学生向けICTマンション
現代社会ではICTが欠かせないものとなっているが、住宅業界でも顕著である。株式会社 長谷工コーポレーションでもICTを活用した新時代のマンションを提供している。その第一弾として登場したのが、株式会社長谷工不動産が手掛ける東京の「本蓮沼駅」にある学生向け賃貸マンション「Feel I Residence(フィール アイ レジデンス)」だ。
顔認証をキーテクノロジーとし、アフターコロナ時代の非接触生活も後押しする。もちろん今後は学生向けからターゲット層を広げ、同社が施工・管理する全建物に展開することを目論む。
長谷工コーポレーションのICTマンションには、どのような利便性があり、今後どのような利用形態が見込まれるのか。同社ICTマンションを推進する長谷工アネシスの野世溪 卓也氏に伺ってみた。
顔認証でエレベーターも非接触
都営三田線・本蓮沼駅から徒歩6分、学生向けマンションとして2020年3月に誕生したのが「Feel I Residence」だ。地上7階建て総戸数72戸、居室は1K/20.1m2~20.2m2とコンパクトだが、食堂(食事提供サービス)があり、家電付きと離れて暮らす保護者にとっては安心できる物件として人気が高い。
その“安心”の理由には、Feel I Residence がICTを活用し、高いセキュリティや利便性の高い機能を実現していることも挙げられる。具体的なICT活用のポイントは、「顔認証」「遠隔操作」そして遠く離れた親御さんとの「情報共有」。では、具体的にはどんな暮らしになるか見ていこう。
まず、エントランスの出入りは「顔認証」の技術が使われている。入居者本人を確実にチェックでき、鍵の紛失といった心配もない。顔認証でエントランスのチェックが完了すると、タッチパネル式のデジタルサイネージがパーソナライズされた情報を提供する。マンション内には宅配BOXがあるため、着荷の知らせや受け取りがされていない場合の催促などを行う。そのほか今日の献立や鉄道情報や天気予報といった情報も配信される。
次にエレベーターホールに進むと、ここでも顔認証が利用されている。近年、ホテルなどでは居室のカードキーがないとエレベーターに乗れず、部屋のある階に行けない高度なセキュリティが採用されているが、このマンションではこうしたセキュリティを顔認証で実現しているわけだ。呼び出しボタンを押す必要もなく、エレベーターの前に立てば、入居者の顔をカメラがとらえ自動判断でエレベーターを呼んでくれるのだ。乗り込めば、階数ボタンを押すこともなく居住階まで運んでくれる。
野世溪氏によれば、「顔認証とエレベーターの組み合わせは、もともとは両手いっぱいに荷物を抱えている際などの利便性を想定していたのですが、非接触が望まれるコロナ禍で反響が高いものとなりましたと」いう。
他方、顔認証は食堂にも導入されており、食券を不要とする配食管理を可能とする。さらにデジタル化の利点を生かし、喫食履歴を入居者の親御さんに提供するサービスもある。親が実家を離れた子どものことで心配するのは安全性ときちんとした食事。そのニーズに応える機能というわけだ。
「ただし、この点はプライバシーの問題もありますので、お子さんが情報提供を許可するかどうかは選べる設計にしています」(野世溪氏)
外出先からエアコン操作に、災害対応も
Feel I Residenceでは、IoT(Internet of Things)家電を導入し、スマホからの遠隔操作も可能にしている。エアコンや照明、テレビなどが連携し、例えば外出先から部屋の温度設定を可能にしたり、照明や家電の消し忘れに対応することができる。
もう1つFeel I Residenceでは、災害対応でもICTを活用している。同マンションでは、地震センサー、気象センサーなどを有し、大きな地震の際には防災庫の自動解錠を行う。また、独自開発したアプリには安否確認ができる機能を有し、入居者が地震発生時にプッシュ型で行う安否確認応答をすぐさま入居者の保護者が確認できるようにした。
学生の利便性と保護者の安心に配慮したFeel I Residence は、2020年3月の入居時には、満室になるほど利用者からも受け入れられている。ただし、昨年の3月以降は、日本もコロナ禍に突入した時期。大学などは軒並みオンライン授業が導入され、通学もできないとあって、地方出身者は親元に帰ることも多かったという。長谷工コーポレーションでは、まだ十分に入居者の声が聞けていないとするが、「例えば、喫食履歴でメニューも知りたいという保護者の要望に応えるなど、様々な場面でサービスの拡充をしていきたい」としている。
将来的には、徘徊防止や高齢者の見守りにも
もちろん、同社ではこのFeel I Residenceを皮切りに、学生向けにこだわらない様々な形態のマンションでのICT化を進めている。直近のものとしては総合地所が手掛ける大阪市・中央区和泉町で1Rを中心とした131戸の一般向け賃貸マンションで、食堂はないものの顔認証や各種センサーを活用した遠隔操作や情報提供、安否確認などを実施していく予定だ。
また、2022年2月下旬に完成予定の東京・赤羽の「コムレジ赤羽」でもICTを活用する。このコムレジは通常のマンションではなく、一般の「賃貸棟」、企業の借り上げ社宅を想定した「社会人棟」と学生向けの「学生棟」340戸からなる共創型レジデンスだ。多彩な共有施設とイベント・ワークショップを介して異業種・多世帯の交流で閃きや刺激を提供することをコンセプトにしている。フレキシブルな交流を実現しつつ、しっかりとしたセキュリティを保つにはどうしても認証は複雑になりがちだが、利用者に負担をかけずに実現を目指した。可能にしたのは、「顔認証」技術がベースにあるからだ。現在はコロナ禍のため共有スペースの是非は難しい議題だが、社会人棟の契約に前向きな企業も多く、来年以降、世の中が落ち着きを取り戻した際には魅力的住まいとして注目を集めそうだ。
ICT活用の方向性はこれだけではない。高齢者向けの見守りへの転用も進めているという。
「現在、エントランスでの顔認証は、建物内に入る際のチェックを主としていますが、外出時のチェックに着目すれば、徘徊の防止に役立てられるはずです。また、顔認証をもっと進めて入居者の表情を読み取れれば、心理状態の把握や適切なサポートも実現できるでしょう。ほかにも、エアコンの使用時などにも、高齢者の方はモード切替や温度設定が適切にできず、真夏に熱中症に陥るといった事例も散見されます。こういった点もスマート家電で外部から見守りができれば適切な運用が可能になります」(野世溪氏)
長谷工グループでは、ICTを活用してサ高住タイプのマンションの機能やサービスの充実にも取り組んでいくという。
ビッグデータによる、斬新なサービスも生まれる?
スタートしたばかりの同社のICTマンションだが、ゆくゆくはグループで建設・管理するすべてのマンションにICTを導入し、各種センサーデータやライフログを収集した上での新たなサービス展開を念頭に置いている。
「実は、マンション設計段階のICT化は以前から進めており、CADに代わり建物の形状や空間構成に加え、部材の数量・材質・仕様などの属性データも含めて設計できるBIM(Building Information Modeling)には十数年前より取り組んでいます。ここにFeel I Residenceのような入居後のセンサー情報やライフログなどの暮らし情報LIM(Living Information Modeling)を蓄積し活用していくことで、全体像をとらえた新たなサービス展開が可能になると考えています」(野世溪氏)
個別マンションでのICT活用の利便性もさることながら、集積されたデータの活用では、これまでとはまったく異なるレベルのサービスも考えられる。ICT活用は単体から集合知の醍醐味が出てくるのだろう。
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