古い平屋を借りて豊かに暮らす。フラット・ハウス生活のススメ
戦後しばらく日本には多くの米軍兵士が駐留していたこともあり、当時各地の米軍基地周辺に兵士とその家族が暮らすための木造平屋住宅が建てられた。そのほとんどは民間経営の賃貸物件で一軒家。構造は木造平屋であることが多く、これらは「米軍ハウス」として知られる。
真っ白な外観に広い庭やアプローチ、下見板張りの外壁や窓付きドアなど、従来の日本家屋には見られないオシャレな家として注目されていた。体の大きなアメリカ人が住みやすいよう天井は高く広々とした空間と動きやすい動線が特徴で、日本の間取りとは違う自由度がある。特に東京都の福生市や埼玉県の入間市の米軍ハウスの住宅街は有名で、1970年代以降は日本人向けにも貸し出された。ここに住んでいた人々の中からミュージシャンや有名作家も輩出され、映画やドラマのロケ地としても利用されたという。全国の古家ファンの憧れの的でもある。
しかし現在「米軍ハウス」は絶滅危惧種と言われるほどになっている。
また、米軍ハウスを模して、1950年代以降、全国に大量供給された木造住宅が「文化住宅」だ。(関東では「家作(かさく)」とも呼ばれる。)日本人向けのため米軍ハウスより小ぶりで、畳間の和室や、玄関には土間部分があり、浴室とトイレは別。比較的こちらはまだ残存数がある。
これらの築年数が古い平屋「FLAT HOUSE(フラット・ハウス)」を、あえて選ぶ人々がいる。どうやら、画一的な間取りの日本の住まいと比較して、もっと暮らしを自由にカスタマイズできるという魅力があるようだ。
今回は、自他共に認めるフラット・ハウスフリークのアラタ・クールハンドさんを訪ね、福岡市東区の海沿いの街を訪れた。アラタさんの生業はイラストレーター・文筆家。東京都下の文化住宅1棟と、福岡市の米軍ハウス2棟を借りて2拠点生活をおくっている。
そんなアラタさんに、フラット・ハウスの魅力について伺った。
古い平屋への憧れと、恩返し
古い平屋の改修作業をするアラタ・クールハンドさん。最初の平屋に住み始めた20年ほど前、和室の畳を上げて自分で洋間に改装したことがDIYのきっかけだ。その後天井裏に入って断熱材を入れたり庭にデッキを設えたりと、少しずつ体得していった。時にプロの助けも借りながら転居の都度一棟一棟やって覚え、現在の古家再生に至ったそう(提供写真)東京出身のアラタさんは、幼少期に2年ほど山口県の外国人向け平屋住宅に住んだことがあり、その時の暮らしのイメージがすごく強く残っているそう。
また、大学時代から社会人にかけて、当時やっていた音楽の仲間達が福生の米軍ハウスに住んでおり、遊びに行くたび、彼らの暮らしはとても楽しそうに映ったという。庭で焚き火をするだけで、そこに集まる人々はいつも笑顔だった。古い家ながら友人らは室内を好き勝手に誂えている。みんなお金はないけれど、決して貧乏臭くはない。その暮らしは豊かで自由に見えた。
「当時自分が住んでいたワンルームマンションは確かに暖かいし、お湯も出るし、便利なんだけど、やりたいことへの制約がすごい。『なんて不自由な暮らしを自分は選んでるんだろう』って思いましたね」と、平屋暮らしへの憧れが強まったそう。
1995年に一念発起して会社員を辞め、イラストの仕事を始めた。すると日中自宅マンションに籠もって作業をする生活で、体調を崩してしまう。家の中にいるだけでも辛く、鬱のような状態になっていたのだという。
「タイミングよく知人伝いに三鷹の文化住宅が1棟空いたと聞きつけ、すぐさま引っ越す準備をしました。家賃は8万円で、住んでいたマンションとほぼ同額。住み始めてしばらくしたら、なぜか気持ちが上向きになり体調も回復して。イラストの仕事も不思議と増えてきて明らかに暮らしが変わっていったんです。なのでフラット・ハウスは僕にとってある意味恩人みたいな存在なんですよ。」
実際、アラタさんの家に訪れてみると、何時間でもそこに滞在していたくなるような不思議な魅力に包まれた。こぢんまりとはしているが、物がないわけでもない。あるべきところにあるべき物が収まったという印象で、「ヒューマンスケール」という言葉が浮かぶ。それに平屋の並ぶ街並みは空が高く、窓からは光がたくさん入り、なんとも心地よいのだ。
現在アラタさんは、イラストの仕事に加え、古い平屋に関する書籍の刊行や、雑誌のコラムへの寄稿、改修のサポート等も行っている。自身の恩人にあたるフラット・ハウスがもっと活用され、人々が住み継ぐ形で保存されていくのを望んでいるのだという。
賃料の安さだけじゃない。古い平屋暮らしの魅力
さてこのフラット・ハウス、少し範囲を広げれば、低家賃で、あるいは使ってくれるならタダ同然でもいいという場合もあるのだという。実際アラタさんは東京都下と福岡で3棟も借りているのに、家賃総計は10万円に満たないそう。もちろん、住める状態にするまでにそれなりに手間はかけているのだが…。
家賃の安さ以外にも、フラット・ハウスにはまだまだ魅力がたくさんある。以下で簡単にまとめてみよう。
①上下階への気兼ねがいらない
集合住宅のように上下階がないため、小さな子どもがいても安心。泣き声や足音を気にせず自由に遊ばせることができる。
②ペット可物件が多い
もちろん大家さんによるところだが、「たまに不可な物件がある」という程度。その場合も、外飼いなら可・小型犬なら可など、比較的大らかなことが多いそう。
③庭付き・駐車場付き
広い敷地に対し、余裕を持って建てられた平屋が多いため、概ね庭と駐車場がついている。庭ではBBQや家庭菜園なども楽しめるだろう。駐車場は、セカンドカーや来客用にも十分対応できるほど広いことも。
④セルフ改修が可能
そもそも長年放置されていることも多く、自ら費用をかけて改修することが必要な場合もあるということだが、だからこそ、自分好みに住まいをアレンジすることもできる。
⑤オリジナリティーのあるインテリアを楽しめる
古い平屋には、造り付けの家具が誂えてある。それらは家により千差万別。また、今の建物にはない味わい深いインテリアや建物の素材感を楽しむこともできる。
⑥大家さんとコミュニケーションがとれる(交渉の余地がある)
これらの古い平屋は、なかなか不動産ポータルサイトや賃貸市場に出ていない。それゆえ不動産会社を通さず、現地を足で探し、直接大家さんに交渉して貸してもらうということも。交渉次第では、セルフ改修の間の家賃を下げてもらえる事もあるという。
⑦近隣との付き合いが密になる
平屋暮らしは、互いの生活が見えることになりコミュニケーションのきっかけが作りやすい。その分助け合いの意識が強くなり連帯感が生まれるそう。お醤油の貸し借りなんて昔話が現代でも起こりうる。そのうち留守のときに配達物を預かったり、来客に対応したりと相互扶助の幅が広がってゆくのだという。防犯面においても悪いことではない。
このような暮らしの自由度や、適度なコミュニケーションを求める人は確実にいるはずだ。
ただ、空き家期間の長い古い平屋はすぐに住める状態ではないことも多く、その場合は自らリノベーションを施して住み良くしてもよいだろう。また、必要以上にはお金をかけず、古い設備やユニークなパーツを敢えて残し、復元して使いこなすというのも住みこなすひとつの方法だとアラタさんは言う。
住まいだけでなく、もっと自由に暮らす「2拠点平屋暮らし」という選択
住空間を自由にカスタマイズして豊かに暮らす。それは自然と住空間だけに留まらず「住む場所」の考え方にも広がった。もっと気軽に拠点を持ってもいいのではないだろうか。
アラタさんは、2011年の震災をきっかけに、以前から住んでみたいと思っていた九州への移住を考えはじめたそう。古家物色も兼ねて各地を旅行し、2013年春の九州旅行の最中に出会った福岡の米軍ハウスが背中を押した。
とはいえ「移住」となるとその地域に溶け込めるかなど不安も残る。そこでアラタさんは、東京との2拠点生活をすることに。移住先に骨を埋めるような確固たる決意よりも、”いつでも帰って来られる”くらいがちょうどいいのかもしれない。その方が、両親や親しい友人が寂しい思いをすることもないだろう。
さて、さすがに2拠点生活となれば、固定支出に懸念が生じる。そこは知恵の出し所だ。
生活必需品は安くて程度の良い中古品をネットオークションやリサイクルショップで手に入れる。移動はLCCを利用すれば格安ででき、よほど頻繁な行き来を要するのでなければ、支出はさほど問題にならない。また、アラタさんが選んだ街は福岡でもかなり物価が低く、食費も東京の半分ほどで済むという。住居費さえ抑えられれば、固定支出はむしろ低くすることができるようだ。
そしてたまたま、都下にある解体待ちの古い平屋を借りないかという話が絶妙なタイミングで舞い込み、東京と福岡の2拠点生活が始まった。
福岡の住居は大きく手を加える必要はなかったが、東京の平屋は大工事を要した。オーナーは一切手を貸さないが改装は何をしてもOK、賃料は言い値で良いというアラタさんにとっては好条件。極力廃材を使い、仲間にも手伝ってもらいながら復元・改修を施した。現在も住みながら手を入れているそうだが、かかった費用は電動工具の購入を含めても50~60万円ほどなのだそう。
さらに2年後、アラタさんは福岡の米軍ハウスをもう1棟借り受ける。なかなかの傷み具合だったのを、やはり近所の平屋仲間の手を借りつつ半年ほどかけて改修し、イベントスペースやレンタルスタジオに利用できる「FLAT HOUSE villa(以下、F.H.V)」として完成させた(現在は一般宿泊できるよう簡易宿所登録を申請中)。
F.H.Vのダイニング・キッチンはとても居心地がよく、そこでコーヒーを飲むだけでとても贅沢な時間になった。また、徒歩1分もしない距離にビーチがあり、静かに波の音も聞こえる。なんと素敵なロケーションだろう。
何より、「住まい」の概念はこんな風にゆるやかに広げることもできるのかと感心するばかりだった。
家に管理されている暮らしからの脱却
日本の住宅は既に飽和状態をはるかに超え、余剰している。平成25年の住宅土地調査(総務省)によると、820万戸の空き家(総住宅総数の13%にものぼる)を抱えていることがわかっている。今年の夏頃に新たに公表される予定だが、空き家数は1000万戸を超えると言われている。にも関わらず、新築物件は街を見渡せば至るところで建設中であり、住宅の総量調整がされる動きもない。
つまり、今後も空き家・空き家予備軍は増え続け、「持て余していて困っている」或いは「困るほどではないが、固定資産税を払い続けているだけ」というオーナーは増え続けていく。
また、これまで書いてきたような古い平屋は老朽化が進み、このまま放置され続けるか、解体し分譲地として売り出されるか、アパートやマンションなどになるという運命を辿りがち。フラット・ハウスフリークのアラタさんに言わせれば、なんとも悲しいことなのだそう。
例えば、福岡市内のマンションに約8万円の家賃を払って家族と暮らす筆者の場合、もし家賃4万円の古い平屋を借りて3年住むとすれば、約150万円はセルフ改修に回せるだろう。長く暮らすならばもっとだ。
壁に絵を飾れるようになるし、子どもの落書や走り回る足音もそう気にすることはない。庭で土いじりをすることも、模様替えで壁を好きな色にペイントすることだってできるだろう。そんな妄想が膨らむ。
アラタさんや、彼が紹介してくれたフラット・ハウスに住む人々の暮らしを見ると、住まいに縛られらない「自由さ」いや、それよりももう少し力を入れない「ラフさ」のようなものに魅力を感じた。ただ「ラフ」であっても、選び取るモノやインテリアは自身の心地よさに忠実に。その結果、居心地のいい住まいになるのだろう。
そのエッセンスを参考に、もっと丁寧に周りを見渡して、人間らしく、より自分らしく暮らすための自分なりの住まいを見つけていきたいと思う。
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