カフェのほか、異色のシェアハウスも運営

株式会社はぐくむが運営する個人向けの教育事業では若い人たちが主に対象となっており、そこから派生してシェアハウスを運営するようになった株式会社はぐくむが運営する個人向けの教育事業では若い人たちが主に対象となっており、そこから派生してシェアハウスを運営するようになった

2020年10月。京王井の頭線東松原駅の近くに「はぐくむ湖畔」という不思議な名称の店がオープンした。ホームページを見ると世界的に知られた建築家・坂茂氏の紙管を使った内装が印象的な空間で、コミュニティカフェであり、予約制でコミュニティディナーを開催しているという。複数人の知らない人が集まって食卓を囲むことは想像できたが、その先がよく分からない。まずはどんな場所なのかを取材に行くことにした。

運営する株式会社はぐくむは2006年に創業、個人向け教育事業。組織向けコンサル事業を柱としてきた。その中のひとつにLIFE DESIGN SCHOOLがある。これは学生と社会人2~3年目の若手を対象に仕事のやりがいや生きがい、生きる意味を探求し、自分のライフワークを実践する場である。6ヶ月間、週に1回オンラインでのクラスが行われ、それ以外に個別に同じ参加者やファシリテーターと話しあったり、合宿に参加したりというものである。その中には毎朝、自分が考えていることをノートに3ページ(!)書き出すというハードなジャーナリングというものもあり、真剣に取組むつもりがなければ参加できないことが分かる。

だが、それだけ集中して自分と向き合っても、その期間が終わって日常生活に戻ると、元に戻ってしまう部分もあるのだと株式会社はぐぐむの小嶋英郎氏。それをなんとかしたい、日常生活の中に自分を磨き続けられ、仲間とつながり続けられる機会を作れればということで始まったのがタウン事業と呼ばれるもので、この3~4年で3軒のシェアハウスをつくってきたという。

「LIFE DESIGN SCHOOLでは『RICE WORK→LIFE WORK』を柱に、食べるための仕事から自分がやりたいことを形にしよう。それがライフワークにつながったら、ということを考えるのですが、日常に追われていると自分がやりたいと思っていることを見失いがち。そこで集まって住むことで互いのやりたいことを応援しあえれば実現に近づけるのではないかという考えで生まれたのがシェアハウスです」

目指す目標がある人たちが一緒に暮らすことで互いに関わり合い、自分たちが実現したい未来に向かっていく。そのための共同住宅がシェアハウスというわけで、シェアハウス誕生の経緯としてはかなり異色だろうと思う。

株式会社はぐくむが運営する個人向けの教育事業では若い人たちが主に対象となっており、そこから派生してシェアハウスを運営するようになった株式会社はぐくむは、はぐくむ湖畔から徒歩圏内でシェアハウスを複数運営している

坂茂氏の紙管を使ったフレキシブルな内装

同社は約10年前から東松原に本拠地を置いており、シェアハウスはどれも徒歩圏内。そこに新たに建築されたのが現在、はぐくむ湖畔が入っているビル。タウン事業がまちをつくる事業と考えると、住む場だけでなく、他の役割の場もあったほうがよい。そこで飲食業を営むことで、食べる場やつながりを生む場を作ろうと考えたのだという。

内装を坂茂氏に依頼したのは同じ通りにオフィスを構えるお隣さんだったということもあるが、それ以上に再生紙の紙管を使うなど環境への配慮、価値観などが自社と共通していると思ったため。

坂氏の紙管を使った建築は1994年のルワンダの内戦時に難民シェルターとして使われたのを皮切りに、2011年の東日本大震災の避難所や2018年の西日本豪雨の避難所と国内外の被災地や紛争地で使われたものが有名だが、はぐくむ湖畔の内装はその紙管を使ったもの。小嶋氏を始め、スタッフも手伝っての工事だったそうだが、紙管を使った家具、内装は軽く、移動しやすく、簡単に組み立てられるのが特徴とか。

「コミュニティ」ならよく聞く。だが、「コミュニティディナー」と言われたらどうだろう。みんなで食べる食事というだけでもなさそうで、不思議な言葉である。一体、どんな場なのだろうか。主催する「はぐくむ湖畔」にお邪魔した。

入り口から店内を見たところ。坂氏のファンという人が訪れることも多いそうだ
再生された紙を組み合わせて家具や仕切りその他が作られている再生された紙を組み合わせて家具や仕切りその他が作られている

「1995年の阪神・淡路大震災で崩れた建築を見て、殺されない建築を、と紙管の建築を本格的に始められたと聞きました。コンクリートが70年持つとしたら、紙のほうがもっと持つ、サスティナブルな存在だとも。そこに共感しました」

店内にはいくつかの紙管利用の品が置かれている。キッチンの上に吊るされているのは紙管を木製ジョイントで格子状に組んだもので、格子の中に板を挟むことで食器棚としても使え、照明を吊り下げたり、空調機器を隠したりする役割も果たしている。取材時には壁際に置かれていた曲線状の間仕切り壁も紙管で作られており、使う時には容易に移動できる。椅子も同様に紙管利用でサイズの割には軽い。

カフェとしだけでなく、イベント会場として、ギャラリーとして使うことも考え、フレキシブルに使えるようにデザインされているというが、紙管の軽さを考えると実にふさわしいと思う。この内装を見ることを目的に訪れる人もおり、存在を広める役割も果たしているようだ。ちなみに紙管は現在、ポーランドに設営されたウクライナ難民のための施設にも使われているそうだ。

「コミュニティ」ならよく聞く。だが、「コミュニティディナー」と言われたらどうだろう。みんなで食べる食事というだけでもなさそうで、不思議な言葉である。一体、どんな場なのだろうか。主催する「はぐくむ湖畔」にお邪魔した。

店内から入り口方向。軽いので移動させて店内のレイアウトを変えることも簡単

知らない人同士がテーブルを囲み、会話を楽しむ

店内の本棚には生き方、コミュニティに関する書籍、北欧、デンマークに関する書籍も並んでいた店内の本棚には生き方、コミュニティに関する書籍、北欧、デンマークに関する書籍も並んでいた

では、いよいよ、コミュニティディナーである。これはどのようなものか。

「コロナ禍で現在は中断していますが、以前は年に一度、次世代の組織、教育について学ぶため海外にスタディツアーに行っており、2018年にはデンマークに行きました。そこで知ったのがコミュニティディナーです」

始めたのは日本でも一時大流行した北欧デザインの雑貨ショップ・フライングタイガーの創業者であるレナート・ライボシツ氏。2012年に同社を売却、その後に始めたのが教会をリノベーションしたコミュニティスペース「アブサロン」で、そこで行われていたのが知らない人同士がテーブルを囲んで食事を共にするコミュニティディナーだ。

アブサロンは誰でも利用できるコミュニティスペースで昼間は老若男女がそれぞれ好きなように時間を過ごしており、夕方になると食堂になる。面白いのは誰と一緒のテーブルになるかはその時にならないと分からないところ。しかも、普通の飲食店なら誰かと相席になっても自分だけ、あるいは自分たちだけで食べていればよいが、コミュニティディナーではそうはいかない。

もちろん、知らない同士で最初から盛り上がるわけはなく、最初にアブサロンの人が全体に話をし、テーブル内で自己紹介が促され、料理の説明がありと会話の糸口は用意されている。少し、場の雰囲気が打ち解けてきたところで食事が始まり、大皿から料理を取り分け、皿が何度か回ってくるうちにはさっきまで知らない同士だった人の間で自然に会話が弾み……というのがコミュニティディナー。肩書も、先入観、偏見もなく、ただ一人の人間として一緒に食事をし、同席者たちとの間に緩いつながりを感じてその時間を楽しむ。なんだか、ちょっとほっとする場というわけである。

幅広い年代、地域の人たちが参加するコミュニティディナー

この日の参加者は4人。私を除き、全員若い男性だったこの日の参加者は4人。私を除き、全員若い男性だった

そんな場を日本でもというのがはぐくむ湖畔なのだが、開業のタイミングが悪く、現在はなかなか人が集まりにくい。本来であれば週に1回くらいのペースで開催したいそうだが、現状は月に1回。それもキャンセル続出で中止になった回もあり、これまでに開催できたのは10回ほど。取材後、なんとか成立した回に参加した。

その日の参加者はコミュニティをキーワードに検索、ここに辿り着いたという20代の男性3人。小嶋氏によるとコミュニティ、地域活性化、デンマークまたは北欧という言葉で検索する人が多く、誰かとつながりたいと考えて参加する人のほか、コミュニティ作りについて学びたい、教えてもらいたいという人も少なくないとか。

参加者の年代は大学生から60代、70代のシニア層まで広く、男女では女性が中心。この日のように若い男性だけというのは珍しいそうだ。住んでいるところはバラバラで、近隣に住み、何度か参加している人もいれば、下町から遠路はるばるという人も。コミュニティディナーという聞き慣れない言葉に反応する人は幅広い地域に存在しているのである。

この日の参加者は4人。私を除き、全員若い男性だったカウンターに並べられた料理をそれぞれが取りに行くというやり方で食事が供された。野菜中心の体に優しいメニュー

参加したお二人にはなぜ参加したのかを聞いてみた。メーカーで営業をしているというまるさんはイベントに関心があり、知らない人に会うのが好きだからというのが参加理由。IT系のひろしさんは面白そうな活動がないかと検索していて見つけて参加したという。

さらにその後、話をしていて分かったのはお二人とも将来、何かしらの場を作りたいと考えているということ。ひろしさんは、保守的で地元の「常識」に背くことを異端視する地域に生まれ育ち、それが嫌で東京に出てきたそう。20年、30年後には多様で、やりたいことが生まれやすい場所を作りたいと考えているという。

外から「こういう人だよね」と言われることが多く、そうした評価が枷になっていたまるさんは就活での自己分析でその枷が外れ、自由になったといい、人に良い影響を与えたいと考えている。仕事としてではなく、いずれは他文化交流カフェのような、いろんな人が集まるハブを作りたいと思っているそうだ。

この日の参加者は4人。私を除き、全員若い男性だった店内にはオーガニックビールなども用意されていた(別途料金が必要)

相手を肯定、寄り添う会話

壁には北欧を思わせる緑、水に動物のイラスト。おかえりなさいという言葉にほっとする人もいるのではなかろうか壁には北欧を思わせる緑、水に動物のイラスト。おかえりなさいという言葉にほっとする人もいるのではなかろうか

ゆっくりと食事をしながら2時間ほどそんな話をしたのだが、印象的だったのはひろしさんが「今日はヨソでは話さない、話すと夢みたいなことと叩かれることを話した」と言っていたこと。「もっと当たり障りのない話をするのだろうと思っていた」とも。

もちろん、各回で会話の内容は異なる。いつも、こうしたシリアス(?)な話になるとは限らないが、大事なことはコミュニティディナーは相手の話を否定せず、フラットな立場で対話する場であるということだろう。相手を肯定し、向き合い、寄り添う会話とも言えるが、考えてみると、私たちは普段、そうした会話ができているだろうか。特にコロナ禍で人と話をすることが減り、ストレスと不安を抱え、心がささくれだっている今、相手の話だけに集中し、気持ちのキャッチボールができているだろうか。

そう考えるとコミュニティディナーの意味、その温かさが少し分かる気がする。店名の「はぐくむ湖畔」には、誰かと向かいあうときに周囲のものをきれいに映し出す湖畔のようにありたいという願いが込められているそうだが、そこに映し出されるのは相手であると同時に自分でもあるのだろう。

はぐくむ湖畔ではコミュティディナー以外にも学びの場となる「はぐくむアカデミー」、誰かの「やってみたい」の実験を応援する「たねラボ」などのイベントが開催されており、コミュニティディナー同様、肯定し、そっと背中を押す場となっている。何かをやってみたいけれど最初の一歩が踏み出せない人なら、知らない人と一緒にご飯を食べる経験をしに行ってもよいかもしれない。


はぐくむ湖畔
https://hagukumukohan.com/

壁には北欧を思わせる緑、水に動物のイラスト。おかえりなさいという言葉にほっとする人もいるのではなかろうか店内に置かれている商品のうちには、いずれこの道で仕事をしたいと思っている人たちが作った品もあるのだとか。やりたいことを応援する場なのである

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