街路は変えられる。できることからやってみる、ストリートデザインの参考書
ひとびとが街に戻り、再びにぎわう日が待たれている。この春、「魅力的なまちづくり」を目指して、ひとつの指針が示された。
2020年3月30日、国土交通省は「ストリートデザイン」のガイドラインを公表した。副題は「居心地が良く歩きたくなる街路づくりの参考書」。同省が2017年頃から進めてきた、街路づくりについての調査や議論を集大成したものだ。19年8月に岸井隆幸日本大学特任教授を座長とする「ストリートデザイン懇談会」を設置、全7回の会合を経てガイドラインをまとめた。
ガイドラインは、その「はじめに」の部分で、「様々なプレイヤーの『Act Now(できることから、やってみる)』の一助となることを期待している」と書いている。ストリートの「プレイヤー」とは、街に生きる私たち一人一人だろう。ここでは、このガイドラインの中から、私たちが参考にしたい部分を読み解いてみよう。
街路空間を、車中心から人中心に転換。沿道の建物も一体に捉える
かつて道路は、より速く、よりたくさんの人や物を運ぶことを目的に整備されてきた。つまり、自動車本位につくられてきたわけだ。しかし近年、世界各地で「車中心」の道路から、「人中心」の街路への転換が進んでいる。ガイドラインの紹介によれば、ニューヨークのタイムズスクエアはかつて街路の89%が車道だったが、歩行者優先に改変された。これによって歩行者が増えただけでなく、市民の評価が高まり、地域の売り上げが増え、さらには安全性の向上や、二酸化窒素の削減効果も得られたという。
自動車本位で捉えると、道とはすなわち路面だが、人の目線で捉えれば、道沿いのお店、その庇や植栽といったものも重要になってくる。ガイドラインは、路面だけでなく、沿道の広場や公園、民間の空地や建物を含めた空間全体を「ストリート」と定義する(下図)。
道路は国や自治体のものだが、沿道の建物の多くは民間のものだ。「ストリート」をより良くするには、官と民の連携が欠かせない。ガイドラインでは、そのためのプロセスや、道路を活用するための法律の枠組み、交付金や補助金、税制特例などの支援制度も紹介している。実践の折には参照したい。
安心して歩ける街路は、沿道の売り上げ増や地価アップにも貢献する
ストリートが人中心になることで、街はどう変わるのか。ガイドラインは各地の先行事例を参照している。
例えば、愛媛県松山市の中心部にある花園町通り(下の写真・上2点)は、片側2車線を1車線に減らし、無電柱化や景観整備を行った結果、歩行者数が倍増し、地価も上昇に転じた。兵庫県姫路市でも、駅前広場や姫路城へ向かう通りの改善で、商業地の地価が約25%も上がっている。
ストリートが憩いの場になれば、災害時には一時避難や避難経路としての機能も期待できる。2016年の熊本地震では、市中心部の花畑広場にボランティアセンターが設置され、復興拠点のひとつになった。大分市は「大分いこいの道」に、樹木やベンチを配置すると同時に、災害時にヘリポートとして使える広場や防災倉庫、災害用マンホールトイレなどを用意している。
●ストリートが持つ2つの機能を配分する
ストリートには、通行(リンク)と滞在(プレイス)の2つの機能があり、その配分は、道路の幅員や立地によって検討する必要がある。
前出の松山・花園町通りは、路面電車も通る幅員約40mの大通りだ。車道を減らしたぶん、自転車道を設けて歩行者と分け、歩行者専用空間にウッドデッキやベンチを配した。リンク機能を整理して安全性を高め、プレイス機能を向上した例だ。
一方、道の狭い別府市の鉄輪温泉(下の写真・左下)では、区画線の代わりに舗装のパターンや側溝で路面を緩やかに分け、車の自然なスピードダウンを促して、歩行者空間を拡げている。リンク機能を抑え、沿道にポケットパークをつくるなどしてプレイス機能を付加した。
●狭い道路も、デザインで緩やかに使い分ける
人の「通行」の中にも、目的地に向かう、景色や店先を眺めながらそぞろ歩く、途中で一休みする、とさまざまな行動形態がある。それに合わせて、街路空間が緩やかに分かれているといい。
日本の道路は欧米に比べて狭いので、車道と歩道、歩道と敷地の境界を曖昧にしつつ、通行の安全性を高めるという、相反する要求を、街路のデザインで解決する必要もある。
島根県・出雲大社の参道、神門通り(下の写真・右下)では、店舗前面の敷地と歩道を石畳で一体化して、テーブルやベンチを置いた。さらに、「シェアドスペース(歩車共存型道路)」の思想のもと、歩道の石畳を車道側に「にじみ出し」ている。歩道と車道の境界線は引かれているものの、そこから歩道の舗装をはみ出させたことで、歩行者は境界線を気にせずに歩け、車は速度を落としてくれるようになった。
街路で遊ぶ社会実験を、まちの将来に反映させ、まちの担い手を育てる
さらに、ストリートでさまざまなアクティビティを誘発する社会実験も、全国各地で行われている。歩道上でマルシェを開催したり、飲食できるスペースを設けたり。短期間・単発のイベントもあれば、定期的に開催されるものもある。その効果検証は、街づくりのデザインにフィードバックされる。ガイドラインは、「実際に使いながらデザインを決めていくことが重要」と書く。
千葉県柏市のハウディモール(柏駅東口駅前通り)で2020年1月までに12回開催されている「ストリートパーティー」(下の写真)は、ロンドンの「ストリートプレイ」を参考にしている。1日限定で、路上での楽器演奏体験や化学実験、おもちゃ遊びや「ストリートこたつ」など、さまざまな「みちあそび」が繰り広げられる。主催は公民学連携のまちづくり拠点「柏アーバンデザインセンター(UDC2)」で、地域住民主体の実行委員会が運営を担う。社会実験で得た知見は、柏駅周辺の将来構想である「柏セントラルグランドデザイン」にも反映している。
「ストリートパーティー」では毎回、実行委員会や当日ボランティアへの参加を呼びかけている。企画の段階から参加できれば、地域住民がまちに主体的にかかわる絶好の機会になる。意見を述べたり、運営の経験を積んだりすることで、今後のまちづくりを支えるプレイヤーが育っていくだろう。
ガイドライン冒頭にはこうある。
「街路は誰もがアクセスできる最も基礎的な公共空間である。」(p2)
ストリートが子どもたちにとって安心して遊べる場所になり、高齢者が楽しく過ごせる居場所になれば、まちはすべての人にとって居心地よく、開かれた空間になるはずだ。
ガイドラインは「バージョン1.0」と明記しており、今後もバージョンアップが期待される。国土交通省は2020年度から、街路や公園、広場の修復や活用を支援する「まちなかウォーカブル(歩きたくなる)推進事業」を始める計画だ。
国土交通省「ストリートデザインガイドライン」
http://www.mlit.go.jp/toshi/toshi_gairo_fr_000055.html
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