジアにおけるオープンイノベーションの聖地」となる目標を掲げている。
「当施設は、フランスにある世界最大級『STATION F』を目指しています。フランスもスタートアップ不毛の地と言われていましたが、施設を契機に、ヨーロッパにおいてスタートアップの一大集積地となりました。フランスの国策で進めた『STATION F』と同様に、愛知県が主導する『STATION Ai』もアジアにおける存在感を高めていきたいです」
入居するスタートアップの数を「まだまだ増やしていきたい」と大谷さん。「スタートアップはバイタリティがあり、軌道修正も早いです。支援によってオープンイノベーションを活性化できれば、愛知県の盛り上げにも貢献できると考えています」とにこやかに話す。
同施設は本格稼働して数ヶ月だが、手応えは十分。愛知発のイノベーションが世界を変えていく、そんな近未来がかなり楽しみだ。
取材協力/STATION Ai
https://stationai.co.jp/
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