知的障がい者の就労・余暇・生活の支援を行うNPOぱれっとが運営
JR恵比寿駅から徒歩8分の住宅街にある「ぱれっとの家 いこっと」(以下、「いこっと」)。軽度な知的障がいのある人と、健常者が一緒に暮らすシェアハウスだ。運営するのは、就労・余暇・生活など、さまざまな場面にわたり、知的障がい者の支援を行う認定NPO法人ぱれっと(東京都渋谷区。以下、NPOぱれっと)。2010年4月に開設し、今年で12年目になる。
建物は約106m2の敷地に立つ木造3階建て(延床面積約169m2)で、全8室の居室がある。各室約6畳(収納スペースを除く)。1階には約19畳の共用キッチンとリビングがあり、各階に共用のトイレと洗面台、シャワールーム(1階は浴室)がある。入居条件は、原則、就労していて日常生活を自立して行える人でかつ、「いこっと」の理念に賛同する人。年齢は不問。月々の家賃は周辺の相場を視野に入れながらも、一般企業に就労している知的障がい者が支払える金額に設定することを考えたといい、6万9,000円~7万2,000円となっている。ほか、共益費・管理費が月額1万2,000円、敷金1ヶ月(礼金はなし)など。また、6ヶ月の定期借家契約(再契約が難しいと判断した場合は、退居を依頼するケースもある)。
※この記事では、法令や制度の名称、固有名詞については「障害」の表記を用いるが、それ以外は「障がい」と表記する。
在宅か、施設か…知的障がい者の住まい方の選択肢は限られているという現状
「いこっと」が開設された背景には、知的障がい者の住まい方の選択肢が限られているという状況がある。「いこっと」開設当時も、開設から10年余りがたった今も、その状況はほとんど変わらない。
『令和3年版 障害者白書』(内閣府)によると、知的障がい者(知的障がい児も含む、以下同)の数は推計で109万4,000人。そのうち、施設入所者は13万2,000人(12.1%)、在宅者数は96万2,000人(87.9%)となっている。これは、「施設入所」の状況をみるための調査の結果だが、知的障がい者の住まい方は施設で暮らすか、自宅で親元で暮らすといった狭められた選択肢しかないことがわかる。
知的障がい者が施設ではなく、親元でもなく、住み慣れた地域で暮らす手段としてはグループホームがある。グループホームには、老人福祉法および介護保険法の規定に基づく認知症高齢者対象のグループホームもあるが、この記事で記述するのは、障害者総合支援法(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律)に基づくグループホーム(共同生活援助事業)である。障がいのある人が専門スタッフの支援を受けながら地域の一戸建て住宅やアパートなどで少人数で共同生活をする居住の場だ。
障がいのある・なしは関係なく、入居者同士がごく自然に助け合える
「グループホームはここ数年、増えていますが、私たちが『いこっと』開設を検討していた2008年ごろはその数はまだまだ少なく、知的障がい者の住まいについては社会の中に十分な受け皿が整っていない状況だったと思います。特に知的障がいが軽度な人は、グループホーム入所を希望したとしても、障がいが重度な人から優先的に受け入れるといった事情もあって入所枠がなく、入れないケースが多いという実情があったようです」。
こう話すのは、「いこっと」入居者をサポートする運営委員会「いこっとサポットの会」(以下、サポットの会)のボランティアメンバー、高取正樹さん。高取さんは2005年ごろからNPOぱれっとの「たまり場ぱれっと」という余暇活動支援にボランティアとして参加し、「いこっと」についても立ち上げから関わっている。ちなみに「たまり場ぱれっと」(以下、「たまり場」)とは、NPOぱれっとが創設された1983年から続いている活動で、障がいのある人も障がいのない人も自由に集い、一緒に月1回の余暇活動や年2回の宿泊行事、クラブ活動(英会話やヒップホップダンスなど)などを楽しみながら、新しい仲間や可能性を見つけるという取組みだ。
高取さんの話を続ける。
「知的障がいといっても、個々で障がいの状態や現れ方は異なっています。障がいが軽度な人は、こみいった話が理解しづらかったり、いつもと違う出来事が起きると対応できないといったことはありますが、身の回りのことはほとんど自分でできる人もいるし、一般企業に就職している人もいます。そうした軽度な知的障がい者は、周りのサポートがあれば、施設や親から自立して暮らしていけるのではないかと、私たちは考えました。そこで生まれた構想が、軽度な知的障がいがある人と健常者が一緒に暮らすシェアハウスをつくることでした。いきなり一人で暮らすのは難しくても、健常者と一緒に暮らし、入居者同士でコミュニケーションを大切にするなかで自然と助け合えるような関係になる……知的障がいがある人にとって、親元からの自立に向けた最初のステップになるような、そんなシェアハウスを目指したのです」
当時としてほとんど前例のない取組みだったというが、「たまり場」などNPOぱれっとの支援活動に参加している知的障がい者本人や親からも賛同する人が現れ、シェアハウス計画が進められた。
障がい者本人と親、ボランティアメンバーなど、さまざまな立場の人が家づくりに関わった
「いこっと」開設までのプロセスでは、さまざまな人が参加した。NPOぱれっとの職員をはじめ、知的障がい者本人と親、「たまり場」のボランティアメンバー有志などで結成された家づくり実行委員会が中心になってワークショップを行い、約1年半にわたって建物の構成やバリアフリー、運営方法などについて検討が重ねられた。ワークショップでは、シェアハウスで障がい者と健常者が一緒に住むことの生活イメージや、不安な点や改善策、立場によるイメージの違いやギャップの認識などが話し合われたという。
恵比寿という都心に新たなシェアハウスをつくるには、かなりの資金がなければできない。それを可能にしたのは、地元渋谷区の株式会社東京木工所からの支援だ。東京木工所はNPOぱれっとの設立当時から支援の手を差し伸べてくれた企業で、「いこっと」の建設でも社員寮が建っていた土地に建物を建てたのは東京木工所だった。そして、東京木工所がオーナーとなり、NPOぱれっとが建物を借り上げてサブリース契約を結び、入居者に転貸するという仕組みを導入した。このほか、備品を揃えるための数百万円の費用は、渋谷区からの補助金、NPOぱれっとの自己資金や寄付でまかなわれた。
入居者ミーティングで、入居者同士がコミュニケーションをとりやすい環境を
こうして2010年4月に設立された「いこっと」。「たまり場」の活動に参加していた知的障がい者やボランティアメンバーなど、健常者4人、知的障がい者4人の計8人の入居が決まり、満室の状態でスタートした。
開設して以来、運営面でこだわるのは、入居者同士がコミュニケーションをとりやすい環境をつくること。入居者全員が社会人で、それぞれで生活リズムが異なり、顔を合わせる機会をもちにくい状況にあるというが、月1回、入居者全員が集まり、ミーティングを開くことをルールとしている。入居者ミーティングでは、ゴミ出しや共用スペースの掃除などの係を決めたり、暮らしで困っていることなどを話し合う。
「必要に応じて、私たち『サポットの会』メンバーも、入居者ミーティングに参加しています。そのとき、私が心がけているのは、知的障がいのある入居者には、ゆっくりとわかりやすく話すこと。また、健常者の入居者に対してもそうですが、自分から意見を言い出せずにいる人に発言を促したり、ミーティングがよいコミュニケーションの時間になるよう、サポートするのが私たちの役目です」(高取さん)
「サポットの会」のメンバーは入居者同士の交流を深めるために、交流会を企画することもある。コロナ禍の今は開催できずにいるが、講師を招いての料理教室、たこ焼きパーティ、屋上テラスでの流しそうめんなど、入居者同士、和気あいあいと過ごせるような雰囲気づくりに力を注いできた。
「サポットの会」のメンバーで、「いこっと」開設時から1年ほど入居していた経験があるという松村昂明さんは、こう振り返る。
「僕の場合、『たまり場』でボランティアをしていたので、健常者と障がいのある人が一緒にいるのは当たり前だと思っていたし、職場に近くて通勤に便利だったので『いこっと』に入居しました。当時入居していた知的障がいのある人たちは、『たまり場』にも参加していた人たちで、性格など知っていたので、接し方に戸惑うことはほとんどなかったです。住んでみての感想は、シェアハウスは一緒に暮らす人がいて楽しいということです。東日本大震災(2011年3月11日)のときは、誰かが身近にいるという心強さを実感しました」(松村さん)
現在、直⾯している課題とは
健常者と知的障がい者が暮らす「いこっと」は、開設当時、先駆的な取組みとして注目を集め、多くのメディアで紹介された。だが、今、課題に直面している。「障がいのある入居者が思うように集まらなくなったのです」と、NPOぱれっとの事務局長、南山達郎さんは打ち明ける。開設して7~8年がたち、初期の入居者が仕事や家庭の事情で退去したころから後に続く入居者探しに苦労するようになったというから存続に関わる問題だ。
「私たちNPOぱれっとの活動に参加している、軽度な知的障がいのある人や親御さんに、地域のなかで自立して暮らす第一歩として、『いこっとに住む』という選択肢があることをお伝えしてはいるのですが、ご本人が興味をもっても、親御さんの理解を得ることがむずかしい場合があります。というのも、健常者と一緒にシェアハウスに住むことに親御さんが不安を感じ、お子さんの背中を押してあげられない現状があるのです。一方で親御さんの多くは、希望するのは、障がい者のみが暮らすグループホームに住むことです。グループホームには日常生活全般のお世話をしてくれる“世話人”や生活指導員といった専門職が常駐しているので、安心なのでしょう。NPOぱれっともグループホームを運営しているので(※)、そこでどんな暮らしができるのかは理解していますし、親御さんの気持ちもよくわかります。しかし、若いうちに一度親元を離れて、『いこっと』のような場を経験していただきたいという、私たちの想いがあります」(南山さん)
これまでに「いこっと」に住んだことのある知的障がい者は、10人。退去したあとはほとんどが親元に戻り、賃貸アパートなどで一人暮らしを始めた事例はまだ出ていないという。
「親元での暮らしに戻ったとしても、失敗だったとは私たちは思っていません。障がいがある人が『いこっと』に入居すると、親御さんが見にこられるのですが、たいていは驚かれます。ほかの入居者と楽しそうに過ごしていたり、親御さんが思っていたよりもお子さんが自立できているんだと。つまり、『いこっと』に住むことは、知的障がい者ご本人の経験になっているのです。その経験は、その後の人生にも生きてくるのではないでしょうか」(南山さん)
南山さんがこう話す背景には、親の高齢化という問題もある。高齢の親が障がいのある子どもの介護障をする老障介護の問題は顕在化しつつあるが、軽度な障がいのある子が高齢の親を介護する「障老介護」の問題が出てきているのだ。実際、『いこっと』に入居していた知的障がい者のなかには、「親が高齢で心配だから」と、自宅に戻ったケースもあるという。そうした観点からみても、障がい者が入所施設やグループホームではなく、親元を離れて暮らしを経験できる場として「いこっと」があることは貴重だろう。
(※)NPOぱれっとは、渋谷区内に「えびす・ぱれっとホーム」、「しぶや・ぱれっとホーム」の2ヶ所のグループホームを運営している。
知的障がい者の自立に向け、住まいの選択肢を広げていきたい
2021年8月現在、「いこっと」に入居するのは健常者4人、知的障がい者1人の計5人。長引くコロナ禍もあって、障がいのある人の新たな入居に結びつけることができずにいるが、持続可能な事業にするための模索を続けている。障がい者就労支援センターにチラシを置かせてもらったり、「ぱれっと 親の会」や特別支援学校などで親に対して子どもたちのこれからの暮らしについて意見を聞く機会を設けることを構想するなど、地道に前へ進もうとしている。
「いこっと」開設から現在までの11年間、障がい者の住まいを取り巻く状況は変わったのだろうか?
「数は少ないながらも、『いこっと』のような健常者と障がい者が一緒に住むというシェアハウスの事例が出てきていて、障がい者の住まいの選択肢の一つになってきていると思います。民間の賃貸アパートに住むとなるとまだハードルが高く、不動産会社に入居を断られる状況が続いていますが、最近では障がいのある人のアパート入居や暮らしを支援するという不動産会社も現れています。ごくわずかではありますが、賃貸住宅も多様な人を受け入れるという時代になってきていると思います」(南山さん)
「いこっと」の価値について、前出の松村さんはこう話してくれた。
「『いこっと』に住んでいた知的障がい者のなかには、『たまり場』の活動に参加し続けている人もいます。その人たちから、『いこっとは楽しかった』『誕生会もあったし、みんなでご飯を食べにいったよね』『よい思い出になっている』と、今も言っていると聞いています。たとえ短い期間であっても、こんなふうに思い出に残っている時間があることは、人生のなかで貴重なことだと僕は思います。数字では表わせないけど、これこそが『いこっと』があることの意義ではないでしょうか。僕もみんなと楽しい時間を共有できたことが嬉しいです」(松村さん)
知的障がい者の自立に向けた住まいの問題は、すぐに正解が見つかるというものではないが、支援のあり方のひとつとして、この記事を通して関心をもっていただけたら幸いである。
ぱれっとの家 いこっと(認定NPO法人 ぱれっと)
https://www.npo-palette.or.jp/house
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