銭湯を核に、高円寺のまち全体を「家」ととらえて暮らす
2022年春、杉並区高円寺の銭湯「小杉湯」のとなりにつくられた複合施設、「小杉湯となり」の発起人である株式会社銭湯ぐらしと、旧国鉄の社宅をリノベーションした賃貸住宅「高円寺アパートメント」を運営する株式会社まめくらしがタッグを組み、高円寺に新たに暮らしの拠点を立ち上げた。空き家を活用したアパート「湯パートやまざき」だ。
湯パートやまざきは、高円寺駅から徒歩十数分の場所にある。家賃は都内の銭湯で使える1ヶ月分の入浴券を含め、5~6万円。住人は徒歩5分の小杉湯など、銭湯で入浴して暮らす前提だ。
1階は住人のシェアスペース、2階には3つの個室がある。住人は問合せのあった50組から、コンセプトなどの説明、内見、面談などを経て、男性1人、女性2人に絞り込まれた。ちなみに応募者の多くは20~30代後半で、6割が女性だったという。
小杉湯と小杉湯となりは、いわば湯パートやまざきの起点だ。
2020年3月完成の小杉湯となりは銭湯を中心にまち全体を家として楽しむことを目指して企画された施設で、まちの書斎ことワークスペース、まちの台所ことシェアキッチンなどが設けられ、湯上がりに食事をしたり、仕事の後にくつろいだりすることができる。銭湯とともに、利用者を含む地域の人々のつながりや、彼らのより豊かな高円寺での暮らしをつくりあげようというものだ。
かつて同敷地にあった風呂なしアパートの住人が、銭湯のある暮らしの魅力を多くの人に伝えたいと考え、銭湯ぐらしという会社を設立して小杉湯となりの企画・運営を始めた。小杉湯となりの完成後、銭湯ぐらしは、まちを家として使いこなせるように「まちじゅうにさらに暮らしの拠点を点在させていく」ことを目指してきた。
オーナーと住人が、月1回のペースで暮らしを楽しむ場をつくる
湯パートやまざきのコンセプトが固まってからちょうど1年がたった今、当初の関係者の狙い通り、シェアスペースを無理なく活用し、当物件は地域の人々や住人のコミュニティの拠点として育ちつつある。
2022年5月のお披露目会を皮切りに月1回程度のペースで開催されてきた、気兼ねなく参加できるささやかなイベントが少しずつ効果を表してきたようだ。
イベントの内容は、オーナーとアパートの運営に関わる住人の勝野楓未さんが顔を合わせたときにさりげなく話したことを機に決まることが多いという。例えば、5月のお披露目のときには、オーナーが得意なクラフトコーラづくりを来客にレクチャーするイベントを催した。最近はこれもまたオーナーの趣味である陶器の金継ぎを、来客とともに楽しんだ。有志であつまり、バルコニーの塗装やシェアスペースの本棚のDIYを行ったこともある。
湯パートやまざきは住居でもあるため、一度に多くの見知らぬ客を招くには不向きだ。そのため、イベントの前には勝野さんが近隣の知り合いなどに直接声をかけるほか、入居はできなかったものの湯パートやまざきに興味を持っている人たちに、メッセージアプリのオープンチャットで情報を軽く投げかけるなどして、集客しているという。
まちとのつながりを重視する2社がプロジェクトをサポート
湯パートやまざきは運営にも特徴がある。まずひとつは、冒頭で述べた通り銭湯ぐらしとまめくらしの2社が一緒に取組む点だ。
主に銭湯との連携は銭湯ぐらしが、アパートの運営・管理やコミュニティのサポートはまめくらしが、関連するイベントの企画やサポートは両者で担当する。まめくらしは「人の暮らしを中心に、共同住宅、公園、ストリート、まちなかで当事者たちの関係性をデザインして新たな場と仕組みを育てていく」会社で、集合住宅の運営、地域や集合住宅などのコミュニティのサポート、コンサルティングに取り組んでいる。担当の宮田サラさんは女将(おかみ)として、湯パートやまざきからほど近い「高円寺アパートメント」の運営にも関わっている。
「こうした集合住宅がまちに開かれたり、まちと緩くつながることは重要だと実感しています。高円寺アパートメントの住戸の専有面積は約52.04m2で、住人さんには若年層のカップルやファミリーが多い。彼らがちょっと手狭になって移り住んだり、一方で、今後入居の可能性のある潜在層の若者が住めるような場所を増やしたいと思っていました。空き家を探していた時に、銭湯ぐらしも空き家探しをしていて、一緒に取組むとよさそうだね、という方向にまとまっていって……」(宮田さん)
もうひとつは、オーナーと一緒に運営に取組んでいるということ。転貸ではなく、住人はオーナーと直接賃貸借契約を結び、運営をまめくらしがサポートするという形だ。
「オーナーは湯パートやまざきの活動から切り離されることなく、住人や地域の方々とも一緒に暮らしを豊かにしていけるような状況になっていると思います」(宮田さん)
そのため、先に紹介したように、オーナーと住人が一緒に考えながら、1階のシェアスペースなどでイベントやワークショップなどを企画・開催できるわけだ。
最初のハードルを打破したのは空き家に悩む方々との”勉強会”
実は、湯パートやまざきの立ち上げに至るまでには、意外なハードルがあったという。
「拠点を増やすために空き家を活用しようと考えたものの、高円寺のどこに空き家があるか見当がつかないし、どうやって探して、貸してもらえばいいのかわからなかったんです。まちをぐるぐる歩き回ってみたり、空き家らしき建物のポストに“使わせてほしい”といった手紙を投函したり、といったこともやってみました。でも、芳しい結果は得られませんでした」と、銭湯ぐらしの代表、加藤優一さんは思い返す。
そこで、思いついたのが、周辺地域の方々を対象とした「空き家勉強会」の開催だった。「空き家を所有していて、(放置したままにせず)何とかしたいと思っているけれど、何から手を付けていいのかわからなくて困っている、という方々の勉強会です。ポスティングや貼り紙などで告知したところ、初回の開催には約10人が参加してくださいました。収益化だけではなく、建物に価値を感じていたり、個人的に思い入れがあったりという方が多かったですね」(加藤さん)
勉強会では、参加者同士で空き家に関する悩みを聞きあったり、建築・まちづくりの専門家が空き家活用のノウハウをレクチャーしたりするなどして盛り上がったという。空き家に関する情報交換などをした結果、わかってきたのは、高円寺の小杉湯となりの周辺には思いを持った空き家のオーナーがいるということ。参加者同士も意気投合し、すぐに、近隣の空き家を見に行く見学会を2ヶ月後に催すことが決まった。
空き家見学会の際には、そのあとに、実際に自分の保有する空き家をどのように活用するか考える「妄想ワークショップ」を行った。そのときに、参加者一同がもっとも盛り上がったのが、湯パートやまざきとなった木造アパートのオーナーの発表だった。
「ワークショップの終わりごろから徐々に、オーナーさんが“この提案を実践してみたい”と乗り気になってくださって。その後1ヶ月ほどの調整を経て、実現に向けて動き出しました」(加藤さん)
2021年8月に第1回の勉強会を開催してから、約4ヶ月のうちに空き家に出合い活用に至るという、かなりのスピードだ。2022年1月末にTwitterとnote上で3部屋の入居者募集を開始したところ、3日間で問合せが50件を超え、あわてて募集を打ち切ったのだという。
12月開催の第3回の勉強会が、さらなる拠点づくりを後押し
その後も、空き家勉強会は続行している。2022年12月11日に第3回が小杉湯となりで行われたばかりだ。今回は、まちとのつながりを大切にしつつ場づくりに取組んでいるHAGISO(台東区)を企画・運営する建築家・宮崎晃吉さんやクルミドコーヒー(国分寺市)店主の影山知明さんをゲストに招き、加藤さん、宮田さんとともに空き家×居場所×まちづくりの可能性、また、高円寺というエリアの可能性をテーマに座談会を行い、その後、活用を見据えた相談会を設けた。周辺に空き家を持っている人のほか、高円寺のまちで面白いことをしたいという人なども参加していたとのこと。
参加者のひとりとはすでに空き家の実用に向けて、銭湯ぐらし、まめくらしが同行して現地を確認し、打ち合わせを開始したという。「今回の勉強会を機に、湯パートやまざきの次の拠点の立ち上げに向けて、さまざまな活動が進めばうれしい」と宮田さんは微笑む。
■銭湯ぐらし
http://sentogurashi.com/
■まめくらし
https://mamekurashi.com/
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