深谷市で行われた、ゲーム「マインクラフト」を使ったプロジェクト
埼玉県深谷市。関東地方の人には「深谷ねぎの産地」と言えば通りがよいだろうか。
深谷市は、2024年発行予定の新1万円札の絵柄に選ばれた渋沢栄一の出身地。駅前には渋沢の銅像が立ち、功績を称える記念館もある。彼が中心になって設立した日本初の機械式レンガ工場もこの地にあり、東京駅の建設に使われたレンガの一部はこの工場でつくられたものだ。その縁で、深谷駅の駅舎は東京駅を模して建てられている。
このように、深谷市は日本の近代化を語るうえで重要な場所であり、実は見どころも多い。
そんな深谷市で、「マインクラフト」(マイクラ)というゲームを活用した地域資源研究が行われた。参加者の多くは深谷と縁もゆかりもない、「参加するまで深谷を知らなかった」高校生たちだったという。
2018年の夏から2019年春にかけて行われたプロジェクトについて、関係者に話を伺った。
「結果が出なくてもやってみよう」懐の深さが実現した取組み
プロジェクトの発起人の一人である、慶應義塾大学 特任准教授の若新雄純さんは、福井県鯖江市で地元の女子高生によるまちづくりプロジェクト「鯖江市役所JK課」をプロデュース。その実績から、深谷市からも、若者を巻き込んでなにかできないかと相談されていたという。
一方、学生時代に建築史を学び、まちづくりや子どもの建築教育に関する研究を行っている東京大学大学院情報学環 助教の田口純子さんは、子どもたちがまちづくりに関わる一助として、東京大学のキャンパスにある歴史的建造物をマイクラで再現するプロジェクトを行っていた。
この取組みに対し、かつて田口さんと同じ研究室に所属していた東京大学 生産技術研究所 講師の林憲吾さんは、リアルなまちでプロジェクトを行ってみてはどうかとアドバイス。深谷市とつながりのある、若新さんと田口さんを引き合わせたそうだ。
こうして田口さんと若新さん、そして深谷市との間につながりができ、今回のプロジェクトが始まることになった。窓口となったのは、深谷市協働推進課。まちづくりやプロモーションに関わる部署で、若新さんに声をかけたことからもうかがえるように、新しいことに積極的に挑戦している。
「協働推進課の皆さんには、どんな成果が出るか分からなくても、とりあえずやってみましょうという懐の深さがありました。そのおかげで、今回のプロジェクトが実現したんです」と田口さん。深谷のプロジェクトと同時期に、学校法人角川ドワンゴ学園N高等学校の高校生たちとともに、心斎橋キャンパスの近隣にあり建替中の大丸心斎橋店本館をマイクラで復元し、その記憶を残すプロジェクトも立ち上げた。
深谷のプロジェクトの参加者は全国から公募したほか、大丸心斎橋店本館をつくるプロジェクトに参加しているN高生にも声をかけた。関東圏だけでなく大阪からの参加者も含む7名の高校生が初期メンバーとして集まり、「ぼくたちが深谷をクラフトする件について。」略して「BOKUCRA」プロジェクトがスタートすることとなった。
市内の空き家で合宿。一緒に過ごしてチームになっていく
「BOKUCRA」の目標は、マイクラ内で深谷駅をつくること。そして、そのために必要なフィールドワークなどを通じ、深谷市の地域資源の魅力を発見することだ。
そもそもマインクラフトとは、四角いブロックでできた世界を、自由に冒険するゲームだ。宝を探しても、牧場や村をつくっても良いが、ブロックを組み合わせて建物などをつくるという遊び方もあり、ネット上にはゲーム内で巨大な建造物をつくったプレイヤーの動画などが投稿されている。参加者の一人、N高の満足風人さんも、マイクラで大阪城のような大きな建築物を作ったことがあるという。
活動は5泊6日の夏合宿、4泊5日の冬合宿・春合宿の全3回。深谷市内の空き家にて行われた。
市の紹介で、荷物が残った状態の、まだ今後の活用方法が決まっていない空き家を、所有者の協力を得て借りたのだという。建物は2階建てで、延床面積136m2の4LDK。年間を通じて借りているため、合宿以外の時期にもメンバーが時々訪れ、草むしりや換気などを行って管理していたそうだ。
合宿の間、決められたタイムスケジュールはほとんどない。深谷のことを知るため、サポートメンバーの大学院生たちが下調べした場所へフィールドワークに出かける時間は決まっていたが、それ以外は自分たちでスケジュールを決め、食事の支度なども分担しながら制作を進めていった。冬合宿以降は、地元深谷市在学の高校生たちもメンバーに加わった。
「プロジェクトのポリシーとして、立場を分けず、一つのチームとして取組むことを掲げていました。はじめは、サポートの大学院生や私たちが気を利かせて、高校生が制作だけに集中できる環境をつくろうとしてしまったのですが、冬合宿からは、高校生も大学生も関係なく、立場を越えて協力することができるようになりましたね」(田口さん)
合宿がもたらしたものとは
合宿を通じて、高校生たちにはどのような変化があったのだろうか。
「マイクラで深谷駅をつくったことで、高校生たちはかなり細かく建物を見るようになりました。柱の数や窓の位置といったことだけでなく、たとえばそこの梁に傷があるなとか、ここはちょっと出っ張っているな、といった、それこそ研究者並みの目線で見るようになったんです」と林さん。それはプロジェクトの根幹にある地域資源研究にもつながる視点だ。
「地域資源というのは、世界遺産のような分かりやすいものだけではなく、日常にあり、普段は何とも思わないようなもの。その見方を変え、価値を見出すのが地域資源研究です。マイクラを通じてまちを見ることで、新たな発見ができたと思います」(林さん)
サポートとして参加した大学院生の丁春雨さんも、「私たちは外から来た人間なので、はじめは深谷駅を見ても何とも思わなかったけれど、マイクラで作った後で見ると見方が変わりました。逆に深谷に住む皆さんは、マイクラの深谷駅を見ることで新鮮に感じてもらえるのではないかと思います」と話す。
まちや建物の見方だけでなく、人間的な成長も見られたようだ。
完成目前の春合宿4日目に、大トラブルがあった。
「実は深谷駅は、線路を挟んで南北で地面の高さが異なるつくりだったんです。メンバーの一人が気づいて『ヤバイ!』と声をあげたので、みんなで集まってすぐに解決策を考え、実行することができました」(市川さん)
2人を修正担当とし、他のメンバーには現地の写真を撮ってきてもらうなど、即座に役割分担してリカバリーに動けたことは、合宿を経て成長した部分だと、参加者の2人は言う。
田口さんは「メンバーの一人が『いつも半分くらい修正して、半分くらい前に進んでいる』と言っていたことが印象的でした」と話す。初回の夏合宿ではボードゲームなどに興じて制作時間が足りなくなってしまったそうだが、回数を重ねるうちに自然に役割分担がなされ、制作が滞らないような体制が組めるようになっていたようだ。
深谷とBOKUCRAの幸せな関係
市川さんは「正直、このプロジェクトがなければ、深谷に来ることはなかったと思います」と振り返る。
「今ではかなり深谷に詳しくなりました。渋沢栄一のこともプロジェクトを通じて知っていたので、新札の発表があったときにはまるで知り合いがお札になったような気がして、うれしかったですね(笑)」
満足さんも「BOKUCRAに参加しなければ、深谷のことをずっと知らない可能性もあった。深谷の魅力に気づくことができたし、深谷の人にもよそ者扱いではなく、優しく接してもらえたのが印象的でした」と話す。
「商店街によく食材を買いに行っていたのですが、同じ店に通っていると顔見知りになっていき、まちの方ともかなり仲良くなれました」と大学院生の海山裕太さん。フィールドワークで商店街巡りを行った際、商店街の皆さんは非常に協力的だったという。こうした受け入れ態勢があったからこそ、参加者たちも深谷に親しみを感じることができたのだろう。
今後は、協力してもらった深谷市の皆さんに向けた「お披露目会」を開き、つくったものを見てもらいたいと考えているそうだ。市川さんは「かなり再現度の高いものが作れたと思うので、ぜひ見て欲しいです」と胸を張る。
バーチャルを通してリアルを見ることで、建物の見方やまちとの関わりかたが変わり、より深く理解できる。これはこのプロジェクトによって発見された、新たな手法と言えるかもしれない。またそれによって、まちのファンを増やすことも可能だということを示してもいる。
「まちをマイクラでつくる」ことは、どこでも応用できる取組み。他のまちで実施すれば、また新たな発見があるはずだ。深谷市の例がモデルケースとなり、全国に広まっていくだろうか?今後の展開にも期待したい。
取材協力
BOKUCRA - ぼくたちが深谷をクラフトする件について。|地域資源研究プロジェクトin深谷市
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