松下幸之助が故郷の学生たちのために寄附して建てた、和歌山大学松下会館

和歌山市出身のパナソニック創業者・松下幸之助の寄附によって建てられたので、その名を冠している和歌山市出身のパナソニック創業者・松下幸之助の寄附によって建てられたので、その名を冠している

渡辺節という建築家をご存じだろうか。大正から昭和の半ばにかけて活躍し、1952年から14年の長きにわたって大阪府建築士会会長を務めた重鎮だ。大阪・本町にある国の重要文化財「綿業会館」の設計者として知られ、「関西の名手」と呼ばれた。また、若き日の村野藤吾を見出し、自らの事務所に取り立てた人物でもある。渡辺と村野の年齢差はわずか7歳で、相互に影響を与え合ったようだ。

その渡辺節が和歌山市に遺した知られざる傑作が「和歌山大学松下会館(以下、松下会館)」である。同市出身のパナソニック創業者・松下幸之助が、故郷の学生たちのために当時のお金で5900万円を寄附し、1961年に完成した。渡辺節は戦前に和歌山市庁舎(1936年竣工、現存せず)を設計しており、和歌山との縁は浅くない。

和歌山大学は1987年にキャンパスを市北部に移転、現地には松下会館だけが残された。ここ20年ほどは同大学の地域連携・生涯学習部門が置かれていたが、それも2018年3月に本部キャンパスに移転。現在は放送大学が建物の一部を賃借しているのみで、その契約期間が満了したあと、空き家となる松下会館の行く末は明らかになっていない。

この松下会館の文化的価値を広く知ってもらおうと、2018年7月1日、和歌山県建築士会と和歌山ヘリテージネットワーク協会による見学会と講演会が開催された。講師は近代建築史が専門の京都工芸繊維大学助教・笠原一人さん。以下、笠原さんの解説に基づいて、渡辺節という建築家と松下会館の特徴をみていこう。

華やかな装飾の裏で合理性も追求した手練れの建築家、渡辺節

建築に詳しい人でも、渡辺節といえば、綿業会館に代表されるクラシックな作風を思い浮かべるのがふつうだろう。古典やルネサンスを初めとした“様式”を駆使する「様式主義」の建築家とみなされている。しかし、1884年生まれの渡辺は、モダニズムの巨匠ル・コルビュジエと3歳違いの同世代である。戦前・戦後にまたがる活躍を通じて時流に背を向け続けたわけではない。それどころか、ほかの日本人建築家に先んじて、海外から先端技術を採り入れた建築家でもあった。

1920〜30年代にかけて、多くの日本人建築家がル・コルビュジエのフランスやバウハウスのドイツに向かったが、渡辺が視察したのはアメリカだった。「渡辺が拠点とした商都大阪と商業国アメリカには、似通う空気があったのでは」と笠原さんは言う。モダニズムが席巻していたヨーロッパに対し、当時のアメリカではアール・デコの装飾性が好まれた。渡辺はアメリカンデザインの影響を受けると同時に、高層建築の構造や設備、材料に関する情報を持ち帰っている。

笠原さんは、建築家としての渡辺の中には装飾性と合理性が同居している、と指摘する。華やかで多彩な様式を使いこなす一方で、渡辺は工期短縮やコストダウン、新技術の導入にも熱心だった。大量生産可能な材料テラコッタの輸入、新しい耐震構造計算法の採用、冷房設備の設置も、すべて渡辺が日本で初めて試みたことだという。

渡辺の代表作のひとつ、「大阪ビルディング本館(ダイビル本館、1925年)」は、今では外壁の一部が復元保存されているだけだが、渡辺の合理性と装飾性の折衷がよく現れた作品だ。縦長の窓が並ぶ外観は古風だが、全体としてはシンプル。しかし、人目につく1階から2階にかけては華やかな装飾を施している、屋内も、エントランスホールは華麗だが、オフィス空間は素っ気ないほど簡潔だ。お金をかける部分を絞り、経済合理性と装飾性を両立させている。

同じく大阪ビルディングの東京支店第一号館(1927年)で、渡辺はこれも日本で初めて、「コアシステム」を導入た。「コアシステム」とは、建物の中央に階段やエレベーター、水回りを集めて「コア」とし、その周りにオフィス空間を配置する構成を指す。今となっては当たり前の手法だが、空調がなかった時代にはありえないことだ。建物の規模が大きい場合、中央には中庭を設けて、通風・採光を図るのが常道だった。

1931年に竣工した綿業会館には当初冷房はなかったが、後年の導入を見越した設計がなされており、機器や配管の露出が避けられた。

2006年に撮影された旧ダイビル本館。下の写真は多彩なレリーフで飾られた正面玄関。アーチの上に彫刻「鷲と少女の像」がある。この建物は2009年に解体され、外壁の一部が現在のダイビル本館(2013年竣工)の低層部に復元されている(撮影:笠原一人)2006年に撮影された旧ダイビル本館。下の写真は多彩なレリーフで飾られた正面玄関。アーチの上に彫刻「鷲と少女の像」がある。この建物は2009年に解体され、外壁の一部が現在のダイビル本館(2013年竣工)の低層部に復元されている(撮影:笠原一人)

渡辺の代表作「綿業会館」。重要文化財の華やかな本館とモダニズムの新館

綿業会館は、昭和の初め、隆盛を極めた大阪綿業界の社交の場として建てられた。外観は古典的な三層構成で、1階部分は石積み風だが全体に彫りは浅くモダンでもある。玄関に取り付けられた華やかな面格子の鉄扉が印象的だ。インテリアは用途によってルネサンス風、ジャコビアン風、クイーン・アン風など、部屋ごとに趣向が凝らされている。

この華麗な綿業会館には、戦後の1962年になって新館が接続された。設計は本館と同じく渡辺節。一見すると同一人物の作品には見えないが「モダニズムを踏まえながらも渡辺らしさは消えていない」と笠原さんは言う。

様式主義の縦長窓から一転、新館はモダニズムを象徴する水平連続窓の建物だ。しかしよく見ると外壁には本館と同じスクラッチタイルが縦横に貼られ、柔らかな質感がある。建物の両端にはスリット状の吹き抜けが設けられ、手前には本館玄関に似た金属製面格子、奥には穴あきブロックの面格子があしらわれている。「渡辺は好んで面格子を用いた。様式主義の時代に使った金属製の面格子を、モダニズムの時代に入ってブロックに置き換えている」。

綿業会館。上の写真の左側が1931年竣工の本館(国の重要文化財)で、右手に見えるのが1962年に建てられた新館。どちらも渡辺節の設計だ。モダニズムの新館(下の写真)にも、スクラッチタイルやさまざまな面格子が用いられている(撮影:笠原一人)綿業会館。上の写真の左側が1931年竣工の本館(国の重要文化財)で、右手に見えるのが1962年に建てられた新館。どちらも渡辺節の設計だ。モダニズムの新館(下の写真)にも、スクラッチタイルやさまざまな面格子が用いられている(撮影:笠原一人)

モダニズム建築でありながら、装飾性や素材感を兼ね備えた松下会館

綿業会館新館の前年に完成した松下会館には、渡辺流モダニズムの特徴が凝縮されている。

「鉄筋コンクリート造の柱と梁の骨格を表に見せる手法はモダニズムそのもの。その一方で、モダニズムが嫌った古典的な左右対称の構成を多用しています」と笠原さん。窓の周りを額縁のように縁取っているのも、様式建築の名残といえる。

素材の扱いも、つるつると均質なモダニズムとは異なる。「外壁のコンクリートは当時流行した打ち放しではなく、上からモルタルを吹き付け、わざわざ目地をつくって石張り風に仕上げています。微妙な色合いのレンガタイルとの対比も美しい。ところどころにあしらわれた穴あきブロックの面格子もあいまって、装飾的な効果を発揮しています」。

(左上)松下会館エントランス側の外観。石張り風に仕上げたコンクリート、光沢のあるレンガタイル、穴あきブロックという3つの素材を使い分けている(右上)隣地から見た外観。穴あきブロックのスクリーンの周りをコンクリートで縁取っている(左下)南面道路側外観(右下)西面道路側外観。3つ並んだ高窓は通風回転窓。テラスの両端に外階段があり、ここも左右対称になっている(左上)松下会館エントランス側の外観。石張り風に仕上げたコンクリート、光沢のあるレンガタイル、穴あきブロックという3つの素材を使い分けている(右上)隣地から見た外観。穴あきブロックのスクリーンの周りをコンクリートで縁取っている(左下)南面道路側外観(右下)西面道路側外観。3つ並んだ高窓は通風回転窓。テラスの両端に外階段があり、ここも左右対称になっている

松下会館を、渡辺節の忘れられた戦後業績に光を当てる契機に

屋内は大部分が改修されており、オリジナルが見られるのは吹き抜けの階段周りや2階ホールぐらいだが、渡辺らしい細やかなデザインが確認できる。「階段の段鼻を斜めにカットしてシャープにしたり、支柱の根元をすぼませて軽快に見せたり。ホールの高窓は120度ずつ回転する三角の通風サッシで、波打つようにリズミカルです。天井は“大和張り”という数寄屋の手法を踏襲しており、和風の要素も見受けられます」。

戦後の渡辺作品は「様式建築をモダニズムに翻訳したかのよう」と笠原さんは言う。弟子の村野藤吾との共通項も感じられる。モダニズムに分類される村野の作品も、質感豊かで繊細なデザインが特徴だった。

1967年に82歳で逝去する前年まで大阪府建築士会会長を務めた渡辺は、戦後も数多くの作品を手掛けている。しかし、戦前の作品に比べると、あまり知られていないのが実情だ。

松下会館も築50年を超え、文化財に登録されてもおかしくない時期にきている。「松下会館の再評価をきっかけに、戦後モダニズムの見直しが進むことに期待したい」と笠原さんは語った。

(左上)松下会館エントランスホールの吹き抜け。穴あきブロックを透かして差し込む日光が木漏れ日のようだ。(左下)階段のデザインについて解説中の京都工芸繊維大学助教・笠原一人さん(右上)“大和張り”風につくられた2階ホールの天井(右下)2階ホール。右手上に通風回転窓がある。左右の手すりのデザインもさりげないが美しい(右下写真撮影:笠原一人)(左上)松下会館エントランスホールの吹き抜け。穴あきブロックを透かして差し込む日光が木漏れ日のようだ。(左下)階段のデザインについて解説中の京都工芸繊維大学助教・笠原一人さん(右上)“大和張り”風につくられた2階ホールの天井(右下)2階ホール。右手上に通風回転窓がある。左右の手すりのデザインもさりげないが美しい(右下写真撮影:笠原一人)

2018年 08月14日 11時05分