コンテストで大賞受賞後、移住してプランを実行
前回記事「合コンならぬ『Go-Con』で地域活性化! 島根・江津市『ビジネスプランコンテスト』にみる起業と移住①」では、島根県江津市が主催するビジネスプランコンテストの取り組みを紹介した。単なる起業プランの表彰コンテストではなく、出身者の起業率が高いことが特徴。
移住・定住対策の一環でもあるこのコンテストでは、県外からの応募者がほとんど。2015年度に大賞に輝き、古民家を再生しゲストハウスを展開する江上 尚さんも県外からの移住者だ。
この地で起業するまでの道のり、古民家再生の模様とまた移住者としてどのように地域に溶け込んだのか。今回は実際にコンテストを経て、この地で起業を実現した江上さんの体験をうかがってきた。
まずは、滞在&交流拠点をつくりたい
築80年以上経過した母屋と築130年の離れをリノベーション。写真の部屋はゲストたちの共有スペースとなる母屋1階の居間。この家の押し入れに仕舞い込まれていたり、ご近所さんの旧家からもらい受けてきた火鉢や調度品が並ぶ現在、「株式会社ゴウツゲストハウジーズ」を立ち上げ、江津市に古民家を再生したゲストハウス「アサリハウス」を運営する江上さんは、2015年度の「江津ビジネスプランコンテスト」の大賞受賞者だ。
愛知県出身で、名古屋や東京で英語の世界共通テストを実施する財団で法人営業を行っていたという江上さんだが、もともと広く社会課題を解決できるような起業を目指していたという。江津市と縁を結んだのは、雑誌『ソトコト』で取り上げられた江津のUIターン者の活躍記事を目にしたのがきっかけ。実際に江津に足を運び、そうしたキーマンたちと交流を深めてきた。
それまで東京に住んでいた江上さんは、グロービス経営大学院(MBA)にも通い経営を学んでいたが、卒業をきっかけに、移住を計画しつつコンテストに応募した。
「江津は人口減少が厳しい中で、定住を増やす必要がありました。定住の前にはまず人の交流が必要です。私が目にした『ソトコト』の記事のように、そのころから江津を盛り上げようとする人々の交流が生まれていました。にもかかわらず宿泊施設が極めて少ない。一方で地域には空き家が数多く存在する。ならばまずは受け皿をつくろうと古民家を利用したゲストハウスの立ち上げを計画しました」(江上さん)
結果、見事2015年度の大賞を受賞。浅利地域の古民家を借り受け、リノベーションを施し、2016年の10月から「アサリハウス」の運営をはじめている。
「シェアオフィス」「シェアスペース」としても人気
借り受けたのは、昭和8年と昭和50年頃に増築された母屋、築130年以上経過した2階建ての離れを擁する古民家。敷地1,000坪の石州瓦の工場跡地にたたずむ社長が暮らした邸宅だ。駆体はしっかりとしていたものの、それまでの増改築では人工建材が使われていた。それらを取り払い本来の風合いに戻し、土と木と紙の素材を活かした温かみのあるゲストハウスに再生した。
「改修前は人が歩くだけで、天井から砂や土埃が落ちてくる状態で、不要物の廃棄や掃除、柱や床などを磨くだけで3ケ月もかかりました。改修作業には、人の交流も視野に入れて自分たちでできるところはワークショップ形式を取り入れてます。壁を壊したり、タイル貼りや障子の張り替え、そして柱や床みがき。3回の実施で市内はもちろん、東京、大阪、名古屋や福岡から150人ほどの協力者が駆けつけてくれました」(江上さん)
多くの人の協力のもと、ひとまずの完成をみた「アサリハウス」は、ドミトリー形式の和室10畳と6畳の2部屋を古民家宿泊体験の客室として用意。シャワー、トイレ、洗面所は共同利用。もとからあったかまどを利用した台所では、スタッフとの共同料理など田舎体験も行える。現在は完成していないが、中庭では母屋の石州瓦の美しい配列を眺めながらの「土管風呂」建設も計画されている。
しかも、このゲストハウスはただの宿泊体験施設ではない。地域の人たちの利用や市外の人との交流拠点となるように、シェアオフィス、シェアスペース、古材を利用した家具のオーダーショップという機能も持たせている。シェアオフィスは、4つのデスクを用意し、シェアスペースとしては、庭と1階居間と2階の大広間。庭ではバーべQ機材が揃えられ、2階の大広間では講習会や勉強会用にプロジェクターやWiFi設備などが完備されている。
「実は田舎の人たちはあまりバーべQを自宅ですることはないそうです。煙が出たり、騒いでいると近隣に迷惑がかかるのではと気にかかるのが理由。ここは元が工場の敷地内ですから、そんな心配もないと人気です。また市内には大人数が入れるお店も少ないので、広間でのケータリングパーティなどもよく利用いただきます。先日はある保育園の運動会後に職員の方々の打ち上げを1階の居間でしていただきました。
都市部ではそれこそ毎日勉強会がたくさんありますが、地方でそうした場はどうしても限られます。でもみなさん学びたい、交流したいという意欲は持っていらっしゃるんですよ。そこで2階の大広間は、講演会や勉強会もできるハイスペックな空間にしました。先日も島根県内の大学生らが「Ruby on Rails」というプログラミング言語の講習会で利用してくれました。そんな風に単なる宿泊体験施設としてではなく、交流拠点として位置付けています」(江上さん)
自治会への挨拶周りにも地元にしか分からないルールがある
アイデアが豊富で、ビジネススクールで経営も学んでいる江上さんは、コンテストでも主催者側からは「切れ者」と一目置かれる存在だった。そんな江上さんだが、コンテストへの参加と主催者側からのバックアップには、感謝することばかりだという。
「まず、市が公認してくれるという信用力は何ものにも代えられないありがたいものです。先日も市の広報誌にコンテストの受賞者としてインタビューをしていただきましたが、反響がものすごかったです。全戸に配られますからね。街中を歩いていても、『見たよー』って声かけてもらえますから」(江上さん)
江上さんは、2016年の6月に完全移住をしているが、その際にもコンテスト主催者のサポートは手厚かったという。前回お話をうかがった市の森脇主任は、3日間つきっきりで挨拶周りにつきあってくれた。
「自治会への挨拶周りひとつにしてもルールがあるんです。どの方から伺うか順番なども大切。外から来た人間には分かりようもないことですから、本当にありがたかったです。資金調達でも金融機関の担当者を前にして『大賞受賞者ですから』とバックアップをしてくれました」(江上さん)
もちろん、江上さん自身も地域に溶け込む努力には余念がない。運動会などの地域イベントに参加するのはもちろんのこと、まず顔と名前を一致させてもらおうと写真入りの自己紹介カードを回覧板に挟んで回したこともある。
「グリコでは、写真入りのビスコを作れるので、それを用意して外出の際には『ご自由にお持ちください』と玄関先に置いたりしましたね。結構つくりましたが、それもすぐになくなりました」(江上さん)
田舎には、都市部にはないルールも色々と存在する。草刈りの作業などもそのひとつ。様々なことを地元の方々から教わる毎日で、移住から半年、今では近所の方々もよくこの家に顔を出してくれるという。
「自分の敷地内の雑草でも、草ぼうぼうにしているとご近所に大変な迷惑がかかります。だから手を抜けない。夏なんかあっという間に生えてくるんですよ。最初のうちは真昼間に草刈りしてましたが、暑さで具合が悪くなる。近所のおばあちゃんが『そんな時間にやったら熱中症になる。草刈りは朝5:00くらいからやるもんだ』と見るに見かねて教えてくれました。草刈り機の使い方も教えてくれましたね。今ではご近所の方が気軽にお茶を飲みにきてくれるようになりました」(江上さん)
ゲストハウス以外にも、江津を変える2つの企業を設立
地元にも溶け込みはじめ、ゲストハウスの事業もさまざまな交流イベントやプログラムを開催しながら盛り上げてきたという江上さん。しかし江上さんの目標はゲストハウスの運営だけではない。
実は江上さんはすでに3つの企業を立ち上げている。1つはゲストハウス事業を主軸とする「株式会社ゴウツゲストハウジーズ」だが、今後古民家再生のゲストハウスの立ち上げをパッケージ化してフランチャイズ化まで視野に入れている。
2つ目は、こうした地方での起業を支援するコンサルティング会社「合同会社EGAHOUSE&COMPANY」。地域資本によるファンドを立ち上げハンズオン型のベンチャーキャピタルとしても成長させる考えだ。
そして、最後が農業生産法人の「株式会社GPA」。実は2016年度に大賞を受賞した原田真宜さんのパクチー事業は、江上さんと共同経営で行われるものだ。原田さんとは東京のビジネススクールの同門生であり、農業に興味を持つ原田さんを江上さんが江津に呼び寄せた。天候に左右されないデータドリブンな農業を実現し、日本におけるパクチー生産のシェア50%を目指す壮大な計画だ。
「ゲストハウスもそうですが、小商いで終わってはなかなか地方に定住する人材は増えません。課題もありますが資源があるのも地方の魅力。始まったばかりですが、この地から日本の社会を変える取り組みを目指しています」(江上さん)
地域を大切にしながら、現在の社会課題の解決に挑む江上さん。こうした魅力的な人材の移住を進める江津市の取り組み。今、江津市には続々と夢を描く魅力的な人々が集っている。
■アサリハウス produced by ゴウツゲストハウジーズ
http://52-ghs.com/
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