デザインがもたらす働き方の変化

総務省統計局の人口推計データによると、2017年8月1日現在の日本人の総人口(概算値)は1億2,677万人で、前年同月に比べ21万人の減。特に64歳以下の人口は軒並み減少している。若年人口の減少は、労働力が減少していくことを意味する。働き手の不足は不当な長時間労働や悪環境を招く結果につながるケースもあり、それらが引き起こした事件は社会問題となった。今、そんな状況を改善しようという「働き方改革」が社会全体に広まっている。
この動きは不動産・建築業界も例外ではない。ある会社ではITを活用して業務を効率化することで労働時間の改善を目指した。また別の会社では働き方改革のアイディアコンテストを試みている。
こうした中、「オフィスの移転」を機に、「デザイン」というキーワードで、オフィス環境から働き方改革を進めている会社がある。業界らしくリノベーションを活用したオフィス環境の改善とは、どのようなものだろうか。今回は不動産会社の株式会社クラスコ、設計事務所のサポーズデザインオフィスの2社を訪問し、新しいオフィスがもたらす意義と働き方への変化を取材してきた。

古きよき街に完成した情報発信基地

<左上>「業界に風穴を開ける」という代表の小村氏</br><右上>オフィスデザインを担当した武部氏</br><下>ボーダレスな空間を実現したフロア(提供:株式会社クラスコ)<左上>「業界に風穴を開ける」という代表の小村氏
<右上>オフィスデザインを担当した武部氏
<下>ボーダレスな空間を実現したフロア(提供:株式会社クラスコ)

まず訪れたのは株式会社クラスコ。同社は金沢に本社を構え、リノベーションブランドなどを展開している不動産会社である。
スタッフの増加により手狭になった東京オフィスを、京橋から銀座に移転させることになり、この日はお披露目イベントが開かれていた。
新オフィスにて、クラスコグループ代表の小村典弘氏は、
「銀座という街は日本の古きよきものと新しいものが入り混じる場所。人が多く集まる場所であり、各地へのアクセスもよい。情報の発信基地として最適な場所だと思った」と銀座を選んだ理由を語る。

「古い物件に入居して、自分たちでデザインしリノベーションすることで、ここをギャラリー機能を持たせたスペースにしたかった。だからあえて新築ではなく、古い物件を選びました」と小村氏が話す通り、新オフィスは、築26年になるビルの一室をリノベーション。広く使いたいという要望を叶えるものになっている。

デザインを手がけたのはクリエイティブディレクターの武部光太郎氏だ。
「日本の不動産において、デザインはまだまだ未開の地。不動産とデザインは相性がいいのにもかかわらず、双方のマッチングが不足していると感じている。クラスコではこれらと一心同体になって取り組むことで"人生が楽しい人"を増やしたい。ここをデザインして、スタッフが楽しめるオフィスを作りたかった」

オフィスは、間仕切りを設けないワンフロア構成。カーテンでゆるく仕切ることにより、目的に応じてレイアウトを変化させることができる。時には応接室がプレゼンテーションスペースになることも。スタッフのワーキングエリアも、カーテンだけで仕切られたスペースになっている。

「フロア全体がボーダレス空間になっているところがポイントです。お客様に対してよりオープンで、カッコよく働いているところをみてもらいたかった。働く側も見られることによって机をキレイにするとか、身なりに気を使うとか、働き方にも変化が出てきます。こういった部分もデザインです」(武部氏)

天井はスケルトンにすることで開放感を持たせた。広くなった天井を照らす照明機器にはIoT機能が導入されておりスマホで操作可能。どこにいても最適な演出を行えるのが特徴。今後はもっとIoTを取り入れ、オフィスの中でも使っていきたいそうだ。

ラクに、たのしく働くこと

クラスコでは室内環境の整備だけでなく、よりよい働き方を実現する仕組み作りにも力を入れている。「楽(ラク)JOB」と銘打ち、昨年よりすでに挑戦をしている働き方がその一つだ。

「楽JOB」とは"ラクに・たのしく働こう"という取り組み。
大きく変化したのは、同社の進めるAIやテクノロジーを利用して業務の効率化を図ったこと。他には、タクシー会社と提携し、物件案内を任せることで業務時間の短縮も目指した。結果、前年と比べ休日を9日増やすことに成功。一方で、残業は10%も減少した。成果として業績もアップしているそうで、よい方向にある。

「いい会社にならないと人材は集まらない、いい人材がいないといい会社にはならない。ラク、たのしむというモデルはこれからも訴求していきます。もっと働き方にプラスになるテクノロジーを積極的に開発し、いいものは全国の会社にサービスとして提供していきたい」(小村氏)

当面は業界を対象としたサービスやセミナーが中心になるというが、そこから発信される新たなアイディアは、いずれエンドユーザーにも届いていくことだろう。

「来年になったら、このオフィスがもっと進化しているかもしれませんね」と武部氏は笑った。

<右上>「前のオフィスは物が多すぎて狭かった。ここは開放的なのでこれからが楽しみ」と話してくれたのは、ディレクターの石澤さん(右)と、広報PRの嶋田さん(左)。前日に移転が完了したばかりで、すべてはこれからだという。</br><左上>カーテンのみが仕切りになっているフロアは、スタッフのコミュニケーションの場にもなりそう。</br><右上>スケルトンのままの天井。</br><左下>今後は、VRやeラーニングなど「crasco ReTech(クラスコリテック)」を前面に打ち出していく<右上>「前のオフィスは物が多すぎて狭かった。ここは開放的なのでこれからが楽しみ」と話してくれたのは、ディレクターの石澤さん(右)と、広報PRの嶋田さん(左)。前日に移転が完了したばかりで、すべてはこれからだという。
<左上>カーテンのみが仕切りになっているフロアは、スタッフのコミュニケーションの場にもなりそう。
<右上>スケルトンのままの天井。
<左下>今後は、VRやeラーニングなど「crasco ReTech(クラスコリテック)」を前面に打ち出していく

働き方を「食」で変えていく

次に訪れたのはサポーズデザインオフィス。広島にヘッドオフィスを持ち、建築を通じて新しい物やアイディアを提案している設計事務所だ。過去に紹介している、広島の海運倉庫をリノベした「ONOMICHI U2」なども手掛けている。
4月に東京オフィスを移転し、同時に「社食堂」という食堂をオープンさせたことで話題になった。この食堂はオフィスと同じフロア内に設計されており、社員だけではなく、誰でも利用できるというのが特徴だ。
オフィスにある食堂は働き方に影響を与えているのだろうか。共同代表である建築家の谷尻誠氏と吉田愛氏にお話を伺った。

オフィスを移転しようと思ったのは、単に人数が増えて狭くなったからだという谷尻氏。
「本当は広島のオフィスで食堂をやりたかったのだけど、いい物件に巡り合えませんでした。そんな時、東京で物件を探していたら丁度いい広さのここが見つかった。じゃあ、とりあえずこっちでやってみようかと。ここは実験的な場所です」

二人が食堂作りにこだわった理由は、これまでの働き方にあった。
「設計という仕事は長時間労働になりがちで、食事はコンビニ頼りになるし、食べる時間も不定期。私たちも相応に年を重ねてきて、落ち着いたものを好むようになったせいか、みんなと一緒にちゃんとしたものを食べるような状況を会社でつくりたかったんです」(吉田氏)

「みんなの健康を考えるなら健康診断の方がいい。でも、もっと根本的な部分でサポートできるものを、と考えたら食に行き着きました。スタッフの健康管理をするなら、ついでに地域の人や社会もまるごと健康管理してしまおうと。"食"で細胞からデザインしてしまおうと思った」(谷尻氏)

こうして食堂はプライベートではなくパブリックな場所として、地域へ開いた場所になった。地域の人もコミュニティの場所を求めていたようで、受け入れてもらえるのは早かったという。この日も多くの人がひっきりなしに訪れていた。
近隣の方からも、良い場所ができて建物の価値が上がったと喜ばれているそうだ。

食堂の完成は、スタッフにも変化を与えている。
「匂いにつられてきちんと食事をとるようになりました。健康的に働くことを意識するようになって、スタッフの笑顔も増えたように感じています」(吉田氏)

<左上>お話を伺った谷尻氏(左)と吉田氏(右)。<右上>誰もが利用できる食堂になっている。</br>
<左下>健康にこだわったオリジナルメニュー。<右下>キッチンのすぐ横にデスクが並ぶ<左上>お話を伺った谷尻氏(左)と吉田氏(右)。<右上>誰もが利用できる食堂になっている。
<左下>健康にこだわったオリジナルメニュー。<右下>キッチンのすぐ横にデスクが並ぶ

使う人が定義できる空間を提供する

さて、このサポーズデザインオフィスが入る建物はマンションの地下1階部分。外から見るとお洒落なカフェのようにも見え、一見事務所が入っているようには見えない。何だろうと覗きこんで入ってくる人もいるそうだ。

中に入ると、入口から沿う壁が本棚になっており、利用者が自由に使えるライブラリに。段差を降りたところが食堂スペース。空間の真ん中にアイランド型の厨房が設置され、その奥側はすぐにオフィススペースという構造。それぞれの距離はとても近い。
このオフィススペース、入口からも目に入る位置で、働く姿が丸見えなのだが、特に不安はないのだろうか。
「カフェで仕事するのが好きな人は多い。そう考えると、見られることはたいした問題ではないです。当初は不安の声もあったものの、今はみんな気にしていません」と谷尻氏。

空間の使い方も建築設計事務所らしいものになっていた。
「オフィスと食堂の空間は何となく分けているけれど、きっちり分かれていないデザインにしています。食事をするなら食堂、打ち合わせに使うならオフィス、本棚が目的ならライブラリ。使う人が定義すればいいと思っています」
最近ではテラス席で仕事をするのがスタッフに人気なのだとか。

「ここを"食堂らしく"作る必要はないと考えました。この場が、オフィスが、自分たちの使っている物、作っているものを見せるショールームのようなものにしていきたい」と語るように、店内には広島の植物屋さんの植木が置かれ、希望者は購入できるようになっていたり、オフィスプロデュースのコーヒー豆が販売されていたりと自由である。

今後はどのようになっていくのだろうか。谷尻氏の構想を聞いた。
「オフィスデザインとしてはこれで完成です。今後は扱う物や出来事で変化を付けていきます。その他は食を通じたイベントや、クリエイティブなことをやっていきます」

次は、「食堂」からさらに「ホテル」を追加したオフィスへのチャレンジが、すでに広島で始まっているという。オフィスに宿泊体験が加わり、世界から様々な人が集まる場所になったら、働き方はどう変化していくのだろうか。「楽しみです」と語ってくれた吉田氏の笑顔が印象的だった。

2つのオフィス改革事例を紹介したが、いかがだっただろうか。
一方ではIT技術を駆使して働き方をそのものを見直し、もう一方はコミュニケーションに重点を置くことで働く環境を変化させた。どちらにも共通していたのは「空間を自由にデザインし、効果的に使う」ということ。その中には、それぞれ"業界に向けて発信"、"地域を巻き込んで"という違いはあったものの、変化していくのは自分たちだけではないという強い意思を感じた。
働き方への議論は今後もますます高まっていくだろう。このような改革がこれからも進み、多様な働き方へと広がっていくことを願いたい。

■取材協力
株式会社クラスコ:http://www.crasco.jp/
SUPPOSE DESIGN OFFICE:https://www.suppose.jp/

<左上>それぞれの空間を区切ることはせず、見渡せる空間に。<右上>広島の店がセレクトしているという植物。</br><左下>自分たちがいいと思ったものをショールーム的に展示、販売もしている。</br>
<右下>「鉄は冷たいように見えて非常に温かみのある素材」(谷尻氏)。テーブル、椅子など、あらゆるものに鉄が使われている<左上>それぞれの空間を区切ることはせず、見渡せる空間に。<右上>広島の店がセレクトしているという植物。
<左下>自分たちがいいと思ったものをショールーム的に展示、販売もしている。
<右下>「鉄は冷たいように見えて非常に温かみのある素材」(谷尻氏)。テーブル、椅子など、あらゆるものに鉄が使われている

2017年 09月20日 11時05分