住民の手でまちづくり。大東市の新たな試み

大阪府の東部、北河内と呼ばれる地域に大東市はある。2015年の国勢調査では、5年前と比べて人口は3.4%減少。大東市のような大阪市近郊の小規模自治体では、人口流出が今後も続くと予測される自治体も多く、ますます財政的に厳しい自治体運営が懸念されている。

そんな街に人を呼び活気ある市域を取り戻すにはどうすればいいのか。その一つの試みが今春スタートした。民間主導で市営住宅を建て替え、エリアの価値を上げようという「morinekiプロジェクト」だ。

公共資本や公共サービスの整備手法の一つにPPPというものがある。国土交通省もその旗振り役として進めるPPPとは、本来自治体が財源を担い進める事業に、民間の資本やノウハウを活用しようとするもので、パブリック・プラーベート・パートナーシップ(public–private partnership)の略だ。公民連携ともいう。morinekiプロジェクトもこの手法を用いた取組みである。

元々大東市役所に勤務しており、退職後このプロジェクトを担うため、大東市公民連携まちづくり事業株式会社(略称:コーミン)の代表取締役となった入江智子さんに話を聞いた。

「民間の事業会社が主体となって永続的に事業を担います。コーミンはその事業を企画し管理運営を受託します。具体的には、公有地にあった市営住宅の建て替えを契機とした、公営借り上げ住宅、民間賃貸住宅といった住宅関連だけでない、ショップやオフィスなども含めたまちづくりです。公営住宅の建て替え事業にかかるPPPとしては、全国で初めての試みです」(入江さん:以下同)

具体的なまちづくりのコンセプトや事業スキーム、将来像についても聞いてみた。

もりねきエリアの全体設計は株式会社ブルースタジオ ⼤島芳彦⽒。飯森⼭の⾃然に調和した⽊造集合住宅が並ぶもりねきエリアの全体設計は株式会社ブルースタジオ ⼤島芳彦⽒。飯森⼭の⾃然に調和した⽊造集合住宅が並ぶ

「morinekiプロジェクト」とは

JR学研都市線の四条畷駅を降りて、東へ。古くからこの地にある、幼稚園から大学まである私立の学園キャンパスを貫く市道を越えるとすぐ目の前に、急峻な生駒山系の飯盛山を背景にウッディーな外観が印象的な2~3層の木造集合住宅が見えてきた。
かつてここには昭和40年代に建てられた古い鉄筋コンクリートの市営住宅があった。このおおよそ10,000m2におよぶエリアを、住宅エリアと店舗オフィスエリア、緑の公園として開発するプロジェクトが「morinekiプロジェクト」だ。

「morineki(もりねき)とは飯盛山の森と、河内の言葉で『近く』の意味を持つ『根際(ねき)』を合わせたネーミングです。飯盛山の自然に抱かれて暮らしを育んできたこの地区の歴史を大切にし、住む人、働く人、憩う人がひとつになったまちづくりを目指したい、そんな思いが込められています」(同)

morinekiプロジェクトは、主に住宅エリアと民間事業エリアで構成され、住宅エリアでは、自然豊かなこの地区にふさわしく、木材をふんだんに使用した建築デザイナー設計による低層の木造集合住宅が建つ。

民間事業エリアでは、アパレル企業を誘致することに成功した。本社機能を含めて移転し、その直営ショップとして、ベーカリー、北欧風レストラン、アパレル、雑貨ショップが生まれる。公園に面したエリアでは、アウトドアスポーツに関連したショップやスクールも運営される。いずれも、ここ大東市北条の豊かな自然をバックに、いきいきと健康的に暮らすためのライフスタイル提案型ショップだ。

アウトドアでのアソビを提案するライフスタイルショップと、ベーカリーショップ。2Fにはオフィススペースもアウトドアでのアソビを提案するライフスタイルショップと、ベーカリーショップ。2Fにはオフィススペースも

この街が好きだからその輪をもっと広げたい

ショップやオフィス棟の前は、散策にぴったりの「もりねきの道」ショップやオフィス棟の前は、散策にぴったりの「もりねきの道」

元々市役所の建築関係の部署で、市営住宅の建て替えを担っていた入江さんは言う。
「単に市営住宅の四角い箱の建て替えだけでは、地域の価値を上げることはできません。地域の外からもこの地域に住みたいと思う人が出てくるようなまちづくりをしてみたいと思っています。そのためには、どんな施設が必要なのか、どんな手法で実現できるのかを考えました」(同)

入江さんが、まず参考にしたのが岩手県紫波町で進められた「オガールproject」だ。ホテルやショップ、スポーツ施設や町役場まで、官民連携の手法で農村部の開発をおこない、都市住民を引き寄せることで、コミュニティーの輪が広がり続けているという、PPPによる街づくりの成功例だ。
入江さんが、オガールで学んだことは、まず、主導する民間のテナントを先付けすることや、プロジェクトファイナンスによる民間からの資金調達など。つまり、官に頼ることなく行政の財政負担を最小限にし、周辺を含めた価値・魅力の最大化を図ること。住宅に関していえば、周辺家賃を牽引するくらいの気概をもつことだという。

morinekiプロジェクトでは、市営住宅の経営母体に地元の企業を据え、飲食店舗やショップの経営母体にも有力な企業を誘致した。コーミンは、エージェントとして市と企業体との事業をつなぐのが役割だ。従来のPPPやPFI(プライベイト・ファイナンス・イニシアティブ)といった民間と連携したプロジェクト手法では、官はその主体としての地位にとどまることが多い。大東市の場合は、まちづくりを大きく俯瞰でとらえて、民間に任せることは民間で、との考えが大きい。長期的視点でまちづくりを考え、この地に愛着を持つ人の輪が広がれば、行政にとってもメリットはある。

「エリアの価値を上げる事業でないと民間事業としてはやっていけません。公共事業から民間事業への転換です」(同)

コーミンが手掛けるまちづくりは、このほかにもある。四条畷駅の2駅先、住道駅前では「大東ズンチャッチャ夜市」と名付けたナイトマーケットも開催。自然に恵まれた地域の良さや個性的なショップを紹介する活動を通して、広く大東市に人を呼び寄せる活動も行っている。
「また、来たい。いつでもだれでも来てよかったという場づくりを目指します」(同)

高齢者が多い地区の特性を生かしコーミンでは地域包括支援センターの業務も担う。
「ここに暮らす人をもっと元気にしたいと思っています。自然に恵まれた公園でのパークランイベントなどで、元気なお年寄りをもっと元気にしたいです」(同)

morinekiプロジェクトにおいても、まちづくりのアイデアや事業スキームの立案から実際の企業の誘致まで、前例のない仕事で苦労の連続だったそうだ。それでも今春、まちびらきに漕ぎつけるまで、情熱をもって、まちづくりに突き動かしたのは入江さんの「大東愛」なのかもしれない。

ショップやオフィス棟の前は、散策にぴったりの「もりねきの道」2021年3月13日に行われた「morinekiまちびらきオープニングセレモニー」にて。参加企業の代表者らと、入江さん(左から2人目)

公営住宅問題の解決策としても注目

株式会社ノースオブジェクトが運営する北欧風レストランは、もりねき広場に隣接株式会社ノースオブジェクトが運営する北欧風レストランは、もりねき広場に隣接

再開発プロジェクトが進む北条地区は、四条畷駅からほど近い。JR学研都市線の快速を利用すれば、ターミナル駅である京橋駅まで13分で行けるなど、都心へのアクセスも良好で、しかも生駒山系の自然が目の前に広がる環境だ。
リモートワークが増えるなどウィズコロナの時代を見据え、働き、暮らす環境への関心が高まっている今、住宅立地の都心神話も崩れ去ろうとしているともいえるだろう。
かといって、大都市近郊の自治体が独自で大胆な開発事業を手掛ける時代ではない。
2019年に古い市営住宅が解体され始まった北条まちづくりプロジェクト。日本全国の自治体でも、財源不足のなかで老朽化した公営住宅を抱える自治体は多くあるだろう。公営住宅の建て替え問題の解決手法として、郊外都市の将来性のあるまちづくりのマイルストーンとして、morinekiプロジェクトはその行方が大いに注目されている。

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