寂れた熱海、今いずこ?賑わう駅前にびっくり

熱海駅前には2つのアーケード街があり、近年はいずれも賑わっている。以前はバラバラだったサイン、ディスプレイなどを統一、ベンチを置くなど細かい気配り、業態の変更などが積み重ねられてき結果だという熱海駅前には2つのアーケード街があり、近年はいずれも賑わっている。以前はバラバラだったサイン、ディスプレイなどを統一、ベンチを置くなど細かい気配り、業態の変更などが積み重ねられてき結果だという

東京から東海道新幹線こだま号で50分弱。熱海は首都圏至近の温泉地として誰もが知る存在だ。だが、2000年くらいからだろうか、廃墟化した大型ホテルがまるで街の象徴であるかのようにしばしば放映されるようになり、熱海には衰退した温泉街というイメージが付きまとうようになった。私自身の中にも数年以上前に訪れた際の寂びれた印象があり、何を今さら熱海と思うところがあった。

ところが、2016年2月に目黒で行われた熱海市への移住を呼びかけるイベントに参加。その熱量に圧倒された。昨年来、少なからぬ数の同種イベントに参加しているのだが、熱海市のイベントの盛り上がり方がダントツだったのである。熱海で何かが起きている。これは行ってみねばと参加したのが3月5~6日に熱海商工会議所が主催した「けっこう見せます!熱海で起業ぶっちゃけツアー」である。

初日、集合場所は熱海駅前の足湯前だったのだが、その時点でかつての熱海の印象は大きく覆された。観光客が多く、大賑わいなのである。足湯は満員御礼で足一本入る余地はなく、11時過ぎの到着だったにも関わらず、飲食店には行列ができている。2016年の完成を目指して駅ビルの建設も進んでおり、何年か前の寂びれた印象、どこへやら、である。

その後、駅近くで熱海市の現状についての説明を聞いたのだが、実際、入湯税から推察される宿泊客数は2011年を底にV字回復をしており、熱海では仕事があるのに働き手がいない状況が続いている。単純にそれだけ聞けば万々歳ではないかと思われるが、実際には様々な問題もあるという。

人手不足、住宅不足に住民向けの産業不足が熱海の問題点

青果市場が無くなって以降、市内の八百屋が減り、住民は不便を感じていたという。最近、できた八百屋はしゃれた雰囲気もあり、客を集めている。写真はツアー時のもの青果市場が無くなって以降、市内の八百屋が減り、住民は不便を感じていたという。最近、できた八百屋はしゃれた雰囲気もあり、客を集めている。写真はツアー時のもの

静岡県熱海市は相模湾に面した人口3万8000人超の街。海と山の間にわずかばかりの平地があり、温暖な土地には温泉が湧く。明治以降は別荘地、観光地として栄え、人口の8割以上はサービス業に従事。定住人口とは別に別荘等の所有者が1万世帯ほど存在しているという。他の街同様、高齢化が進んでいることに加え、リタイア層の転入が多く、首都圏に近いために若年層の転出が多いことから人口構成はいびつで、2015年の静岡県平均の高齢化率26.8%に対し、熱海市は43.0%となっている。

そうした背景から、前述の人手不足以外にも熱海は問題を抱えている。ひとつは住宅不足である。元々平地がほとんどない上に中心部にはホテル・旅館など観光客向けの施設が集積。住宅用地が少ない。一方で空き家は少なからずあるものの、風呂無し、トイレ共同などと古い作りになっている上に、既存不適格も多いそうで、活用しにくいのが現状。また、熱海は1950年に二度の大火に見舞われており、その後、建て直された建物の多くが資金不足から共同所有となっていることも建替えを難しくしているそうだ。

もうひとつの問題は観光オンリーの街で来たため、市民のための産業が育ってこなかったこと。たとえば市中心部にはスーパーは一軒しかなく、八百屋など日常生活に必要な店や住民、別荘利用者が毎日気軽に利用できるような飲食店も数えるほど。高齢者が多いにも関わらず、そのためのサービスも足りているとは言い難い。また、観光は重要な産業ではあるが、それに頼り切りという産業構造には不安もある。宿泊者数は持ち直したものの、かつて600軒ほどあった企業の寮・保養所は200軒弱になっており、観光客の購買力は大幅に落ち込んでいる。かつて土産にと何箱も箱買いされた温泉饅頭は今、食べ歩きのために1、2個が買われるだけ。手間は増えているのに、収益は上がっていないのである。

そうした問題のすべてとは言わないが、一部でも解決しようと始まったのが、起業する人を中心にした熱海への移住促進である。昨年9月に市と商工会議所、地元で長らく活動をしてきたNPO、さらに金融機関、宅建業協会が集まって活動を開始、二度の東京でのセミナーを経て、今回は希望者に熱海に来てもらうツアー開催となったわけである。

知恵と連携で地域を活性化。来宮神社の事例

初日は熱海駅前に集合、参加者7名が揃って熱海市の現状についてのレクチャーを受けた上で街歩き。駅前の仲見世商店街から始まり、最近開業したしゃれた八百屋、熱海ブランドのからすみを製造している店の見学などなど、様々な熱海を見せていただいたのだが、面白かったのが来宮神社門前の「福の道プロジェクト」。

来宮神社は、平安初期の征夷大将軍坂上田村麻呂公が戦の勝利を神前で祈願したとされる古社で、2010年にご祭神五十猛命が鎮座1300年を迎えたことから、以降、参集殿建設と境内整備などを行ってきている。
その来宮神社の最寄り駅、JR伊東線来宮駅の仲見世商店街にパン店が2号店を出した。函南方面から熱海に向かう道路沿い、熱海の入り口とも言うべき場所が空き家になり、熱海のイメージを下げていることを憂慮。イメージを変えようと店を出したのだが、個店でできることには限りがある。

もっと地域を元気にできないかと相談したのが熱海市チャレンジ応援センターである。これは市と商工会議所が連携して生まれた、市内の事業者を応援する事業で、提案されたのは来宮神社と周辺の個店の連携。来宮神社ゆかりの食材「麦こがし」を使ったスィーツや料理を、周辺の個店がそれぞれに「来福スィーツ&メニュー」として開発。メディアに情報を発信、パンフレットを作るなどの努力を続け、この3年で40種類ほどのメニューが生まれた。折からのパワースポットに代表される神社ブームも追い風となり、来宮神社への参詣者はこの10年で3倍に増え、うち、7割が20~40代の女性。美味しいモノとご利益に敏感な女性たちの心と胃袋を掴んだ戦略が街に賑わいを生んだわけである。

ちなみに「福の道」というプロジェクト名はこの地の町名、福道町に由来する。地域の歴史、寺社といった財産をうまく生かせれば、さほどお金をかけなくても街は元気になるという良い例だと思う。

左上/駅前の仲見世商店街のパン屋さんで福の道プロジェクトについて聞く。右上/来宮神社。パワースポットということで人出が多い。左下/境内に作られたカフェ。入店待ちの人たちが。右下/来宮駅前にある2号店左上/駅前の仲見世商店街のパン屋さんで福の道プロジェクトについて聞く。右上/来宮神社。パワースポットということで人出が多い。左下/境内に作られたカフェ。入店待ちの人たちが。右下/来宮駅前にある2号店

実は観光以外に農業、漁業もある街、熱海

上/熱海では鯵やイワシなどよく知られた魚から漁業関係者でも初めて見るような不思議な魚まで獲れるのだとか。鮟鱇の吊るし切りに参加者は盛り上がった。下/橙農家さんで作り方を聞く。途中、橙を絞って飲んでみるなど新製品開発へのチャレンジも上/熱海では鯵やイワシなどよく知られた魚から漁業関係者でも初めて見るような不思議な魚まで獲れるのだとか。鮟鱇の吊るし切りに参加者は盛り上がった。下/橙農家さんで作り方を聞く。途中、橙を絞って飲んでみるなど新製品開発へのチャレンジも

2日目は熱海魚市場に集合。地域5漁港で獲れる魚種の解説を聞いた。大半が地元で消費されてしまうものの、実は日本で一番安いかもしれない地元産の鮟鱇の吊るし切りを見せていただくなどしたのだが、印象に残ったのは地域の漁師が減っていないという点。跡取りのいない漁師はいるものの、他業種からの参入があるのだという。観光業の隆盛に加え、魚市場が魚祭りを開催、地魚を出す店のマップを作るなど振興に努めてきた結果だろう。漁業全体では衰退が言われる中、熱海は恵まれているように思える。

続いては市の南側、多賀に移動。正月のお飾りで有名な橙でジャムを作っている農家を訪ねた。熱海と聞くと温泉街だけをイメージする人が多いかもしれないが、実は南北に細長く、温泉はどこにもあるものの、多賀は農業、網代は漁業の街だ。多賀は日本一の橙の産地で、近年は酸味が強く苦くて、そのままでは食用に向かない橙をマーマレードやポン酢にして売り出している。

訪れたお宅のキッチンはマーマレード作りの場ともなっており、そこで作業工程を見せていただき、試食したのだが、ここでのやりとりが楽しかった。「この商品はこうしたらもっと売れるのでは」「これを市販するためにはどんな方法がある?」などといった提案が主催者である商工会議所側からぽんぽん出てくるのである。起業の際にこうしたアドバイスが得られるとしたら、熱海での起業はひとりっきりの辛いものにならずに済むに違いない。

ところで、ここで試食させていただいたマーマレード、ポン酢は非常においしく、見学だけのはずが最終的には主催者も含め(!)、7名の参加者ほぼ全員がお買い上げという結果に。作業工程、苦労を知ると、商品を見る目も、味わいも一際というわけだ。

熱海の魅力はコンパクトな街ならではの密な人間関係?

2日目のプレゼン風景。普段は芸者衆が踊りを披露する場に多くの人が集まった2日目のプレゼン風景。普段は芸者衆が踊りを披露する場に多くの人が集まった

見学の後は市内に戻り、熱海の芸妓連歌舞練場「芸妓見番」でのイベントである。全体は二部構成で、前半は熱海で起業した3人の体験談。後半はこれから起業を考えている人たちによるプレゼンで、参加者はそれに対して意見を出し合い、グループワークするというものである。

前半の登壇者は静岡県東部で5つの障がい者児童福祉施設を運営する風間康寛氏、沼津、熱海で八百屋を経営する小松浩二氏と今回のイベントの主催者でもある熱海のNPO法人atamista代表の市来広一郎氏。atamistaは2008年から熱海の街づくりに関わってきた団体で、中心市街地でカフェ、ゲストハウスを経営する。どちらの施設も初日に見学させていただいたが、活気のある居心地の良さそうな場所で国籍、年齢の異なる多様な利用者がいたのが目についたところ。温泉街ではあるものの、温泉だけでは未来の見えない熱海の将来を暗示するような場と言ってもいいかもしれない。

さて、このセッションの中から、これから起業、移住を考えようという人に役立つコメントをひとつ、紹介しよう。「熱海は思ったよりも田舎だなあというのが印象。ドライじゃない。土地の人か、よそ者かを気にするが、でも、だからと言って不親切というわけではなく、開業の挨拶に近所のお寺に行ったら金一封、小児科に行ったら鉛筆をくれたりと気を使っていただいた。人のつながりがあるんですね」(風間氏)。ちゃんと挨拶に行けば、それに応じた付き合いをしてくれる、そうした人間関係が生まれる街というわけだ。

最後は起業したい人のプレゼンで、参加者は11名。面白かったのはそのうちの6人が農業に関連する提案をしたこと。前述の通り、熱海はサービス業8割の街で、農林漁業従事者は人口の1.6%しかいない。だが、起業に当たって農業に目をつける人がいるということは、熱海の農にポテンシャルを感じている人が多いということだろうか。

また、各自の提案に対して「知り合いがいるので聞いてみましょうか?」などと言った情報提供がその場でなされていた点も特筆したい。小さな街で、かつ人間関係が密であれば協力が得やすく、起業もしやすくなるのではないだろうか。参加していた熱海市の森本要副市長も「お金はないけれど、知恵とご縁で起業をバックアップさせていただく」と挨拶しており、どうやら、最近熱海に人が集まっているのはそのあたりが秘密なのかもしれない。今後、今回のイベントが新たな起業、移住に繋がることを期待したい。

熱海商工会議所では今後も熱海を知ってもらうための各種イベント、ツアーなどを実施していく予定とのこと。興味のある人はぜひ、定期的にホームページをチェックしてみてほしい。

熱海創業支援活動(熱海商工会議所)
http://www.atamicci.or.jp/atami_job/

2016年 03月29日 11時06分