5,000冊のマンガに埋もれながら東京の夜を過ごす

2019年2月、「眠れないホテル」をテーマとしてマンガ体験を提供するホステル「MANGA ART HOTEL, TOKYO(マンガ アート ホテル トーキョー)」が都内にオープンした。コンセプトは「ただひたすら、マンガの世界に浸る“一晩中マンガ体験”」ができる「漫泊(まんぱく)」だ。眠れないほど夢中になってしまう、読めば読むほど引き込まれていくマンガの魅力を再確認できる空間を提供したい、と同ホステルを運営する株式会社dot(ドット)の御子柴雅慶共同代表は言う。

場所は、本の街、神保町。「神田テラス」というデザイナーズビルの2つのフロアにある。広さは、女性専用フロアの4階が80.60m2+12.14m2のテラス、男性専用フロアの5階が86.21m2だ。

1階からエレベーターに乗り、受付のある5階で降りると、目の前がチェックインカウンターだ。そこを抜けると、すぐにトイレやシャワー室、洗面所等の水回りがある。さらに先に進むと、2段ベッドのドミトリーになっていて、その一角の本棚がマンガで埋め尽くされている。その数5,000冊を超えるそうで、まるで異空間に迷い込んだかのようだ。外国人観光客向けに英語版も用意し、男性フロアと女性フロアで選書内容が異なる点もこだわりのポイント。「この空間に入れるのは宿泊者だけ。集中してマンガを読める環境を作りました」と御子柴氏。

ドミトリーはマンガに囲まれている。表紙の美しさも選定ポイントなので、美術館のような贅沢な空間にも感じるドミトリーはマンガに囲まれている。表紙の美しさも選定ポイントなので、美術館のような贅沢な空間にも感じる

日本が世界に誇るコンテンツはマンガ、それを宿の体験に

神田テラスは、設計が小山光+KEY OPERATION INC./ARCHITECTSで、数々の賞を受賞しているほど、エッジのきいた建物だ神田テラスは、設計が小山光+KEY OPERATION INC./ARCHITECTSで、数々の賞を受賞しているほど、エッジのきいた建物だ

同ホテルを運営する株式会社dotは、御子柴氏ともう一人の共同代表・吉玉泰和氏が2015年に設立した。当時は民泊軒数が、日本で急速に増え始めたころで、彼らはその需要を見越して民泊代行業を始めた。業務は、オーナーから物件を預かり、集客からゲストへの鍵渡し、清掃にいたるまですべてのオペレーションをワンストップで対応することだ。全国で400室を手掛け、業界では信頼を集めるようになった。しかし、いつかは、自分たちで物件を持ち、運営をしたいと考えていた。

そして2017年の夏ごろ、ついにその実現に向けて動き出すことになった。メンバーは2人のほかに、建築家の山ノ内淡氏を迎えてチームを組んだ。御子柴氏は以前、大手企業に勤めていて、広告営業ナンバーワンになった実績がある。吉玉氏はプログラミングを大学時代に学び学生起業したエンジニア。そして山ノ内氏は建築を大学で学び、独立後、いくつもの賞を獲得してきた若手建築家。三者三様の才能が結集したのだ。

ホステルのコンセプトをみんなで議論していくなか、これまでにない宿泊体験を提供する場として注目したのが、日本が世界に誇る文化の一つ「マンガ」だった。マンガをコンセプトに据えることで、外国人旅行客に日本をもっと好きになってもらえるようになると考えたのだ。

しかし、人気のマンガを揃えるだけなら、マンガ喫茶と変わらない。そのためマンガの選書が一番大変だったと、2人の共同代表は振り返る。そのあたりの詳細は、後述しよう。

さて、物件探しでは、当初は新宿、渋谷と旅行者が多く訪れるエリアも検討していたが、家賃等の兼ね合いでなかなか合う物件が見つからなかった。そこでエリアを広げて探したところ、現在の物件にたどり着き、2018年7月に契約、翌8月から賃貸した。「神田テラス」の素晴らしい建築デザインも、ホテルのコンセプトに合致し、ラッキーな出会いだったと御子柴氏は言う。

宝物を探すようなワクワク感を提供したかった

このホステルの設計でこだわった点は、運営の効率化とマンガに没頭できる快適な空間の両立だ。

まず、運営の効率化については、例えば、掃除のしやすさがある。これまでの民泊代行の経験から、同じ広さの部屋であっても、時間がかかる物件もあれば、早く終わる物件もあり、どういった空間だとより効率的かを把握していた。具体的には、家具を最小限にしてベンチが一つあるだけで、また汚れが目立つ素材や色などを避けるように設計したのだという。
さらに、民泊でレビューが良い物件や、逆にレビューが悪い物件にはそれぞれ共通点があり、それを考慮したデザインにしている。例えば、水回りの清潔感は重要なポイントだ。
御子柴氏は、「我々が民泊代行運営を手掛けてきたなかで培ったノウハウが詰め込まれています。」と胸を張る。実体験に基づくミクロな視点が生かされているのだ。

空間については、ドミトリーでありながらプライバシーが確保された空間づくりを意識した。例えば、通常のドミトリーやカプセルホテルでは、ベッドが同じ向きで整然と並ぶが、それをあえていろいろな向きに配置し、さらに2段ベッドの上と下の入り口を離れた場所につくることで、目線が合いづらくした。こうすることで、マンガに集中できるのだ。

「マンガのディスプレイも、宝物を探すようなワクワク感の演出なんです」と吉玉氏。書店のように本棚が整然と並ぶのではなく、フロアのあちらこちらに配置されている。利用者はキョロキョロと本棚を物色して、面出しになったマンガの表紙にイマジネーションを搔き立てられる。ベッドや本棚の壁などは、表紙の美しさが映えるように白で統一。白い額縁のイメージだ。

さらに、ホステル全体に複雑な印象を与えるため、壁には真鍮、板、コンクリート、アルミなど様々な素材を使っている。天井には30cm四方の真鍮を角度を変えて貼り合わせ、光が複雑に反射する。

「複雑さの中に、何があるのだろうと、ワクワクするでしょう。多様な生物が共生するひとつの生態系のようなイメージでつくりました」と設計の山之内氏は言う。

左:天井が特徴的で薄い真鍮のパネルを様々な角度になるようにしている/右:トイレやシャワー、洗面等の水回りは床が一段高くなっていて木を使用。ドミトリーは床がピンクに塗ったコンクリートだ左:天井が特徴的で薄い真鍮のパネルを様々な角度になるようにしている/右:トイレやシャワー、洗面等の水回りは床が一段高くなっていて木を使用。ドミトリーは床がピンクに塗ったコンクリートだ

アートであることを条件にマンガを選びぬいた

上:マンガは日本語版と英語版を揃えていて、外国人客にも楽しんでもらいたいそうだ<br>下:各マンガ作品には、おすすめポイントをこの宿のオーナーが心をこめて書いた上:マンガは日本語版と英語版を揃えていて、外国人客にも楽しんでもらいたいそうだ
下:各マンガ作品には、おすすめポイントをこの宿のオーナーが心をこめて書いた

さて、一番苦労したというマンガの選書についてだが、“アート”という観点からマンガの選書を徹底的に行ったという。
「自分たちが好きなもの、かつ、旅行者にも理解されるものということで検討して、マンガというコンセプトに行きついたものの、決して自分だけの好みを反映したラインナップではありません」。
個人的に好きなマンガでも、この場のコンセプトである"アート"かどうかを総合的に考えて落選させたこともあった。

彼らのアートの定義とは、ストーリーに感情を動かされたかどうか、そして装丁のクオリティーの高さだ。作家のもつ世界観や画力、文字フォントのデザイン性も含め、総合的に判断していったという。

マンガはすべて、御子柴氏と吉玉氏が実際に読み、納得したうえで置くかどうかを決定していったそうだ。現在、5,000冊以上あるマンガは、タイトル数としては700ほど。それをチョイスするために、候補として4,000から5,000タイトルは読んだという。「多いときには、1日に50タイトルも読み、頭がクラクラしました」と御子柴氏は当時を振り返る。

各マンガにつけられた説明書きのポップは、そんな彼らの熱い思いの象徴と言えるだろう。読んだ後に自分の主観で感想を文章にまとめ、さらに英文も作成したのだ。

最初からうまくいくはずがない、だから改善点を探る

2月の開業に合わせ、世界的なホテルマッチングサイトに掲載し、集客を見込んでいる。マンガという特徴を出していることもあり、香港など海外メディアからの取材依頼もいくつかあったそうだ。
「プロモーションについては、広告等であまり宣伝をしていく予定はありません。お客さまの満足度をあげれば、今の時代は口コミで波及していくと考えています」と御子柴氏。
「お客さまに満足していただくためにも、我々自身がフロントに立ってお客さまの声を聞き、今後の改善点につなげることを重要視しています」。

民泊代行をやっていたときも、ゲストとの接点を持ったことで、いろいろな意見を聞き、取り組みのブラッシュアップにつながった実体験があった。
「初めから、上手くいくとは考えていません。だからこそ、宿泊者の声に誠実に耳を傾けたい」。御子柴氏はそう語った。

マンガのラインナップは今後変えていく予定で、どんな新刊を入れ、その代わり何を外すかについても、宿泊者の声を参考にしていきたいと御子柴氏。
まずは、ここでのサービスの完成度向上を目指し、その先には、地方でも展開できればと考えているそうだ。マンガに特化したホステルが、全国に広がるかもしれない。


MANGA ART HOTEL,TOKYO
https://mangaarthotel.com/

受付に座る共同代表の御子柴氏。宿泊者のダイレクトな声を聞き、今後の改善ポイントを探っていきたいと意気込む受付に座る共同代表の御子柴氏。宿泊者のダイレクトな声を聞き、今後の改善ポイントを探っていきたいと意気込む

2019年 03月24日 11時00分