充実した内容で話題の防災マニュアル本「東京防災」

2016年4月、熊本県を震源とする震度7や6強の地震が相次いだ熊本地震は、九州地方に甚大な被害をもたらしたことは記憶に新しい。もしも今、大地震が起きたら…。災害の懸念は地震だけではない。火山噴火や集中豪雨、さらにはテロや武力攻撃などの人為災害など、その種類は多岐に渡る。
これらの不測の事態に備えて、日頃から防災の準備ができている人はどれだけいるだろうか。
 
実は、30年以内に70%の確率で、首都圏の150kmx150kmの範囲のどこかでマグニチュード7級の地震が発生すると予測されているのが、いわゆる"首都直下型地震"である。2013年12月、国の有識者会議は、最悪の場合、死者が2万3,000人、経済被害が約95兆円に上るとの想定を発表している。そんな中、起こりうる様々な災害に対する備えや心構えといった、防災に対する基本的な知識についてまとめられた防災ブック「東京防災」が注目されている。

この防災ブックは、将来的に発生の可能性の高い大災害に備えるため、東京の多様な地域特性、都市構造、都民のライフスタイルなどを考慮してつくられた"防災マニュアル本"だ。防災に対する備えという観点からは、東京都に住んでいなくとも、一家に一冊手元に置いておきたい防災の"バイブル"として、誰もが活用できる内容になっている。
B6版全340ページのこの本は、防災の基礎知識だけでなく、すぐにできる"防災アクション"など、実践的な内容も多く掲載されている。この充実した内容とわかりやすさが評判となり、東京都内全世帯への約735万冊の無料配布後、2015年11月から有償販売も開始するなど、都外からの注文や問い合わせも多いという。

防災のマニュアル本がなぜここまで注目されているのか。その理由と東京防災に込めた思いを、制作した東京都総務局総合防災部の担当者の方に伺った。

都内に約735万冊が無償配布された「東京防災」。(制作:東京都総務局総合防災部防災管理課)</BR>B6版全340ページにおよぶこのマニュアル本は、災害に対する備えや心構えなどが分かりやすく書かれている。</BR>※全国の書店などで一冊140円(税込)で購入可能都内に約735万冊が無償配布された「東京防災」。(制作:東京都総務局総合防災部防災管理課)
B6版全340ページにおよぶこのマニュアル本は、災害に対する備えや心構えなどが分かりやすく書かれている。
※全国の書店などで一冊140円(税込)で購入可能

防災に対する"とっつきにくさ"を取り払い、防災をより身近に感じてもらうために

(右)東京都総務局 総合防災部 防災管理調整担当課長 齋藤 貴之氏、(左)防災管理課 白鳥直子氏(右)東京都総務局 総合防災部 防災管理調整担当課長 齋藤 貴之氏、(左)防災管理課 白鳥直子氏

行政が住民に向けて防災パンフレットを配布することはあっても、多世代に向けて「わかりやすさ」を追求し、全家庭に配布することは非常に珍しいといえる。東京都総務局 総合防災部 防災管理調整担当課長 齋藤貴之氏は、注目を浴びることとなった理由をこう語る。

「これまで、行政がマニュアルを作る場合、情報をすべて詰め込もうと説明が長くなり、文字ばかりで読者にとって決してわかりやすいものではありませんでした。知識の蓄積や日頃からの危機意識が必要な防災においては、配布物をただ読むだけでなく、実際に活用していただかないと意味がありません。あらゆる世代を想定し、"まずは読んでもらい、行動に移してもらう"ことが最大の狙いでした」。

ただでさえ目をそらしがちな"防災"を扱う内容も、できるだけ言葉をシンプルにまとめ、イラストも交えることで、内容を充実させながらも親しみのある内容に仕上がっている東京防災。製作の課程では試作版を作り、各専門家だけでなく都民へのアンケートを実施して幅広い意見を収集、準備から完成までにおよそ1年半の歳月を費やしたという。

また今回、東京都内のポストが設置されている全世帯に無償で配布する方法も、東京防災が話題となった理由の一つである。この配布方法について齋藤氏は、

「これまで防災情報などは、広報誌や都のホームページ、SNSなどを通じて発信してきました。今回、全世帯に配送し、手元に直接書籍を残すという意味で、これまでの周知方法にはない"プッシュ型のPR"となりました。これまで防災情報が届きにくかった層にアプローチすることができたと感じています」。

全世帯をターゲットとした「東京防災」の読ませる工夫

「東京防災」は大きく5章構成となっている。
1)大震災シミュレーション・・・東京に大地震が起きたときの発生時から避難、生活再建までをシミュレートして取るべき行動を説明
2)今やろう 防災アクション・・・今すぐできる「災害への備え」
3)そのほかの災害と対策・・・地震だけでなく、集中豪雨やテロなどの人的脅威まで幅広い災害と対策について
4)もしもマニュアル・・・水や電気などのライフラインがストップした場合の応急処置や、家庭にあるものでできるサバイバル術などの「知恵」と「工夫」
5)知っておきたい災害知識・・・地震や津波のメカニズムといった基礎知識や災害対応イエローページなど

本書では、"今やろう"をスローガンとして、随所に"今やろうマーク"が盛り込まれている。齋藤氏は、すぐに行動を起こすべきアクションの一つとして、"4つの備え"に注目して欲しいという。食料品などの日常備蓄といった物の備え、家具転倒防止対策などの室内の備え、避難先や地域特性を知るといった室外の備え、そして家族会議を開いたり、近隣住民とのネットワーク形成するといったコミュニケーションの備えである。
特に家族会議については、災害時、帰宅が困難になった場合を想定した連絡手段の確認や、帰宅ルートを予め家族間で話し合っておく必要がある。

また、必要な情報にすぐに見つけられることができる索引性にも注目したい。
ひとり暮らしの場合や高齢者の二人暮らしの場合、外国人居住者の場合など、世帯構成で防災対策が変わってくる部分もあり、本書にはそれぞれの「世帯別インデックス」が用意されている。
ひとり暮らしの場合は、近隣住民との関係も希薄である場合も多く、能動的な情報収集が必要になるだろう。また、高齢者二人暮らしの場合であれば、近隣住民への存在の周知や民生委員との連携などが欠かせない。こうした世帯別インデックスを活用することで、必要な情報が掲載されたページをすぐに見つけることができる。
同じく、「場所別インデックス」も用意されている。自宅、オフィス、繁華街、地下街、電車など、災害が発生した瞬間にいる場所によって取るべき行動が変わってくる。場所別に取る行動を予め知っておくことが大切である。

さらに、東京防災は、東京都に住むすべての人に向けて作られている防災マニュアルということもあり、都内に暮らす外国人も情報が入手できるようになっている。東京都のホームページでは、英語版や中国語版、ハングル語版も用意されており、ダウンロードが可能である。

今すぐできる「災害への備え」として、「今やろう」をスローガンとして、随所に「今やろうマーク」が盛り込まれている今すぐできる「災害への備え」として、「今やろう」をスローガンとして、随所に「今やろうマーク」が盛り込まれている

公助だけでない、自助・共助の重要性

東京防災は配布開始から2016年9月でちょうど1年を迎える。都民の防災に対する反応は変わったのだろうか?

「配布開始から1年が経過した今でも、"東京防災が欲しい"というお問合せをいただくことからも、都民の方々の防災に対する意識が高まっていることを感じています。マスコミが取り上げてくださる機会も多く、東京防災をきっかけに身の回りの人々と”防災”という軸で繋がってくれれば良いですね」。
配布以降、この東京防災の内容を元にした、より実践的な避難訓練やワークショップが各地で開催されているという。

また、今後の防災を考える上で齋藤氏は、「災害発生後に被害を最小限に抑えるためには、行政による救助・支援である"公助"だけではなく、自分の身は自分で守るという"自助"の意識、そして家族、企業や地域コミュニティで共に助けあう"共助"の意識を高めて欲しいと思います」と語る。

しかし、同防災管理課の白鳥氏は、共助についての課題をこう語る。
「単身の若い世代が住む賃貸住宅ともなると、各々の生活スタイルも多種多様で生活リズムも異なるため、なかなかご近所付き合いが難しい側面もあります」。

昨今、主に都市部で進む町内会の未加入世帯の増加や、個人情報保護の観点からも、地域で共助を進めるには様々なハードルがあるように思う。

災害時、国や自治体などによるハード整備を中心とした公助が必要なのは言うまでもない。
しかし、災害防止を目的とした堤防などの日本の社会資本は、高度経済成長期以降に中心的に整備されたため、建築後50年を超える施設の割合が、今後20年で急激に高まるといわれている。さらに、2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震という未曾有の災害を経て、日本における災害対策は見直されているものの、被害を最小限に抑えるためには、公助だけでは難しいとも言われている。

災害の経験から得た知恵を活かし、一人一人が防災への知識を蓄え、具体的なアクションに移すという高い危機意識を持つことは、災害の多い日本において、大きな意味を持つように思う。
この「東京防災」のスローガンが表すように、何事も「今やろう」ことを心がけたいものだ。

日頃からのあいさつを交わしたり、町内会主催の防火防災訓練などに参加することで、ご近所との付き合いの輪を広げておきたい日頃からのあいさつを交わしたり、町内会主催の防火防災訓練などに参加することで、ご近所との付き合いの輪を広げておきたい

2016年 08月29日 11時05分