山小屋風の太い柱、梁が印象的な雲仙観光ホテル
2021年秋。「日本クラシックホテルの会」に参加するホテルのうちで最も東京から遠い長崎県雲仙市小浜町にある雲仙観光ホテルを訪ねた。これで同会に参集する9ホテルをすべて訪ねたことになる。日本クラシックホテルの会は、戦前に創業もしくは建築され、文化財や産業遺産などの認定を受けていることなど、いくつかの条件を満たした9つのホテルで構成されている。日光金谷ホテル、富士屋ホテル、万平ホテル、奈良ホテル、東京ステーションホテル、ホテルニューグランド、蒲郡クラシックホテル、雲仙観光ホテル、川奈ホテルが加盟している。いずれも素晴らしい建物、雰囲気のホテルだったが、それぞれに個性、違いもある。順にご紹介しよう。
まずは最後に訪れた雲仙観光ホテル。雲仙は長崎県南部、島原半島の中心にそびえる雲仙岳(三峰五岳の8つの山の総称)を中心にしたエリアで、日本古来の山岳信仰の修行の地であり、最初期の温泉地であり、昭和9(1934)年にはわが国で最初の国立公園に指定された自然豊かな地。また、明治期以降は避暑地として外国人で賑わった地でもある。
昭和7(1932)年に外国人観光客の誘致を目的に、国策として外国人向けのホテルが日本各地に建設されることになり、そのひとつとして温泉や自然に恵まれた雲仙にも同ホテルが昭和10(1935)年10月10日午前10時にオープン。建物はハーフティンバー(北方ヨーロッパの木造建築の技法。半木骨造)のスイスシャレー様式(スイスの山小屋風)を取り入れたもので、竹中工務店が初めて設計・施工したホテルである。
他のホテルの多くは重厚で厳かささえ感じるものであるのに対し、雲仙観光ホテルはそのデザイン、色合いから「かわいい」の言葉が似合う。他ホテルの堂々たる存在感に比べると、緑濃い並木の奥にひっそり佇む姿は可憐で控えめ。だが、公道から遠くに初めて建物を見たときのドキッとする瞬間は他のホテルにはなく、新鮮だった。
雲仙観光ホテルの玄関は建物中央にあり、入ったところは太い柱、梁が印象的な広いロビー。左手にフロント、バーやダイニングルームがあり、右手には映写室、ビリヤード室や図書室、売店など。ホテル内でのんびり過ごすための設備が多数用意されているのが特徴で、湯治の長逗留にも飽きないようにという配慮だろう。1階には大浴場、露天風呂、家族風呂があり、小糸地獄からの湯を楽しめる。客室は2階以上からで、2階中央にはかつて昭和天皇がお泊まりになった特別室がある。
ダイニングルームは200畳の広さがあり、かつてはダンスパーティも開かれたという象徴的な空間。供されるのはフレンチだが、特筆すべきは現代的で軽やかな料理であるという点だ。クラシックホテルのなかには伝統的な料理を売りにしているところがあり、メニューも限定的。それはそれで魅力ではあるものの、時として重く感じたり、単調に思えたりすることもある。ところが、同ホテルではクラシカルな空間に現代の味という驚きがある。オールドノリタケを使ったテーブルセッティングも含め、食事だけのために来てもいいと思ったものである。
改修前に訪問、レトロさにうっとりした富士屋ホテル
クラシックホテルを巡る旅で、著者が最初に訪れたのが神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下にある富士屋ホテルである。明治11(1878)年に誕生した同ホテルは、平成9(1997)年には建物の多くが登録有形文化財に指定されている。訪れたのは2017年春で、翌年の2018年4月から耐震補強工事が行われると聞いたのがきっかけで、その前に行っておこうと思ったのだ。
泊まったのは明治24(1891)年に建てられた本館45号室。本館は唐破風の玄関が印象的な木造洋風建築で1階がフロント、ロビーとなっており、2階が客室。非常に堅牢な建物で、関東大震災でもガラス一枚割れなかったという。
45号室はイギリス出身でサイレント映画時代に名声を博したコメディアンであり、映画俳優、監督などでもあったサー・チャールズ・スペンサー・チャップリンが泊まった部屋で、室内には滞在時の写真や、山高帽にステッキなどが飾られており、鍵もスペシャルバージョン。改装後がどうなっているかは知らないが、滅多にない経験だった。
チャップリンだけでなく、作家の川端康成や三島由紀夫、ミュージシャンのジョン・レノンや各国の王族など有名な人たちが泊まった宿でもあり、現在はその歴史を伝える「富士屋ホテル史料展示室」が作られている。本館のほか、西洋館、花御殿、フォレストウィング、旧御用邸 菊華荘などと複数ある建物の歴史も含め、見るべきところは多い。
ホテルの室内プールとしては日本初といわれている天然温泉を利用したプールや日本アルプスの高山植物が636種(!)も描かれた天井高6m(!!)の折り上げ格天井が圧倒的なメインダイニングルーム「ザ・フジヤ」もお勧め。2020年7月に耐震改修を終えた新生富士屋ホテルにはプールやスパなどを楽しめる日帰りプランも充実しているので、気軽に行けそうである。個人的には、欄間や柱など随所にあしらわれていたさまざまな彫刻や日本意匠のかわいいデザインをもう一度見に行きたいものだと思っている。
つつじの時季がお勧め、蒲郡クラシックホテル
冒頭の雲仙観光ホテル同様、国策として建てられたホテルのひとつが愛知県蒲郡市竹島町にある蒲郡クラシックホテルの前身、蒲郡ホテルである。明治以降、日本のホテル産業は外国人を対象に発展してきたものの、1900年代以降、金融恐慌と国際収支の不均衡によって不振に陥った。これをテコ入れ、外貨獲得を目指すために昭和5(1930)年、帝国議会は外国人客誘致の建議案を提出、可決されており、国を挙げて国際観光政策が推進されることになったのだ。
その具体策のひとつが、国内主要観光地での国際観光ホテルの設置で、1930~1940年代初めまでに雲仙観光ホテル、蒲郡ホテルなど15のホテルが生まれている。以降で紹介する静岡県伊東市川奈にある川奈ホテル、神奈川県横浜市にあるホテルニューグランドも同様の経緯で誕生したものである。
その当時に誕生したホテルの多くは、自然災害や戦争での接収、その他多くの紆余曲折を経ているが、蒲郡ホテルの変遷もドラマチックである。昭和55(1980)年に蒲郡市に売却され、昭和62(1987)年には国土計画株式会社(現株式会社プリンスホテル)に売られて蒲郡プリンスホテルとして営業を再開。さらに平成24(2012)年には株式会社呉竹荘へ事業継承、名称変更が行われ、蒲郡クラシックホテルに。もしかしたら、どこかで失われていたかもしれないと思うと、大事にしたいものである。
さて、蒲郡クラシックホテルだが、三河湾国定公園の中心の小高い丘の上に位置しており、約1万坪(3万3,000m2)の敷地内には桜やつつじなど各種の植物が植えられており、特に春のつつじは有名。行くのならこの時季がお勧めである。ちなみに、宿泊するなら2階の海側をぜひ。目の前に海、竹島が一望でき、実に開放的である。
豪華な城郭風建築の外観にクラシカルなアール・デコ様式(1910~1930年代に流行した直線的、機能的で実用的なスタイル)の内装、調度品が置かれた建物はちょっとおしゃれをして訪れたい雰囲気。メインダイニングはフレンチだが、和食、鉄板焼きが楽しめる別棟もある。
リゾートで行くなら日光金谷ホテル、万平ホテル
日本最古のリゾートホテルが栃木県日光市にある日光金谷ホテル。明治6(1873)年に東照宮の楽師をしていた金谷善一郎が、ヘボン式ローマ字綴りを考案したアメリカ人J.C.ヘップバーン(ヘボン)博士の知遇を得て、自宅の一部を外国人向けの宿泊施設としたのが始まりとか。
その宿「金谷カッテージ・イン」は明治11(1878)年に訪れた英国人旅行家、イザベラ・バードの「日本奥地紀行」(各種訳書が出ている)や当時の在日英字新聞などで紹介され、世界に「日本のリゾート地=日光」という強い印象を与えた。明治26(1893)年には2階建て、洋室30室の「金谷ホテル」が現在地で営業を始め、以降、金谷ホテルは黎明期の日本ホテル界の先頭を歩んできたとホームページは伝えている。
訪ねて印象的だったのはあちこちに飾られた不思議な彫刻。創始者が東照宮に勤めていたからか、日光東照宮で見るような霊獣、想像上の生き物などの彫刻が点在しているのである。また、栃木県産の大谷石も多く使われており、他のホテルと異なる雰囲気を醸し出している。
現在地に金谷ホテルが誕生した翌年の明治27(1894)年に創業したのが、長野県北佐久郡軽井沢町にある万平ホテルの元となる「亀屋ホテル」だ。その祖は明和元(1764)年に佐藤万右衛門が開いた旅籠「亀屋」である。そこから数えて9代目となる初代・佐藤万平が外国人客の接待に力を入れ出し、旅籠を洋風のホテルに変えたのである。その後、明治29(1896)年に萬平ホテルへ改名、明治35(1902)年には現在地に移転、新築されている。
本館であるアルプス館は、昭和11(1936)年築。高い折り上げ格天井のメインダイニングもこの建物内にある。客室は床の間のある和洋折衷の部屋や猫足のバスタブがあるなどレトロな雰囲気があるそうだ。残念ながら宿泊した部屋は異なる棟にあり、ごく普通の部屋でいささかがっかりしたことを覚えている。
一方でうっとり眺めたのは、メインダイニングや廊下などに飾られたグリーンを基調にしたステンドグラス。高原のリゾート地であり、爽やかな色合いがこの場所にふさわしく感じたものである。
都会で贅沢気分なら東京ステーションホテル、横浜ニューグランド
都会でクラシックホテルを楽しむなら東京都千代田区丸の内、というより東京駅にある東京ステーションホテル、神奈川県横浜市中区山下町にあるホテルニューグランドだ。
東京ステーションホテルは1914(大正3)年の東京駅開業の翌年に開業、2015(平成27)年に開業100周年を迎えている。
東京駅は戦災で屋根等を焼失し、戦後長らく本来の3階建てではなく、2階建ての駅舎として使われてきたことを覚えている人も多いのではなかろうか。その後、何度か建て替え計画が持ち上がったものの、2003(平成15)年に国の重要文化財に指定され、2007(平成19)年から東京駅丸の内駅舎保存・復原工事が着工。2012(平成24)年にはリニューアルオープンを果たしている。
辰野金吾による壮麗な煉瓦造りの建物は通りがかる人が思わずカメラを向けたくなる首都の顔。外壁の煉瓦のうち、2階までは創建時の煉瓦が残っているなどオリジナルに忠実な作業が行われているそうだが、他のホテルに比べると新しくなった感は否めない。
だが、新しくなった分、それまで使われていなかった中央部の屋根裏空間を表しにし、ガラス窓を採用して最大9mの高さがある大空間・アトリウムが生まれるなどプラスアルファの魅力も生まれている。
泊まってうれしいのは東京駅丸の内南口、同北口の2つのドームをホテル内3階の近い位置から眺められること。駅構内にいることが実感できる。
横浜のホテルニューグランドは、関東大震災で大打撃を受けた横浜の復興への祈りを込めて1927(昭和2)年に震災の瓦礫で埋め立てられた山下公園の正面に誕生した。設計は銀座の和光などで知られる渡辺仁。
建物として楽しいのは本館。正面の堂々たる大階段はホテルのシンボル的存在で、訪れたらここで写真を撮りたくなるはず。本館2階の、開業時のメインダイニングルームだったフェニックスルーム、舞踏室として横浜の大人たちが集う社交の場だったレインボールームもクラシカルで絵になる。ただし、本館での宿泊は2名まで。クラシックホテルの多くはグループや家族での宿泊を想定していなかった時代に作られたため、客室がそれほど広くないのである。
ところで、クラシックホテルはどこも世界の有名人が訪れたことで知られるが、ニューグランドはそれに加えて、ここで生まれて日本全国で愛されるようになったメニューでも知られる。最も知られているのはスパゲッティ ナポリタン。ほかにはシーフードドリアやプリンアラモードもニューグランド発祥とのことで、現在もホテル内のコーヒーハウスで供されており、それを味わいに行くのも一興だろう。
ゴルフが楽しめる川奈ホテル、古都の風情を楽しむ奈良ホテル
首都圏に近いホテルとしてはもうひとつ、静岡県伊東市の川奈ホテルがある。ホテルオークラを設立した大倉財閥の2代目・大倉喜七郎が、イギリス留学時に貴族たちが利用していたゴルフ場、テニスコート、プールに乗馬、フィッシングなどが楽しめる施設を備えたリゾートホテル・グレンイーグルス・ホテル(スコットランド)に感銘を受け、大倉財閥の別荘として建設したのが始まりだ。最初にゴルフ場、1936(昭和11)年にホテルが完成している。
設計は、神保町にある学士会館や駒場にある旧前田家本邸洋館などで知られる高橋貞太郎。外観は赤い屋根瓦が印象的でかわいらしく見えるが、内部はむきだしになった柱、梁が豪壮でダイナミック。天井が高く、オリジナルだろう照明がよく映える。ロビーには冬場には実際に使われているという暖炉があり、火が入っている時期にも行ってみたいものである。
ゴルフをたしなまれる方であればもちろんゴルフコースも魅力のはず。館内にはゴルフコースの歴史やコースを説明するコーナーもある。四季の花が楽しめる広い庭には本館とともに登録有形文化財に登録されている築350年を超す古民家・田舎家もあり、散策も楽しい。
最後に紹介するのは、奈良県奈良市にある奈良ホテル。日露戦争後、日本を訪れる外国人が急増したことから、政府は全国の宿泊施設経営者に保護特典を与えることを発表。それを受けて活動を起こした一人が都ホテルの創業者である西村仁兵衛である。
西村は1906(明治39)年に高畑町飛鳥山の土地を坪(3.3m2)1円(!)で買収、鹿鳴館の建設費用の約2倍といわれる35万円をかけて1909(明治42)年に奈良ホテルが開業している。建設に際しては県議会が周囲の古い建築との調和を求めたため、瓦葺きに桃山風の豪奢・華麗な内装の和洋折衷な建物となった。設計は辰野金吾。
擬宝珠のある階段の手すりや格天井、鳥居(!)など和風の設えが印象的な内部は古都にふさわしく、重厚で端正。メインダイニング、ティーラウンジ、ザ・バーなど館内の施設はいずれもが背筋が伸びる佇まいである。
9ホテルを訪ねてみて気づいたこと
4年半をかけて9つのクラシックホテルを巡ってきた。それぞれに違うよさがあるが、巡ってみて気づいたのは、これらのなかでもう一度行きたいと思うホテルは、建物のよさだけに頼ってはいないということだ。
どのホテルにも歴史があり、素晴らしい建築が残されているのだが、それだけでは宿泊者は満足しない。実利優先のビジネスホテルならいざ知らず、ある程度以上のホテルであれば、サービス、気配り、食事その他、ホテルに求めるものはほかにもある。建物だけに頼っているホテルは一度行けば十分だが、それ以外に魅力があればもう一度、さらにと行きたくなるはず。これはホテルに限らず、他のビジネスやまちづくりなどでも同じだと思う。
そしてもうひとつ、同じようなホテルを定期的に見たからその違いに気づいたという点もお伝えしたい。比較するものがあることでそれぞれが相対的に見られるようになるわけで、これは不動産やまちなどを見る時にも重要だと思う。
日本クラシックホテルの会では宿泊してスタンプを集めるとペア食事券(4ホテル)、ペア宿泊券(9ホテル)がプレゼントされるパスポートを販売しており、現在は期間限定で最初の宿泊から5年間有効。たまに贅沢してどこかに泊まろうという時に試してみてはどうだろう。
そうそう、どこのホテルにも素敵なバーがあり、オーセンティックなカクテルが楽しめることも付け加えておきたい。
日本クラシックホテルの会
http://www.jcha.jp/
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